学位論文要旨



No 215580
著者(漢字) 藤根,清考
著者(英字)
著者(カナ) フジネ,キヨタカ
標題(和) 微生物が生産する新規免疫抑制物質FR252921およびFR252922に関する研究
標題(洋)
報告番号 215580
報告番号 乙15580
学位授与日 2003.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15580号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 1970年代にサイクロスポリンA(CsA)、1980年代にFK506が発見され移植治療に使われるようになってから、臓器生着率は飛躍的に向上し、移植治療が標準的医療法の一つとして定着するに至った。代謝拮抗剤やステロイド等を併用する、いわゆる多剤併用療法により心移植・腎移植・肝移植では1年後生着率は90%以上の成績を収めている。しかしながら、効果のない患者も認められること、5年後生着率は70%程度であることなどの問題も残されている。また、CsA、FK506やステロイドには腎機能障害や高血糖誘発などの副作用が認められており、できるだけ投与量を低減させることが望ましい。このように薬効面と安全面を考慮すると、1)既存の薬剤と併用することにより相乗的に薬効が改善される薬剤、2)これまでの薬効を保持しつつ、既存の薬剤の投与量を低減できる併用剤がさらに必要であると考えた。そこで、本研究では現在もっとも広く利用されているCN阻害剤と併用効果を示す薬剤を探索した。臓器移植後の拒絶反応においてT細胞が免疫反応を制御していることが知られているが、CsAやFK506は不細胞活性化シグナル伝達で重要な働きをもつカルシニューリン(CN)のフォスファターゼ活性を阻害する。その結果、サイトカインなどの活性化遺伝子発現を阻害し、免疫神制活性を発揮する。その一方で、T細胞に対して活性化の引き金を引く働きをもつ抗原提示細胞(APC)の機能を選択的に阻害する移植治療剤はない。そこで、筆者はAPCの活性化阻害剤を見いだすことを目標とした。

 多くの免疫抑制剤が微生物生産物から見いだされていることから、APCの活性化阻害剤も微生物生産物に含まれていると期待し、藤沢薬品工業(株)の所有する醗酵サンプル50,000検体の中からスクリーニングした。APCの活性化を検出する簡便な細胞アッセイ系として、リポポリサッカライド(LPS)刺激脾細胞増殖をスクリーニング系として利用した。その結果、バクテリアNo.408813株の培養液に増殖阻害活性があることを見いだした。この免疫抑制効果におけるポテンシーは、マウスリンフォーマ株EL-4に対する細胞毒性よりも、約100倍強かった。

 定法に従い、生産菌株を分類学的に解析したところ、形態学的性質と生理学的性質からPseudomonas fluorescensであることが判明した。この生産菌を、ジャーファーメンターを用いて大量に培養した。培養液より、溶媒抽出およびカラムクロマトグラフィーにより精製したところ、2つの活性物質の単離に成功した。それぞれをFR252921およびFR252922(以下それぞれ1および2と略す)と命名した。

 物理化学的解析から、1および2は二つのアミド結合を含む19員環から構成される新規化合物、すなわち7-hydroxy-8-methy1-2-[(1E,3E)-1-methyl-1,3-undecadienyl]-1-oxa-5,10-diazacyclononadeca-13,15,17-triene-4,9,19-trioneおよび7-hydroxy-8-methyl-2-[(1E,3E)-1-methyl-1,3-tridecadieny1]-1-oxr5,10-diazacyclononadeca-13,15,17-triene-4,9,19-trioneであることが判明した。19員環という環構造はほとんど例がない、極めて珍しい構造である。また、二つのアミド結合と三連続共役二重結合を含んでいることから、全体に非常にコンフォメーションの自由度が低く、ひずみのかかった特異な構造であると推測された。1および2は共役ジエンを含むヒドロキシカルボン酸、トリエンカルボン酸9-amino-2,4,6-nonatrienoic acid、アミノヒドロキシカルボン酸(2S,3R)-4-amino-3-hydroxy-2-methylbutanoic acidの部分構造から構成されていた。これらのヒドロキシカルボン酸、トリエンカルボン酸のいずれも報告がない。1および2は他に類を見ない極めて特異な構造を持つことが明らかとなった。ユニークな構造を持つ新規物質が見いだされたことから、筆者が用いたスクリーニング系、すなわちLPS刺激脾細胞増殖、抗CD3抗体刺激脾細胞増殖およびEL-4増埴を用いたアッセイ方は、新しい免疫抑制剤を探すために有用であると考えられる。

