学位論文要旨



No 215574
著者(漢字) 實,清隆
著者(英字)
著者(カナ) ジツ,キヨタカ
標題(和) 都市における地価と土地利用変動に関する研究
標題(洋)
報告番号 215574
報告番号 乙15574
学位授与日 2003.02.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15574号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
 法政大学 教授 山本,健兒
内容要旨 要旨を表示する

 当論文は、都市域における土地利用と土地利用変動のメカニズムを「地価」という視角から、解明・解析しようとするものである。

 農地、工業地、住宅地といった個々の土地利用については18世紀以降、チューネン・ウェーバー・アロンゾ等々によって、その理論化、モデル化まで研究が進められているが、土地利用を全体的に理論化した研究はなかった。著者は、現出の「土地利用」は様々な土地利用の競合の結果であり、その背景には、「地代負担力が働いている」と考えた。そこで、著者はその「源」である地代負担力を、土地利用形態毎に計算し、当該の土地利用が相応しい場所になされているかどうかを検定した。この地代負担力は、企業の場合、当該の土地を利用しての利益が基礎になる。そこで面積当たりの利益を利子還元して「収益還元地価」を算出し、これを著者は「実質地価」と定義した。住宅地の場合、当該地で住み、所得から生活費を差引いた預貯金(株・諸投資を含む)を企業でいう純益と見なし、それを利子還元して住宅地の実質地価を算出した。

 この「実質地価」を設定した意義は、1)土地利用変動は、土地利用相互間の競合である。土地利用に関して、地代負担力の高い用途がより低い用途に優先し入れ替わりうる。その際、この概念(実質地価)が地代負担力を表示する指標として採用できる。2)この「実質地価」と「実勢地価」は常に均衡状態で働いており、この「実質地価」と「実勢地価」との差こそが土地利用変動を惹起するものと考えられる。即ち、当該地での「実質地価」が「実勢地価」より高ければ、両地価が均衡する「より条件の良い」実勢地価の場所まで移行しうる。逆に、転出する場合には、両地価が均衡する「より条件の悪い」実勢地価の場所まで後退する事になる。よって、この「実質地価」の概念を採用する事によって、「土地利用転換」の移動と方向の可能性が推測しうる。

 著者は、この考え方の可否を問うために、日本の内外の都市域において、都市の土地利用変動の実態が地代負担力(実質地価)で基礎づけられるかどうかを検証した。日本の事例として地方都市の富山市、広域中心都市として札幌都市圏、巨大都市として大阪都市圏、海外の事例として米国のシカゴ都市圏、英国のロンドン都市圏、ドイツのジュッセルドルフ市を調査した。なお、日本の都市では、札幌都市圏と大阪都市圏は高度経済成長期、バブル期、バブル崩壊期のそれぞれの時点で分析した。その結果は以下の通りである。

1)日本の都市では、1960年代の高度経済成長の初期では、銀行やデパートの実質地価が高く、業務地など恣意的に好条件の場所に立地した。一方、住宅地では所得階層による住み分けが行われた。居住する場所は、住宅の実質地価と実勢地価が均衡する地点が選ばれた。工場地についても、その規模、種類によってその工場の実質地価は異なり、それぞれの実質地価に応じて、住宅地と同様に両地価の均衡する点までに工場が移転していった。

2)地価の上昇した高度経済成長後期には、銀行やデパートは共に、地方都市を除きその実質地価は実勢地価の最高には届かず、母都市のC.B.D.では単独で立地するのは困難となった。市の郊外などで再開発事業等を遂行するなかで、他の施設・店舗に複合的な形での立地となった。住宅・工場は以前と同じく、所得階層、収益による住み分けや立地選択が行われている。

3)バブル期は、商業地では、前期と同様な傾向が続いた。住宅地では相変わらず住み分けは続いているが、住宅の形式が住人全員が敷地を共有するマンション住まいが急増してきた。一戸建ては全敷地が自分の所有であるのに対して後者は数分の1に過ぎず、「偽持ち家」層と解釈され厳密な意味では土地持ちの階層とは言えない。

