学位論文要旨



No 215582
著者(漢字) 鳥羽,保宏
著者(英字)
著者(カナ) トバ,ヤスヒロ
標題(和) 牛乳成分およびマグネシウムによるカルシウム代謝と骨代謝の制御
標題(洋)
報告番号 215582
報告番号 乙15582
学位授与日 2003.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15582号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 阿部,啓子
 東京大学 教授 大久保,明
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

牛乳成分およびマグネシウムによるカルシウム代謝と骨代謝の制御

 高齢化社会の到来とともに、骨折やそれに由来する寝たきり状態など著しく身体機能が低下した高齢者の数が増加している。その数を一人でも少なくするために、以前は老化現象の一つとして捉えられていた骨粗鬆症を予防しようとする社会的気運が高まっている。

 牛乳や乳製品の摂取は、成長期では骨密度を増加させ、閉経前後では骨密度の減少を抑制するなど、骨組髭症を予防する上で非常に重要であることが明らかとなってきた。牛乳がカルシウム吸収性、生体利用性に優れている理由は、牛乳中のカルシウムが特有の形態であること、牛乳には乳糖や乳タンパク質といったカルシウムの吸収を促進する成分が含まれていることなどが考えられてきたが、その詳細に関しては未だに研究の余地が残されており、牛乳中から牛乳ミセル性リン酸カルシウム、乳糖、乳タンパク質など各成分を分離し、カルシウム代謝を再評価する気運にあった。また、日本人のカルシウム摂取不足を背景にカルシウムを強化した乳飲料も上市されているが、その詳細な評価も行う必要がある。さらには、牛乳中には少ないミネラルであるマグネシウムもカルシウム吸収や骨代謝に作用すると考えられるが、その詳細な作用は明らかになっていない。よって本研究の目的は、牛乳成分がカルシウム吸収に寄与するメカニズムを詳細に解析すること、カルシウムを乳飲料に強化した際のカルシウムの吸収性を調べること、さらには、牛乳中に不足しているミネラルであるマグネシウムに着目し、そのカルシウム代謝および骨代謝に及ぼす影響を調べることにある。

1.ラットにおけるミセル性リン酸カルシウムの生体利用性の評価

 牛乳や乳製品がカルシウム吸収に優れている理由としては、いくつかの理由が考えられている。牛乳中のカルシウムの約3分の2とリンの約半分はカゼインミセル中に存在することが知られている。カゼインミセル中のリン酸カルシウムは、ミセル性リン酸カルシウム(MCP)と呼ばれている。従来は牛乳中の存在形態を保持したままMCPを調製することは出来なかったが、最近その調製が可能となった。

 そこで、牛乳中の存在形態のカルシウム吸収性を調べることを目的とし、牛乳中の形態と同様の化学形態であるミセル性リン酸カルシウム-ホスホペプチド(MCP-PP)複合体を調製し、成長期のラットを用いて牛乳中の形態とは異なる市販の乳清カルシウムと比較した。その結果、両群とも見かけのカルシウム吸収率は経時的に減少したが、その経時変化は有意に異なっていた。すなわち、乳清カルシウム群に比べ、MCP-PP群では、変化のパターンが緩やかであった。また、乳清カルシウム群に比べ、MCP-PP群では、大腿骨骨密度、大腿骨骨強度(破断応力と破断エネルギー)も有意に高い値を示した。さらに、MCP-PP飼料を投与した2時間半後の小腸内容物中の可溶性カルシウムの量は、乳清カルシウム飼料での量の約3倍と高く、MCP-PP複合体のカルシウム生体利用性の違いは小腸内での可溶性の差によるものであると考えられた。以上より、牛乳中のミセル性リン酸カルシウムは吸収性、生体利用性に優れていることが示された。

2.乳成分(乳糖および乳タンパク質)がカルシウムの生体利用性に及ぼす影響と、炭酸カルシウムを乳成分とともに摂取した際のカルシウムの生体利用性

 牛乳や乳製品中には乳糖や乳タンパク質が消化される過程で形成されるカゼイン消化物といったカルシウム吸収を高める成分が含まれていることもカルシウムの吸収性が優れている一つの理由と考えられている。しかし、これらの成分に関しても、カルシウムの吸収性には影響を与えないとの報告もある。

