学位論文要旨



No 215603
著者(漢字) 高見,淳史
著者(英字)
著者(カナ) タカミ,キヨシ
標題(和) 商業開発のコントロールを通じた自動車利用抑制に関する研究 : 買物交通行動分析をベースとして
標題(洋)
報告番号 215603
報告番号 乙15603
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15603号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

 自動車の登場と普及は、人々の移動を便利かつ容易にして活動範囲を拡大させるなど、様々な効果を我々にもたらしてきた。しかしその反面、自動車の利用が増大するにつれ、道路の混雑や渋滞、公共交通の乗客減少に伴うサービス低下、局所的な環境問題(騒音、振動、窒素酸化物の排出など)、地球規模での環境問題(二酸化炭素の排出に伴う地球温暖化、エネルギー問題など)、郊外化に伴う中心市街地の衰退や郊外緑地の喪失、自動車を使える人と使えない人とのモビリティ格差―といった問題が起こっていることも事実である。

 郊外化現象は商業施設にも見られ、新設ショッピングセンターの立地の軸足は年々郊外部へと移っている。その一方で、都市中心の大きな商業地から小さな商店街に至るまで、在来の商業集積で活力を失っているところは多い。十分な量の駐車場を備えている反面、公共交通によるアクセスは概して不便な郊外部での開発が加速し、中心地の小売機能が失われることは、自動車を使えない人々が利用できる活動機会を制限し、また自動車利用の増大に拍車をかけると考えられる。そもそも、都市の顔であり地域文化の中心である中心商業地や商店街を荒廃させること自体、地域のコミュニティにとって損失である。

 こうした事態に対しては、派生的な各問題の解決を個別に試みるだけでなく、「自動車の保有・利用の増大」や「人口・活動機会の郊外化」といった根源的な問題にもメスを入れることが有効と考えられる。その際には住宅や商業など鍵となる土地利用を適切にコントロールすることが施策の重要な一部となる。

 以上の背景のもと、本研究では、「自動車利用の抑制」と「在来商業集積の商業面での活力の維持・向上」の観点からみて望ましい商業開発コントロールのあり方とその効果について、買物交通行動分析をべースとしたアプローチにより明らかにすることを目的としている。具体的には、

1) 自動車利用抑制を目的の1つとして土地利用・交通施策を展開している先行事例にみられる「自動車利用の少ない都市像」の要素を示し、それと自動車利用抑制との関係を整理することにより、「都市像」が持つ交通行動への含意を明らかにする。

2) 自動車利用抑制という観点からみてわが国の商業開発コントロール制度に欠けている点を、海外の制度事例との比較を通じて明らかにする。

3) 1)と2)を踏まえ、都市圏レベルの買物交通行動モデルを構築し、それを用いて、商業開発の立地や規模、駐車場台数を広域的視点からコントロールした場合の自動車利用抑制効果を評価する。

4) また、地区レベルの分析として、階層的なセンターシステムが整備された地区における住民の買物交通行動について検討するとともに、買物交通行動モデルを用いた分析を行うことにより、望ましい近隣型センターの育成の方向について検討する。

 の4点を行う。各章の要旨は以下の通りである。

 第I章では、序論として、自動車利用の増大に伴い中心商業地の衰退を含む様々な問題が発生しているという背景と、それへの対応策として土地利用コントロール・商業開発コントロールを行う必要性について述べ、研究の目的と全体構成を示した。

