学位論文要旨



No 215567
著者(漢字) 三木,健司
著者(英字)
著者(カナ) ミキ,ケンジ
標題(和) Tc-GSAシンチグラフィーを用いた肝予備能の評価 : Kinetic Modelingによるアシアロ糖蛋白受容体総量の測定
標題(洋)
報告番号 215567
報告番号 乙15567
学位授与日 2003.02.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15567号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 講師 今村,宏
 東京大学 講師 矢島,直
内容要旨 要旨を表示する

 肝予備能の正確な評価は、肝切除を行う上で非常に重要な問題である。特に肝細胞癌は高率に、慢性肝炎や肝硬変などの障害肝より発生するため、術式の選択の上で、肝予備能の評価は欠かせない。ICG負荷試験は、肝予備能を評価する方法として広く用いられているが、肝血流量に強く影響されること、また血中のビリルビンと競合するため、ビリルビン値の影響を受けることなどの問題点がある。Tc-GSAは、肝予備能を評価するために開発されたシンチグラフィー製剤で、アシアロと蛋白受容体と特異的に結合して肝細胞にとりこまれる。肝硬変などの肝障害時にアシアロ糖タンパク受容体量が低下することが知られており、肝障害の程度に応じてTc-GSAの肝への取り込みは低下する。Tc-GSA静注後の肝への集積をガンマカメラにて経時的に測定することにより、肝予備能の指標を求める試みがなされてきた。Veraらや、Kawaらは、アシアロ糖タンパクの代謝過程についてそれぞれ独自のコンパートメントモデルを組み立て、シンチグラフィーによって得られた肝集積曲線をcurve fittingによって解析し、肝血流量と受容体濃度あるいは最大取り込み速度を推定する方法を報告している。しかし、アシアロ糖タンパクは、肝細胞表面の受容体と結合した後すみやかに細胞質内に取り込まれ、細胞内で受容体が解離し、細胞表面に出現するため、細胞表面上の受容体量が保持される(receptor recycling)といった機構が、彼らのモデルには組み込まれていない。

 そこで、このような矛盾点を解決し、より現実の代謝過程に忠実なコンパートメントモデルを考案し、シンチグラフィーによって得られたdynamic Dataを解析することによって肝血流量に影響されない受容体総量を推定する方法を開発し、肝予備能の定量的な指標として臨床応用することが本研究の目的である。

 まず健常被検者5人に、Tc-GSA3mgおよび9mgを投与し、ガンマカメラにて、肝前面のdynamic imageを60分間撮像した。同時に血液を径時的に採取し、血中の放射能を測定し、血中濃度を測定した。Tc-GSAのDynamic Imageより、関心領域を肝全体、心プール、および右肺に設定し、関心領域内のdynamic dataを得た。肝および心プールは解剖学的に近接しており、それぞれの、データは、散乱線の影響や呼吸の影響により干渉しあっている。肝集積カーブについては、静注後初期の画像を解析し、どの程度、心プールあるいは肺野との重なりがあるかを検討し、肝集積曲線を心プール曲線のデータを使って補正した。ついで、心プール曲線については、肺野のROIより得られた値をバックグラウンドとして減ずることによって、採血データと非常によい相関が得られるようになった。

 投与したTc-GSAが肝内と血漿中にしか存在しないと仮定すると、血液中の消失曲線と肝集積曲線より、投与量の何%が肝に集積したかを推定することができる。X軸に血液中の放射線量をY軸に肝内の放射線量をプロットすると、Tc-GSA投与2分後から30分後まで直線上にプロットされた。直線で近似したときのY切片を全量肝に集積したときの放射線量としてそれぞれの時間での肝集積量を算出した。これにより血液サンプルを採取することなしに肝放射線量時間曲線より、肝集積容量時間曲線に変換することができた。

 アシアロ糖タンパクの代謝過程を忠実に再現するため、7コンパートメントよりなるモデルを考案した。すなわち、C1:肝外血漿コンパートメントC2:肝内血漿コンパートメントC3:肝細胞表面上の受容体複合体コンパートメントC4:肝細胞内受容体複合体コンパートメントC5:肝細胞内代謝産物のコンパートメントC6: 肝細胞表面上遊離受容体コンパートメントC7:肝細胞内遊離受容体コンパートメントである。

