学位論文要旨



No 215584
著者(漢字) 狩野,宏
著者(英字)
著者(カナ) カノ,ヒロシ
標題(和) 乳酸菌によるコラーゲン誘導性関節炎の抑制
標題(洋)
報告番号 215584
報告番号 乙15584
学位授与日 2003.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15584号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 非常に多数の患者が罹患する慢性関節リウマチの一部には、自己免疫性のものがある。近年有効な症状緩和剤が上市されているにもかかわらず、その発症機構は依然として不明のため根本的な治療法は確立していない。また予防法の確立がより容易であると予想されるにもかかわらず、ヒトでは試されていない。本研究は、自己免疫性慢性関節リウマチの予防法の開発を最終目的として行った。慢性関節リウマチにおける関節部の炎症には様々な種類のサイトカインが関与しており、代表的なものとしてインターフェロンγ(IFN-γ)、腫瘍壊死因子(TNF-α)およびインターロイキン6(IL-6)などの炎症性サイトカインや、単球遊走タンパク質(MCP-1)などの走化性因子がある。これらサイトカインの産生抑制は、慢性関節リウマチの予防において重要であるが、Lactobacillus属をはじめとする乳酸菌は菌種、菌株の違いにより上記サイトカインの産生を増強も抑制もし得ることが明らかとなっている。本研究では、慢性関節リウマチの予防法として投与の負担の少ない経口摂取法を採用し、安全性が確認されておりヨーグルト製造に用いられるLactobacillus属細菌の経口投与により、慢性関節リウマチの動物モデルであるコラーゲン誘導性関節炎(CIA)の発症が抑制されるか否かを調べた。またT細胞株を用いたin vitroの系で様々な乳酸菌株によるCIA抑制能を簡便に評価できるか否かを検討するため、CIA発症への関与が知られているT細胞を株化し、IL-2応答を解析した。

 はじめに、Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL1102(OLL1102)およびLactrobacjllus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL1073R-1(OLL1073R-1)の経口投与が慢性関節リウマチの発症を予防できるかどうかについて、CIAの系で調べた。CIAは、DBA/1マウスをウシII型コラーゲン(bCII)で免疫することによって誘導した。OLL1073R-1の脱脂乳培養物の経口投与によりCIAの発症が強く抑制された。OLL1102の脱脂乳培養物あるいは脱脂乳の経口投与でもCIAは抑制された。しかし、抑制程度はOLL1073R-1の脱脂乳培養物と比べると弱かった。合成培地であるdeMan Rogosa Sharpe(MRS)培地は脱脂乳の主成分を含有していないにもかかわらず、OLL1073R-1のMRS培養物はOLL1073R-1の脱脂乳培養物と同様にCIAを抑制した。この結果は、OLL1073R-1の脱脂乳培養物によるCIA抑制効果は脱脂乳の成分のみならずOLL1073R-1菌体または代謝産物によることを示す。さらに、OLL1073R-1のMRS培養物から得られた洗浄菌体ではCIAが抑制されなかった一方、OLL1073R-1の脱脂乳培養物から得られた菌体外産生多糖画分でCIAが抑制された。この結果から、OLL1073R-1の培養物によるCIA抑制には、菌体ではなく菌体外産生多糖などの代謝産物が関与している可能性が示唆された。OLL1073R-1の脱脂乳培養物と脱脂乳は、bCIIと培養したリンパ節細胞におけるIFN-γの産生を抑制した。しかし、OLL1102の脱脂乳培養物ではIFN-γの産生が抑制されなかった。OLL1073R-1のMRS培養物および菌体外産生多糖画分によってもIFN-γ産生が抑制された。以上の結果から、OLL1073R-1によるCIA抑制は、IFN-γ産生抑制を介している可能性が示唆された。また、OLL1102脱脂乳培養物でも程度は弱いながらCIAが抑制された点とOLL1102ではリンパ節細胞によるIFN-γの産生が抑制されなかった点、OLL1102の脱脂乳培養物とOLL1073R-1脱脂乳培養物で共通の成分が含まれている点から、OLL1073R-1脱脂乳培養物によるCIA抑制には、OLL1102脱脂乳培養物と共通で、IFN-γ産生抑制を介さない機構も関与していると考えられた。

