学位論文要旨



No 215604
著者(漢字) 石井,雅治
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,マサハル
標題(和) 人工衛星搭載用逆スターリング冷却機の研究
標題(洋)
報告番号 215604
報告番号 乙15604
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15604号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 教授 加藤,千幸
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の経緯

 地球観測や大気汚染のモニタリングに使用される高分解能,広波長域の赤外線検出機器用として,IRCCD(Infra-Red Charged-Coupled Device、赤外域電荷結合素子)の開発が進められてきた。宇宙空間でIRCCDを用いた精度の高い観測(例えばS/N比を高めること等)を実現するためには,次の条件を満たす機械式冷却機の実用化が要望されていた。

1) 数Wの熱負荷に対して70K程度にIRCCDを冷却できること。

…地球及び大気圏の赤外観測のため,センサ側の温度を地球及び大気圏温度より低下させ,S/N比等を向上させる。

2) 軌道上で3年以上稼動できること。

…宇宙空間でのミッションのため,ミッション期間が観測機器の必要寿命となる。

3) 振動を極力小さくできること。

…観測基点となる宇宙空間での観測機器の振動は,地球および大気圏の観測部の座標位置を増幅して振れさせることになり,観測精度を著しく低下させる。

 上記3項目に加え,小型軽量が機械式冷却機の要求仕様になることは言うまでもない。

 本論文は,1986年より上記要望に応えるべく進めたフリーピストン形逆スターリング冷却機の研究を纏めたものである。

2.研究の流れ(本論文の纏めの範囲)

 当初,10年間の研究開発を経てフライトモデルまで試作する研究開発計画であったが,搭載する人工衛星打ち上げ計画が解消されたため,その時点で本プロジェクトは終了した。よって本研究開発も以上の経緯で終了したが,無重力空間での振動特性他を除き,基本的な特性を確認するための研究は完成しており,機械式冷却機を開発するという当面の目的を果たすことができた。

 本論文は,開発技術を具体的な設計方法として纏めたものである。

3.逆スターリングサイクルの動作原理(本論文の対象とした冷却機の基本原理)

 冷却機本体は蓄冷器(Regenerator),ピストン(Piston)およびディスプレーサ(Displacer)より構成されている。ピストンとディスプレーサは,ある位相差をもって同期運動される。圧縮行程では,作動気体は圧縮空間(Compression Space)内でピストンにより圧縮される。圧縮された圧縮空間内の高圧気体は,ディスプレーサの動きにより,高圧のまま膨張空間(Expansion Space)へ移動する。膨張行程では,気体は膨張空間内でピストンの動きにより膨張する。膨張した膨張空間内の低圧気体は,ディスプレーサの動きにより,等容状態で圧縮空間に移動し,1サイクルが完了する。冷却機動作は,膨張空間で作動気体が膨張する際に行われる。本動作における熱のやり取りを効率的に行うための役割を負っているのが蓄冷器である。

4.論文の概要

 本研究開発の目標仕様を表1に示す。

 冷却温度70Kの下で,被冷却体他からの熱量5Wを冷却できることを開発仕様とした。水仕様は,被冷却体であるIRCCDのジュール発熱,信号線からの侵入熱および輻射熱の合計として定義した。本冷却仕様の下で,寿命の指標となるMTTFが8,000hr以上,小形軽量化の指標となる比重量が4kg/W以下を満たす冷却機を研究開発することを目標とした。

 本論文は,以下に示す検討結果の詳細を設計知見として纏めた。フリーピストン形逆スターリング冷却機の設計方法の提案も本論文の大きな目的である。

 熱力学冷凍サイクルにはスターリングサイクル(Stirling Cycle)を選定,効率は理想的にはカルノーサイクル(Carnot Cycle)のものと等しく,種々の極低温サイクルの中でも最も効率が高いことは良く知られている。また,本サイクルを構成する冷却機は圧縮要素を内蔵することから、小形軽量化を図りやすい一方,駆動系機構の選択によっては軸受の負荷荷重を小さく抑えることができる。すなわち,磁気軸受のような軽荷重向きの非接触形軸受の適用が可能となる。これらを考慮し,冷却機に要求される項目と、要求項目を満たすと思われる冷却機構造を纏め,表2に示す。

