学位論文要旨



No 215605
著者(漢字) 波津久,達也
著者(英字)
著者(カナ) ハヅク,タツヤ
標題(和) レーザーフォーカス変位計による液膜界面構造発達特性の測定
標題(洋)
報告番号 215605
報告番号 乙15605
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15605号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

1.背景および目的

 気液二相流の液膜流は多くの工業分野で見られ、環状流、層状流、流下液膜などの気液二相流流動様式の基本的な流れの構成を特徴づけている。液膜の流動特性、特に気液界面の波動現象は、熱・物質伝達率の増大に寄与する反面、その波動の特性や熱的特性によっては液膜の破断が生じて、装置の安全運転や効率などに重要な影響を与えるという二面性を有している。したがって、液膜界面構造の時空間変動特性を精度良く予測することが、機器の設計上極めて重要である。液膜の界面は、流路条件や軸方向の流れの発達によって大きく変化するが、現在の二相流解析コードに適用されているモデルは、定常完全発達流れに対する静的な界面構造予測手法が採用されているため、時空間スケールを考慮した界面構造の変動特性を模擬できない。このような状況を打開する手段として、近年、界面面積濃度輸送方程式あるいは界面追跡法を既存モデルと併用し、モデルの拡張・高精度化を図ろうとする試みがなされており、そのためには、精度の高い局所流れ場の界面構造データを、特に流れ方向に整理していく必要がある。また数値解析手法の高度化によって、二相流特性のかなりの部分を数値計算によって予測することが可能となったが、それとともに、二相流現象の局所特性や時間依存特性の実験データが求められるようになった。すなわち、優れた時空間分解能を有し、かつ、非接触による詳細で精緻な測定を保証する計測手法の開発が望まれている。液膜の界面構造を計測する手法としては、触針法や電気抵抗法、また近年では、三角測量方式のレーザー変位計などが用いられているが、これらの手法には、流れを乱す、情報が電極間の空間平均値である、界面が平滑でないと計測できにくいなど、時空問分解能、適用性の点でそれぞれに原理的短所を有している。特に液膜の破断・再生機構と密接に関わるサブミクロン厚さの局所変動や、ミクロン単位の細かい波の挙動は正確に入手できず、さらに多くの場合、センサーをテスト部に固定しなければならないため、液膜の界面構造を軸方向の限られた空間でかつモデル化等に要求されるスケールに対して巨視的に整理せざるを得ない状況にあり、信頼ある実験データの不足がこの領域の二相流研究の進展を妨げている。このような状況の中で、本論文は、従来の計測技術では不可能であった軸方向全域に渡る液膜流動特性の高時空間分解能測定を可能にするという位置付けにある。本論文の目的は大きく次の二つである。第一の目的は、レーザーフォーカス変位計(Laser focus displacement meter:LFD)を用いた液膜流動特性の高時空間分解能計測手法を確立することである。第二の目的は、LFDを用いて平板上と円管内壁に沿って流下する液膜および上昇環状流液膜を対象に、局所液膜厚さおよび波の通過特性を軸方向全域に渡り整理し、これまで厳密に評価されてなかった液膜の発達特性を明らかにすることである。