 次に、OLL1073R-1によるCIA抑制機構の解明を目的とし、OLL1073R-1脱脂乳培養物の経口投与がリンパ節細胞におけるサイトカインの産生に及ぼす影響についてさらに詳細に解析した。OLL1073R-1脱脂乳培養物の経口投与により炎症性サイトカインであ・FN-、IL-6、TNF-αおよび走化性因子であるMCP-1の産生が抑制された。その中で特にTNF-の産生抑制が顕著であった。IL-2とIL-4の産生は影響を受けなかった。マクロファージはIFN-γ、IL-6、TNF-αおよびMCP-1を産生する一方、IL-2とIL-4を産生しない。また、IL-2とIL-4はT細胞により産生される。これらの知見を考慮すると、OLL1073R-1脱脂乳培養物の経口投与は、T細胞ではなく、マクロファージなどのアクセサリー細胞による炎症性サイトカインの産生を抑制したと考えられた。また、OLL1073R-1脱脂乳培養物の経口投与によるCIA抑制は、IFN-γ、IL-6、TNF-αおよびMCP-1の産生抑制を介していると推察された。

 慢性関節リウマチの発症には前述のアクセサリー細胞だけではなくT細胞応答も関与する。乳酸菌がbCII特異的なT細胞応答を制御し,CIA抑制ができれば、より安全性の高い慢性関節リウマチの予防手段を講じることができる。そこで、乳酸菌によるCIA抑制を評価する際にT細胞株を用いたin vitroの系が利用できるか否かを検討するため、bCIIの245残基から270残基領域の部分に特異的なT細胞を株化(T細胞株の名称はB245/270D)し、IL-2応答を解析した。なお、このT細胞は、in vivoにおいてCIAの発症に関与していると言われている。株化開始後4から8週間の継代培養を施して得られた細胞株(B245/270D9.1)は抗原特異的に増殖応答した一方、12週間以上の継代培養を施した細胞株(B245/270D4.3)では、抗原特異的な増殖応答が消失していた。B245/270D9.1は、活性化後にIL-2受容体α鎖(CD25)を発現した。一方、B245/270D4.3は、抗原存在下で継代を行った培養条件下(刺激培養条件下)ではCD25を発現しなかった。しかし、抗原を添加しないで1回継代を施した培養条件下(休止培養条件下)では、B245/270D9.1と同様、活性化後にCD25を発現した。以上の結果から、B245/270Dは、長期間の抗原存在下での培養の間にCD25の発現量低下に伴い、増殖応答が低下すると考えられた。継続的な刺激培養後のCD25発現量の低下は、in vivoでのCIAにおけるT細胞応答を反映している可能性がある。従って、培養期間の異なるB245/270D9.1およびB245/270D4.3を用いることにより各々CIA発症初期および慢性期における乳酸菌の効果をin vitroで評価できるかもしれない。ただし、評価系の確立には、IL-2以外のサイトカイン応答などB245/270Dの性質を更に詳細に解析する必要がある。

 以上より、OLL1073R-1培養物の経口投与がアクセサリー細胞のサイトカイン産生抑制を介して、CIAの発症抑制に有効であることが示された。つまりこの菌株を用いた乳製品によって慢性関節リウマチの発症も抑制できる可能性が示され、免疫応答の修飾により疾患の発症を予防する食品の開発を期待できる。またT細胞株を用いたin Vitroの系で乳酸菌によるCIA抑制を評価できる可能性が示唆された。今後、OLL1073R-1がT細胞応答に及ぼす影響の有無確認や、OLL1073R-1以外でCIA抑制能を持った乳酸菌株の選出にT細胞株を用いたin vitroの系が利用できることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 慢性関節リウマチの一部には、自己免疫性のものがある。近年有効な症状緩和剤が上市されているにもかかわらず、その発症機構は依然として不明のため根本的な治療法や予防法は確立していない。本論文は、自己免疫性慢性関節リウマチの予防法の開発を最終目的として行ったものである。予防法として投与の負担の少ない経口摂取法を採用し、安全性が確認されておりヨーグルト製造に用いられる乳酸菌の経口投与により、慢性関節リウマチの動物モデルであるコラーゲン誘導性関節炎(CIA)の発症が抑制されるか否かを調べた。またT細胞株を用いたin vitroの系で乳酸菌株によるCIA抑制能を簡便に評価できるか否かを検討するため、T細胞株におけるインターロイキン(IL)2応答を解析した。