 駆動系構造は,発生する振動が抑制し易い一方向振動であること,極低温冷却機の重要な運用条件となるオイルフリーを実現し易しいこと,冷却能力を制御する上で,駆動周波数や冷却機の圧縮要素を構成するピストン振幅を任意に変えられること,作動ガス密封するために冷却機内部に駆動機構を設けられること,等が望ましい。軸受は,オイルフリー化を実現するため,非接触であるとともに可動部となるピストンやディスプレーサとシリンダとの隙間を均一に保たせる制芯性が良好であることが必要である。また,可能な限り剛性が高いことが望ましい。制御性は,冷却性能に大きな影響を及ぼすピストンとディスプレーサとの振動位相差や冷却機本体の振動を制御できることが必要不可欠となる。

 要求条件を満たす構造として,本開発では,駆動系をリニアモータ,支持系を磁気軸受で達成するフリーピストン形逆スターリング冷却機に研究開発ターゲットを絞った。また,振動位相差の制御等に有効なように,ピストン,ディスプレーサ各々を独立にリニアモータで駆動できる構造とした。リニアモータの形式として,コイル給電線を静止側に取り付けることができる可動磁石形とした。以上示した構成要素および冷却機に対し,下記手順に示す設計方法を提案し,実設計を進めた。i)冷却仕様を基に熱力学的検討による各部の寸法や駆動周波数,ピストンおよびディスプレーサ振幅等の駆動条件の決定,次いで,ii)駆動条件を満たすための振動系の検討によるピストンおよびディスプレーサ駆動力の決定,最後に,iii)ラジアルカを支持するための磁気軸受仕様の決定,の順で設計検討を行い,これら決定した仕様を基に逆スターリングサイクルを構成する冷却機を設計した。

 上記設計方法を基に設計,試作した研究モデル機により,各種因子の影響を明らかにした。この中で,特に重要な個所はフリーピストン形特有の研究開発項目であるii)の振動系の検討であり,特にガスばねを主はね要素とするピストン系の振動解析を進めた結果,ピストンとシリンダとの隙間や作動空間内の絞りによる影響を受ける粘性減衰特性が,冷却機特性の影響因子として最も重要であることを明らかにした。

5.結 論

 フリーピストン構造の逆スターリング冷却機は,宇宙用途としての優れた特徴が着目され,各所で開発が進められるようになってきたが,クランク-コネクティングロッド方式を駆動系とする従来の冷却機に比べ,開発や設計を進める上での詳細な知見が公表された例は少なかった。

 本研究は,宇宙用途の機械式冷却機としてフリーピストン形逆スターリング冷却機を対象に開発を進め,設計方法の構築ならびに設計上必要な知見を得ることを目的に行った。本論文にて提案した設計方法は,フリーピストン形構造の駆動系や支持系要素,さらには冷却機として構成する上で重要なピストン,ディスプレーサおよび蓄冷器等の冷凍サイクル要素の最適設計を行う上で,実用に供するレベルに達することができた。また,人工衛星への搭載という形で研究成果を成就させることはできなかったが,所期目標である冷却温度70Kで実冷却能力5Wを実現する冷却機を開発することができた。

 本論文の主要な知見を纏めると次の通りである。

 構想設計段階において,高性能のみならず長寿命や高振動制御性が特に重要な条件となる宇宙用途の冷却機構造として,逆スターリングをサイクルに選定し,構成要素として可動永久磁石形リニアモータ,磁気軸受およびアクティブダンパを仕様とするフリーピストン構造が適することを明らかにした。本構造において,特に,冷却機の動作を支配する重要な因子は,ピストンと冷却機の作動空間で構成されるガスばねであることを明らかにした。