 図に示すようにTc-GSAの動きはC1-C2-C3-C4-C5で表現される。また受容体の動きは、C6-C3-C4-C7-C6で表される。それぞれの薬物の動きを数学的に表現するためいくつかの仮定を設定した。1)肝細胞表面上での受容体への結合が非常に速やかで常に平衡状態に達している。2)肝細胞表面よりの肝細胞内へのendocytosisとexocytosisは、濃度依存性で速度定数は一定である。3)肝細胞内に取り込まれた受容体との複合体は、細胞質内で乖離する。4)肝細胞内で乖離した受容体は、細胞内受容体プールを経て肝細胞表面上に再循環する。5)肝細胞表面上の受容体量と、肝細胞内の遊離受容体量の比は常に一定である。これらの仮定を連立微分方程式で表現した。各コンパートメントの時間的な変化は、この連立微分方程式をRuge-Kutta-Gill法によって近似した。肝内のすべてのコンパートメントの総和が肝内に集積したTc-GSA量とみなした。これらのコンパートメントに現れるパラメーターの数が多いため、最小二乗法を用いてすべてを推定することは不可能であると思われたので、肝血流量、受容体総量、肝内血漿量については、個体差があるが、受容体との結合能やendocytosisの速度定数などについては、個体差がなく一定であると仮定した。これらの固定パラメーターを決定するために、健常被検者5人分、計10回のTc-GSAのDynamic Dataを同時に最小二乗法(修正Maquart法)によるカーブフィッティングを行った。解析は、C言語による自作のプログラムを開発し、パーソナルコンピュータ上で行った。反復法による近似のため、初期値をそれぞれ幾通りか用意してそれぞれの収束値を求めた。解析の結果いずれの初期値を選択してもほぼ一定の値に収束することが確かめられたので、もっともよく近似されたパラメータを固定パラメータとして採用した。これを基に、可変パラメータとなる肝内血漿量、肝血流量、受容体総量をカーブフィッティングにて求めた。固定パラメータの値は、Aschwellらが、ラット肝細胞で推定した実験結果と一致した。

 次いで、受容体総量の変化や肝血流量の変化が及ぼす肝集積曲線の影響を調べたところ、受容体総量の変化により、肝集積曲線は著しく変化するのに比べ、血流の変化による曲線は特に20分以降の後期相では変化が少なかった。

 当科に於いてTc-GSA検査を施行した87例について受容体総量(Rtotal)、血流量、肝内血漿量を開発したプログラムを基に推定した。またTc-GSAで広く用いられている簡便な指標(HH15,LHL15)、同時期に施行したICG負荷試験の結果、その他一般肝機能検査の結果と比較した。

 正常肝群、慢性肝炎群、肝硬変群の3群を一元配置分散分析により比較すると、受容体総量は各群間の差が最も大きくなった。また、正常肝を慢性肝障害群より判別する診断能と肝硬変を慢性肝炎あるいは正常肝より判別する診断能をROC解析にて検討したところ、いずれの診断能もRtotalが最も高く、特に肝硬変の診断能は他の指標に比べて有意に高かった。

 次に、Rtotalが、定量的に肝予備能を反映したものであるかを検証するため、切除肝組織の顕微鏡写真とCTより、肝容積、肝実質細胞容積(繊維化した部分を除いた肝容積)、肝細胞総数を算出しそれぞれの指標と相関を求めた。肝容積や肝実質細胞容積は、3群間の統計学的な差がなかったが、肝細胞総数は、慢性肝炎から肝硬変になるに従い有意に減少していた。受容体総量は、肝容積や肝実質細胞容積とは非常に弱い相関しか得られなかったのに比べ、肝細胞総数とは非常に高い相関が得られほぼ比例していた。ICG-K値は肝細胞総数との間に有意な相関が認められたが、受容体総量と肝細胞総数の相関に比べ有意に低い相関であった。Tc-GSAから推定した受容体総量は、肝細胞総数に比例し、肝細胞あたりの受容体数はほぼ一定であった。