 序論で、本研究の背景と意義について概説した後、第1章では、LactobacilIus bulgaricus OLL1073R-1およびOLL11O2の経口投与がCIAの発症を予防できるか否かを検討した。OLL1073R-1の脱脂乳培養物を予め経口投与することによりCIAの発症が強く抑制された。OLL1102の脱脂乳培養物あるいは脱脂乳の経口投与でもCIAは抑制された。しかし、抑制程度はOLL1073R-1の脱脂乳培養物と比べると弱かった。OLL1073R-1の合成培地培養物は脱脂乳の主成分を含有していないにもかかわらず、OLL1073R-1の脱脂乳培養物と同様にCIAを抑制した。この結果から、OLL1073R-1の脱脂乳培養物によるCIA抑制効果は脱脂乳の成分のみならずOLL1073R-1菌体または代謝産物によることが示された。OLL1073R-1の脱脂乳培養物と脱脂乳は、リンパ節細胞におけるインターフェロン(IFN)γの産生を抑制した。しかし、OLL1102の脱脂乳培養物では抑制されなかった。OLL1073R-1の菌体外産生多糖画分によってもCIAとIFN-γ産生の両方とも抑制された。以上の結果から、OLL1073R-1によるCIA抑制は、IFN-γ産生抑制を介しており、また、OLL1073R-1によるCIA抑制効果の関与成分として菌体外産生多糖の可能性が示唆された。

 第2章では、OLL1073R-1によるCIA抑制機構の解明を目的とし、OLL1073R-1脱脂乳培養物の経口投与がリンパ節細胞におけるサイトカイン産生に及ぼす影響をさらに詳細に解析した。OLL1073R-1の脱脂乳培養物により炎症性サイトカインであるIFN-γ、IL-6、腫瘍壊死因子(TNF)α(および走化性因子である単球遊走タンパク質(MCP)1の産生が抑制された。特に、TNF-αの産生抑制が顕著であった。IL-2とIL-4の産生は影響を受けなかった。各サイトカインの産生細胞に関する知見と本章の結果から、OLL1073R-1の脱脂乳培養物は、T細胞ではなく、マクロファージなどのアクセサリー細胞による炎症性サイトカインの産生を抑制することが示された。また、OLL1073R-1の脱脂乳培養物によるCIA抑制は、炎症性サイトカインの産生抑制を介していると考えられた。

 第3章では、乳酸菌によるCIA抑制を評価する際にT細胞株を用いたin vitroの系が利用できる可能性を検討するため、CIA発症への関与が示されているT細胞と同じ抗原を認識するT細胞を株化(B245/270D)し、IL-2応答を解析した。長期間の刺激培養(抗原刺激を伴った培養)を施した細胞株(B245/270D4.3)では、抗原特異的な増殖応答が消失していた。B245/270D4.3は、刺激培養条件下ではCD25(IL-2受容体α鎖)を発現しなかった。しかし、休止培養条件下(抗原刺激を伴わない培養)では、長期間の刺激培養前の細胞株(B245/270D9.1)と同様、活性化後にCD25を発現した。以上の結果から、B245/270Dでは、長期間の刺激培養の間にCD25の発現量低下に伴い、増殖応答が低下すると考えられた。継続的な刺激培養後のCD25発現量の低下は、in vivoでのCIAにおけるT細胞応答を反映している可能性がある。従って、培養期間の異なるB245/270D9.1およびB245/270D4.3を用いることにより各々CIA発症初期および慢性期における乳酸菌の効果をin vitroで評価できる可能性が示された。

 以上、本論文はLactobaciIlus bulgaricus OLL1073R-1が炎症性サイトカインの産生抑制を介してCIAの発症を予防することを示し、また、T細胞株を用いたin vitroの系で乳酸菌のCIA抑制能を評価できる可能性を示したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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