 要素設計段階において,冷却機の駆動源となるリニアモータの設計は,パーミアンスモデルを基本として,空隙,材料,コイル等の因子の最適組み合わせを求める設計方法が適することを示した。本方法を基に設計,試作したリニアモータの特性実験の結果から,提案したリニアモータ設計方法は,実用に供すことができることを実証した。

 リニアモータによる磁気吸引力から必要軸受仕様を解析的に求め方法を提案し,これを基にした磁気軸受の設計方法を示した。本方法を基に設計,試作した磁気軸受はPID方式により制御を行うが,新たに駆動周波数成分強調制御という考え方を加えることにより,制芯精度の向上が図れることを実証した。

 これまで,蓄冷器の設計はスターリングエンジン用再生器の特性結果を適用してきたが,論文にて示した蓄冷器要素の実験検討により,低温適用される蓄冷器はこれまでの高温適用される再生器とは異なる特性を有することなどの知見が明らかになり,今後の逆スターリング冷却機の開発,設計に有効に活用できることを示した。

 以上示した構成要素の設計および実証実験の結果を基に設計,試作したモデル冷却機による設計方法の検証および信頼性評価としては,開発目標である冷却温度70Kのもとで実冷却能力5Wを満たすモデル冷却機を開発できたことで,提案した冷却機設計方法が実用できることを明らかした。冷却性能は,ガスばねの粘性減衰特性が大きな影響因子であり,ピストン周囲隙間の漏洩を低減することで性能向上が可能であることを示した。また,約2,000hrの運転結果の分析結果により,冷却信頼性の問題が起こり得る所としてディスプレーサとシリンダとの接触を挙げることができる。

 振動抑制として,アクティブダンパの適用は有効であることが明らかになった。なお,信頼性に関する評価期間を通し,磁気軸受の制芯特性は良好であった。

 以上示した通り,本研究にて提案したフリーピストン形逆スターリング冷却機の設計方法は,実設計に有効であることを確認した。

表1 本研究開発の目標仕様

表2 冷却機に対する要求項目と最適構造

審査要旨 要旨を表示する

 本論分は論文題目「人工衛星搭載用逆スターリング冷却機の研究」と題して,宇宙から地球を観測するIRCCDのS/N比を高めるため,IRCCDからの発熱を冷却し70Kに維持する機械式冷却機の実用化を図ることを目的とし,フリーピストン形逆スターリング冷却機を対象として,設計手法を提案している。すなわち,宇宙での運用を可能にする高効率,高耐久および小形軽量を満たす機械式冷却機として,ピストンおよびディスプレーサの運動が一方向であるフリーピストン形逆スターリング冷却機を選択し,これまで公表された例が少なかった冷却機および構成要素の具体的設計手法を提案するとともに,モデル実験によって設計手法を評価することを主たる内容としている。従来,宇宙での適用を対象とする冷却機としては,クランク-コネクティングロッド方式を駆動機構とする逆スターリング冷却機の開発がほとんどであったが,振動の抑制やオイルフリー化が困難であるという問題があり,実用化の可能性は低かった。本論文の研究は,発生する振動が制御しやすい一方向振動であることや70Kという極低温冷却機をメンテナンスなしで運用するための条件であるオイルフリー化が実現し易いフリーピストン形逆スターリング冷却機に着目し,実用化の可能性について検討を進めたものである。特に,本論文では,フリーピストン形逆スターリング冷却機を構成する要素として選択した可動永久磁石形リニアモータや磁気軸受に関する具体的設計方法を提案する一方,ピストンと圧縮,膨張空間からなり振動系を支配するガスばねの特性解析や熱効率に大きな影響を及ぼす蓄冷器特性の実験的検討により得られた知見を基に組立てたフリーピストン形逆スターリング冷却機に関する設計手法を実験的に評価し,実用に供することができる見通しを得ている。

