学位論文要旨



No 215599
著者(漢字) 飛田,春雄
著者(英字)
著者(カナ) トビタ,ハルオ
標題(和) 金属薄板の防水屋根への適用とその性能に関する研究
標題(洋)
報告番号 215599
報告番号 乙15599
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15599号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 野城,智也
内容要旨 要旨を表示する

 「建物の上方に位置し外部に面して空間を覆うもの」(建築大辞典、彰国社)である屋根は、過酷な自然環境に耐え居住性に欠かせない建築物の根幹をなす基本的な要素である。特に、直接「雨」「露」「雪」「風」「日射」などの厳しい自然環境に曝される外装材は防水性を始めとする重要な役割を負っている。

 古来、日本建築の屋根は、幕末以前は、日本列島の多降水量および豊富な森林資源の側面もあり勾配屋根が全てであったが、明治に入りRC造が普及して屋上階が利用されるようになり、これに伴い陸屋根の宿命である過酷な1防水性に対応するためアスファルト防水を始めとする高分子材料系を用いた各種防水工法が開発採用されてきた。

 一方、勾配屋根に使用される屋根葺き材は、古くから大半が瓦が主体であったが、瓦は重量があり、屋根勾配を大きくとらなければならないため、この欠点を補う屋根葺き材として金属を用いた屋根が台頭してきた。とくに、1919年の「屋上制限令」の施行に伴う屋根の不燃化並びに1953年の連続溶融亜鉛めっきに始まる長尺亜鉛鉄板の生産で金属を用いた長尺屋根工法の時代が招来し今日に至っている。

 大規模建築物の増加と共に増加の一途を辿った長尺屋根工法については、JISA6514「金属製折板葺屋根構成材」として制定されている板厚0.8mm,1.0mmが主体の折板屋根構造として用いられる折板系屋根が多く採用される一方、建築物の多様化と相まって、屋根形状も変化し「軽量」で「成形牲」に優れた特徴を活かし、躯体に追従出来る板厚0.4mm主体の瓦棒工法に代表される立ちハゼ葺き系工法が横葺き工法と共に採用されている。

 使用される葺き材料については、塗装技術と表面処理技術の進歩と共に、着色亜鉛めっき鋼板に代表される各種の塗装鋼板が主体であるが、建築物の耐久性の高まりと共に、耐侯性の優れたフッ素鋼板及び耐食性の優れたステンレスが多く用いられる様になってきた。

 特に、屋根葺材の長期耐久性が要求される今日、「基材」の耐食性が優れたステンレス及び最近では海浜地域を始めどのような環境にでも耐える抜群の耐食性を有するチタンも採用されて来た。

 これらを背景として、「陸屋根に対応できる防水性」「多様化する屋根駆体に対する追従性」「素材の耐久性」及び「大規模物件に対する適応性」の要求に応えられるステンレスシートをシーム溶接で一体化しメンブレン(防水層)として用いたステンレスシート防水工法が1980年頃から上市され、その革新的技術が評価され、1986年3月本工法が日本建築学会の「建築工事標準仕様書・同解説JASS8防水工事」に「ステンレスシート防水工事」として新規に制定された。

 立地条件間わず長期耐久性の要求に応えられるチタンについては、高温において活性な金属のためシーム溶接に伴う脆化が発生しやすいが、溶接条件の最適化に関する本研究の結果及び実績を経て、2000年7月JASS8の改訂で現状のステンレスに追加して対象材料となった。

 さらに、本工法の信頼性に関して筆者は、風圧(負圧)に対する本工法の信頼性を左右する溶接部の評価に風圧によるメンブレンの変位曲線にカテナリを当てはめた耐風性近似解析法を導出した評価法により信頼性を確立した。素材のステンレスについては、海岸地域での飛来海塩粒子によるステンレスメンブレンの耐食性特に、耐孔食性を考慮した腐食環境での適用指針、他方チタンについては、相手の金属との接触腐食(電食)問題及びスプリングバックなどの成形性解析評価研究に取り組み、本工法の信頼性確立に繋げた。

