学位論文要旨



No 215585
著者(漢字) マニックス サルバドール ペドロ
著者(英字) Mannix Salvador Pedro
著者(カナ) マニックス サルバドール ペドロ
標題(和) 有機性廃棄物の分解に関する微生物学的研究
標題(洋) Microbiological studies on the degradation process of organic wastes
報告番号 215585
報告番号 乙15585
学位授与日 2003.03.03
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15585号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 都市部における廃棄物の排出量は急速に増加しており、世界中で重大な環境問題となっている。本研究では様々な都市ゴミの中でも有機性廃棄物に注目した。現在、有機性廃棄物は埋め立てや焼却処分に加え、その一部は微生物処理されている。微生物処理は環境への負荷が少なく、廃棄物を有機資源またはエネルギー源として再利用可能であることから注目されている。本研究の最終目的は都市廃棄物を効率的に分解・再利用するための微生物処理技術を確立することである。しかし微生物の集団機能を利用したそのような処理過程に関わる微生物叢はほとんど解明されていない。そこで、(i)高温運転しているコンポスターから培養法で検出される微生物種の同定・性質解析、(ii)分子生物学的手法による家庭用生ゴミ処理機の微生物集団構造の解析、(iii)大規模堆肥化施設の微生物集団構造の解析およびそこで検出される優占微生物種の定量・単離・性質解析、を行った。

(i)高温運転しているコンポスターから培養法で検出される微生物の同定・性質解析

 解析したTGコンポスターは加温装置により50-60℃に制御されており、毎日生ゴミを添加している連続処理機である。処理している生ゴミは東京ガス(株)社員食堂から排出される厨房調理くずで、野菜ぐずが中心である。微生物数を平板培養法で求めたところ、103-105 cfu/gof wasteと少ない値であった。単離した10株はすべてグラム陽性桿菌であり、主要呼吸鎖キノン(MK7)、リン脂質脂肪酸(i-15:0、i-17:0、ai-17:0、n-16:0)、細胞壁アミノ酸(meso-A2pm)は、Bacillus属細菌の特徴を示した。16S rDNAの塩基配列解析から、10株の単離株のうち5株がB. licheniformis、1株がB. subtilis、2株がB. thermoamylovoransと推定されたが、残りの2株については新種と考えられた。同時にBiologシステムを用いた有機物資化プロファイルによる同定も行い、すべての単離株がBacillus属であったが、種レベルではいくつかの株について16S rDNA解析と異なる結果が得られた。これはBiologシステムのデータベースに近縁の微生物が含まれていない場合もあるが、培養条件による資化能の変化といったBiologプロファイルの不安定性も原因となりうる。

 次にTGコンポスター内の微生物集団の安定性を評価した。1997年12月、1998年4月、1998年6月の3回サンプリングを行い、それぞれから28、49、42株ずつ単離しBiologシステムを用いて同定した。その結果サンプリング時期により異なる微生物種もわずかに検出されるが、すべての単離株はBacillus属細菌で、なかでも特にB. coagulans、B. megaterium、B. brevisおよびB. pasteuriiはその単離頻度も高く、またすべてのサンプリング時期から検出された。よってTGコンポスター内の微生物叢は安定であり、それは高温での温度制御および連続的でかつ比較的均一な組成のゴミの添加が大きく関連していると考えられる。特に高温での運転がBacillus属細菌を中心とする微生物集団の形成・維持に寄与していると考えられる。

(ii)分子生物学的手法による家庭生ゴミ処理機の微生物集団構造の解析

 一般自然環境では培養困難な微生物が全体の99%以上を占めていると報告されている。そこで培養を介さない手法である分子生物学的解析手法を用いて、家庭用生ゴミ処理機内の微生物集団を解析した。生ゴミ処理物から直接抽出したDNAを用いてPCR増幅した16SrDNAのV3領域を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)解析した。市販の電動攪拌式の生ゴミ処理機に生ゴミを連続的に添加したが、ここでは特に標準的な組成の生ゴミに1%または3%の油を添加し、油負荷の条件における微生物集団を解析した。処理槽内の温度は室温とほとんど変わらず、またpHは処理開始すぐに4.5以下になり、その後低い値を保っていたが、2週間処理が進行すると徐々に上昇する傾向にあった。しかしpH6を上回ることはなく、運転を終えた22日目にはpHは再び約5に低下した。

 DGGEプロファイルから処理過程で微生物集団が変遷していることが示された。またDGGEバンドの塩基配列解析の結果、油の添加量に関わらず主要バンドは乳酸菌由来であった。1%油添加ゴミの系では、LactobacillusおよびLactococcus属細菌が検出され、なかでもLb. reuteriiが処理過程を通して検出された。処理が続きpHが上昇してくるとLb. fermentumなどのLactobacillus属細菌やLc. lactisといったLactococcus属細菌が検出されなくなり、Staphylococcus属細菌が現れてきた。3%油添加ゴミの系では、全てのバンドはLactobacillus属細菌由来であり、Lb. fermentumとLb. reuteri以外に1%油添加ゴミの系では見られなかった種、すなわちLb. plantarum、Lb. pentosus、Lb. alimentariusおよびLb. pontisが検出された。これらの違いは油濃度によって槽内の通気性が異なったためと考えられる。

 またこれらの運転で検出された微生物はどれも乳酸生成能があり、処理槽内のpHを低く保つことで他微生物の増殖を抑制していると考えられる。さらに両方の運転でLo. fermentumのバンド強度が減少した時、DGGEプロファイルが大きく変化していることから、乳酸菌が主要微生物となるこのような処理過程ではLb,fermentumが微生物集団を維持するための鍵微生物と考えられる。

(iii)大規模堆肥化施設の解析-優占微生物種の定量・単離・性質解析-

 ハザカ堆肥化施設は毎日約20m3の有機性廃棄物を安定に処理・堆肥化している。その堆肥化過程は約1ヶ月にわたり、初〜中期には発酵熱により60〜76℃になり、後期には約45℃まで低下する。またpHは7.8から8.1で、水分は初め48.8%あったところから低下し最後には25.1%になる。1ヶ月にわたる処理過程の微生物叢をDGGE解析したところ、Propionibacterium sp.、Methylobacterium sp.、Bacillus sp,、Pseudomonas sp.、Bradyrhizobium sp.が処理を通して検出された。また高温期と中温期ではそれぞれBacillus属の異なる種が検出され、Clostridium sp.は初期のみ、Staphylococcus sp.、Caulobacter sp.およびBrevundimonas sp.は後期のみに検出された。バンド強度から判断すると、これらのうちPropionibacterium acnes、Methylobacterium sp.、Bacillus tbermocloacaeが主要微生物であると考えられた。

 次にこれら主要と考えられる微生物の単離を試みた。いくつかの選択培地を用いて堆肥化過程から単離株MSP09A(P. acnes)とMSP06G(B. thermocloacae)を得た。堆肥化過程における各微生物のDNA量をリアルタイムPCRで定量した結果、MSP09Aは温度の低下する後期に向かって増加するのに対し、MSP06Gは高温期に多数存在すると考えられた。これはこれら単離株の増殖温度プロファイルとよく一致していた。高分子化合物の分解についてみてみるとMSP09A株は脂質およびタンパク質を分解し、MSP06G株にもタンパク質分解活性が検出された。さらにBiologシステムを用いて解析したところ、これら2株の有機物資化プロファイルは異なっており、多くの有機物に対して相補的であった。ただし培養条件、特に酸素濃度によってそのプロファイルは大きく変動することから実際の堆肥化過程でも各環境によって様々な代謝能を示していると予想される。

 微生物処理技術を効率化するには、主役となる微生物を現場から単離して利用する方法が考えられる。そのような候補として、(1)高温下での機能が期待されるBacillus属細菌、Lactobacillus fermentumを中心とする乳酸菌、(3)2種の組み合わせが有効と考えられる単離株MSP09AとMSP06G、が本研究で見出された。またこれら主役微生物の至適増殖プロファイル(温度、pH、酸素濃度等)に発酵槽を最適化することで、効率的でかつ安定な処理が達成されると期待できる。本論文は微生物叢解析の結果を微生物処理の改良に活かせる可能性を示した先導的研究である。

 集団中の各微生物の役割を理解するための手法としては、(iii)で用いたように、集団構成メンバーの検出およびそれぞれの変遷→主要微生物の特定・単離→各微生物の解析、といった系統だった解析手段が有効であった。また各種有機性廃棄物の分解過程の解析から、どのような微生物がその処理過程で主要な機能を果たしているのかが明らかになってきた。上述したように主役微生物の添加は処理過程の効率化に効果的であると考えられるが、それと同時にそのような微生物が安定に存在し機能しうる環境要因や微生物集団を知ることも重要である。

発表論文

1) Pedro, M. S., N. R. Hayashi, T. Mukai. M. Ishii. A. Yokota, and Y. Igarashi. Physiological and chemotaxonomical studies on microflora within a composter operated at high temperature. J. Biosci. Bioeng., vol.88, pp.92〜97 (1999).

2) Pedro, M. S., S. Haruta, M. Hazaka, R. Shimada, C. Yoshida, K. Hiura, M. Ishii, and Y. Igarashi. Denaturing gradient gel electrophoresis analyses of microbial community from field-scale composter. J. Biosci. Bioeng., vol.91, pp.159-165, (2001).

3) Aoshima. M., M. S. Pedro, S. Haruta, L. Ding, T. Fukada, A. Kigawa. T. Kodama, M. Ishii, and Y. Igarashi. Analyses of microbial community within a composter operated using household garbage with special reference of the addition of soybean oil. J. Biosci. Bioeng., vol.91, pp.456-461, (2001).

4) Pedro, M. S., S. Haruta, K. Nakamura, M. Hazaka, M. Ishii, and Y. Igarashi. Isolation and characterization of predominant microorganisms during decomposition of waste materials in a field-scale composter. J. Biosci. Bioeng., (2003) accepted.

審査要旨 要旨を表示する

 都市部における廃棄物の排出量は急速に増加しており、世界中で重大な環境問題となっている。本研究では様々な廃棄物の中でも有機性廃棄物に注目し、これを効率的に分解・再利用するための微生物処理技術を確立することを最終目標として、様々な条件で運転した有機性廃棄物処理装置中の微生物種の解析および優占微生物種の単離・定量および性質の解析を行った。

 第1章では、有機性廃棄物の発生・処理状況、自然環境下の微生物集団の解析方法について概観した。

 第2章および第3章に於いては、高温(50-60℃)に制御された厨房調理くず処理コンポスターについて、主要微生物の解析を行った。コンポスターから単離した10株はすべてグラム陽性桿菌であり、主要呼吸鎖キノン(MK-7)、リン脂質脂肪酸(i-15:0、i-17:0、ai-17:0、n-16:0)、細胞壁アミノ酸(meso-A2pm)は、Bacillus属細菌の特徴を示した。またBiologシステムを用いた有機物資化プロファイルによる同定によっても、すべての単離株がBacillus属であることが示された。さらに季節を変えた3回のサンプリングにおけるBiologシステムを用いての同定結果に大きな差はなく、本コンポスター内の微生物叢は安定であり、Eacillus属細菌を中心とする微生物集団が維持されていると考えられた。

 第4章に於いては、まず家庭用生ゴミ処理機内の微生物集団を主に分子生態学的手法を用いて解析した。この処理法に於いては、処理槽内の温度は室温とほとんど変わらず、またpHは処理開始すぐに4.5以下になり、その後も低い値を保ちpH6を上回ることはなかった。

 生ゴミ処理物から直接抽出したDNAを用いてPCR増幅した16S rDNAのV3領域を変性剤濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)で解析した結果では、処理過程で微生物集団が変遷していることが示されたが、主要バンドは常に乳酸菌であった。1%油添加ゴミの系では、LactobacillusおよびLactococcus属細菌が検出され、なかでもLb. reuteriiが処理過程を通して検出された。処理が続きpHが上昇してくるとLb.fermentumなどのLactobacillus属細菌やLc, lactisといったLactococcus属細菌が検出されなくなり、Staphylococcus属細菌が現れてきた。3%油添加ゴミの系では、全てのバンドはLactobacillus属細菌由来であり、Lb.fermentumとLb. reuteri以外に1%油添加ゴミの系では見られなかった種、すなわちLb. plantarum、Lb. pentosus、Lb. alimentariusおよびLb. pontisが検出された。これらの違いは油濃度によって槽内の通気性が異なったためと考えられる。またいずれの場合にも、Lb. fermentumが集団の維持および機能発現に重要な役割を果たしていると考えられた。

 次に大規模堆肥化施設から採取したサンプルの菌叢解析を行った。ハザカ堆肥化施設は毎日約20m3の有機性廃棄物を安定に処理・堆肥化している。その堆肥化過程は約1ヶ月にわたり、初〜中期には発酵熱により60〜76℃になり、後期には約45℃まで低下する。またpHは7.8から8.1で、水分は初め50%程度であったところから徐々に低下し、最後には約25%になる。1ヶ月にわたる処理過程の微生物叢をDGGE解析したところ、Propionibacterium sp.、Methylobacterium sp.、Bacillus sp.、Pseudomonas sp.、Bradyrhizohium sp.が処理を通して検出された。また高温期と中温期ではそれぞれBacillus属の異なる種が検出され、Clostridium sp.は初期のみ、Staphylococcus sp.、Caulobacter sp.およびBrevundimonas sp.は後期のみに検出された。バンド強度から判断すると、これらのうちPropionibacterium acnes、Methylobacterium sp.、Bacillusthermocloacaeが主要微生物であると考えられた。

 さらにこれら主要と考えられる微生物の単離を試みた。いくつかの選択培地を用いて堆肥化過程から単離株MSP09A(P. acnes)とMSP06G(B. thermocloacae)を得た。堆肥化過程における各微生物のDNA量をリアルタイムPCRで定量した結果、MSP09Aは温度の低下する後期に向かって増加するのに対し、MSP06Gは高温期に多数存在すると考えられた。これはこれら単離株の増殖温度プロファイルとよく一致していた。高分子化合物の分解についてみてみるとMSP09A株は脂質およびタンパク質を分解し、MSP06G株にもタンパク質分解活性が検出された。さらにBiologシステムを用いて解析したところ、これら2株の有機物質化プロファイルは異なっており、多くの有機物に対して相補的であった。

 第5章では、総括と今後の方向性が討論された。微生物処理技術を効率化するには、主役となる微生物を現場から単離して利用する方法が考えられるが、そのような候補として、(1)高温下での機能が期待されるBacillus属細菌、(2)Lactobacillus fermentumを中心とする乳酸菌、(3)それぞれ機能の異なる2種以上の微生物の組み合わせ、が有効と考えられる。第4章で議論された単離株MSP09AとMSP06Gの組み合わせは(3)の例である。今後、これら主役微生物の至適増殖プロファイル(温度、pH、酸素濃度等)に発酵槽を最適化することで、効率的でかつ安定な処理が達成されると期待された。

 以上本論文は、様々な条件での有機性廃棄物の分解に働く微生物叢を様々な手法で解析し、その集団社会の構造の一部を明らかにした。さらにはその結果を微生物処理技術の改良に活かすことができる可能性を示した先導的研究であり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値のあるものと認めた。

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