学位論文要旨



No 215594
著者(漢字) 山下,英俊
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ヒデトシ
標題(和) 循環型社会に向けた物質循環の指標化と政策評価
標題(洋)
報告番号 215594
報告番号 乙15594
学位授与日 2003.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第15594号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大勝,孝司
 東京大学 教授 松原,望
 東京大学 助教授 藤垣,裕子
 一橋大学 教授 寺西,俊一
 千葉大学 助教授 倉阪,秀史
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の背景

 循環型社会形成推進基本法の制定に象徴されるように、循環型社会に向けた取り組みが各方面で進められている。しかし、こうした取り組みの前提として、現実の物質循環を過度に単純化したモデルが想定されているため、政策に対する評価は不十分であると考えられる。

 具体的には、循環型社会の政策指標として、従来は再生資源の回収率と利用率という二つの指標(リサイクル率と総称する)が主として用いられている。これらの指標は、物質循環が閉じている(再び同じ製品に再生される=狭義のリサイクル)場合には、対象となるシステムの状態を的確に反映することができる。しかし、一般には現実の物質循環は開いている(一つの製品から複数の異なる製品に再生される=カスケード)。したがって、個々の製品のリサイクル率を調べるだけでは、製品相互の影響など現実の複雑な物質循環を把握することは困難である。

 一方、政策の影響を評価する際にも、循環構造の多様性を考慮する必要がある。リサイクル政策が実施されると、天然資源の消費者の費用負担によって再生資源の消費者に利益が生まれる可能性がある。カスケード型の循環構造の場合にはこの関係が成立する。一方、狭義のリサイクル型の循環構造の場合には、一次資源の消費者と二次資源の消費者が一致することになり、上記の所得移転効果は緩和される。このように、循環構造が閉じているか開いているかという違いが、関係主体の費用負担の状況に大きな影響を与える可能性がある。しかし、こうした問題自体が十分に認識されておらず、分析に必要となる方法論も確立されていない状況にある。

 さらに、開いた物質循環という概念には、異なる製品への再生に加え、異なる国における再生という側面を含めることができる。この意味で、日本の二次資源の物質循環はこれまで相対的に閉じていたが、1990年代末以降急速に二次資源の輸出が増大している。この現象は、物質循環の空間的領域に関する検討を要求するものであるが、そうした研究はきわめて少ない。

2.研究の目的

 循環型社会に向けた政策の検討にあたっては、社会的物質循環の複雑な実相を的確に反映することが不可欠である。これが本研究の基本的主張であり、そのために必要となる手法を開発することが本研究の目的である。具体的には、第一に、政策の基礎となる物質循環の多様性を把握する指標(循環度)の開発と応用を行う。第二に、廃棄物税を題材として、所定の目標を達成するための政策が社会に与える影響を、特に物質循環の構造との関わりに着目し、応用一般均衡モデルにより定量的に分析する。この二つの分析を通して、物質循環と経済循環を現実に即して統合的に評価する枠組みを提示する。

3.政策指標の提案:循環度

 本研究においては、現実の物質循環のカスケード構造を反映した新たな指標として、循環度(Circulation Index)を提案している。循環度は、製品を構成する素材(紙であれば紙の繊維)に着目し、その素材がこれまでに利用された回数の期待値(事前循環度)と今後利用される回数の期待値(事後循環度)を統計的に求めるものである。具体的には、紙資源の循環構造を製品生産P・製品貿易T・古紙回収Q・古紙貿易Sという4つの段階に分け、各段階の投入産出関係を行列により表現する。ここで、R=Q×S×P×Tとすると、行列Rは原料や製品として投入されたものが、循環構造を1回転したあとにどの品目にどの程度戻ってくるか、ということを表している。R2で2回転後の情報が得られる。したがって、以下のように、回転数の期待値として循環度が求まる。ここで、品目iの循環度をciとする。

 日本における紙資源の物質循環を対象とした試算の結果、1)日本の紙資源の平均的利用回数は2回程度であり、紙繊維の技術的利用限界とされる3〜5回と比較してさらなる改善の余地があること、2)古紙利用率の水準がほぼ等しい製品でも、物質循環における位置づけの違いによって事前循環度に差異が生じることなど、循環度の有効性が確認された(図1参照)。

 また、循環度を個人のリサイクル行動の指標として応用し、分別回収への協力度だけでなく、商品選択における環境への配慮やリユースの実践など、購買・消費・回収各段階の行動の評価が可能なモデルを構築した。コピー用紙のリサイクル行動に関する試算の結果、1)想定したシナリオの範囲ではリサイクル行動に応じて循環度がO〜3まで大きく変化すること、2)消費・回収段階よりも購入段階の行動の違いが循環度に大きく貢献することなどが明らかとなった。