 1および2の生物学的活性をin vitroおよびin vivoの両面で解析した。先に述べたように、両物質はLPS刺激によるマウス脾細胞増植および抗CD3抗体刺激によるマウス脾細胞増殖をともに阻害した。1および2が脾臓細胞中のT細胞あるいはAPCのいずれに作用する薬剤なのか、それとも同じように作用する薬剤なのかを明らかにするために次の実験を行った。すなわち、脾細胞からT細胞とAPCを分画し、それぞれに薬剤を添加・培養した。引き続き薬剤を洗浄した後、それぞれの細胞群に、薬剤処理していないAPCあるいは不細胞をそれぞれ添加し、抗CD3抗体にて刺激した。その結果、はじめに1をAPCに作用させた場合には阻害効果が認められたが、T細胞に作用させた場合は阻害効果が認められなかった。従って、1はAPCに選択的に作用する物質であることが示唆された。また、脾細胞より分離した樹状細胞をLPSおよび抗CD40抗体にて刺激すると増殖応答を示すが、1はこれを強く阻害した。対照的に、脾細胞より分離したT細胞を抗CD3抗体で刺激したときの増殖応答、IL-2産生、CD154発現のいずれも阻害しなかった。これらの結果から1は脾臓細胞中のAPCに作用する薬剤であると判断した。APCに選択的に作用する免疫抑制剤は報告されていないことから、1は構造だけでなく、その薬理作用もユニークであることが判明した。

 また、様々なサイトカイン遺伝子発現を制御する転写因子であるNF-AT,NF-kBあるいはAP-1のDNA結合部位を、それぞれルシフェラーゼ遺伝子の上流に接続したプラスミドおよび各種培養細胞を用い、レポータージーンアッセイを行った。その結果、1はAP-1の転写活性を阻害することが明らかとなった。

 このように、1はAP-1に至る経路を阻害し、APCに選択的に作用する薬剤であることが示唆された。この性質は、移植治療で中心的に使用されているCN阻害剤とは明らかに異なる。そこで、in vicoにおいてCN阻害剤と薬効が認められるか否かを明らかにする目的で、マウス皮膚移植試験におけるFK506との併用効果を調べた。FK506は投与量依存的に生着日数を延長した。投与量を10mg/kgから32mg/kgに増量しても薬効に大きな変化はなかったことから、FK506の至適投与量は10mg/kgであると判断した。1は単剤では生着延長効果を示さなかったが、至適投与量のFK506と併用すると、FK506のみを投与した場合よりさらに皮膚片生着を延長した。同様に、2もまた単剤では生着延長効果を示さなかったが、至適投与量のFK506と併用すると、FK506のみを投与した場合よりさらに皮膚片生着を延長した。これらの結果より、至適投与量である10mg/kgのFK506の薬効を増強するためには、FK506を増量するよりも1あるいは2を併用剤として使用する方が有効であると考えられる。また、現在臨床でFK506と併用して広く使われているミコフェノール酸モフェチル(MMF)をこのモデルで評価したところ、MMFによるFK506併用効果は1と同等であった。

 1あるいは2はFK506との相乗効果を示したが、FK506の血中濃度を上昇させることにより薬効が強まる、という可能性が考えられた。そこで、1および2によるFK506の代謝調節に対する影響を解析した。1および2はFK506代謝酵素として知られるCYP3A4の酵素活性には影響を及ぼさなかった。また、FK506投与後のFK506の血中濃度は、1あるいは2を併用投与した場合にも影響を受けなかった。以上の結果から、1および2はFK506の代謝を調節することなく、免疫抑制作用を増強することが示唆された。