 第2章では、まず自動車利用抑制を視野に入れた土地利用・交通施策の先行事例であるイングランドのPPG13・PPG6、オランダのABC立地政策、公共交通指向型開発のコンセプト、アメリカ・オレゴン州ポートランド都市圏の2040成長構想―について概観し、それらが描く「自動車利用の少ない都市像」が共通して持つ要素として、(1)高密性・コンパクト性、(2)用途の混合・複合化、(3)公共交通ノード周辺への集積、(4)階層化されたセンターの育成、(5)効果的な街路パターン、(6)改善された代替交通手段、(7)自動車を使う魅力の低減―の7つがあることを示した。次に、土地利用コントロールを通じた自動車利用抑制と買物交通行動モデルに関する既存研究の動向を整理した。そして、上記の7要素と自動車利用抑制との間に考えられる関係を示し、「都市像」の自動車利用量への影響のしかたが頻度選択・目的地選択・交通手段選択という交通行動の3つの側面から解釈できることを明らかにした。併せて本研究の位置づけと分析の枠組みも示した。

 第3章では、前章で整理した方向に従って商業開発を行わせるには適切な規制・誘導のしくみが必要との認識に立ち、イングランド(ケンブリッジシャー都市圏)とアメリカ・オレゴン州(ポートランド都市圏)および日本における商業開発コントロール制度について、自動車利用抑制というテーマとの関連に重点を置いて整理し比較した。結果、わが国の制度に欠けている点として、(1)自動車の総走行台キロ(以下、VKT)など自動車利用量そのものの抑制に関する目標が設定されていない、(2)土地利用コントロールは政府の環境基本計画で自動車需要低減のための施策として認知されているが、都市計画・交通計画部門の政策や商業政策には反映されていない、(3)開発の規模や駐車場台数に関する広域調整が行われていない。駐車場については周辺道路の交通円滑化を目的にもっぱら必要台数の確保のみが求められている、(4)住居系の地域でも大型店が立地可能であるなど概して都市計画規制が弱い、(5)建築確認段階では交通問題が起こる可能性を加味した判断ができない。大規模小売店舗立地法(以下、大店立地法)などに基づいて個別の開発を審査する制度もあるが、都市計画の枠組み外にある、開発・出店プロセスの最下流の制度であるため、悪影響が予想される開発を事前に止めることができない―ことを示した。

 第4章と第5章では、以上の整理と理解を踏まえ、それぞれ都市圏レベルと地区レベルで買物交通行動の調査・分析を行い、商業開発のコントロールやセンターの育成による効果について検討した。

 第4章では、都市圏レベルでの分析として、静岡県浜松市を中心とする西還都市圏を例に、大規模商業開発のコントロールがもたらす効果について検討した。最初に集計分析によって買物交通行動の概略を把握したのち、交通手段・買物目的地選択モデルと総買物頻度モデルから構成される包括的な買物交通行動モデルを構築した。後者では、買物トリップ1回当りの目的地の平均店舗面積を説明変数として加えることにより、多様な商品を扱う大規模な買物目的地を多く利用するのに伴って総買物頻度が減る傾向(まとめ買い行動の表れと考えられる)を表現できた。

 そして、センターへの開発の集積や郊外開発の抑制、および最大駐車場基準の設定による自動車利用抑制効果をモデルを用いて分析し、(1)世帯分布が高密集中型であるほど世帯当りの平均VKTは少なく、中心部目的地の利用は多くなる、(2)商業開発を中心部に集中させ、郊外部での開発を大規模化・集約化することが平均VKTの削減に貢献する。ただしこれは買物が不便になって頻度が減ることによる部分が大きい、(3)駐車場が全体的に少ないほど平均VKTも少ない傾向があることから、不必要に多い供給への歯止めとして最大駐車場基準を定めることの意義は認められる。しかし、西還都市圏では海外事例の最大・最小基準と比べて過大と言える駐車場を有する店舗は少ないため、開発周辺の道路混雑を防ぐ観点から大店立地法の指針に基づく必要駐車台数を確保すべきものとすれば、現状から削減しうるVKTの幅は小さい―ことなどを示した。

