学位論文要旨



No 215573
著者(漢字) 圷,信子
著者(英字)
著者(カナ) アクツ,ノブコ
標題(和) コラーゲン線維会合体の修飾による線維芽細胞との相互作用への影響
標題(洋)
報告番号 215573
報告番号 乙15573
学位授与日 2003.02.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15573号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 安田,賢二
 東京農工大学 助教授 新井,克彦
内容要旨 要旨を表示する

 細胞外マトリックス(ECM)は細胞の環境として、細胞の形態、代謝、増殖、分化、移動などの様々な細胞の活動に大きな影響を与える多細胞系の構成、維持に不可欠の要素である。ECMの主要な構成成分にコラーゲンスーパーファミリーがあり、その中でもI型コラーゲンは量的に最も多く、結合組織の力学的骨格を構築している。I型コラーゲンは線維芽細胞により合成され、細胞外へ分泌された分子と分子が重合して線維を形成し、多数の線維らなる線維会合体として存在し、機能している。よって、会合体を形成している線維、線維を構成している分子の状態が何らかの要因により変化することが、線維としての構造さらには機能へいかに影響を及ぼすかについて理解することは発生、老化、恒常性維持など生体内の現象を理解する上で必須なことである。しかし、分子が重合した線維の機能解析はもとより、多数の線維が絡み合った線維会合体の機能解析は様々な要因が複雑に作用し合うためにはるかに困難である。本研究では、いくつかの限定した因子の挙動を検討できるシンプルで扱いやすい系であるin vitro系にて再構成したI型コラーゲンゲル(コラーゲン線維)系を用いて、グルコースとのインキュベーション、XII型あるいはXIV型コラーゲンのNC-3ドメインの添加及びコラーゲン濃度変化により線維状態を変化させることにて、I型コラーゲン線維が細胞の機能に及ぼす影響がどのように変わるかを検討し、コラーゲン線維と細胞の相互作用の特徴を理解することを目的とした。

 生体内で比較的長期に存在する蛋白質の一つがI型コラーゲンであるため糖化によるコラーゲンの化学構造及び生化学的性質の変化については古くより記載されているが、コラーゲン蛋白質が有する細胞活性へ糖化が及ぼす影響、I型コラーゲン線維の糖化による構造変化が生理機能、特に細胞活性へ及ぼす影響については知見が限られている。そこで、再構成したI型コラーゲン線維をグルコースとインキュベーションすることにより糖化し、糖化後のコラーゲン線維の構造変化とそれが細胞活性へ及ぼす影響について検討した。グルコースとのインキュベーションにより、コラーゲンのリジン、アルギニン残基の減少、酢酸への溶解性の低下、ペプシンによる分解性の低下、CNBr分解後のペプチド断片の高分子量化が認められた。これらのことは、アミノ酸側鎖の修飾とともにコラーゲン分子のポリペプチド鎖間に架橋が形成されたことを示していた。グルコースとのインキュベーションにより、コラーゲンゲル上での線維芽細胞の接着活性は変化せず、細胞伸展は抑制、増殖活性は促進されたもののその程度は低いものであった。一方、コラーゲンゲル内への遊走活性は顕著に抑制された。コラーゲンゲル内への細胞遊走過程において、細胞形態変化や動きの変化と同時にコラーゲン線維を細胞周辺へ蓄積しようとする動きが結果として細胞遊走として現れたと考えることができ、コラーゲン線維と細胞の結合、コラーゲンゲルの可塑性、及び、コラーゲン線維間相互作用が大きく寄与することになる。コラーゲン線維会合体の糖化による細胞遊走活性の抑制は、細胞のI型コラーゲン線維への結合が糖修飾により低下したこと(アルギニン残基の減少により、コラーゲンと細胞の結合部位であるアルギニン-グリシン-アスパラギン酸配列が減少したこと)、コラーゲン分子間の架橋形成によりコラーゲン線維の形状の可塑性が抑えられたこと、及び、コラーゲン線維間の相互作用が増したことが原因と推定される。

