学位論文要旨



No 215566
著者(漢字) 鹿間,芳明
著者(英字)
著者(カナ) シカマ,ヨシアキ
標題(和) カスパーゼ8および10のプロドメインによるdeath receptorを介する細胞死の特異的阻害
標題(洋) Specific inhibition of death receptor-mediated cell death by caspase-8 and -1O prodomains
報告番号 215566
報告番号 乙15566
学位授与日 2003.02.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15566号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 要旨を表示する

 カスパーゼ8、10は、FasやTNFレセプター等のいわゆるdeath receptorを介するアポトーシスシグナルを伝達すると考えられている。これらの分子はN端側にプロドメインと呼ばれる領域、C端側にプロテアーゼドメインを持ち、後者はさらにlarge subunitとsmall subunitに分けられる。Death receptorにリガンドが結合すると、FADDというアダプター分子とカスパーゼ8、10プロドメインとの相互作用を介して、レセプターの細胞内部分にカスパーゼ8、10が集められ、蛋白複合体 (death inducing signaling complex, DISC) が形成される。カスパーゼ8、10は、このDISC内で上述の各サブユニットの接続部が切断されて活性化する。

 カスパーゼ8、10のプロドメイン領域のみを細胞内に高発現させると、線維状の凝集塊を形成することが知られている (death effector filament, DEF) が、現在のところこの構造の意義は不明である。以前の研究で我々は、カスパーゼ8、10の全長の場合とは異なり、これらのプロドメインのみ(PDCasp8、PDCasp10)を高発現しても細胞死は誘導されないことを示したが、このことから我々は、これらのプロドメインがレセプターを介する細胞死のシグナル伝達を阻害するのではないかという仮説を立て、種々の刺激による細胞死に対するPDCasp8、10高発現の影響を調べた。

 はじめに我々は、GFP (green fluorescent protein)タグを用いて、全長カスパーゼ8、10、及びPDCasp8、PDCasp10の細胞内分布を検討した。カスパーゼ8、10の全長とGFPの融合蛋白を293及びHeLa細胞に高発現させると、カスパーゼ8あるいは10は細胞質内に均一に分布し、核内にはほとんどGFPの蛍光はみられなかった。一方、PDCasp8、PDCasp10を高発現させると、細胞質内に線維状の凝集塊を形成した。また、PDCasp8あるいはPDCasp10とFADDを共に高発現させると、FADDの分布はDEFに一致した。この線維状凝集塊は、既存の細胞骨格を構成する蛋白の局在と一致するという報告はなく、我々の実験でもアクチンやα-チュブリンの局在とは一致しなかった。ところが、同様にPDCasp8または10を高発現させた細胞を、ゴルジ体のマーカーであるGM130に対する抗体で免疫染色したところ、DEFの分布はゴルジ体の分布と一致した。

 野生型カスパーゼ8、10を293及びHeLa細胞に高発現させると著明な細胞死が観察されるが、PDCasp8、PDCasp10の高発現では、ほとんど細胞死は起こらなかった。そこで我々は、カスパーゼ8あるいは10とPDCasp8あるいは10の発現ベクターを同量ずつ導入し、細胞死の誘導をルシフェラーゼアッセイで調べた。野生型カスパーゼ8の高発現により誘導される細胞死は、PDCasp8あるいは10を同時に高発現させることによって抑制された。一方、野生型カスパーゼ10の高発現による細胞死は、PDCasp8、PDCasp10の高発現によって抑制されなかったことから、カスパーゼ10を介する細胞死のシグナル伝達経路はカスパーゼ8を介するものとは異なっている可能性が示唆された。

 PDCasp8、PDCasp10にはそれぞれ、death effector domain (DED)と呼ばれる領域が2つずつ含まれおり、FADD分子のDED領域と結合するとされている。次に我々は、PDCasp10の種々の欠失変異体をコードする発現ベクターを作成した。いずれの変異体も、N端にEGFPのついた融合蛋白となっている。これらの変異体をHeLa細胞に高発現させ、EGFP発現細胞のうち線維状凝集塊がみられた細胞の割合を算出した。N端、C端のいずれかから約20アミノ酸を欠失した変異体は線維状凝集塊の形成能を維持していたが、約30アミノ酸以上を欠失してしまうと線維状凝集塊の形成はみられなくなった。また、これらの変異体のFADDとの結合能を免疫沈降法で調べたところ、全長PDCasp8、10に加え、線維状凝集塊を形成し得た変異体のみが、FADDとの結合能を示した。

