学位論文要旨



No 215602
著者(漢字) 坂本,邦宏
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,クニヒロ
標題(和) 地区交通計画支援ツールとしての交通シミュレーションモデルの開発と適用に関する研究
標題(洋)
報告番号 215602
報告番号 乙15602
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15602号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 桑原,雅夫
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

 自動車交通を取り巻くTDMやITSの進展に伴って、個人行動の変化を考慮することが重視されてきている。一方、計算機能力・性能の飛躍的向上を背景として、交通シミュレーションモデルによる交通計画の支援の必要性や需要が高まっている。しかし、交通シミュレーションモデルの適用においては、局所的(ミクロな)車両挙動への対応を十分に行われないまま利用されてしまう事や、交通計画プロセスにおける支援ツールとしての具体的な利用については十分な検討がなされていないなど、課題は多い。

 以上の様な背景をもとに、本研究の目的を以下に様に設定した。その際、本研究では地区スケールの交通計画を、地区交通計画と位置付けた。

1) 地区交通計画の支援ツールといった明確な目標を持った交通シミュレーションモデルを提案・構築する

2) ミクロレベルの車両挙動に起因する交通問題を検討するために、交通シミュレーションモデルの拡張を行い、地区スケールの交通問題における交通シミュレーションの適用の可能性を検討する

3) 地区交通計画の支援ツールとしてシミュレーションモデルをどの様に適用できるのかといった可能性を検討する

 交通シミュレーションモデルの適用可能性を検討する対象については、幅員が比較的狭い道路で構成されることに起因する我が国に特徴的な都市交通問題に着目した。

 本研究では、これらの目的を達成するために、まず開発目的を地区交通計画の評価とした新しい交通シミュレーションモデルtiss-NETの開発を行った。また、様々な地区交通計画に必要なモデルの拡張は、実際の観測データを用いてモデルの構築を行った上で、tiss-NETへの実装を行った。また、計画策定における意思決定の支援ツールとしての交通シミュレーションモデルの適用については、実際のケーススタディーを通してその適用の可能性と課題の検討を行った。

 本論文の主要な知見を論文構成に従って述べると、以下の通りである。

 第2章では、本研究で取り扱う研究範囲を定義した上で、普及が進んでいる交通シミュレーションモデルの既存研究をレビューし、シミュレーションモデルの開発プロセス、および地区交通計画評価ツールとしての分類を行った上で、それらの視点からの課題を整理し、本研究の目的と位置付けを行った。評価ツールとしてのシミュレーションモデルの開発と適用については、まだその事例が少なく、本研究の意義が確認された。

 第3章では、本研究で開発した地区交通計画評価ツールとしての交通シミュレーションモデルtiss-NETを構成する基本モデルの提案と検証を行った。tiss-NETにおける各サブモデルの妥当性を検討すると共に、サブモデル構成の拡張性・柔軟性が4章以降の各地区交通計画における適用を可能とする利点を確認した。

 第4章から第6章においては、tiss-NETの基本モデルをさらに個別に拡張することで各種計画への適用を探るという技術的拡張の検討を行った。

 第4章では、我が国における典型的な市街地交通問題である路上駐車に着目して、そのインパクトの定量的評価を行うためにtiss-NETの適用の検討を行った。敷地内における走行実験、実際に路上駐車車両が問題となっている地区の実地調査から、tiss-NETに組み込む路上駐車関連のサブモデルを構築・実装を行うことで、路上駐車問題の定量的評価が可能となり、交通シミュレーションモデルの有効性を確認した。