 そこで、牛乳摂取を想定して、乳成分(乳糖および乳タンパク質)を同時に飼料中に添加した際のカルシウム吸収に及ぼす影響を調べた。また、乳成分とともに摂取する際にカルシウムの生体利用性に及ぼすカルシウム源(炭酸カルシウムおよび乳清カルシウム)が異なった場合の影響を調べることを目的として、成長期のラットを用いて評価を行った。実験群は、炭酸カルシウムまたは乳清カルシウムをカルシウム源とし、乳成分を含む飼料群、また、炭酸カルシウムまたは乳清カルシウムをカルシウム源とし、乳成分を含まない飼料群の4群とした。その結果、カルシウム吸収、大腿骨および腰椎の骨密度にはカルシウム源による影響は認められなかった。しかし、乳成分の摂取によりカルシウム吸収は高値を示し、大腿骨および腰椎の骨密度も有意に高い値を示した。以上の結果から、成長期のラットにおいては、乳成分はカルシウムの吸収性を高めることが明らかとなり、さらに、炭酸カルシウムと乳清カルシウムの質の差以上に、乳成分の摂取がカルシウムの生体利用性に優れた効果をもつことが認められた。

 また、日本人のカルシウム摂取量はいまだに摂取基準を下回っている。そのため、数多くのカルシウムを強化したカルシウム強化乳飲料が上市されるようになった。炭酸カルシウムは、最もよく利用されているカルシウム剤のひとつであり、カルシウム強化乳飲料にも用いられている。そこで、乳成分(乳糖および乳タンパク質)を摂取した際の炭酸カルシウム中のカルシウムの生体利用性を、牛乳を脱脂した脱脂粉乳中のカルシウムおよび乳成分を摂取しない際の炭酸カルシウム中のカルシウムと比較して、ラットを用い検討した。その結果、炭酸カルシウム群に比べ、乳成分を含む乳成分+炭酸カルシウム群、脱脂粉乳+炭酸カルシウム群、脱脂粉乳群で見かけのカルシウム吸収率および大腿骨骨密度が有意に高い値を示した。また、乳成分を含む3実験群の間で有意な差は認められなかった。これらの結果は、乳糖および乳タンパク質の摂取が、脱脂粉乳(牛乳)中のカルシウムと同等に、炭酸カルシウム中のカルシウムの生体利用性に対し優れた効果を与えることを示唆している。

3.マグネシウムのカルシウム代謝および骨代謝に及ぼす影響

 一方、牛乳にはカルシウムは多く含まれているものの、マグネシウムの含量は少ない。マグネシウムの約半分は骨に含有されており、骨はカルシウムのみならずマグネシウムの貯蔵庫でもある。そのため、マグネシウムのカルシウム代謝および骨代謝に及ぼす影響も研究され始めているが、そのメカニズムなどに関しては不明な点が多い。

 そこで、マグネシウムがカルシウム代謝や骨代謝にどう影響するかを成長期のラットを用いて評価した。その結果、マグネシウム補給は見かけのカルシウム吸収率を有意に低下させることが明らかとなり、マグネシウムとカルシウムの腸管吸収は互いに拮抗することが示唆された。しかし、骨強度はマグネシウム補給で有意に高い値を示した。この結果から、マグネシウムはカルシウム吸収に対する作用に加え、骨代謝に直接作用する可能性が示唆された。

 さらに、閉経後女性のモデルである卵巣摘出(OVX)ラットでマグネシウム補給が見かけのカルシウム吸収、骨代謝、骨強度に与える影響を調べた。その結果、マグネシウムはOVXラットにおいて見かけのカルシウム吸収を減少させた。一方、マグネシウムは骨形成を促進し、骨吸収を抑制することが骨代謝マーカーの測定結果から明らかとなった。さらに、マグネシウム補給は骨の物理学的強度を増加させることも示された。マグネシウムは骨形成を高め、骨吸収を抑制するため、結果として骨強度を高めると考えられる。

 以上、牛乳中には吸収性に優れたミセル性リン酸カルシウムや、乳糖および乳タンパク質のようなカルシウム吸収を促進する成分が含まれることを明らかにし、牛乳摂取はカルシウム代謝に非常に有用な食品であることを示した。また、炭酸カルシウムを強化した乳飲料の摂取もカルシウムの量だけでなく、その生体利用性にも優れているため、非常に有用であると考えられる。一方、牛乳中に少ない栄養成分であるマグネシウムに着目し、そのカルシウム代謝や骨代謝に及ぼす影響について検討した結果、マグネシウムは見かけのカルシウム吸収を減少させるものの、骨形成を促進し、骨吸収を抑制し、さらに骨強度を増加させることも示された。このように牛乳ならびにカルシウムなどの栄養成分を強化した乳飲料、さらにはマグネシウムなどの骨代謝に及ぼす他の栄養成分を添加した乳飲料は骨の健康に寄与する食品であり、骨組髭症の予防にとって非常に有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 高齢化社会の到来とともに、骨折やそれに由来する寝たきり状態など著しく身体機能が低下した高齢者の数が増加している。そのため、骨折の原因である骨粗鬆症を予防しようとする社会的気運が高まっている。骨粗鬆症を予防する上では、カルシウムの吸収性に優れた牛乳や乳製品の摂取や、他の骨の健康に優れた食事成分を摂取することが非常に重要である。本論文ではこれらの点に着目し、牛乳成分がカルシウム吸収に寄与するメカニズムを詳細に解析すること、カルシウムを乳飲料に強化した際のカルシウムの吸収性を調べること、さらには、牛乳中に不足しているミネラルであるマグネシウムに着目し、そのカルシウム代謝および骨代謝に及ぼす影響について、新知見を得ることを目的に以下の研究を行った。