 我々は次に、Fasレセプター刺激による細胞死を、PDCasp8、PDCasp10、およびその欠失変異体が抑制できるかどうかを調べた。予想されたように、PDCasp8、PDCasp10はともに、Fasレセプター刺激による細胞死を有意に抑制した。それに加え、先の実験と同様、PDCasp10の欠失変異体のうち、線維状凝集塊を形成するものだけが、Fasレセプター刺激による細胞死を抑制した。以上をまとめると、DEFの形成、FADDとの結合、及びdeath receptorを介する細胞死の抑制には、PDCasp10の2つのDEDがいずれも必要であることが示された。

 最近、カスパーゼ8及びその類似蛋白、すなわちDEDドメインを有するFADD、c-FLIP、カスパーゼ10等の蛋白にNF-κB活性化能があることが報告された。NF-κBは細胞の増殖、炎症反応、アポトーシス制御等にかかわる様々な遺伝子を制御する転写因子であるが、アポトーシスに対しては抑制的に働くことが多いとされている。カスパーゼ8、10の高発現によるNF-κB活性化は、各々のプロドメイン領域のみを高発現させた場合でもみられるという。そこで我々は、PDCasp8、PDCasp10、及びPDCasp10の欠失変異体のNF-κB活性化能を調べた。PDCasp8、PDCasp10を高発現させるとNF-κBの活性化が観察されたが、PDCasp10の欠失変異体に関しては、N端あるいはC端から約20アミノ酸を欠失したもののみがNF-κB活性を有し、それ以上削ったものでは活性がみられなくなった。このように、death receptorを介する細胞死を阻害し得るこれらのポリペプチドがNF-κBの活性化をも引き起こすことから、これが細胞死抑制のメカニズムのひとつである可能性も考えられた。

 Fasを介するシグナル伝達はリンパ球のホメオスタシスにおいて重要な役割を果すと考えられている。次に我々は、抗Fas抗体による刺激に感受性を示す、ヒトT細胞由来の細胞株であるJurkat細胞を用いて実験を行った。EGFPと融合したPDCasp8あるいはPDCasp10をコードする発現ベクターをJurkat Tet-On細胞にstableに導入し、テトラサイクリン誘導体であるドキシサイクリン (DOX) 処理にて発現を誘導した。293やHeLa細胞と同様に、これらのプロドメインはJurkat細胞内でもDEFを形成した。

 このように作成したJurkatクローンを用いて、我々はPDCasp8、10がFasを介する細胞死を抑制するかどうかを検討した。DOX 処理にてPDCasp8あるいはPDCasp10の発現を誘導した後、フローサイトメトリーでゲートをかけてGFP陽性細胞と陰性細胞に分け、各々についてアポトーシスの解析を行った。GFP陰性群では抗Fas抗体処理によりアポトーシス細胞数が増加したが、GFP陽性群では増加しなかった。このことから、PDCasp8の発現により、Jurkat細胞でもFasを介するアポトーシスが抑制されることが示された。また、このアポトーシス抑制は、カスパーゼ8、及びその下流のカスパーゼ3の切断、活性化の阻害を伴っていることから、カスパーゼ活性化の上流で抑制が起こっていることが示された。一方、プロテインキナーゼ阻害剤であるスタウロスポリン(STS)で処理すると、GFP陽性群、陰性群いずれでもアポトーシス細胞数が増加したことから、これらのプロドメインの抗アポトーシス作用はFasを介する経路に特異的であることが示唆された。

 近年、新たなTNFファミリーメンバーであるTRAIL(Apo-2L)が同定された。TRAILはそのレセプターであるdeath receptor 4(DR4、あるいはTRAIL-R1)、およびDR5(あるいはTRAIL-R2)に結合して、主として形質転換した細胞や腫瘍細胞にアポトーシスを誘導する。PDCasp8やPDCasp10がTRAILにより誘導されるアポトーシスをも抑制するかどうかを調べるために、我々はHeLa細胞及びJurkatクローンをヒト組換えTRAILで処理し、細胞死の程度をそれぞれルシフェラーゼアッセイ及びフローサイトメトリーで解析した。PDCasp8、PDCasp10いずれも、HeLa及びJurkat細胞において、TRAILにより誘導される細胞死を抑制した。