 第5章では、地区レベルでの分析として、3段階の階層構造を持ったセンターシステムが整備されているものの、住民の最も近くで日常的機能を提供する「近隣センター」 (以下、近隣C)の衰退が進む多摩ニュータウン中央部を例に、自動車利用抑制と近隣Cの活性化の観点からみたセンターのあり方について検討した。まず、住民のセンター利用行動と自動車利用抑制の可能性について集計分析を行い、センターに近い世帯ほど総買物頻度は多いが、自動車分担率が低くVKTは少ない傾向があることなどを示した。

 次に、総買物頻度・買物目的地選択と交通手段選択の両モデルから成る買物交通行動モデルの構築を試みた。前者では、買物に行く/行かないの選択と買物目的地選択が同一世帯により繰り返し行われることを考慮して、非観測異質性の項を導入したミックスト・ロシットモデルを採用することにより、説明力と現況再現性を向上できた。そして、このモデルを用いたシミュレーション分析により、(I)近隣Cへの駐車場の増設が平均VKTに及ぼす影響は小さい、(2)上位センターの規模を縮小して近隣Cの規模を拡大すれば、近隣Cへの来客数を大きく増加させると同時に平均VKTを減らすことができる。ただし、上位センターの機能と活力を削ぐことの是非を別途考える必要がある、(3)各センターへの来客数をほぼ維持しつつ平均VKTを削減できる点では、近隣Cの小規模・多店舗化が有利である―ことを示した。

 第6章では本研究全体の総括として、各章で得られた結論をまとめ、今後研究すべき課題について述べた。

 本研究により、商業施設やセンターの規模・立地などを変化させた時の自動車利用抑制効果を分析するための枠組みとモデル化・分析の一方法を示すことができた。またケーススタディの結果、都市圏スケールでの商業開発コントロールや地区スケールでのセンター育成のあり方について、いくつかの有用な知見を得ることができた。冒頭で述べた諸問題の緩和・解決のため自動車利用の抑制あるいは削減が迫られている今日、本研究は、望ましい商業開発コントロールの方向性とそれによって見込まれる自動車利用の削減量を示せたことから、こうした施策を実際の計画へ適用する一助になるものと結論づけられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、自動車交通がもたらした道路交通渋滞と環境問題、そして郊外化と中心市街地衰退、モビリティ格差など多様な社会問題に対して、買物行動における自動車利用の抑制の視点から商業施設の開発コントロールについて検討したものである。すなわち、買物交通行動分析モデルを構築して、自動車利用について施策の定量的評価を行い、在来商業集積の活力の維持・向上の観点を含めて望ましい商業開発コントロールのあり方を検討している。

 具体的な研究目的は、1)自動車利用の少ない都市像についての先行事例を分析し、自動車用抑制の政策要因と交通行動との関係の体系的整理、2)海外事例との比較により自動車利用抑制からみたわが国の商業開発コントロール制度の課題について分析、3)都市圏レベルの買物交通行動モデルを開発して、広域的視点からの商業開発コントロールによる自動車利用抑制の効果と可能性の評価、4)地区レベルの買物交通行動モデルを開発して、望ましい近隣型センターの育成の方向についての検討、の4点である。

 研究の主要な成果を論文構成に沿ってその要旨を示す。

 第1章では、自動車利用の増大に伴なう中心商業地の衰退など各種社会問題の発生状況の検討を基に、対応策としての土地利用・商業開発コントロールの必要性を示し、研究の目的と全体構成を明らかにしている。

 第2章では、自動車利用抑制を視野に入れた土地利用・交通施策の先行事例として、英国の計画政策指針PPG13・PPG6、オランダのABC適業適所立地政策、公共交通指向型開発TODのコンセプト、米国オレゴン州ポートランド都市圏の2040成長構想についてその背景と内容を分析し、それらが描く「自動車利用の少ない都市像」の交通要素として、高密性・コンパクト性、用途の混合・複合化、公共交通ノード周辺への集積、階層化されたセンターの育成、効果的な街路パターン、改善された代替交通手段、自動車を使う魅力の低減、の7つがあることを明らかにした。さらに、土地利用コントロールによる自動車利用抑制と買物交通モデルによる車利用の分析に関する既存研究をレビューし、実証的な分析には買物の頻度、目的地、交通手段の選択行動を取り入れた非集計行動モデルの開発の必要性を確認している。