 第5章では、都市交通問題として顕在化している駐車場施設周辺の問題に着目し、主として待ち行列の形成や自動車車両の入出庫時の錯綜による交通インパクトを、交通アセスメント問題としてとらえた上でtiss-NETの適用の検討を行った。まず、交通アセスメントにおける課題を整理し、交通シミュレーションモデルに必要な入力データの時間分解精度が大きくその結果に関係することを明らかにした。また、駐車場周辺の待ち行列形成やその回避といった車両挙動を表現するために、待ち行列形成・回避挙動のtiss-NETモデルヘの追加組み込みを行い、路上に発生する待ち行列の実態に即した車両挙動が表現され、交通シミュレーションモデルの適用の可能性が確認された。さらに仮想的な施設立地のシミュレーション分析によって、同じ駐車場容量を持つ場合でも駐車場の出入口位置の設置位置によって周辺交差点に与えるインパクトが大きく異なることを確認することを通して、交通シミュレーションモデルの適用の有効性を確認した。

 第6章では、自動車運転者の経路選択行動に関して、既存の交通シミュレーションモデルにおける車両の経路選択モデルについて分類を行い、現在抱えている課題とその対応策を提示し、その上でtiss-NETモデルを用いて交通シミュレーションヘの導入可能性を確認した。まず、運転者の経路選択行動のメカニズムを直接的に解明することは困難であることから、対策の実現案として、選択する経路について道路ネットワークをリンクとノードに分解し、各ノードにおいてリンクの利用・非利用を判断する疑似行動モデルを提案した。さらに疑似行動モデルを構築するために繰り返しの実走行実験を実施して運転者の経路選択に関わる要因を抽出整理し、2項ロジットモデルの推定とtiss-NETへの実装をおこなった。シミュレーション分析の結果から、時間だけではなく道路属性などの要因によって車両がリンクを選択し、結果として経路を変更していることの再現が確認され、交通シミュレーションの適用可能性を確認できた。

 第7章及び第8章は、tiss-NETのモデル群の技術的な検討というよりも、tiss-NETモデルの意思決定支援ツールとしての使い方に関する段階であり、モデル利用の展開的段階である。ここでは、公共交通支援策や面的施策といった複合的な施策への適用を行った。

 第7章では、鎌倉古都地域で検討されたバス公共交通の優先策に関して、tiss-NETモデルによる適用の検討を行った。その際、特殊な交通対策案「バス道い越し現示」について、車両挙動モデルの改良を通して、交通シミュレーションモデルの適用可能性を確認した。また、社会実験等によって実際の確認が難しい特殊な交通対策案のシミュレーションを行うことで、将来イメージの創出や詳細な定量的な効果予測が行え、交通シミュレーションの有効性が確認できた。

 第8章では、鎌倉古都地域を対象として検討されたTDM政策の中でも、社会実験の実施やその効果分析が難しい口ードブライジングに関して、tiss-NETモデルによる適用の検討を行った。その際、住民参加型ツールとしての交通シミュレーションモデルの有効性検討として、住民ニ一ズに応じた評価指標の設定を行える柔軟性が重要であることが認識され、その様な特性をもった交通シミュレーションモデルの合意形成支援ツールとしての優位性を確認した。また、ロードプライシングが古都地域全体に及ぼす影響分析としては、シミュレーション入力データ(ODデータ)を段階的に変化させるという簡易的な感度分析アプローチを用いたが、同時に通過交通が問題となる細街路の通行規制についても検討できることなど、交通シミュレーションモデル適用の有効性を確認できた。

 最後に第9章で、本研究全体を通して得られた結論と、今後の課題と展望についてまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 自動車道路交通に関する計画・政策課題は、道路網整備など都市圏レベルの課題に加えて、住宅地など身の周りの地区レベルでの道路交通問題への対応が求められている。これらの局地的な交通課題への対応にあたっては、自動車アクセスと交通安全、居住環境への影響などきめ細かい分析に基づいた計画の策定が必要であり、その効果を分析・評価する上では従来のゾーン集計型交通モデルでは不十分であり、個々の車両の挙動を分析できる交通シミュレーションモデルヘの期待が大きい。このような背景のもとで、本論文は1)地区交通計画の支援ツールといった明確な目標を持つ交通シミュレーションモデルの提案・構築、2)ミクロレベルの車両挙動に起因する交通問題を検討できるように、交通シミュレーションモデルを拡張し、地区スケールの交通問題への適用可能性の検討、3)地区交通計画の支援ツールとしての交通シミュレーションモデルの適用による有効性の検討、を目的としている。

 論文は、第1章で研究の背景と目的・全体構成を示した上で、第2章で既往研究のレビューを行い、既存の交通シミュレーションモデルを分類・整理した上で、地区交通計画を主な対象として開発・構築されたものはなく、個別車両の挙動を表現する離散型交通シミュレーションモデルを新たに開発することの必要性を明らかにしている。

 第3章は、著者が地区交通計画の支援ツールとして新たに開発した交通シミュレーションモデルtiss-NETについて、システムの柔軟性、使用性、透明性、行動的モデルによる構築、という4つの開発コンセプトを示して、分析対象の定義、アプリケーション・インターフェース、サブシステムズ・インターフェース、シミュレーション・サブシステムズから構成されるシステムアーキテクチャを提案している。このシステムアーキテクチャは、サブシステムズ・インターフェースにおいて道路上の車両挙動をコンパートメントとパーツ化の2つのモデルによって表現していること、交通現象を表現するシミュレーション・サブシステムズは、自由走行、追従走行、発進遅れ、様子見挙動など様々な車両挙動や動的な経路設定を組み入れられる柔軟で拡張性が高い構造となっていること、などが特長である。

 第4章から第6章、交通シミュレーションモデルtiss-NETの適用性と評価ツールとしての有効性を確認するために、具体的な交通状況・問題に合わせた技術的な拡張・改善を行なって検討している。第4章では、わが国の市街地に多い片側1車線の2車線道路といった狭い道路での路上駐車問題について、tiss-NETの適用を検討し定量的評価が可能であることを示して、その有効性を明らかにしている。具体的には、路上駐車に関する車両挙動のモデル化においては、追越、すれ違い、待機の挙動・判断をモデル化して組み入れて、車両挙動サブシステムを拡張・改良すると共に、シミュレーション分析により現況再現性を確認した上で路上駐車対象のインパクトを定量的に評価している。

 第5章では、駐車場施設周辺の交通問題に注目し、待ち行列の形成や車両の入出庫時の錯綜による交通インパクトを分析するため、待ち行列回避挙動モデルなどを開発して車両挙動サブシステムに組み入れて、関連する交通現象の再現可能性を示し、駐車場の規模と出入口の設定に関してシミュレーション分析を行い、tiss-NETの有効性を確認している。

 第6章では、自動車運転者の経路選択行動に関して、出発時に加えて中途リンクでの動的な経路変更が可能な二段階式経路変更モデルを新たに開発して経路選択サブシステムを改良し、交通シミュレーションモデルの適用の有効性を確認している。

 続く2章では、tiss-NETの地区交通計画の支援ツールとしての適用性と有効性を総合的に検討するため、具体的な交通施策・計画に合わせた拡張・改良を行って、交通シミュレーションモデルの有用性を確認している。すなわち、第7章では、古都鎌倉地域で提案された特殊なバス優先施策(2車選道路での対向車線を用いたバス追越現示)について、車両挙動モデルの改良により、詳細な定量的分析と分かり易い挙動表現が可能なことを示している。

 第8章では、同じく鎌倉地域での面的なTDM施策として提案されたロードプライシングの効果に関して、市民感覚に基づく分かり易い新たな指標(信号待ち回数)の開発、交通規制等関連する提案施策についての道路網全体にわたる影響の分析と分かり易い画面表示などを住民参加の場で実施して、参加者の理解を高めることができたことを示している。

 最後の第9章では、以上の成果を総括して、今後の課題と展望を整理している。

 以上のように、本論文は地区交通計画の支援ツールとして新たにtiss-NETを開発し、交通シミュレーションモデルの適用性と有効性を具体的に示したものであり、都市交通計画、交通工学の研究・実務に有用な知見を与えるものとして高く評価できる。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51166