 以上のことから、PDCasp8およびPDCasp10は各々の全長に対するdominant-negativeな阻害効果を持つことが示された。カスパーゼ8、10にはいずれも、PDCasp8およびPDCasp10に類似したプロドメイン領域のみのアイソフォームが存在することが知られているが、カスパーゼ10の各アイソフォームの発現は各組織の間で、またがん細胞由来の種々の細胞株の間でも大きく異なっていることが報告されている。さらに、プロテアーゼ部分を持たないカスパーゼ8アイソフォームの一つが最近新たに見出されたが、このアイソフォームの末梢血単核球での発現レベルが、一部のSLE患者では健常人に比べ有意に低下しているという。今回の実験結果から、これらのアイソフォームが、death receptorを介する細胞死のシグナル伝達に対する制御機構を担っている可能性があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アポトーシスのシグナル伝達に関与するカスパーゼ8、10のプロドメイン領域の高発現により、レセプター(Fas等のいわゆるdeath receptor)を介するアポトーシスが抑制されるのではないかという仮説を検証し、そのメカニズムを解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. カスパーゼ8及びカスパーゼ10のプロドメイン領域(PDCasp8、PDCasp10)の細胞内局在を、GFPタグを用いて検討した。いずれの蛋白も、高発現により細胞質に線維状の凝集塊を形成した。この凝集塊は、細胞骨格を構成する蛋白の局在とは一致しなかったが、アダプター蛋白であるFADD、及びゴルジ体の局在と一致した。PDCasp10の一連の欠失変異体を用いた実験から、PDCasp8、PDCasp10に含まれる2つのDeath Effector Domain (DED)の両方が、FADDとの結合及び線維状凝集塊の形成に必要であることが示された。

2. カスパーゼ8、10の全長を293細胞内に高発現させると速やかな細胞死が観察されるが、PDCasp8あるいはPDCasp10を全長カスパーゼ8と共発現させると、細胞死は抑制された。一方、全長カスパーゼ10の高発現による細胞死は、PDCasp8、PDCasp10の共発現により抑制されなかった。

3. あらかじめPDCasp8あるいはPDCasp10を高発現させた293細胞は、agonistic抗Fas抗体による細胞死に抵抗性を示した。この細胞死抑制効果もまた、2つのDEDが両方とも必要であった。

4. Tet-Onシステムを用いて、PDCasp8、PDCasp10の発現ベクターをJurkat細胞にstableに導入し、細胞死が抑制されるかどうか検討した。その結果、Fasを介する細胞死は抑制されたが、スタウロスポリン処理による、death receptorを介さない細胞死は抑制されなかった。

5. 別のdeath receptorであるTRAILレセプターを介する細胞死も、PDCasp8、PDCasp10により抑制された。これは、上記の293細胞及びJurkat細胞を用いた系の両方で確認された。

6. 293細胞にPDCasp8、PDCasp10を高発現させることにより、NF-κBの活性化が観察された。NF-κB活性化はアポトーシスを抑制することが知られており、これがPDCasp8、PDCasp10による細胞死の抑制のメカニズムである可能性が示唆された。ここでもまた、プロドメイン内の2つのDEDが両方とも必要であった。

 以上、本論文は、カスパーゼ8及び10のプロドメイン領域の高発現によりdeath receptorを介する細胞死が抑制されること、それには同領域にある2つのDEDが両方とも必要であることを明らかにした。カスパーゼ8、10にはいずれも、PDCasp8およびPDCasp10に類似したプロドメイン領域のみのアイソフォームが存在することが知られており、これらのアイソフォームが、death receptorを介する細胞死のシグナル伝達に対する制御機構を担っている可能性があると考えられる。悪性腫瘍や免疫異常、神経変性疾患等様々な疾患のメカニズムにかかわると思われる細胞死のシグナル伝達の制御機構の解明に対し、本研究は重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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