学位論文要旨



No 215592
著者(漢字) 森,朋彦
著者(英字)
著者(カナ) モリ,トモヒコ
標題(和) ワイドバンドギャップ半導体の表面ならびに界面の物性に関する研究
標題(洋) Surface and interface properties of wide band gap semiconductors
報告番号 215592
報告番号 乙15592
学位授与日 2003.03.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15592号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小間,篤
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 小林,昭子
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

 ワイドバンドギャップ半導体は,SiやGaAsと比べて,短波長の光を吸収・発光できるなどの優れた物性値を有するため注目されている.しかしながら,ワイドバンドギャップ半導体/金属の界面状態は不明な点が多い.そのため,ワイドバンドギャップ半導体/金属界面の解析等が必要と思われる.

 本研究では,ワイドバンドギャップ半導体の半導体/金属界面および界面形成前の表面についての電子状態の解析,ならびにキャリア注入障壁高さの減少機構の提案を行った.具体的に取り扱った半導体材料は,(1)室温で3.4eVのバンドギャップを有するGaNを中心とするIII-V族窒化物半導体と,(2)2.9eVのバンドギャップをそれぞれ有する有機半導体(Alq3)である.

2.III-V族窒化物半導体の表面・界面

 III-V族窒化物半導体は,直接遷移型の半導体であり,バンドギャップも大きいという特徴を有し,青色発光素子などへの応用が期待されている.半導体/金属界面の観点からは,GaNはイオン結合性の割合が高いワイドバンドギャップ半導体であるので,理想的な(急峻で,化学反応をせずに,面内方向で一様な)界面では,ショットキー障壁高さが金属の仕事関数に大きく依存することが従来のモデルから推測される.しかしながら,n型GaNで調べられたショットキー障壁高さでは,金属の仕事関数に大きく依存しない報告も多数あり,このモデルの妥当性は明らかでない.p型窒化物半導体/金属界面については,良質の結晶を得にくいことやp型伝導性の制御が容易でないことから,ショットキー障壁高さの測定すら行われていなかった.しかしながら近年,p型伝導性を示す窒化物半導体が作成可能となった.

 本章では,p型窒化物半導体について,その表面・界面の状態を把握することを目的とした.以下に内容を記す.

1)界面状態に影響する界面形成前のGaNの表面状態を調べた.その結果,n型GaNやノンドープGaNと比べて,p型GaNの表面がGaリッチであることが分かった.

2)電気特性の金属材料による変化ならびにスロープパラメータ(SI値=|dφB/dχM|)を調べた.図1に金属材料の電気陰性度と測定したショットキー障壁の高さの関係を示す.図1より,電気陰性度が大きい金属ほど正孔の注入障壁の高さが小さくなる傾向が分かる.電気陰性度の変化dχMと比べると,注入障壁の高さの変化dφBは小さく,SI値は0.08であった.これは図2に示すように,Metal-indused gap states (MIGS)の計算値や他の材料の実験値と比べて小さい値であり,高濃度ドープしたMgなどが界面準位を形成していることが推測される.

3)電極形成後の熱処理は,接触抵抗を低減するための一般的な半導体プロセスとして用いられている.しかしながら,化合物半導体では統一的な見解が無いため,GaN半導体についての熱処理による電気特性と元素プロファイルの変化を調べた.その結果,PtならびにAu電極を熱処理することにより,電気特性では接触抵抗率が減少し,元素プロファイルではGa元素が表面に偏析していることを明らかにした.

4)GaNよりバンドギャップの小さいInGaNをコンタクト層として挿入することの有用性を調べた.その結果,InGaNコンタクト層によりキャリア注入障壁の高さが減少できることが分かった.

3.有機半導体の表面・界面

 無機半導体が共有結合やイオン性結合で相互作用しているのに対し,有機半導体は分子内では共有結合やイオン性結合で相互作用しているが分子間ではファンデルワールスカで相互作用している.そのため,有機半導体は,界面においても無機半導体とは異なる挙動を示すと考えられる.界面準位などを形成せずに真空準位を一致させた界面を形成すると予想されていたが,最近,界面において電気二重層によって真空準位にギャップがあることが確認されている.

 電気二重層による電子状態の変化があるということは,金属/有機半導体において電子状態を制御できる可能性を示すものである.原理は明確ではなかったが,最近報告された以下の例は,電気二重層によって界面の電子状態を制御したものと推測される.それは,有機発光ダイオードにおいて,LiFやLiO2等の薄膜絶縁層をAl電極と電子輸送材料であるアルミキノリノール錯体(Alq3)の界面に挿入すると電子の注入効率が向上し,素子の発光効率が向上することである.絶縁性の材料を用いてキャリア注入が向上するという興味深い現象である.しかしながら,Alq3/薄膜絶縁体/Al界面におけるキャリア注入効率の向上についての機構は解明されていない.機構を解明することは,新たな電極構造の提案,ならびに素子特性の向上につながることが期待できる.

 本章では,Alq3/薄膜絶縁体/Al界面の電子状態を測定し,電気二重層という観点からキャリア注入効率の向上についての機構を探った.まずAlq3/LiF/Al界面の電子状態を調べた.次にアルカリ金属フッ化物と同様に効果があると推測されるアルカリ土類金属フッ化物を薄膜絶縁体として採用した.Alq3/アルカリ土類金属フッ化物/Al界面の電子状態を系統的に調べることにより,薄膜絶縁体による電気二重層の変化ならびにキャリア注入向上の機構を考察した.また,考察に基づき,薄膜絶縁体として優れた材料を提案した.以下に内容を記す.