 序章において本研究の背景と意義について概説した後、第1章ではミセル性リン酸カルシウムの生体利用性の評価について述べている。牛乳や乳製品がカルシウム吸収に優れている理由の一つとして、牛乳のカルシウムがミセル性リン酸カルシウム(MCP)として存在しているためと考えられている。従来は牛乳中の存在形態を保持したままMCPを調製することは出来なかったが、最近その調製が可能となった。そこで、牛乳中の存在形態のカルシウム吸収性を調べることを目的とし、ミセル性リン酸カルシウム-ホスホペプチド(MCP-PP)複合体を調製し、成長期のラットを用いて評価した結果、MCP-PPはカルシウムの吸収性に優れ、大腿骨骨密度、大腿骨骨強度も高いことが示された。また、MCP-PPがカルシウム吸収性に優れている理由は、小腸内で可溶性であるためと考えられた。

 第2章では、乳成分(乳糖および乳タンパク質)がカルシウムの生体利用性に及ぼす影響と、炭酸カルシウムを乳成分とともに摂取した際のカルシウムの生体利用性について述べている。牛乳や乳製品中には乳糖や乳タンパク質といったカルシウム吸収を高める成分が含まれていることもカルシウムの吸収性が優れている一つの理由と考えられている。しかし、これらの成分に関しても、カルシウムの吸収性には影響を与えないとの報告もある。そこで、牛乳摂取を想定して、乳成分(乳糖および乳タンパク質)を飼料中に添加した際のカルシウム吸収に及ぼす影響を調べることを目的として、成長期のラットを用いて評価を行った。飼料のカルシウム源は、炭酸カルシウムと乳清カルシウムとした。その結果、成長期のラットにおいては、乳成分はカルシウムの吸収性を高めることが明らかとなり、さらに、カルシウムの質の差以上に、乳成分の摂取がカルシウムの生体利用性に優れた効果をもつことが認められた。また、炭酸カルシウムなどのカルシウム剤を強化した乳飲料が上市されていることを背景に、乳成分(乳糖および乳タンパク質)を摂取した際の炭酸カルシウム中のカルシウムの生体利用性を、牛乳を脱脂した脱脂粉乳中のカルシウムと比較して、ラットを用い検討した。その結果、乳糖および乳タンパク質の摂取は、脱脂粉乳(牛乳)中のカルシウムと同等に、炭酸カルシウム中のカルシウムの生体利用性に対し優れた効果を与えることが示された。

 第3章では、マグネシウムのカルシウム代謝および骨代謝に及ぼす影響ついて述べている。牛乳にはカルシウムは多く含まれているものの、マグネシウムの含量は少ない。マグネシウムの約半分は骨に含有されており、骨はカルシウムのみならずマグネシウムの貯蔵庫でもある。そのため、マグネシウムのカルシウム代謝および骨代謝に及ぼす影響も研究され始めているが、そのメカニズムなどに関しては不明な点が多い。そこで、マグネシウムがカルシウム代謝や骨代謝にどう影響するかを成長期のラットを用いて評価した。その結果、マグネシウムとカルシウムの吸収は若干拮抗するものの、マグネシウム補給により骨強度は高くなることが示され、骨代謝に直接作用する可能性が示唆された。さらに、閉経後女性のモデルである卵巣摘出ラットでもマグネシウムはカルシウム吸収を減少させたが、骨の細胞に作用し、骨形成を高め、骨吸収を抑制して、骨強度を高めることが示唆された。

 以上、本論文は、骨粗鬆症予防における牛乳成分や他の食事成分に着目して、牛乳ミセル性リン酸カルシウムがカルシウムの吸収性に優れ、乳成分(乳糖および乳タンパク質)がカルシウムの吸収性を高め、カルシウム強化乳飲料中のカルシウムも牛乳中のカルシウムと同等に吸収され、さらに、マグネシウムは骨代謝に作用して骨強度を高めること等の知見を得たもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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