 以上の結果から、本研究において新たに見いだした新規化合物1および2は、移植治療における併用療法に組み込める可能性があると期待される。

 免疫抑制療法は、移植臓器とレシピエント細胞の間におこる免疫反応を阻害するために行われる。移植臓器が存在する限り免疫反応が生じることから、拒絶反応を抑制するためには患者は免疫抑制剤の投与を受け続けなければならない。このような問題を根本的に解決するために、免疫寛容を誘導する試みがなされている。抗原特異的T細胞に対して寛容を誘導するためには、APCからの活性化シグナルを調節することが必要であるとされている。つまり、APC機能を人為的に調節することができれば、免疫寛容を誘導できると考えられる。従って、本研究で探索したAPC阻害剤は、免疫挽制療法としてだけでなく、寛容誘導療法においても有用であると期待される。

FR252921(1)

FR252922(2)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,微生物が生産する新規免疫抑制物質に関するものであり,6章より構成されている.これまでに免疫抑制剤が相次いで発見、開発され、移植治療が臓器疾患の解決策として定着するに至った。しかしながら、既存の免疫抑制剤をもってしても、薬効と安全面の問題は十分解決されているわけではない。より有効性と安全性に優れた治療法を確立するためには、既存の免疫抑制剤と異なる作用機序を有し、既存の免疫抑制剤と併用効果を示す新たな薬剤がさらに必要である。現在もっとも広く利用されているカルシニューリン(CN)阻害剤は活性化T細胞の遺伝子発現を阻害することにより、免疫抑制活性を発揮する。一方、T細胞に対して活性化の引き金を引く働きをもつ抗原提示細胞(APC)の機能を選択的に阻害する移植治療剤はない。そこで、申請者はAPCの活性化阻害剤を見いだすことを目的として、以下の研究を実施した.

 第1章ではAPCの活性化を検出する簡便な細胞アッセイ系を用いたスクリーニング法について概説している。約50,000検体の微生物代謝産物から探索した結果、長野県で採取された土壌から分離されたバクテリアNo.408813株の培養液中にLPS刺激マウス脾細胞増殖に対する阻害活性が認められた。

 第2章ではバクテリアNo.408813株の分類学的同定について述べている.形態学的性質と生理学的性質を定法に従い解析した結果、Pseudomonas fluorescensと同定した。

 第3章では,活性物質の単離・精製について述べている。はじめに少量の醗酵ブロスサンプルを用いて検討したところ、HPLCのピークからLPS刺激脾細胞増殖阻害活性を有する2つのピークを見いだし、それぞれFR252921(1)およびFR252922(2)と命名した。続いて30Lジャーファーメンターを用いて培養して得られた培養液より溶媒抽出およびカラムクロマトグラフィーを行うことにより、1を175mg、2を79mg取得した。

 第4章では,1および2の物理化学的性質の解析と構造決定について述べている。分子量スペクトルおよび元素分析により1および2の分子式を決定し、1H、13C NMRによる1次元および2次元NMRにより構造を決定した。その結果、二つのアミド結合を含む19員環から構成される新規マクロライドであることが判明した。構成アミノ酸およびカルボン酸もすべて報告がないことから、本物質は他に類を見ない極めて特異な構造を持つことが明らかとなった。

 第5章ではin vitroの生物浄性の検討について述べている。マウス脾臓より精製したT細胞とAPCを使って細胞増殖、サイトカイン産生、細胞表面分子発現に対する阻害効果について検討したところ、APCに選択的に作用する薬剤であることが判明した。また、免疫細胞の遺伝子発現を調節するAP-1に至る細胞内シグナルを阻害することが分かった。このような性質をもつ免疫抑制剤は報告されていないことから、構造だけでなく、その薬理作用もユニークであることが判明した。

 第6章では免疫抑制活性におけるFK506との相乗効果について検討している。in vitro脾細胞増殖系において、薬効を示す濃度よりも低い濃度のFK506との相乗効果を示した。これは、CN阻害剤の投与量を低減しても、1あるいは2を併用することにより薬効を保持できる可能性を示すものであった。また、マウス皮膚移植モデルにおいては、至適投与量のFK506と相乗効果を示した。この効果は、現在CN阻害剤と併用して使用されているミコフェノール酸モフェチル(MMF)と同等であった。この結果から、FK506を増量することなく薬効を改善することができる可能性が示された。このように、1および2は現行の免疫抑制療法において有効性と安全性を改善する可能性を秘めている。

 以上本論文では,構造と活性の両面でユニークな新規免疫抑制剤の発見と現行治療法の改善の可能性について論じられており,学術上,応用上貢献するところが少なくない.よって,審査員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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