学位論文要旨



No 215581
著者(漢字) 海津,裕
著者(英字)
著者(カナ) カイヅ,ユタカ
標題(和) 組織培養苗の自動選別及びハンドリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 215581
報告番号 乙15581
学位授与日 2003.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15581号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 蔵田,憲次
 東京大学 教授 大下,誠一
 東京大学 助教授 鳥居,徹
 東京大学 助教授 芋生,憲司
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 現在,育苗の手段として植物組織培養が花卉や野菜,果樹,観葉植物など多くの植物に用いられている.我が国においては,イチゴやシンビジウムの組織培養苗が良く知られている.また,近年,鹿児島県の徳之島を中心として,サトウキビの組織培養苗の普及が図られている.

 植物苗の組織培養による大量生産は,現在全て人手によって行われている.その理由としては,対象とする植物が微細であり,その形状が実生苗と比較して定まっておらず,機械化が困難であることが挙げられる.

 培養植物は培地に添加された栄養分を吸収して増殖,生長する.その為,栄養分の補給と,植物間のスペースを確保するため,定期的な選別,移植,培地更新作業が行われる.人件費の多くがこの一連の移植作業にかけられており,高コスト化の要因となっている.また,クリーンベンチでのピンセットを用いた細かい作業は,作業者に多大な負担を強いている.生産コストの低減と省力化を狙って,これまでにこの作業の自動化が試みられてきた.自動化のアプローチとしては大きく分けて以下の2種類がある.1つ目は,あらかじめ個別に間隔を空けて移植された幼植物体を個別に認識し,その後切断などの作業を行った後移植する方法,2つ目は,複数の苗を塊として捉え,一定の分量に分割,移植を行う方法である.本研究では,まず前者のアプローチによって,ラン実生培養苗の移植作業を自動化することを試みる.岡本ら(1993)は無菌播種されたランのプロトコームを等間隔に移植するロボットシステムの報告を行っている.本研究の第1の目的は,ランの苗があらかじめプロトコーム移植ロボットによって間隔を空けて播種されて生長していることを想定し,ロボットによる移植作業を実現するため,個別の苗の位置や展開方向の認識を行うこと,実生培養苗の生長を揃えるため,苗の大きさによる選別(グルーピング)を行うことである.後者のアプローチについては,Alperら(1994)によるスイカの組織培養苗の分割や,岡本ら(1998)によるサトウキビ組織培養苗の分割・移植システムなどの報告がある.この方法は,個別の苗の認識が不要なため,比較的シンプルな構造で自動化が行えるという利点がある.しかしながら,最終的な製品(成苗)として出荷するためには,必ずある時点で個別の苗に分離しなければならない.この作業は通常外気中で行われるため,無菌状態を保つ必要性は無いが,苗の数が多く,また,根が絡み合い,互いに接合しているため,確実に1本ずつに分割する作業は,大変手間がかかる.この分割を株分けと呼ぶが,この株分け移植作業は,植物組織培養の順化・育苗工程において最も多くの人件費がかけられている工程である.本研究の第2の目的は,この株分け作業を自動化し,複数の苗の塊を個別の苗に分割すること,第1の目的と同様に,苗の生長を揃えるために苗の大きさに基づくグルーピングを行うことである.

 従来,作業者の主観に頼っている苗の大きさの判断を,画像処理によって苗の形状認識を行い,大きさに関するパラメータを測定することで,より客観的,かつ正確,高速に行うこと,また,従来手作業で行っていた,移植や株分けなどの組織培養苗生産に不可欠な作業を自動化することで,雑菌混入の防止,低コスト化,労働負荷の低減,高能率化を図ることを最終目的としている.

2.ラン実生培養苗の自動移植

 本章では,固体培地に植えられたラン実生培養苗のマシンビジョンとロボットによる移植システムの試作,性能評価を行った.実験材料として播種後12ヶ月の洋ラン実生培養苗Paph. (Spotglen x Mahasuka) x Paph. Arapahoを使用した.苗をあらかじめ,間隔を空けて固体培地に植え付けて,上方からRGBカメラで撮影し画像処理を行い,個々の苗の葉の展開方向や,胚軸の位置を推定した.また,移植を行うため,垂直多間接型ロボットに形状記憶合金(SMA)ワイヤーによって駆動されるエンドエフェクターを取り付けた.SMAワイヤーはフィードバック制御を行い,把持力を制御した.

