学位論文要旨



No 215601
著者(漢字) 田村,雅紀
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,マサキ
標題(和) コンクリート構造物のライフサイクル設計における材料保存ストラテジー
標題(洋)
報告番号 215601
報告番号 乙15601
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15601号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 塩原,等
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリートのリサイクルに関する研究開発は、1970年代以降、急速に推し進められ、これまで数多くの研究成果を導出してきたといえるが、実際に再生コンクリートが構造用コンクリートとして使用された例は極めて少なく、今もなお発展途上の段階にあるといえる。また昨今では、最終処分場の残余容量が切迫した結果、場内から比較的資源価値の高い廃棄物を掘削・回収し、最終処分場の延命を図るという無味な状況も引き起こしている。そのような状況の下、循環型社会元年といわれる2000年になり、既存構造物のコンクリート塊から原骨材と同等の品質を有する再生骨材を回収し、構造用再生コンクリートとして適用可能とする技術が登場した。再生処理段階に要するエネルギー負荷が増大する点に関しては、検討の余地があるとされているが、コンクリートのリサイクルに対する意識改革をもたらしたといえる。以上より、コンクリートのリサイクルにおいては、従来の取り組みでは、その解決が困難とされる複雑な問題が内在することが想定されるため、その性質を認識した上で、抜本的な解決を図る新たな技術的方策を導く必要性があると考えられた。

 本研究では、これらの状況を鑑みて、解体コンクリート塊の全量を再び構造用コンクリートの構成材料として完全にリサイクルすることを目的に、コンクリート構成材料が品質低下を起こさないで再生され、構造体を介して永続的に循環し続ける材料保存の性質と、リサイクル設計を包含するライフサイクル設計の概念を提案する。そして、材料的な要因となるセメント回収型・骨材回収型完全リサイクルコンクリートに関する基礎的物性を明らかにし、構造用コンクリートとして実務的に使用可能とする実証化検討を行った。なおライフサイクル設計手法は、構造用コンクリートに要求される力学性能および耐久性能などの基本性能に加え、材料保存性という新たな性質を付与するものであるため、従来型の構造物生産システムのあり方に、根本的な変化をもたらす可能性があるといえる。

 本研究の内容は、他産業分野を含めた製造物の構成材料における資源循環化手法に関する既往の研究について整理し、得られた知見をもとに、 「コンクリートの材料保存性が導く生産システム」、「コンクリート構造物のライフサイクル設計手法」、「セメント回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」、 「骨材回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」および、 「建築構造用コンクリートに関する需給環境の将来予測」に関する内容により構成される。以下にその概要を示す。

 「コンクリートの材料保存性が導く生産システム」に関しては、コンクリートの材料保存性に着目した場合、コンクリートの構成材料となる物質群は、素材、材料、原材料に分類可能となり、コンクリートの製造段階で、その構成材料の位置づけを明確にすることで、解体処理方法、再生材料の用途、循環形態(オープンループ、クローズドループ)、更新形態(ダウンサイクル、レベルサイクル)に対する適応度が示されるとした。その結果、既存コンクリート構造物の生産システムを、順工程生産システム(製品の易分解性を考慮せず、製造におけるコスト低減および効率に重点を置いたシステム)と位置づけることが可能になり、その生産システムに内在する問題点、コンクリート塊の処理方策および資源循環形態を明らかにすると同時に、材料保存性を確保するような新規コンクリート構造物の生産システムは、順逆工程統合生産システム(同一系統の組立性・分解性を保持した構成材料を使用し、生産の順工程を合理化しつつ逆工程を一貫させて資源循環性を確保する生産システム)として位置づけられることを示した。

 「コンクリート構造物のライフサイクル設計手法」に関しては、近年におけるコンクリート構造物の短寿命化現象を鑑み、従来の構造物に要求される性質に加え、構造物における使用上の機能性を長期に渡り維持する性質を重視し、その上でコンクリートを完全にリサイクルする仕組みを包含するライフサイクル設計手法を示した。ライフサイクル設計手法は、建築物およびその構成要素に対し、本質的に要求される機能を具体的に示し、その機能の充足を目的とする個別設計要素(リデュース設計、メンテナンス設計、リュース設計、リサイクル設計)により全体が構成される。またライフサイクル設計手法は、生産における順工程と逆工程を統合する仕組みの導出を可能にするため、構造物は目標としたライフサイクルで供用される準備が整い、解体処理段階においてはコンクリート構成材料が容易に再資源化され、材料保存性を確保するような状況も導かれる。そして、この仕組みを実現可能にするコンクリートとして、セメント回収型・骨材回収型-完全リサイクルコンクリートが挙げられ、実証化を目的とした検討が必要と考えられた。