 第3章では、商業開発における適切な規制・誘導の仕組みに関して、海外事例として英国(ケンブリッジシャー都市圏)と米国オレゴン州(ポートランド都市圏)を取り上げて、自動車利用抑制の視点から分析・整理し、日本の商業開発コントロール制度について、わが国の制度に欠けている点として、1)上位政府レベルにおける自動車利用抑制目標の設定、2)施策としての土地利用コントロールの認知、3)開発の規模や駐車場台数に関する広域調整の視点や仕組み、4)開発を適切にコントロールできる土地利用規制制度、5)開発・出店の許可段階での交通問題の考慮、の5点を指摘している。

 第4章では、上記3)に関連して都市圏レベルでの大規模商業開発のコントロールの効果と可能性について、浜松市を中心とする西遠都市圏を事例として取り上げ、一連の買物交通行動モデルを作成して実証的に検討している。買物交通モデルは独自のアンケート調査データを基にネステッ.ド・ロジット型モデルによる買物交通手段・目的地選択モデルと負の二項分布型モデルによる総買物頻度モデルを作成している。後者の頻度モデルには、買物1回当りの目的地の平均店舗面積を説明変数に加えてまとめ買いに伴なう総買物頻度の減少を表現するなど新たな展開が見られる。商業開発コントロールの効果については商業開発の立地と規模、世帯分布パターン、駐車場整備レベルなどについてのシナリオ分析を行い、1)世帯分布が人口集中型である場合に自動車総走行量(VKT)が少なく、中心商業地の選択確率が高い、2)中心部の店舗面積を多くし、郊外部の面積を押えた方が、VKTは少なく、中心商業地の選択確率も高い、3)郊外部では小規模の商業開発を制限し、大規模・集約化を図ることがVKT抑制に貢献する、4)駐車場の全体的削減はVKTの減少につながるが、対象事例での駐車場整備水準からみて、その削減効果は小さい、ことなど明らかにしている。

 第5章では、地区レベルでの分析として3段階の階層構造(タウンセンター、地区センター、近隣センター)を持つセンターシステムが整備されている多摩ニュータウンを事例として、衰退が見られる近隣センターの役割を分析して、その育成の方向について実証的に分析している。独自の住民アンケート調査データを基に、総買物頻度・買物目的地選択行動と交通手段選択行動をネステッド・ロジット型モデルでモデル化している。特に、頻度と目的地選択に関しては、同一世帯による繰り返し行なわれる行動であることを考慮して、非観測異質性の項を導入したミクスト・ロジヅト・モデルの適用によりモデルの改善に成功している。このモデルを用いて近隣センター開発についての政策効果についてシナリオ分析を行い、1)近隣センターへの駐車場増設は、近隣センタヘーの利用増加になるものの自動車分担率が高まることからVKTはほとんど変化しない、2)上位センターの規模を縮小して、近隣センターの店舗面積を拡大すると、近隣センターへの来客数の増大とVKTの削減に効果がある、3)近隣センターの少数集約化と多店舗化は、各センターへの来客数をほぼ維持しつつ、VKTを抑制する効果がある、ことを明らかにしている。

 最後の第6章では、以上の結論を総括し、今後の課題を整理している。

 以上のように、本論文は商業開発における規模・立地などのコントロールによる自動車利用の抑制効果を分析する枠組みと分析手法を示し、具体的に買物交通行動モデルを独自に開発してシナリオ分析を行うことにより、都市圏スケールおよび地区スケールでの商業開発のコントロールと誘導について都市計画、交通計画上有用な知見を示したものと評価できる。

 よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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