 その結果,画像処理については,96.1%の苗の展開方向を正しく検出する事ができ,また,胚軸の位置検出精度は標準誤差で0.9ミリとなった.移植試験を行ったところ,一本の苗を移植するのに約20秒を要し,80%の苗を移植する事が可能だった.

3.ラン実生培養苗の画像処理による自動選別

 本章では,前章で移植作業を行う際に必要となる,形状と大きさによる選別の画像処理による自動化を試みた.正常な生長をしている苗は,左右に展開した2〜4枚の葉を持っている.一方,未発達な苗は葉が1枚しかないものや,矮小なものが多く見られる.苗の大きさは,横から見たときの葉の長さと全体の大きさによって表されると考えられる.苗の形状特徴量として,重心から境界線までの距離を等角度でサンプリングした(図1(a),(b)).このサンプル値の平均値を1とし,離散的フーリエ変換を行うことで,フーリエ級数という苗の大きさや画像中での回転に拠らない形状特徴量を得る事が可能である(図1(c),(d)).また,苗の大きさを表すパラメータとして,横から見た苗の投影面積と,葉の長さを表すと考えられるサンプル値の最大値を用いた.

 材料として,2章と同じ種類のラン実生培養苗を使用した.苗はあらかじめ作業者によって,良苗(大),良苗(中),良苗(小),不良苗に分けられたものを用い,コンピュータによる選別との比較を行った.選別の戦略として,まず,フーリエ係数を用い,形状によって明らかに発育不良と考えられる苗を取り除き,それ以外の苗を大きさ順に並べ,大,中,小,不良とした.形状判別のアルゴリズムとして,マハラノビスの距離による最近傍法を用いた.

 形状判別のパラメータとして,2〜4までの各次のフーリエ係数と,1から6次までのフーリエ係数の平均値を用いたときに,最も正確に正常苗と発育不良苗を判別する事ができた.また,大きさのパラメータとして,投影面積とサンプル値の最大を掛け合わせた値が適している事がわかった.

4.サトウキビ組織培養苗の自動株分け

 組織培養植物の生産工程の後半部分にあたる,順化・育苗工程において,最も手間のかかる作業である株分け作業の自動化を試みた.図2のようなロボットシステムを試作し,その性能評価を行った.根が絡み合い,その茎の付け根が互いに接合している複数の苗を個別に分離するため,2種類のエンドエフェクターを開発した.1つ目のエンドエフェクター(図3)は,複数の苗の茎が重ならないように1本ずつ連続的に把持することを目的としている.そのため,一般的な支点開閉型のエンドエフェクターと異なり,互いに向かい合わせたスポンジゴムベルトをモーターで駆動する方式を取った.エンドエフェクター全体を移動させながら,ベルトを駆動させることで,苗を取り込む構造とした.2つ目のエンドエフェクター(図4)は,互いに向かい合わせてあるスポンジゴムベルトから繰り出された苗を1本だけ吸着,把持し分離することを目的としている.標準的な苗の太さに合わせて設計された細長いスリットをエンドエフェクターの先端に設けポンプによって吸引することで,一度に1本だけ苗を吸着する構造とした.苗が吸着することによる圧力低下をセンサーで検知し,苗の繰り出しを停止させ,人間の手が行うように苗を互いに扇形に開き分離を行った.性能評価試験の結果,77.1%の苗が正しく1本に分離された.

5.サトウキビ組織培養苗の画像処理による形状認識

 前章で株分けされた苗の選別移植を行う為,画像処理による形状認識を試みた.具体的には,移植時の深さと向きを正確に揃えるために,画像中での主茎の傾きと主茎下端点の位置検出を行った.また,生長の度合いを示す指標として,主茎下端位置と,最も高い位置にある完全展開葉の付け根(肥厚帯)の位置の距離を測定した.主茎の傾きはハフ変換によって求めた.また,主茎下端点の位置は,幅可変テンプレートのマッチングによって検出した.肥厚帯の位置検出は,苗の境界線の曲率変化をサンプリングすることにより行った.その結果,表1のような結果を得た.

6.さいごに

 本研究は,組織培養苗の生産工程の中でも最も人手がかかり,コストを上げる原因となっている,移植選別作業と,株分け作業の自動化に取り組んだものである.単なる移植だけではなく,選別の自動化をも行うことで苗の製品としての価値を高めることに寄与することができると考えられる.

図1 形状特徴量の抽出(a)境界線(b)サンプリング(c)サンプル値(d)フーリエ係数

図2 株分けシステム

図3 エンドエフェクタ1

図4 エンドエフェクタ2

表1 画像処理の結果

審査要旨 要旨を表示する

 現在,育苗の手段として植物組織培養が花卉や野菜,果樹,観葉植物など多くの植物に用いられている.我が国においては,イチゴやシンビジウムの組織培養苗が良く知られている.また,近年,鹿児島県の徳之島を中心として,サトウキビの組織培養苗の普及が図られている.

