学位論文要旨



No 215575
著者(漢字) 小川,哲弘
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,テツヒロ
標題(和) tRNAを標的とする毒素タンパク質の作用機構と応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215575
報告番号 乙15575
学位授与日 2003.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15575号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 日高,真誠
内容要旨 要旨を表示する

 生物は、様々な手段を用いてそれぞれのニッチを守っている。微生物における「手段」とは、例えば抗生物質の生産や、バクテリオシシと呼ばれる抗菌作用を示す一群のタンパク質の生産である。本研究テーマであるコリシンは、大腸菌および近縁細菌が持つColプラスミドにより生産されるバクテリオシンであり、「他の大腸菌に対して殺菌活性を示す」ものとして定義される。ビタミンB12の取り込みに必須なBtuBレセプターを介して感受性菌内へと侵入するコリシンをE群コリシンと呼んでいる。E群コリシンには、これまでに(1)イオンチャンネル型、(2)DNase型、(3)16S-rRNAを切断してタンパク合成を止めるRNase型、の三つの作用機構が知られていた。著者は、修士論文において、これまで殺菌のメカニズムが明らかにされていなかったコリシンE5が、in vitroおよびin vivoで感受性菌のtRNATyr, tRNAHis, tRNAAsn, tRNAAspを切断することを明らかにし、作用機構として第4番目の「tRNase型コリシン」の存在を示した。コリシンE5の基質tRNAには共通してアンチコドン1文字目にキューイン(Q塩基)という修飾塩基が存在し、切断はこのキューインの結合したリボースの3'側で起こる。大腸菌細胞内には、およそ50種類ものtRNA分子が存在する。このような中で、コリシンE5がどのようにして特定の基質tRNAのみを認識、切断するか大変興味深い。それぞれのtRNAを特異的に認識する酵素の代表例はアミノアシルtRNA合成酵素である。この一群の酵素は、分子量4万〜26万であり、アンチコドンやディスクリミネーター塩基等の数塩基を厳密に認識して、正しいtRNAを見分けている。一方、コリシンE5のC末端活性ドメイン(E5-CRDと呼ぶ)は分子量1方程度であり、アミノアシルtRNA合成酵素のような複雑な基質認識は期待出来ない。そこで、本論文では、コリシンE5の基質認識機構の解明を目指した。また、コリシンE5はtRNAという、全ての生物を通じて普遍性の高い分子を切断する「細胞致死活性因子」であり、近年話題となっているDrug Delivery Systemとの組み合わせにより、癌細胞等を標的とした劇薬への利用が考えられる。こうした応用的な利用方法を探索する第一段階として、真核細胞内でE5-CRDを発現させ、それに対する細胞応答を調べた。

1.コリシンE5の持つtRNA切断活性と殺菌活性

 コリシンE5は、1982年にMockやPugsleyにより、感受性菌のタンパク合成を阻害することが示唆されていた。そこで、E5-CRDを精製し、これがin vitroでタンパク合成阻害活性を示すかどうかを調べた。E5-CRDは、大腸菌由来のタンパク合成系を阻害し、この阻害活性は、インヒビターであるIm m E5の添加により抑制された。次に、コリシンE5のtRNA切断活性が、殺菌活性の原因となっているかどうか調べた。段階的に希釈したコリシン溶液を加えて大腸菌を培養した後、生菌数をコロニー形成数から計算して生菌数を調べる一方、集菌した菌体からRNA画分を抽出した。このRNAに対し、基質tRNAに相補的なプローブを用いてノザン解析を行い、細胞内のtRNAの状態を追跡した。結果は、生菌数に影響が出始める限界より低いコリシン濃度でtRNATyrとtRNAAspの切断が観察された。尚、基質tRNAの、切断活性に対する感受性には差があり、tRNATyr, tRNAAspは感受性が高いが、tRNAHis, tRNAsnは低く、生菌数に影響が出始める頃から切断片が確認され始めた。以上の結果から、コリシンE5によるtRNAの切断と生菌数との間には高い相関が見られることが示され、コリシンE5の殺菌活性の原因がtRNA分解であると判断した。

2.コリシンE5の酵素学的性質および基質上の認識残基の同定

 E5-CRDは、tRNATyrのアンチコドンステム/ループを擬して作製したminihelix(YMHと呼ぶ)を切断する。そこで、YMHを用いてE5-CRDの酵素学的性質を調べた。E5-CRDはEDTAを添加しても十分活性があることから、二価カチオンは要求しないことが分かった。また、至適pH条件はアルカリ側に偏っていることが分かった。

 次に、E5-CRDの認識するtRNA上の残基の同定を試みた。E5-CRDの基質tRNAに共通する塩基配列はアンチコドンループ内のUQUである。これらのtRNAに修飾塩基キューインを導入する酵素であるtRNAグアニントランスグリコシラーゼは、前駆体tRNAのアンチコドンループ内のUGU配列を認識する。そこで、E5-CRDも同じUGU配列を認識する可能性を考え、YMHのループ内のUGU配列に変異を導入し、その切断感受性から、認識に必須な塩基を調べた。その結果、UGUのうち、GU配列を変化させると切断されなくなった。また、tRNALysのアンチコドンステム/ループを擬したminihelixにGU配列を導入したところ、E5-CRDの切断を受けた。以上より、GU配列が認識に必須であることが明らかになった。