 FACIT(fibril-associated collagens with interrupted triple helices)ファミリーに属するXII型コラーゲンとXIV型コラーゲンは、皮膚、血管壁、腱及び靭帯などのI型コラーゲンからなる結合組織に分布し、コラーゲン線維とその線維表面にて相互作用するが、両コラーゲンの特異的な機能については明らかにされていない。両コラーゲンのNC-3ドメイン(XII-NC-3あるいはXIV-NC-3)はI型コラーゲン線維と結合せずに線維上で何らかの生理的な機能を示すドメインであると考えられている。そこで、XII-NC-3あるいはXIV-NC-3存在下にてI型コラーゲン線維を再構成し、XII-NC-3あるいはXIV-NC-3との相互作用によるI型コラーゲン線維状態の変化が細胞へ及ぼす影響について検討した。XII-NC-3あるいはXIV-NC-3は、線維芽細胞の接着活性や増殖活性には影響を及ぼさない一方、遊走活性を顕著に抑制した。両コラーゲンのNC-3ドメインの熱処理や特異的認識ポリクローナル抗体の添加により、この細胞遊走抑制作用が消失した。XII-NC-3あるいはXIV-NC-3は、コラーゲンゲルの可塑性を増加することからコラーゲン線維とイオン結合あるいは疎水結合等にて線維表面に相互作用し、溶媒中での1本のコラーゲン線維の可動性を促進する、コラーゲン線維間の相互作用、摩擦を減少させることによりコラーゲン線維会合体であるゲルの可動性を促進すると考えられる。コラーゲン線維会合体へのXII-NC-3あるいはXIV-NC-3添加による細胞遊走活性の抑制は、コラーゲン線維表面状態の変化によりコラーゲン線維の形状の可塑性が増加したこと、及び、コラーゲン線維間の相互作用が減少したことが原因と考えられる。さらにコラーゲン線維会合体の糖化による細胞遊走活性の抑制と考え合わせると細胞が遊走するためには至適なコラーゲン線維の形状の可塑性、及び、至適なコラーゲン線維間の相互作用があることが示唆される。

 コラーゲンゲル内への細胞遊走は、コラーゲン濃度変化により変動し、細胞遊走至適コラーゲン濃度(2mg/ml)が存在することが明らかにされている。想定されているメカニズムによると細胞遊走至適濃度よりも高いコラーゲン濃度ではコラーゲン線維のパッキングの状態が密になるために、低いコラーゲン濃度では細胞の足場の安定性が弱くなるために細胞遊走が抑制される。一方、濃度1mg/mlのコラーゲンゲルの糖化により細胞遊走が抑制されたが、線維のパッキング状態は変動せず、架橋形成によるコラーゲンゲルの可塑性低下のために細胞の足場としての安定性は増加しており、想定されているメカニズムにての説明が困難であった。そこで、濃度の異なるI型コラーゲン溶液を調製し、コラーゲン線維を再構成後、I型コラーゲン線維の濃度変化が細胞遊走へ及ぼす影響について検討した。その結果、遊走活性はコラーゲン濃度1.6mg/mlまで濃度依存的に顕著に促進し、1.6〜1.8mg/mlにてある活性レベルを保持していた。細胞遊走至適コラーゲン濃度の存在は明らかではないが、存在するならば、コラーゲン濃度1mg/mlは細胞遊走至適コラーゲン濃度よりも低いはずであり、新たに考察する必要を生じた。コラーゲン濃度の変化に伴いコラーゲン線維数が変動するとその影響がコラーゲン線維間相互作用、コラーゲンゲルの可塑性へと及ぶ。今回検討したコラーゲン濃度範囲(至適な可塑性やコラーゲン線維間相互作用を示すコラーゲン濃度以下の濃度範囲)では、コラーゲン濃度増加に伴うコラーゲン線維数の増加により細胞の再構成I型コラーゲン線維への結合が増加したこと、コラーゲン線維の形状の可塑性が抑制されたこと、及び、I型コラーゲン線維の有するコラーゲン線維間の相互作用が増加したために細胞遊走が促進されたと推定される。

 XII-NC-3あるいはXIV-NC-3との相互作用によるI型コラーゲン線維表面の状態変化により、コラーゲン線維間の相互作用とコラーゲン線維の形状の可塑性が変化し、それにより細胞活性へも影響を与えることが推定された。そこで、このことが生体現象へ関与する可能性を示すためにウシXII型あるいはXIV型コラーゲンを特異的に認識する抗体を用いた組織免疫染色法によりウシ真皮と毛包での発現分布について検討した。ウシ胎児真皮では、XII型コラーゲンが真皮上層に強く発現していたのに対し、XIV型コラーゲンは真皮下層に発現していた。成牛真皮では、XII型コラーゲンは真皮乳頭層、特に真皮-表皮接合部直下にて顕著に発現していた。一方、XIV型コラーゲンは、成牛真皮では発現していなかった。成牛毛包では、両コラーゲンともに結合織鞘周囲に強く発現していたが、毛乳頭では全く発現していなかった。よって、XII型及びXIV型コラーゲンは胎児期のような形態形成や器官形成などのダイナミックな変化時において、成牛真皮でもヘアサイクル変動に伴うダイナミックな組織構築変化時に寄与することが示唆された。

 本研究ではI型コラーゲン線維と線維芽細胞との相互作用、特にコラーゲンゲル内への線維芽細胞の遊走活性がI型コラーゲン線維会合体のコラーゲン濃度変化、糖化反応による架橋形成、XII-NC-3あるいはXIV-NC-3によるI型コラーゲン線維表面の状態変化によって制御されることを明らかにした。細胞遊走は細胞運動によりコラーゲン線維を細胞周囲へ蓄積しようとする動きにより生じた現象であると捉えると三つの章にて得られた事象や今まで得られている知見を無理なく説明できること、このメカニズムの想定からコラーゲン線維-細胞間、コラーゲン線維間、及び、コラーゲン線維-シャーレ間の相互作用が重要であること、細胞が遊走するためには至適なコラーゲン線維の形状の可塑性とコラーゲン線維間の相互作用があることを示した。さらにXII型あるいはXIV型コラーゲンがウシ皮膚の毛包の結合織鞘部位に強く発現していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 細胞外マトリックス(ECM)は細胞外の環境として、細胞の活動に影響を与え、多細胞系の構成、維持に不可欠の要素である。ECMの主要な成分であるコラーゲンスーパーファミリーのうち、I型コラーゲンはヒトなど陸上に存在する大きな動物においては、個体および器官の力学的骨格支持組織(結合組織)の主要成分である。単離したI型コラーゲンタンパク質はコラーゲン線維に再構成するとともにゲルになる。コラーゲンゲルを基質として各種の細胞を培養した研究の結果、細胞の増殖・分化など細胞の基本的な性質に根本的な影響を与えることが判明した。コラーゲンゲル内で線維芽細胞を培養するとコラーゲンゲルは収縮する。ゲル収縮に伴ってコラーゲン線維の密度、配向、分布などが変化し、細胞の挙動に影響する。線維芽細胞によるコラーゲンゲルの収縮は生体内での細胞とECMとの相互作用が器官・組織形成、再生などの過程を反映しているとの考えの下に、多くの研究が展開され成功を納めている。本研究はコラーゲン線維と線維芽細胞の相互作用に着目し、糖化などの外的因子による修飾、FACIT(コラーゲン線維上に結合するタンパク質)の存在、再構成する際のコラーゲン濃度により、コラーゲン線維と細胞の相互作用がどのように変化を受けるか検討したものである。以下に本論文の概略を説明する。

 第一章はI型コラーゲン線維の糖化による修飾についての研究である。再構成したI型コラーゲン線維をグルコースとインキュベーションすると、リジン、アルギニン残基の減少、コラーゲン溶解性の低下、CNBr分解後のペプチド断片の高分子量化が見られた。コラーゲンタンパク質の糖化は分子間に共有結合性の架橋を生成した結果であると推定した。次に再構成コラーゲンゲル上で細胞を培養し、その挙動に対する糖化の影響を検討した。コラーゲン線維は糖化されても、線維芽細胞の接着、伸展、増殖には影響を与えなかった。一方、細胞のコラーゲンゲル内への遊走はコラーゲン線維の糖化により、顕著に抑制された。NaIO4を用いてコラーゲン分子間に架橋を形成させた場合も同様の結果(細胞遊走のみの抑制)が得られた。コラーゲンゲル内への細胞遊走の抑制はコラーゲン分子間に架橋が形成されたためと解釈される。