 長期に亘り実用化研究したこれらの研究については、以下の通り7章に分けて報告する。

 第1章「序論」では、研究の背景と目的及び既往の研究を紹介した。

 第2章「チタンのメンブレンとしての性能分析と考察」では、チタンをステンレスシート防水工法のメンブレンとして用いる場合の、スプリングバック特性並びに電位が貴な電位のための電食問題を自然電位測定解析により工法上接触する金属材料を中心に組み合わせて比較解析した。本解析考察内容は、防水工法としての性能は無論、一般の屋根葺き材も含めた金属外装材の検討にも有効に適用出来る。

 第3章「ステンレス鋼のメンブレンとしての耐食性考察」では、酸性雨に対するステンレスの耐食性能をアノード分極曲線測定及び腐食減量調査により、ステンレスの高耐食性の検証を行った。また、飛来海塩粒子による耐孔食性能については、ステンレスシート防水工法の場合、陸屋根に使用される事が多く、通常の勾配屋根による雨水の洗浄作用によるClイオンの洗浄が期待できなく、濃縮する危険があるため、飛来海塩粒子と離岸距離との相関関係を求めると共に、孔食進展則による孔食深さの経年推移を推定した。本考察は、特にステンレスをメンブレンとして使用する際に、防水の信頼性上、有効な考察となる。

 第4章「チタジを用いた防水工法のシーム溶接最適化と評価」では、高温で脆化するチタンを溶接機の電極先端の形状も含めて最適な溶接条件を得るための溶接実験を実施して最適な溶接条件を求めた。特に実施工での溶接管理上必要不可欠な電流値とピール強度値(剥離強度値)の相関を実験により提示した。さらに、耐風性能に直結するこのピール強度の評価解析方法を風圧力により板厚0.4mmのメンブレンが変位する曲線にカテナリを当てはめた耐風性能近似解析法を導出することにより可能になった。著者が導出したこの近似解析法は本論文の中心であり、本章で導出過程及び耐風性試験、有限要素法による検証を詳述した。

 第5章「ステンレス鋼を用いた防水工法の耐風性能と評価」では、第4章で導出した近似解析法を同類のステンレスシート防水工法に適用して検証した。本章ではさらに、実際の施工状態に準じたメンブレン周辺を溶接した密閉状態での耐風性能試験を開放状態と併せて実施し近似解析法と照合して溶接部のピール強度及び、風圧力により溶接下部境界に働く応力を解析した。この最大応力が働く部位に付いては、変動する風速に対するステンレス鋼の累積疲労損傷度を求める手法で疲労強度解析を実施したが、この解析手法は今後シート防水工法の長期耐久性の評価法の有効な手段となると考える。

 第6章「耐風性能解析法の勾配屋根工法への応用」では、第4章で導出し、第5章で同類の工法であるステレス防水工法に適用検証した耐風性能近似解析法をさらに発展応用させるために、断面形状が類似し、金属長尺屋根の代表工法である防水性能の高いスタンディングシーム葺工法に対して理論解析を展開して検証した。また、解析対象にした本工法の板厚は0.6mmであり、既存の金属屋根の瓦榛工法から各種の縦葺き工法まで本解析法が幅広く応用できることが確認できた。

 第7章「結論」では、本論文の結論及び成果を述べると共に、今後の課題を最後に記した。

 本研究の成果は以下の通りである。

(1)チタンをメンブレンとして用いたシーム溶接の最適溶接条件を求め、電流値とピール強度値の相関関係を指標化した。

(2)ピール強度の耐風性能評価が風圧力でメンブレンが浮き上がる曲線にカデナリを当てはめた耐風性能近似解析法の導出により可能になった。

(3)防水工法で適用した、耐風性能近似解析法を板厚0.6mmのフッ素鋼板を用いたスタンディングシーム葺工法に理論展開して本解法が薄板金属長尺屋根工法に応用出来ることを明らかにした。

(4)変動する風速に対する防水工法に用いたステンレス鋼の累積疲労損傷度を求め長期に亘り疲労破壊しないことを推測した。

(5)板厚0.4mmチタンのスプリングバック特性を理論式及び実験値を用いて解析した。また、自然電位測定により電食評価を行いチタンが防水工法の適材であることを検証した。