3.コリシンE5の切断活性に影響を与える因子について

 tRNATyr, tRNAHis, tRNAAsn, tRNAAspのアンチコドンステム/ループを擬したminihelix(順にGGYMH, GGHMH, GGNMH, GGDMHと呼ぶ)を作製し、これらを基質としてE5-CRDの活性を調べた。結果は、GGYMH>GGDMH>GGHMH>GGNMHの順に、活性の低下が見られた。この原因が、E5-CRDの持つサブサイトによると考え、サブサイトと相互作用する可能性があるGUの両側の塩基に対し変異を導入し、これらの変異体minihelixに対するE5-CRDの活性を調べることにした。まず、YMHのGU配列の5'側の塩基を、他の塩基に置換した変異体minihelix(YMH(U7A), YMH(U7G), YMH(U7C))を作製し・活性を調べた。その結果、GUの5'側にピリミジン塩基が存在すると高い活性を示した。一方、プリン塩基の場合、活性は著しく低下した。次に、GUの3'側の塩基(アンチコドン3文字目に相当)を、他の塩基に置換した変異体minihelix(YMH(A10G), YMH(A10C), YMH(A10U))を作製し、同様に活性を調べた。その結果、A>C>G>Uの順で活性が低下した。前述の天然型minihelixにおいて、GGYMH>GGDMH>GGHMH>GGNMHの順に活性が低下することを示したが、これらのアンチコドン3文字目はそれぞれA, C, G, Uであり、アンチコドン3文字目の塩基が基質の感受性の決定因子になっている可能性がある。また、YMHとループ部分の配列は同一であり、ステムを作らないようにデザインしたminihelix(YMHL)とYMHに対するE5-CRDの活性を比較したところ、ステムを形成するYMHの方が高いことが分かった。

4.リシンE5の最小基質の同定、およびオリゴヌクレオチドに対する反応速度解析

 様々なジヌクレオチドを作製し、E5-CRDと反応させた。その結果、GpUpが切断されることが分かった。これに対し、3'末端にリン酸基を持たないGpUは、今回の条件では切断は見られなかった。GpUpを基質とし、各pH条件における反応速度を解析したところ、pHの上昇に応じて、kcat値の上昇が見られた。一方、Km値には著しい変化は見られなかった。kcat/Kmに基づく曲線は、前述のminihelixの反応進行度に基づいて描いた曲線とほぼ一致した。

 次に、GpUpの両側に塩基を伸ばしたオリゴヌクレオチドに対する反応速度を解析したが、GpUpの両側の塩基は反応速度論量に大きな影響を与えなかった。このことから、GUの両側の塩基に対するサブサイトは存在しないと考えられる。一方、UpGpUpのkcat/Km値は、UpGpUのものと比較すると約30倍大きい。これは、GpUpとGpUとの間に見られる結果と一致する。これより、Uの3'末端のリン酸基に対するサブサイトが存在する可能性がある。

5.E5-CRDの酵母細胞内での発現

 大腸菌と同様、酵母のtRNATyr, tRNAHis, tRNAAsn, tRNAAspもアンチコドンにGU配列を持つ。実際、E5-CRDは、in vitroで酵母由来の上記のtRNAを切断することから、E5-CRDは酵母に対して致死活性を示す可能性がある。そこで、E5-CRDとImmE5とを、独立のプラスミドに導入し、これらのプラスミドを用いて酵母を形質転換した。E5-CRDはメチオニン非存在下で、そしてImmE5はガラクトースの添加により活性化するプロモーターで発現制御を行った。結果は、E5-CRDを発現すると、形質転換酵母の生育が阻害された。また、ImmE5を同時に発現することにより、生育が回復した。一方、活性中心変異体E5-CRDを発現させた株では生育に全く影響は見られなかった。また、野生型E5-CRDを発現している酵母内のtRNAの状態をノザン解析により調べたところ、tRNATyr, tRNAHis, tRNAAsn, tRNAAspの切断が見られた。以上のことから、E5-CRDは酵母に対して生育阻害効果を発揮することが示され、大腸菌のみならず、真核細胞を含めた様々な宿主に対しても作用しえると結論した。将来的には、標的細胞へ特異的に送り込み、不要な細胞を消失させる治療技術への応用が期待される。

コリシンE5の切断する大腸菌tRNA(矢印は切断部位を表す)