 培養植物は培地に添加された栄養分を吸収して増殖,生長する.そのため,培養工程において,栄養分の補給と,植物間のスペースを確保するため,定期的な選別,移植作業が行われる.また,組織培養によって増殖した苗を最終的な製品として出荷するためには,温室内での順化・育苗工程において個別の苗に分離(株分け)しなくてはならない.人件費の多くがこの一連の移植作業にかけられており,高コスト化の要因となっている.生産コストの低減と省力化を狙って,これまでにこれらの作業の自動化が試みられている.

 本論文は,このような観点から,ラン実生培養苗とサトウキビ組織培養苗を試料として用い,従来手作業で行っていた,移植や株分けなどの組織培養苗生産に不可欠な作業を自動化することで,雑菌混入の防止,生産の高能率化、低コスト化,労働負荷の低減を図ることと,作業者の主観に頼っている苗の大きさの判断を,画像処理による苗の形状認識を行い,大きさに関するパラメータを測定することで,より客観的,かつ正確,高速に行うことについて述べたものである.

 第1章では,上述の問題が整理され,それらに対する本論文のアプローチが示されている.

 第2章では,固体培地に植えられたラン実生培養苗のマシンビジョンとロボットによる移植システムの試作,性能評価について述べられている.その結果,画像処理については,96.1%の苗の展開方向を正しく検出することができ,また,胚軸の位置検出精度は標準誤差で0.9ミリとなった.移植試験を行ったところ,一本の苗を移植するのに約20秒を要し,80%の苗を移植することができた.また,形状記憶合金(SMA)ワイヤーによって駆動されるエンドエフェクタにより,苗をソフトにハンドリングすることが可能となった.

 第3章では,前章で移植作業を行う際に必要となる,形状と大きさによる選別の画像処理による自動化を試みている.苗の形状特徴量として,重心から境界線までの距離を等角度でサンプリングした.このサンプル値の平均値を1とし,離散的フーリエ変換を行うことで,苗の大きさや画像中での回転に拠らない形状特徴量を得た.また,苗の大きさを表すパラメータとして,横から見た苗の投影面積と,葉の長さを表すと考えられるサンプル値の最大値を用いた.その結果,形状判別のパラメータとして,2〜4までの各次のフーリエ係数と,1から6次までのフーリエ係数の平均値を用いたときに,最も正確に正常苗と発育不良苗を判別することができた.また,大きさのパラメータとして,投影面積とサンプル値の最大を掛け合わせた値が適していることが判明した.

 第4章ではサトウキビ組織培養苗の株分け作業自動化の試みドついて述べられている.ロボットシステムを試作し,その性能評価を行った.根が絡み合い,その茎の付け根が互いに接合している複数の苗を個別に分離するため,2種類のエンドエフェクタを開発した.1つ目のエンドエフェクタは,複数の苗の茎が重ならないように1本ずつ連続的に把持する構造とし,2つ目のエンドエフェクタは,苗を1本だけ吸着,把持し,人間の手が行うように苗を互いに扇形に開いて分離する構造とした.性能評価試験の結果,77.1%の苗が正しく1本に分離された.

 第5章では第4章で株分けされた苗の選別移植を行う為,画像処理による形状認識を試みた.具体的には,移植時の深さと向きを正確に揃えるために,画像中での主茎の傾きと主茎下端点の位置検出を行った.また,生長の度合いを示す指標として,主茎下端位置と,最も高い位置にある完全展開葉の付け根(肥厚帯)の位置の距離を測定した.主茎の傾きはハフ変換によって求めた.また,主茎下端点の位置は,幅可変テンプレートのマッチングによって検出した.肥厚帯の位置検出は,苗の境界線の曲率変化をサンプリングすることにより行った.その結果,主茎下端点の検出については,標準誤差が2.0mm,最大誤差が6.8mm,生長指標の算出については,標準誤差が2.7mm,最大誤差が6.8mmとなった.

 以上のように,本論文は,組織培養苗の生産工程の中でも最も人手がかかり,コストを上げる原因となっている,移植選別作業と,株分け作業の自動化に取り組んだものである.また,単なる移植だけではなく,画像処理による選別の自動化をも行うことで苗の製品としての価値を高めることに寄与するものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない.よって審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51213