 さらに、物質循環の領域を国外にも拡げ、アジア地域10ヶ国の循環度の比較分析をおこなった。その結果、国内のみの循環度(D)で評価した場合、日本は台湾に次ぐ位置にあるが、世界全体の循環度(W)では、10ヶ国中6番目へと大きく後退することが明らかとなった(図2参照)。

4.政策手法の評価:廃棄物税

 次に、リサイクル政策の効果と循環構造に応じた影響の違いを評価するため、廃棄物税を題材としたモデル分析をおこなった。

 廃棄物税による廃棄物削減効果の経済的メカニズムには、次の4つの効果が想定できる。まず、課税による相対価格の上昇にともない財の生産量が減少する。これにより、当該財の生産において発生する廃棄物の絶対量が削減される(第1の効果)。同時に、相対価格の上昇割合がより多い財からより少ない財への代替が進むことにより、単位生産額あたりの廃棄物排出量が減少する(第2の効果)。

 こうしたマクロ経済的な調整に加え、廃棄物税の特徴として、リサイクルによる廃棄物排出削減効果がある。具体的には、発生した廃棄物の一部がリサイクルされることによる直接の削減(第3の効果)に加え、一次資源から二次資源への代替による廃棄物発生量の削減(第4の効果)がある。一次資源の生産に際しては、資本や労働に加え多くの資源やエネルギーが投入され、結果として多くの廃棄物が発生する。一方、二次資源の生産とは、廃棄物からの有価物の分別・回収を意味し、生産に要する投入の大半は資本と人件費によって占められる。つまり、一次資源から二次資源への代替とは、単位生産額あたりの資源消費のより多い財からより少ない財への代替を意味している。

 上記のような廃棄物税の廃棄物削減メカニズムとそれがもたらす複雑な経済的影響を正しく評価するためには、異なる嗜好をもつ各経済主体の行動を詳しく描写した一般均衡モデルが不可欠である。そこで、Okushima(2000)のOPERAモデルを廃棄物分析用に改良したOPERA-Rを構築して、全国一律の産業廃棄物税の導入による廃棄物最終処分量削減効果の試算をおこなった。1995年を基準年とし、産業連関表や厚生省(当時)の廃棄物統計などに基づいてデータ・セットを作成した。

 このモデルの主たる特徴は、二次資源の回収・再生のアクティビティを品目別に部門として明示したことである。加えて、一次資源生産部門からは生産活動にともない廃棄物が排出される一方、二次資源生産部門が廃棄物を回収して一次資源と代替可能な二次資源を産出するというメカニズムによって、リサイクルによる廃棄物削減効果を実装した。データの制約により、二次資源としては産業連関表の付帯表に屑として掲出されている9品目のみを扱うこととした。また、一次資源と二次資源との代替弾力性については、説得力あるデータの入手が困難であったため、パラメータとして与えた。

 以上の設定にもとづいて試算をおこなったが、代替弾力性の値に依らず、1%にも満たないわずかな削減率の段階で計算が破綻してしまった。つまり、課税による廃棄物削減効果は少ないという結果となった。この原因は、課税による一次財の価格上昇が二次財の生産コストを押し上げ、二次財の価格も上昇して結果的に十分な価格差が生じなかったためと考えられる。

 そこで、廃棄物税を財源として静脈産業に補助金を与えるという、追加的インセンティブを加えることとした。具体的には、各部門の廃棄物の回収量に比例し、廃棄物税の税率の絶対値を比例定数とする補助金を静脈製品に与える。これは、廃棄物の限界削減費用と同額の補助金を廃棄物の削減主体に還元することを意味するので、きわめて効率的な配分方法といえる。その結果、補助金の導入によって大幅な廃棄物の削減が可能となった。

 廃棄物削減に要する税率は、パラメータに依存するものの、5%削減に1000円程度との結果となった。排出削減の大半は、もっとも回収効率のよい二次鉱業部門の回収量の増加によって賄われることとなった。また、各部門が課税によって被る影響は、物質循環の構造に応じて異なることが確認された。具体的には、二次資源と代替関係にある一次資源の生産部門は負の影響が相対的に大きく、二次資源の投入先となる部門には正の影響が生じるという結果となった。

5.結論

 本研究においては、物質循環の多様な構造を簡潔に把握する指標として循環度を提案し、従来の指標では評価できない構造の指標化が可能であることを確認した。また、廃棄物税を題材とした政策の評価を行い、課税による廃棄物削減効果の定量化に加え、政策の影響が物質循環の中で各主体が占める位置に応じて異なることを確認した。以上により、物質循環と経済循環を現実に即して統合的に評価する手法を提示した。この結果、循環型社会の構築に向け不可欠である、現実の物質循環の多様性を政策に反映する取り組みが促進されることが期待できる。