 さらに、ICG K値とRtotalの結果が解離する症例25例について他の肝機能指標との相関を調べたところビリルビン値以外はRtotalとの間に有意な相関が認められたが、ICGとの相関はコリンエステラーゼ値とビリルビン値のみ認められた。幕内らが提唱しているICG負荷試験を基にした肝切除適応基準に用いられる肝機能スケールをRtotal値を基に新たに作成した。ICGによるGradeとRtotalによるGradeが一致する症例は約半分で残りの半分は食い違っていた。肝機能Gradeが2以上解離した10例の内、ICGがRtotalに比し低下していた2例はいずれも慢性肝炎例で1例は閉塞性黄疸を合併しており、黄疸に伴うICG低下が原因として考えられた。一方ICGがRtotalに比し良好であった8例はいずれも肝硬変症例で、血小板数を含む一般肝機能検査も低下していた。しかし、2例は、右葉切除、前区域切除とかなりの肝実質を切除したが合併症なく耐術している。ICGとRtotalによる肝機能Gradeのいずれがより良く肝機能を反映しているかを調べるために、他の肝機能指標との関係を二元配置分散分析にて検討した。ビリルビン値以外は、Rtotalを基にしたGradeによって有意な差が認められた。ICGを基にしたGradeによる有意差はビリルビン値とコリンエステラーゼ値にて認めるのみであった。以上の結果より、Tc-GSAシンチグラフィーを解析して得られた受容体総量Rtotalは、肝予備能を定量的に反映した指標であり、閉塞性黄疸に伴う高ビリルビン血症を伴う症例においても肝切除の際の肝予備能を推定する上でICG負荷試験を上回る有用性が示唆された。

Compartment Model

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、肝切除術前の肝予備能を正確に評価するために、Kinetic modelingを用いたTc-GSAシンチグラフィーのDynamic Dataの解析を行い、アシアロ糖蛋白受容体総量を推定するプログラムを開発し、定量的な肝機能総量の指標として、その臨床的な有用性を検討したものであり下記の結果を得ている。

1. 健常被検者に施行したTc-GSAシンチグラフィーのデータを基に、アシアロ糖蛋白の代謝過程を忠実に再現したモデルを構築し、最小二乗法を用いてアシアロ糖蛋白受容体量Rtotalを推定するプログラムを開発した。

2. 肝切除術前患者にTc-GSAシンチグラフィーを施行し、本研究で開発したプログラムを用いてRtotalを求めて、HH15、LHL15、ICG R15と比較したところ、正常肝、慢性肝炎、肝硬変の3群間の差はRtotalが最も大きく、ROC解析でも硬変肝の診断能はICGに比して有意に高かった。

3. CTによる肝容積測定と肝組織計測によって肝細胞総数を算出し、RtotalとICG k値との相関を調べたところ、Rtotalと肝細胞総数は非常に強い相関が得られたがICGと肝細胞総数の相関は弱く、RtotalはICG k値に比べて定量的な肝機能総量の指標として優れていると考えられた。

4. Rtotalは、HH15,LHL15やICGよりも、さまざまな一般肝機能検査との間に強い相関が認められ、種々の肝機能を代表した指標となりうると考えられた。RtotalとICGの解離例を検討したところ、解離例においてRtotalは、アルブミン値や血小板数などの一般肝機能検査と良く相関していたが、ICGはビリルビン値とのみ相関していた。

5. Rtotalを基に、肝切除範囲を決定するための肝機能スケールを作成し、幕内らの提唱するICGに基づく肝機能スケールと比較したところ、約半数の症例で

 肝機能Gradeの違いが認められた。RtotalがICGより良好であった2例はいずれも慢性肝炎で、ICGがRtotalに比して良好であった8例はいずれも肝硬変であり、解離例においてはRtotalがICGよりも肝組織所見を良く反映していることが推察されたが、Rtotal不良、ICG良好例でMajor Hepatectomyを行ったが合併症なく耐術しており、今後更なる検討が必要と思われた。

 以上、本論文はTc-GSAシンチグラフィーのDynamic Dataより、アシアロ糖蛋白受容体総量(Rtotal)を求める方法を開発し、肝機能総量を定量的に反映する指標として、肝切除の際の肝予備能を推定する上でICG負荷試験を上回る有用性を明らかにした。本研究は、肝切除の安全性を高める上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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