 第1章では,本研究を進めるに至った経緯と目的,および論文の構成が述べられている。ここで申請者は,人工衛星用IRCCDを冷却する機械式冷却機に必要な仕様について概説することにより,逆スタ]リング冷却機が適することを述べている。

 第2章では,宇宙での適用を目的とした機械式冷却機の開発状況を考察し開発課題を明確にし,本研究における開発目標を定めている。さらに,開発目標を満たす可能性の高い構造として,可動永久磁石形リニアモータを駆動系,磁気軸受を支持系とするフリーピストン形逆スターリング冷却機を本研究の開発対象に選択する理由およびその経緯について詳細に述べている。

 第3章では,研究対象とした冷却機が構成する逆スターリングサイクルに関し,動作原理および熱力学的位置付けについて述べた後,サイクルを構成する機械式冷却機を設計する上で基本となる熱力学的特性解析について議論を進めている。続いて,本研究の大きな目的であるフリーピストン形逆スターリング冷却機の設計方法の一プロセスとして,特性解析結果について考察している。

 第4章では,フリーピストン形逆スターリング冷却機の構成要素およびモデル冷却機の設計詳細が示されている。フリーピストン形逆スターリング冷却機の設計として,冷却仕様を基に熱力学的検討による各部の寸法や駆動周波数,ピストンおよびディスプレーサ振幅等の駆動条件の決定,次いで駆動条件を満たすための振動系の検討によるピストンおよびディスプレーサ駆動力の決定,最後に,決定した駆動力を得るためのリニアモータ仕様およびラジアル負荷を支持する磁気軸受仕様の決定の順で行う手法を提案している。この中で特に重要な箇所は,フリーピストン形特有のガスばねを主はね要素とするピストン系の振動解析であり,ピストンとシリンダとの隙間や作動空間内の絞りによるダンピング特性への影響把握が重要であることを述べている。

 第5章では,提案した手法で設計,試作した各要素の特性評価について述べている。要素はリニアモータ,振動系,磁気軸受,蓄冷器であり,各々の特性に関する実験結果と設計仕様とを相対させることにより設計方法を評価するとともに,設計方法の不都合が存在する場合における修正方法についても詳細に議論している。

 第6章では,第5章で評価した要素を用いて栂成したモデル冷却機の特性について述べている。まず,モデル冷却機の中で逆スターリングサイクルが構成されていることを確認し,冷却機の設計手法が有効であることを評価している。次いで,冷却能力他の目標設計仕様とモデル冷却機による実験結果とに生じた差異について,採取実験データに基づく冷却機能の分析・評価を行うことでその原因を推定し,改善策を提案している。本改善の効果をモデル冷却機により確認し,得られた知見を基に設計手法の改良を行っており,新たにモデル冷却機を設計・試作し,実験評価を行うことで設計方法の高度化を図っている。

 第7章では,モデル冷却機による信頼性の評価について述べている。信頼性として,冷却機の運転信頼性,冷却性能の劣化現象を取り上げており,冷却性能や軸芯挙動に関する実験結果,運転後の要素状態の観察により,機器としての耐久性や冷却性能の変動について評価を試みている。また,被冷却体であるIRCCDの計測精度に大きく影響を及ぼす冷却機の振動を低減する手法として,アクティブ制振器の有効性を数値解析的に説明している。

 第8章においては,全体の結論および研究の技術水準について述べている。

 以上を要約すると,宇宙用途の機械式冷却機として選定したフリーピストン形逆スターリング冷却機に関し提案された設計手法は,可動永久磁石形リニアモータ,磁気軸受,蓄冷器などの構成要素の設計手法も含め,実用性の高い設計手法である。冷却機性能に対し最も影響の大きいガスばね特性に関し,より実現象に近いモデル化による解析を設計手法の中に組み入れることにより,設計手法としてさらに高度化できることも示唆されており,提案された設計手法は,産業上,重要な技術となることが期待される。

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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