 「セメント回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」に関しては、同コンクリートを「セメントおよびセメント原料となる物質のみがコンクリートの結合材、混合材および骨材として用いられ、硬化後、再度全ての材料がセメント原料および再生骨材として利用可能であるコンクリート」と定義し、その実証可能性を検討した。コンクリートの構成材料に、セメント原料となる産業廃棄物起源材料を導入し、廃棄物の発生抑制を図ると同時に、コンクリートが成分調整不要のまま再生セメントとなるような成分調整不要型完全リサイクルコンクリートについて、基礎的物性を評価し、構造用コンクリートとして使用可能であることを示すと同時に、再生セメントとして完全リサイクルが可能であることを示した。続いて、完全リサイクルコンクリートの拡大利用を図るために、将来的に国内で汎用されることが期待される石灰石骨材を抽出し、それを構成材料とした汎用型完全リサイクルコンクリートおよび、単位水量の減量に伴うコンクリートの品質向上を図る粒形改善型完全リサイクルコンクリート製造し、その基礎的物性を明らかにした。その結果を日本建築学会仕様書・コンクリート調合指針における参考調合に反映して完全リサイクルコンクリート推定調合を作成し、試験練りを行い、最終的に完全リサイクルコンクリート標準調合表を具体化した。最後に、セメント回収型-完全リサイクルコンクリートの実構造物への適用性を検証するために、日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業における低環境負荷・資源循環型居住システムの社会工学的実験研究において施工対象となった完全リサイクル住宅(S-PRH)の全PC基礎に、セメント回収型-完全リサイクルコンクリートを適用し、構造用コンクリートとして使用可能であることを実証した。

 「骨材回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」に関しては、同コンクリートを「コンクリートの力学特性に過度な低下が生じない程度に骨材表面に改質処理を施して、骨材-マトリックス間の付着力を低減し、原骨材を容易に回収することを可能とするコンクリート」と定義し、その実証可能性を検討した。現在、一般的に製造される再生骨材の表面には、30%程度のポーラスなセメントペーストが付着しており、それが構造用コンクリートヘの適用を困難にしているが、同コンクリートはこの状況を抜本的に解決する方法として提案された。骨材の易分解性を確保する改質処理骨材は、安全性、経済性、簡便性などを考慮して導かれた化学処理法および物理処理法により製造が可能となる。化学処理法は、骨材界面におけるセメント水和物の生成を化学的に抑制する性質、物理処理法は、被膜形成により骨材界面の微細な凹凸面を平滑にし機械的摩擦力を低減する性質が易分解性の作用因子となっており、コンクリートの骨材回収性を容易にする。粗骨材に改質処理骨材を用いたコンクリートの基礎的物性は、フレッシュ性状に関しては、普通骨材によるコンクリートとほぼ同等の性状が確保できること、力学特性に関しては、骨材界面剥離効果により強度が若干低下するが、骨材種類および水結合材比の調整により、構造用コンクリートとして使用可能とする条件が導かれることを示した。また、改質処理骨材がコンクリートのひび割れ進展に影響することが想定されたため、くさび割裂破壊靱性試験により測定される荷重-ひび割れ開口変位曲線を元に導かれるコンクリートの破壊特性を実験、解析を通じて評価したところ、骨材粒形・強度およびマトリックス強度の兼ね合いにより、ひび割れが骨材界面の脆弱部に優先的に形成され、骨材界面へ回り込みを起こしながら進展する結果、破壊性状が延性的になり、ひび割れ発生に消費されるエネルギーの低下も抑制されることが確認された。そしてこの場合、再生骨材の品質および原骨材回収率が向上するため、コンクリートの基礎的物性を確保しつつ、骨材の材料保存性を同時に確保することが可能であることを示した。

 「建築構造用コンクリートに関する需給環境の将来予測」に関しては、各種既存コンクリートおよび各種完全リサイクルコンクリートを対象に、それらを一定割合で使用した場合のセメント消費量、骨材消費量、コンクリート需要量、廃棄物発生量および二酸化炭素排出量の需給変化に関するシミュレーションを実施した。結果、完全リサイクルコンクリートの導入により、セメント原料および天然骨材の消費量は大幅に低下し、それに伴い、廃棄物発生量および二酸化炭素発生量も低減できることが特徴的な点として見出されたため、環境負荷低減を図りつつ、材料保存性を確保するコンクリートとして有効となることが示された。