図1日本の紙製品の循環度(1995年)

図2アジア各国の古紙の循環度(2000年)

審査要旨 要旨を表示する

 循環型社会の形成は、我が国の環境政策における中心課題の一つである。しかしながら、廃棄物・リサイクル問題は、政策の基礎となるべき研究の蓄積が相対的に少ない分野である。特に人間の社会経済活動とそれにともなって変動する物質循環との関係の体系的な把握という課題は、長年にわたり政策サイドからの需要が示されながらも、研究者側がその要求に十分に応じることができずにいた領域といえる。

 論文提出者はこの課題に対し、統計学やシステム分析の手法を応用した物質循環の把握と、経済学的手法を用いた政策の評価という二重のアプローチによって、現実の物質循環の多様性・複雑性を政策に反映するための手法の開発に成功した。具体的には、第一に、政策の基礎となる物質循環の多様性を把握する指標の開発と応用を行った。第二に、廃棄物税を題材として、所定の目標を達成するための政策が社会に与える影響を、特に物質循環の構造との関わりに着目し、応用一般均衡モデルにより定量的に分析した。

 リサイクルの指標として従来用いられてきた再生資源の回収率と利用率という二つの指標は、物質循環が閉じている、すなわちリサイクルされた資源が再び同じ製品に再生される場合には、対象となるシステムの状態を的確に反映することができる。しかし、現実の物質循環は開いている、すなわち一つの製品から複数の異なる製品に再生されるのが一般的である。こうした開いた物質循環の構造を、カスケードと呼ぶ。したがって、個々の製品の回収率・利用率を調べるだけでは、製品相互の影響など現実の複雑な物質循環を把握することは困難である。

 これに対し、論文提出者の開発した循環度Circulation Indexという指標の場合、製品を構成する素材、たとえば紙であれば紙の繊維に着目し、その素材がこれまでにその製品として利用されてきた回数の期待値と、今後利用される回数の期待値を統計的に求める。このように、資源の流れを採取段階から廃棄まで追うことにより、カスケード構造を指標に反映することが可能となる。

 論文提出者は、この指標を用いて日本の紙資源の物質循環を分析し、製品の品目による多様性、たとえば段ボールの循環度は3.8であり、既に限界までリサイクルが行われていること。一方、情報用紙や衛生用紙は0.5を下回っており、改善の余地が大きいことなどを確認している。従来の指標との比較については、たとえば新聞用紙と衛生用紙を比較した場合、従来の指標では衛生用紙の方がリサイクルの水準が高いことになるにもかかわらず、循環度では逆の結果となることが示された。この原因は、従来の指標では両者に利用されている古紙の品質の多様性が考慮できないことにあり、循環度の指標としての有効性を確認できる。さらに、論文提出者はこうした分析に加え、個人のリサイクル行動の指標への応用や、国際的なリサイクルの問題の分析を行うなど、循環度の指標としての様々な展開可能性を示している。

 一方、第二の柱である廃棄物税の応用一般均衡モデルを用いた定量分析においては、論文提出者は従来の応用一般均衡モデルを拡張し、リサイクルによる廃棄物削減のメカニズムを明示的にモデルに導入している。その際、アド・ホックな仮定を極力用いず、現実に入手可能なデータ制約の中で、できるだけ経済理論に忠実になるようモデル化を行っている。廃棄物政策に関する応用一般均衡モデルを用いた分析には、若干の先行研究が存在するが、論文提出者のモデルは現実との対応、メカニズムの透明性などの点で抜きん出ている。

 このモデルを用いた試算の結果、理論から得られる予想に反し、廃棄物への課税だけでは排出削減が進まず、適切なリサイクル補助金との組み合わせが必要となるという知見が得られた。この結果は、論文提出者自身も確認しているとおり、応用一般均衡モデル特有の諸前提の影響を考慮した上で評価すべきものではあるが、一定の政策的示唆を得ることができる。さらに、既存研究において理論的に予測されていた、物質循環の構造が課税の効果に及ぼす影響を、初めて定量的に評価した点も特筆すべきである。こうした影響は、廃棄物・リサイクル政策特有の現象であり、今後の具体的な政策立案に活かされるべき知見である。

 本論文の研究成果の一部は、既に学術論文として投稿・掲載され、当該分野においては高く評価されている。この投稿論文は共著ではあるが、実質的には論文提出者の成果である。

 以上要するに、論文提出者は、循環型社会の形成という重要な政策課題を題材とし、独自に開発した指標を用いた物質循環の定量化と、応用一般均衡モデルを用いた政策の影響評価という二つのアプローチから、現実の物質循環の多様性を政策に反映する手法の開発に大いに貢献した。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51162