4)バブル崩壊期は、銀行の不良債権処理・デパートの売り上げ不振などで、急速に利潤を減少させた。銀行やデパートの一部が倒産・閉鎖さえ相次いだ。従って、実勢地価プライスリーダーであった両者の大不振が実勢地価を大きく下げた。日本のどのレベルの都市でも、住宅地では相対的に実質住宅地価の下落の幅が小さかった為に、都心部にマンションという形ではあれ、環流の動きが出てきた。

5)海外の都市の事例。シカゴ都市圏では都心部は超高層化により、実質地価・実勢地価が両極端に高くなっている。黒人・ヒスパニック等のマイノリティは所得が低く、都心周辺の地価の低い劣悪な住宅に居住し、中・高層の者は郊外へ転出している。商店も郊外の購買力のある郊外へ立地し、工場も郊外の質の高い労働力を求めて転出した。いずれも、それぞれの実質地価と実勢地価の均衡する地点である。

 ロンドン都市圏では、都心周辺部の低家賃地区では外国人労働者が居住し、持ち家階層はグリーンベルト近くに住む。工場は圏外へ転出している。いずれも、両地価の均衡点になる。

 ジュッセルドルフ市はガストアルバイターが都心近くの低家賃の住居に住み、工場も近郊に進出している。いずれも、実質と実勢の両地価が均衡する点付近になった。

 このように、都市における土地利用変動には国を超え、時代を超え、都市の規模を超えて基本的に「地代負担力」が働いており、実質地価と実勢地価の乖離に土地利用変動の源があり、両地価が均衡する方向へと収斂する形で、土地利用変動は動いている。

審査要旨 要旨を表示する

 土地利用と地価との間に密接な関係があることは広く知られており,特に都市的土地利用において両者の関係はきわめて重要である。しかし土地利用と地価との関係は複雑であり,その解明は理論的にも経験的にもきわめて困難であるとされてきた。本論文は,土地利用と地価との関係を解明するための独自の分析方法を提示し,現実の事例に適用することによって,この困難な課題に挑戦したものである。

 本論文は8章から成る。まず第1章で土地利用に関する従来の研究を一般的にレビューした上で,第2章で特に土地利用変動と地価との関係に関する既存研究を論じることによって,両者の関係に関する研究の重要性と諸課題を整理した。

 第3章は,本論文の核心部分であり,土地利用変動を異なる土地利用の競合の結果としてとらえ,これを地代負担力によって解明する独自の手法を提示した。すなわち,当該土地利用による収益に基づいて地代負担力を算出し,これを「実質地価」と名付け,異なる土地利用間の実質地価の相互比較及び現実の「実勢地価」との比較によって,土地利用の変動を説明出来るとした。特にこの手法の特徴としては,第1に,従来からの地代・地価に関する理論との整合性を保ちつつも,実際の都市を対象とした実証研究において入手可能なデータを前提としていること,そして第2に,企業的活動による収益の適用が困難であるとされていた住宅としての土地利用についても,純益・超過利潤に代わるものとして貯蓄の指標を導入することによって,土地利用変動を包括的に解明する道を開いたことであり,いずれも現実の適用可能性の観点から高く評価することが出来る.

 第4章以下は,第3章で提示した手法に基づく実証的事例研究の成果である。すなわち第4章では地方都市の事例として富山市,第5章では広域中心都市の事例として札幌都市圏,第6章では大都市圏の事例として大阪大都市圏を取り上げ,いずれの場合にもこの手法が基本的に適用出来ることを示した。そして第7章で日本各地の多くの都市における「実質地価」と「実勢地価」の比較を中心にして,土地利用変動の動向を整理するとともに,第8章では外国の都市の事例を取り上げることによって,この手法の一般的な有効性を示した。

 以上のように,本論文は,土地利用変動と地価との関係を解明するための独自の手法を開発し,現実の事例に適用することによってその有効性を示したものであり,貴重な学術的知見を提供した研究として,高く評価することができる。したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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