 以上の検討により、コンクリート構造物のライフサイクル設計における材料保存ストラテジーに関する研究がとりまとめられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「コンクリート構造物のライフサイクル設計における材料保存ストラテジー」と題したものであり、解体コンクリート塊の全量が再び構造用コンクリートの構成材料として完全にリサイクルされる社会の構築に資することを目的として、コンクリート構成材料が品質低下を起こさないで再生され、構造体を介して永続的に循環し続けるという材料保存の概念と、リサイクル設計を包含するライフサイクル設計の概念を提案するとともに、その概念の実用技術の一つであるセメント回収型・骨材回収型完全リサイクルコンクリートに関する基礎的物性を明らかにし、解体コンクリート塊の構造用コンクリートとしての実用化を進めたものである。

 本論文の内容は、「コンクリートの材料保存性が導く生産システム」(第3章)、「コンクリート構造物のライフサイクル設計手法」(第4章)、「セメント回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」(第5章)、「骨材回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」(第6章)および「建築構造用コンクリートに関する需給環境の将来予測」(第7章)に関する内容により構成される。

 「コンクリートの材料保存性が導く生産システム」に関しては、既存コンクリート構造物の生産システムを、順工程生産システム(製品の易分解性を考慮せず、製造におけるコスト低減および効率に重点を置いたシステム)と位置づけ、その生産システムに内在する問題点、コンクリート塊の処理方策および資源循環形態を明らかにすると同時に、材料保存性を確保するような新規コンクリート構造物の生産システムは、順逆工程統合生産システム(同一系統の組立性・分解1性を保持した構成材料を使用し、生産の順工程を合理化しつつ逆工程を一貫させて資源循環性を確保する生産システム)として位置づけられることを示した。

 「コンクリート構造物のライフサイクル設計手法」に関しては、建築物およびその構成要素に対して本質的に要求される機能を具体的に示し、その機能の充足を目的とする個別設計要素(リデュース設計、メンテナンス設計、リュース設計、リサイクル設計)によりライフサイクル設計が構成されることを明確にするとともに、ライフサイクル設計手法は、生産における順工程と逆工程を統合する仕組みの導出を可能にするため、構造物は目標としたライフサイクルで供用される準備が整い、解体処理段階においてはコンクリート構成材料が容易に再資源化され、材料保存性を確保するような状況も導かれることを示した。

 「セメント回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」に関しては、産業廃棄物起源材料を有効活用することにより成分調整不要のまま再生セメントとなるような成分調整不要型完全リサイクルコンクリートの基礎的物性を評価し、構造用コンクリートとして使用可能であることを示すと同時に、再生セメントとして完全リサイクルが可能であることを示した。また、石灰石骨材を構成材料とした汎用型完全リサイクルコンクリートの基礎的物性を明らかにした上で、完全リサイクルコンクリート標準調合表を作成するとともに実建築物の基礎に適用し、構造用コンクリートとして使用可能であることを実証した。

 「骨材回収型-完全リサイクルコンクリートの実証化」に関しては、力学特性に過度な低下が生じない程度に骨材表面に物理的・化学的改質処理を施して、骨材-マトリックス間の付着力を低減し、原骨材を容易に回収することを可能とするコンクリートに関して開発実験を行い、フレッシュ性状に関しては、普通骨材によるコンクリートとほぼ同等の性状が確保できること、力学特性に関しては、骨材界面剥離効果により強度が若干低下するが、骨材種類および水結合材比の調整により、構造用コンクリートとして使用可能とする条件が導かれることを示すとともに、再生骨材の品質および原骨材回収率が向上するため、コンクリートの基礎的物性を確保しつつ、骨材の材料保存性を同時に確保することが可能であることを示した。

 「建築構造用コンクリートに関する需給環境の将来予測」に関しては、各種既存コンクリートおよび各種完全リサイクルコンクリートを対象に、将来のセメント消費量、骨材消費量、コンクリート需要量、廃棄物発生量および二酸化炭素排出量の需給変化に関するシミュレーションを実施し、完全リサイクルコンクリートの導入により、セメント原料および天然骨材の消費量は大幅に低下し、それに伴い、廃棄物発生量および二酸化炭素発生量も低減できることを示した。

 本論文は、近年の建設構造物解体に伴い多量に発生するコンクリート塊のリサイクル手法に関して独創的な概念を導入するとともに、コンクリートのクローズドなリサイクル体系の実用化に向けての抜本的な糸口を見出したものであり、コンクリート工学の発展に大きく寄与するものである。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51165