1)Alq3/LiF/Al界面とAlq3/Al界面の電子状態を紫外光電子分光により調べた.図3に得られた光電子スペクトルを示す.このスペクトルより,図4に示す電子状態が得られ,薄膜LiFを挿入することにより電子注入障壁の高さが減少していることが分かった.キャリア注入において,LiF層そのものは絶縁体であるため電子注入の障害となるが,それ以上にAlq3のLUMO準位が下がり電子が乗り越えなければならない障壁の高さが減少した効果が大きいと考えられる.

2)Alq3/薄膜絶縁体/Al界面の電子状態を系統的に調べ,絶縁体の材料特性と電子状態との相関を調べた.薄膜絶縁体としては,LiFと同様に効果があると推測されるアルカリ土類金属フッ化物(CaF2,SrF2,BaF2)を採用した.その結果,正に帯電しやすい材料ほど電子注入障壁の高さが減少することが分かった.

3)1)および2)の結果より,電子注入のための優れた薄膜絶縁体材料として,CsFやRbF,KF等のフッ化物,Cs2OやRb2O,K2O等の酸化物も優れた材料として可能性があることを提案した.

図1金属の電気陰性度とショットキー障壁の高さの関係.

図2Sx値の半導体材料の誘電率依存性.MIGSによる計算値(破線)と他の材料の実験値

(○)ならびに本結果(●).Axは定数.

図3Alq3/LiF/AlならびにAlq3/Alの各層積層後の紫外光電子分光スペクトル.

図4Alq3/LiF/AlならびにAlq3/Al界面の電子状態.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第1章では本研究の背景について、第2章ではIII-V族窒化物半導体の表面ならびに界面物性について、第3章では有機物半導体の表面ならびに界面物性について、そして第4章では本研究のまとめについて述べられている。

 ワイドバンドギャップ半導体は、SiやGaAsと比べて、短波長の光を吸収・発光できるなどの優れた物性値を有するため注目されている。しかしながら、ワイドバンドギャップ半導体/金属の界面状態は不明な点が多い。そのため、ワイドバンドギャップ半導体/金属界面の解析等が必要とされている。本研究で具体的に取り扱った半導体材料は、(1)室温で3.4eVのバンドギャップを有するGaNを中心とするIII-V族窒化物半導体と、(2)2.9eVのバンドギャップをそれぞれ有する有機半導体(Alq3)である。

 まずp型窒化物半導体について、その表面・界面の状態を把握することを目的として、界面状態に影響する界面形成前のGaNの表面状態を調べた結果、n型GaNやノンドープGaNと比べて、p型GaNの表面がGaリッチであることが分かった。次に、電気特性の金属材料による変化ならびにスロープパラメータ(Sx値=|dφB/dχM|)を調べ、電気陰性度が大きい金属ほど正孔の注入障壁の高さが小さくなる傾向が明らかになった。電気陰性度の変化dχMと比べると、注入障壁の高さの変化dφBは小さく、Sx値は0。08であった。これはMetal-indused gap states (MIGS)の計算値や他の材料の実験値と比べて小さい値であり、高濃度ドープしたMgなどが界面準位を形成していることが推測される。

 電極形成後の熱処理は、接触抵抗を低減するための一般的な半導体プロセスとして用いられている。しかしながら、化合物半導体では統一的な見解が無いため、GaN半導体についての熱処理による電気特性と元素プロファイルの変化が調られた。その結果、PtならびにAu電極を熱処理することにより、電気特性では接触抵抗率が減少し、元素プロファイルではGa元素が表面に偏析していることを明らかになった。また、GaNよりバンドギャップの小さいInGaNをコンタクト層として挿入することの有用性を調べられ、InGaNコンタクト層によりキャリア注入障壁の高さが減少できるとの結論が得られた。

 有機物半導体に関しては、Alq3/薄膜絶縁体/Al界面の電子状態を測定し、電気二重層という観点からキャリア注入効率の向上についての機構を探った。まずAlq3/LiF/Al界面の電子状態を調べ、次いでアルカリ金属フッ化物と同様に効果があると推測されるアルカリ土類金属フッ化物を薄膜絶縁体として採用した系について調べられた。Alq3/アルカリ土類金属フッ化物/Al界面の電子状態を系統的に調べることにより、薄膜絶縁体による電気二重層の変化ならびにキャリア注入向上の機構が考察された。まずAlq3/LiF/Al界面とAlq3/Al界面の電子状態を紫外光電子分光により調べた結果からは、薄膜LiFを挿入することにより電子注入障壁の高さが減少していることが判明した。キャリア注入において、LiF層そのものは絶縁体であるため電子注入の障害となるが、それ以上にAlq3のLUMO準位が下がり電子が乗り越えなければならない障壁の高さが減少した効果が大きいと考えられる。また、薄膜絶縁体としては、LiFと同様に効果があると推測されるアルカリ土類金属フッ化物(CaF2、SrF2、BaF2)を採用して、Alq3/薄膜絶縁体/Al界面の電子状態を系統的に調べ、絶縁体の材料特性と電子状態との相関を明らかにした結果、正に帯電しやすい材料ほど電子注入障壁の高さが減少することが分かった。これらの結果から、電子注入のための優れた薄膜絶縁体材料として、CsFやRbF、KF等のフッ化物、Cs2OやRb2O、K2O等の酸化物も優れた材料として可能性があることを提案した。

 以上述べたように、本論文によって、ワイドバンドギャップ半導体の表面ならびに界面の電子状態が詳細に解明された。なお本論文の第2章ならびに第3章は、多賀康訓氏、小池正好氏、柴田直樹司氏、永井誠二氏、山崎史郎氏、浅見慎也氏、時任静士氏、小澤隆弘氏、真部勝英氏、野田浩司氏、藤川久喜氏、大脇健史氏、鈴木基史氏、石井昌彦氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める。

UTokyo Repositoryリンク