(6)ステンレス鋼の酸性雨に対する耐食性をアノード分極曲線測定により検証すると共に、飛来海塩粒子による耐孔食性において、孔食進展則を用い長期耐久性の推定並びに、飛来海塩粒子量と離岸距離との相関関係を明らかにすることにより、海岸地域の腐食環境範囲を明確にした。

 ここに、長期に亘りステンレス鋼及びチタンを用いた防水工法の諸課題に取り組んだ研究内容を勾配屋根への技術適用も含めて本研究論文として報告することにより、金属薄板を用いた防水屋根工法のさらなる信頼性構築に繋げたい。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、金属薄板の屋根葺き材として、今後の発展が期待されるチタンとステンレス鋼について、耐食性などメンブレンとしての性能と、耐風性など防水工法としての性能を、実験的・理論的に解明したものであり、7章からなる。

 第1章「序論」では、金属薄板の屋根葺き材としては、現在では、亜鉛めっき鋼板など各種の塗装鋼板が一般的であるが、より高い耐久性が要求されるようになってきたという背景を述べ、それに応じるためにチタンとステンレス鋼が使用されるようになってきた経緯について紹介している。その上で、本研究の目的は、それらの耐食性や耐風性を実験的・理論的に解明することであるとしている。

 第2章「チタンのメンブレンとしての性能分析と考察」では、チタンをシート防水工法のメンブレンとして使用する場合に問題になる、スプリングバック特性と電食について検討を行っている。

 スプリングバックに関しては、チタンをはじめとする各種の金属について、比較実験を行ない、既往の理論式と比較検証している。その結果、チタンはスプリングバック係数が比較的小さい(スプリングバック性が大きい)が、この特性を考慮して加工すれば、実用上問題がないとして、成形角度に対する過剰変形角度による最適成形加工の方法を示している。

また、電食については、チタンをメンブレンに使用した場合でも、アンカーはステンレス鋼製であるため、腐食電位の低いステンレス鋼側に電食が起こる可能性があることに鑑み、自然電位測定を行っている。その結果、ステンレス鋼側の電食が僅少であり、とくに問題にならないことを明らかにしている。

 第3章「ステンレス鋼のメンブレンとしての耐食性考察」では、酸性雨に対するステンレス鋼の耐食性能を、アノード分極曲線測定及び腐食減量調査により、また、飛来海塩粒子による耐孔食性能を、観測データと既往の研究成果から、検証している。その結果、前者の酸性雨に関しては問題がないが、後者の飛来海塩粒子に対しては、個々の屋根の設計にあたって注意が必要であるとしている。

 第4章「チタンを用いた防水工法のシーム溶接最適化と評価」では、チタンが高温では脆化するために溶接の方法が重要であるとの認識から、まず溶接機の電極先端の形状の違いを含めた実験を行い、最適な溶接条件を求めている。とくに、電流値とピール強度(剥離強度値で、耐風性能に直接関係する)の関係を明らかにしている。

 つぎに、このピール強度の評価に関して、風によるメンブレンの変形をカテナリに当てはめた場合の近似解析法を示し、それが大変形有限要素法や水圧試験の結果とよく適合することを示している。

 第5章「ステンレス鋼を用いた防水工法の耐風性能と評価」では、前章で提示した近似解析法をステンレスシート防水工法に適用した結果について述べている。さらにこの章では、実際の施工状況に準じた試験体による耐風圧試験を行い、近似解析法の結果と照合している。とくに、変動風圧によるステンレス鋼の累積疲労損傷度を求める疲労強度解析を行い、溶接条件やシート周辺のおさまりに配慮すれば、長期にわたる耐久性能が得られることを明らかにしている。

 第6章「耐風性能解析法の勾配屋根工法への応用」では、第4章で提示し、第5章でも用いた耐風性能の近似解析法を、現時点で一般的な長尺屋根の代表的な工法であるスタンディングシーム葺き工法に適用・検討した結果について紹介し、この近似解析法が、広い応用範囲を持つことを実証している。

 第7章「結論」では、本論文の成果をまとめ、あわせて今後の課題について述べている。

 以上のように、本論文は、金属薄板を屋根葺き材として用いる場合に要求される耐食性や耐風性などを、実験と理論の両面から解明することにより、実用的にもきわめて有用な結果を得たものであり、建築学の発展に寄与するところがきわめて大きい。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク