学位論文要旨



No 215587
著者(漢字) 倉田,寛一
著者(英字) Kurata,Hirokazu
著者(カナ) クラタ,ヒロカズ
標題(和) Th2細胞分化の分子生物学的機序の解明
標題(洋) Molecular Mechanism of Th2 Cell Development
報告番号 215587
報告番号 乙15587
学位授与日 2003.03.05
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15587号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 片山,栄作
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 ナイーブ・ヘルパーT(Th)細胞は抗原刺激後,抗原,副刺激,抗原提示細胞の種類や共存するサイトカインにより異なる機能をもつエフェクター・ヘルパーT細胞に分化する。すなわち,IFN-γやTNF-βを産生し細胞性免疫や遅延型過敏症に関与するTh1細胞とIL-4,IL-5,IL-6,IL-13などを産生し寄生虫免疫やアトピー型アレルギー反応に関与するTh2細胞である。IL-12とIL-4はそれぞれTh1細胞とTh2細胞の分化に必須のサイトカインであり,IL-12,IL-12受容体,またはStat4遺伝子欠損マウスではTh1細胞分化が減少し,他方,IL-4,IL-4受容体,またはStat6遺伝子欠損マウスではTh2細胞分化が減少する。本研究では,Th2細胞分化およびTh2型免疫応答の分子生物学的機序を解明すべく遺伝子組み換えレトロウイルスおよびアデノウイルスを用いてTh細胞分化機序の解析を行った。

(I)活性誘導型Stat6導入によるTh2細胞分化機序の解析

 IL-4により活性化されるStat6はTh2細胞分化に必須のシグナル分子である。組み換えレトロウイルスを用いて活性誘導型Stat6すなわちStat6:エストロゲン受容体キメラ分子(Stat6:ER)をDO11.10T細胞受容体トランスジェニック・マウス由来ナイーブTh細胞に導入した。エストロゲン誘導体4-hydroxytamoxifen(4-HT)の添加によりキメラ分子は核内に移行しStat6が活性化される。遺伝子導入Th細胞を抗原(卵白アルブミン)刺激しTh1誘導条件(IL-12、抗IL-4抗体)下で2週間培養したところ95%以上の細胞がTh1細胞(IFN-γ+、IL-4-、IL-5-)に分化したが、4-HTを添加すると約半数の細胞にTh2形質(IL-4+、IL-5+)が誘導された。DNA結合領域をアミノ酸置換または欠損、およびtransactivation(TAD)ドメインを欠損した変異Stat6:ERによってはTh2形質誘導が認められないことからTh2形質誘導はStat6特異的な作用と考えられた。また、IL-4遺伝子欠損Th細胞においてもTh2形質が誘導されることからIL-4分泌を介さない細胞内シグナルによるStat6の直接効果と考えられた。2週間培養したTh1細胞ではIL-12受容体β2鎖mRNAが高発現するが、Stat6:ER活性化によりIL-12受容体β2鎖mRNA発現は抑制され、一方、Th2細胞特異的転写因子であるGATA-3とc-Maf mRNAが発現誘導された。これらの結果はStat6が抗原刺激したナイーブTh細胞をTh2細胞に分化させるのに必要・十分なシグナルを惹起し、下流標的分子としてGATA-3とc-Mafの発現を誘導することを明示した。

(II)GATA-3によるTh2細胞分化誘導の機序の解析

 GATA-3によるTh2細胞分化の分子生物学的機序を解析するため、レトロウイルスにより変異GATA-3をナイーブTh細胞に導入しTh1誘導条件下で培養してTh2細胞形質誘導を検討した。C末端側zinc fingerドメイン(Cf)またはTADを欠損したGATA-3はTh2形質誘導能を完全に欠失したのに対し、N末端側zinc fingerドメイン(Nf)欠損GATA-3ではIL-4発現誘導とIFN一γ発現抑制は部分的に欠失しIL-5発現誘導は完全に消失した。NfによるTh2細胞分化誘導機序を解析するためナイーブTh細胞より分化Th2細胞に至る様々な分化段階のTh2細胞よりcDNAライブラリーを作成し、yeast two-hybrid screening法によりGATA-3 Nf結合分子を検索し、Friend of GATA(FOG)を同定した。定量的RT-PCR(Taqman)法によりFOGは脾臓・リンパ節・胸腺などリンパ組織にも発現され、in vitro分化T細胞の検討よりナイーブTh細胞に高発現され、Th1/Th2細胞分化に伴い発現が低下することが分かった。ルシフェラーゼ・レポーター・アッセイでは、FOGはGATA-3によるIL-5、IL-4、IFN-γなどのプロモーター活性化を抑制した。FOGによる抑制はNfを欠失・変異したGATA-3では認められないことからGATA-3結合依存的であった。レトロウイルスによりFOGをナイーブTh細胞に導入しTh2細胞誘導条件下で培養するとIL-4やIL-5の産生が抑制されIFN-γの発現が誘導されるなどTh2細胞分化が抑制された。変異FOGの導入実験は、既知のC-terminal binding Protein結合部位(PIDLSmotif)ではなくFOGのN末端領域がGATA-3によるTh2細胞分化誘導の抑制に必須であることを明示した。

(III)組み換えアデノウイルスによるTh2サイトカインの生物学的効果の解析

 E1欠損アデノウイルスのin vitro感染実験から、細胞感染性がビトロネクチン受容体とよく相関し、付着型細胞には高率で感染するが、リンパ球系細胞への感染性は低いことを示した。さらにin vivoマウス感染実験から、経静脈投与が高率に肝・脾にレポーター遺伝子を発現させるが一過性(数日間)であること、野生型ウイルスよりも軽度ではあるが肝に炎症性細胞浸潤を惹起することを示した。IL-4およびIL-13発現ウイルスを投与したマウスは顕著な急性毒性症状を呈し、マクロファージの増殖・浸潤、さらにIL-13では脾・骨髄の造血亢進を伴った。

(結論)

 組み換えウイルスベクターによるin vitroおよびin vivo実験によりTh2型免疫応答の機序を検討し、Th2細胞分化におけるStat6、GATA-3、FOGの役割を解明すると同時に、アデノウイルスベクターによるTh2サイトカイン高発現の生体内効果・毒性を検討した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヘルパーT細胞分化の分子生物学的機構を明らかにするため、マウスナイーブTヘルパー(Th)細胞にレトロウイルスベクターによりシグナル分子を導入する系、および、アデノウイルスベクターを用いてサイトカインをマウス体内に高発現する系を用いて、Th細胞形質の変化や生体内免疫反応の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.IL-4受容体シグナルの一つであるStat6を誘導的に活性化する系(Stat6:ER)をナイーブTh細胞に導入しStat6を活性化すると、Th1細胞誘導培養に抗してTh2型形質が誘導された。変異Stat6やIL-4遺伝子欠損細胞の実験から上記のTh2方形質の誘導がStat6の活性化に依存する、細胞内在的な機序によることが示された。

2.Stat6の活性化によりIL-12受容体β2鎖mRNAは抑制され、Th2特異的転写因子GATA-3とT-betのmRNAが誘導された。また、長時間(3週間)Th1細胞に分化させた細胞ではStat6の活性化によってもTh2型形質が誘導されないことより固定化したTh1細胞形質の維持がStat6の不活化以外の機序によることが示された。

3.Th2細胞分化のmaster regulatorを検討するため、GATA-3およびその変異分子をTh1細胞誘導系に導入し、GATA-3の2つのzinc fingersの異なる役割が示された。さらに、それらのzinc fingersに結合する分子をyeast two-hybrid法によりTh2細胞ライブラリーからscreeningし、Friend of GATA(FOG)が同定された。

4.FOG mRNAはナイーブT細胞に発現されるが、Th1/Th2細胞分化に伴い消失する。また、レトロウイルスによりTh2細胞にFOGを導入するとTh2サイトカインの産生を抑制し、IFN-γの産生を促進するなどGATA-3の活性を抑制する効果が示された。また、欠損変異FOGの実験により、この抑制効果はN末端領域が必須であることが示された。

5.アデノウイルスベクターのin vitro感染性はvitronectin受容体レベルに相関し、浮遊細胞やリンパ球では低値であった。アデノウイルスをマウスに静脈注射すると肝臓を主とした一過性のレポーター遺伝子発現が認められた。野生型アデノウイルスによる肝壊死とは異なるが、E1欠損型アデノウイルスでも炎症反応が惹起された。アデノウイルスによるIL-4とIL-13の生体内発現によりマクロファージの増殖・浸潤や造血亢進を伴う急性毒性症状が顕著に現れた。

 以上、本研究はレトロウイルスベクターを用いた、マウスナイーブTh細胞におけるTh2細胞形質を誘導するシグナル分子の解析から、Stat6、GATA-3の中心的役割を明らかにし、また、GATA-3を抑制するFOGの作用を解明した。さらに、本研究はアデノウイルスのリンパ球系細胞への感染性やTh2サイトカインの生体内での急性毒性を明らかにするなど方法論としてのウイルスベクターの位置付けを明示した。本研究はこれまで未知に等しかった、Th2細胞分化の分子生物学的機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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