審査要旨 要旨を表示する

 トキシンは、変異と並んで生命の巧妙な仕組みを切り取る強力な研究手段を提供する。コリシンE5とDはそれぞれ大腸菌のプラスミドが生産するバクテリオシンであり、いずれも感受性大腸菌のアミノ酸取り込みを消失させるためリボソームを失活させると信じられてきたが、具体的な作用機構は不明であった。申請者は、コリシンE5とDがいずれもリボソームに働くのでなく、細胞内のそれぞれ特定のtRNAを特異的に切断する初めてのトキシンであることを明らかにした。即ちコリシンE5のC末端活性ドメイン(E5-CRD)は、チロシン、ヒスチジン、アスパラギン、アスパラギン酸のtRNAのアンチコドン1文字目と2文字目の間のホスホジエステル結合を切断し、コリシンDはアルギニンの4種のアイソアクセプターtRNAのアンチコドンループの3'末端を同様に切断することを示した。本論文では、以上の作用機構のほか、コリシンE5が基質tRNAの標的部位を特異的に識別する分子機構を解明し、さらにコリシンE5のtRNA切断機能を真核生物へ拡大してその利用について検討を加えた。本論文は序章および七章よりなる。

 本研究の背景と位置づけを述べた序章に続き、第一章では、コリシンE5の活性ドメインE5-CRDおよびその特異的インヒビタータンパク質であるImmE5を単離・精製し、それらの性質と、特に大腸菌in vitroタンパク質合成系に及ぼす作用を調べている。E5-CRDは、実際にタンパク質合成系を阻害するリボヌクレアーゼであったが、rRNAを切断してタンパク質合成能全般を低下させるコリシンE3とは対照的に、アミノ酸特異的な阻害効果を持つことを示した。

 第二章では、コリシンE5の示す殺菌作用と、E5-CRDの示す特異的tRNAの切断活性との関係を検討している。生育中の大腸菌に各種濃度のコリシンE5を加えた時の、細胞の生存率と細胞内tRNAの切断の程度を詳細に比較し、細胞内tRNAの切断が殺菌量以下のコリシンでも起こる高感度な変化であることを示して、E5感受性tRNAの切断がコリシンE5の殺菌作用の原因であると結論した。

 第三章では、E5-CRDの酵素学的性質を検討している。E5-CRDは2',3'-環状リン酸と5'-OHを生じるリボヌクレアーゼであるが、既知のヌクレアーゼと配列相同性がないばかりか、既知のヌクレアーゼで広く触媒基として働くヒスチジン残基を分子内に含まず、反応に金属イオンも要求しない新規性を持つことを示した。また活性は高pHで高く、アルギニン残基と二つのリジン残基の関与する全く新しい反応機構を持つことを示した。

 第四章では、tRNAのアンチコドンステム/ループを擬した各種のRNAミニヘリックスを基質に用い、E5-CRDが認識するtRNA上の構造を解析している。E5-CRDの基質として必要なのは、アンチコドンの-1〜3文字目が(C/U)GUNであることであり、3文字目のNにもAを最適とする好みの序列があることを示し、これらの性質で4種の基質tRNAに対するE5-CRDの好みが説明された。また切断されるGU配列の両側にサブサイトの存在を仮定する一方、アンチコドンループの立体構造に反応が依存する可能性を示した。

 第五章では、各種合成ヌクレオチドを基質に用いたE5-CRDの酵素反応速度論的解析を行っている。配列特異性を備えたE5-CRDの最小基質はGpUpであり、塩基配列特異的切断を示すという意味でE5-CRDが「RNA制限酵素」であることを示した。またGpUpとその3'側、5'側に塩基を延長したオリゴヌクレオチドに対する反応を比較し、オリゴヌクレオチドに対する明確なサブサイトは存在しないと結論した。一方、E5-CRDと基質アナログとの共結晶のX線構造解析により、E5-CRDは基質のGとUの両塩基をスタッキングと水素結合で固定しており、タンパク質であるE5-CRDは、tRNAアンチコドンに対してmRNA上のコドンを「分子擬態」していることを明らかにした。

 第六章では、E5-CRDの標的が生物に普遍的なtRNAアンチコドンであるため、大腸菌以外にも働きうるという考えをもとに、E5-CRDに対する真核細胞の応答を調べている。まず出芽酵母tRNAのうち、大腸菌でE5感受性を示すのと同じ種類のtRNA分子がin vitroで切断されることを示した。また酵母細胞内でE5-CRD遺伝子を誘導発現させると生育が阻害されること、またインヒビターであるImmE5をE5-CRDと共発現させることによって、E5-CRD発現に伴う生育阻害が解除されることを示した。即ちE5-CRDは出芽酵母に対しても特定のtRNAを切断する細胞毒性をもつこと、そしてそれがImmE5により制御可能であることを示した。さらにE5-CRDが動物培養細胞に対しても細胞毒性のあることを示唆した。

 第七章では、総括を行い、今後の研究の発展性について議論した。また、E5-CRDの基質認識をX線結晶構造解析の情報を元に議論した。さらに、コリシンDに関する研究の現状をまとめた。

 以上、本論文はtRNA特異的なトキシンの存在を示してその作用機構を解明し、特にコリシンE5の基質認識の機構を明らかにするとともに、この特性を活かした利用法の確立を目指したものであり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/40217