 第二章はコラーゲン線維上に結合するXII型コラーゲンとXIV型コラーゲン(FACIT)の影響を検討した。それぞれのコラーゲンのNC-3ドメイン(XII-NC-3、あるいはXIV-NC-3)をI型コラーゲン溶液に添加して再構成したコラーゲン線維は線維芽細胞の接着活性や増殖活性には影響しないが、遊走活性は顕著に抑制した。

 第三章ではコラーゲン濃度の影響を検討した。ゲル内への細胞遊走はコラーゲン濃度の上昇とともに高くなった。コラーゲンゲル収縮機構モデルの一つに次のようなものがある。コラーゲン線維が細胞に強く接着されたまま、細胞がさまざまな形態変化(運動)をする結果、コラーゲン線維が細胞表面全体に接着して行く。一方、表面に結合したコラーゲン線維が他の線維とからまっているために、結果的にコラーゲン線維は細胞周辺へと集積されるため、細胞間の間隙体積が減少する。このような、細胞とコラーゲン線維の相互作用のモデルを下に、細胞遊走の現象に当てはめて考察した。すなわち、線維芽細胞はI型コラーゲン線維を細胞周辺へ濃縮しようとするが、コラーゲン線維同士の絡みで、線維が集積されず、逆に、応力により、細胞がコラーゲン線維の方に引っ張られることでゲル内へ遊走する。

 第四章では組織免疫染色にてウシ真皮と毛包でのXII型及びXIV型コラーゲンの分布を検討した。XII型及びXIV型コラーゲンは胎児期およびヘアサイクル変動など、ダイナミックな組織構築変化と相関して発現している。胎児期でのXII型及びXIV型コラーゲンの存在は、細胞遊走を抑制することで、細胞によるコラーゲン産生が局所的に起こり、コラーゲン線維会合体の密度が上げることが示唆される。XII型及びXIV型コラーゲンが結合織鞘で発現することにより、真皮と毛包間の細胞遊走が抑制され、結合織鞘を介してヘアサイクルに伴い毛包が上下動しうるようになる。

 本研究の成果により、I型コラーゲン線維の修飾により、線維芽細胞の活性のうち、コラーゲンゲル内への遊走活性のみが顕著な影響を受けることが明らかになった。培養線維芽細胞のゲル内への遊走はコラーゲン濃度増加に伴い顕著に促進される。コラーゲンゲル内への細胞遊走活性に対する影響について、論文提出者は統一的解釈を試みた。すなわち、細胞遊走能は再構成I型コラーゲン線維を細胞表面へ集積しようとするポテンシャルによると仮定した。線維を集積しようとする力の応力で、細胞がコラーゲンゲルの中へ移動する。したがって、細胞遊走はI型コラーゲン線維の次のような性質に依存する。1)コラーゲン線維と細胞の結合力と弾性、2)コラーゲン線維間の相互作用(繊維に引っ張り力がかかると。それと相互作用している線維との結合が強いと一緒に引っ張ろうとする力がかかり、結果として細胞に応力がかかる)、3)コラーゲン線維の可塑性(変形しやすさ)、4)コラーゲン線維と培養皿表面との結合の強度、などである。これらの性質が糖化による分子間架橋形成、FACITによる線維間のすべり易さの変化、コラーゲン濃度により変化する線維の絡み合いを用いて、コラーゲンゲル内への細胞遊走が上下することが説明できる。一方、これらの統一的な解釈を基に、FACITの組織分布はコラーゲン線維を介する細胞の遊走の調節に関与することであるとの仮説を立てた。

 本研究論文の内容について公開発表を行い、審査した結果、学位に相応しい内容をもった論文であると、審査委員会は認定した。本論文の各章の研究のそれぞれは他の研究者との共同であるが、申請者の貢献度が最も高いと評価される。圷信子氏の申請した学位論文について審査委員による最終評価を投票にて行い、合格とされた。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51159