2.LFDによる液膜流動特性の高精度計測

 液膜の流動は、軸方向に沿って複雑な波動を伴いながら常に発達し、また条件によっては0.1mm以下となる極薄い液膜を形成する。そのため、特に液膜破断・再生機構と密接に関わる局所液膜厚さ、波の通過特性等を軸方向の複数点に渡り、非接触かつ高時空間分解能で入手できる測定技術の開発が必要である。本論文ではこのような要求を満足する測定技術として、元来ICなどの表面の細かな傷などを検出するために開発されたLFDを、二相流計測に応用させる方法を検討するとともに、LFDの液膜流動特性の高時空間分解能測定方法としての可能性を検討した。LFDの測定原理は、対物レンズを駆動させて焦点距離を検出するカメラのピント合わせの動作と同じであるが、音叉とレーザーの使用により時空間分解能は著しく高くなっている。LFDの対象物焦点のスポット径は2μmであり、従来の電気的手法と比較して測定ボリュームが数千分の1と非常に小さい。そのため、従来手法では測定できなかった細かい波でもその界面位置や波の周期を正確に測定できる。液膜を模擬した固体透明体を対象にLFDの測定精度を検証した結果、界面傾斜最大30゜の範囲で誤差1.4μm、応答時間1.1msの高時空間分解能で測定できることを明らかにした。平板壁面上に形成される液膜の測定は、液膜界面側からあるいは透明壁裏面側から行うことができる。透明平板壁裏面側から測定する場合の壁面両平面での屈折による誤差を評価し、実際の液膜厚さを1.5%以内の精度で算出できる補正式を得た。また、約0.6mm以下となる薄い液膜を液膜界面側から測定する場合は、液膜界面の位置信号とレンズ効果のために見かけ上移動してしまう壁面信号との識別がつかなくなり、波形データに欠落が生じることを明らかにし、透明壁裏面側からの方が精度良く測定きることを示した。一方、透明円管内の液膜を測定する場合は、管曲率によりレーザー光が液膜界面上で焦点を結べず測定不可能となる。この問題を解決するためいくつかの予備実験を行った結果、管外壁面を平滑化することで検知レベル以上の散乱反射光量を得ることができ、液膜界面位置の測定を可能とした。外壁側が平面である透明円管内壁面の液膜界面位置を、LFDで測定する際の屈折による誤差を理論的に求め、管内径D=10-30mm、液膜厚さδ=2.4mm以内の測定において液膜厚さを1%以内の誤差で算出できる補正式を得た。実際の流動状態にある液膜を対象に、LFDの測定値と画像処理によって得られる値を比較した。時空間的に急変を伴う実際の液膜に対しても、LFDでは従来の測定手法では測定できなかった界面の微小な波動や、0.1mm以下となる極薄い液膜厚さを精度良く測定できることを確認した。

3.流下液膜の発達特性

 流下液膜を介した熱交換器の設計においては、液膜の流量減少や熱流束の上昇によって生じる液膜破断条件を正しく整理することが重要であるが、これまでの研究は十分発達した定常状態の液膜を仮定して整理されており、液膜の軸方向に対する発達特性については十分な知見が得られていない。ここでは鉛直面上および円管内に沿って流下する液膜を対象に、液膜破断メカニズムを数値的に検討する際に必要となる液膜界面の状態すなわち局所液膜厚さの挙動を、軸方向全域に渡って整理した。LFDによる液膜界面変動の測定結果から、液膜レイノルズ数Refが小さいほど波の空間的成長は早く、逆にRefが大きいほど最終的な波立ちは大きくなることを確認した。これは、液膜生成部に近く助走距離が短い条件では、液膜が生成されてから測定部に達する時間も短く、波の成長に十分な時間が与えられないためである。平均液膜厚さと平均波速度の測定結果から、助走距離の短いL≦400mmでは、乱流遷移点を超えた比較的高いRef条件下においても波がまだ発達せず層流性を維持することがわかった。最大液膜厚さ、標準偏差および平均波高の測定結果から、Ref=200-250の乱流遷移点以下の領域では助走距離の影響はほとんど見られないことがわかった。Ref>150の液膜流量が大きくかつL≦400mmの助走距離が小さい範囲では液膜厚さの標準偏差は非常に小さく、助走距離が大きくなると大きな波立ちに発達していくが、L=2,400-2,700mmと助走距離が非常に大きくなっても、波の成長は止まらない。したがって、流下液膜解析においてRef>150の液流量の範囲では定常流を仮定することは適当でない。一方、最小液膜厚さは、L>1,200mmではRefによらずほぼ一定の値(0.1mm)になり、触針法によって計測された厚さ(0.2mm)よりも低い値となることを確認した。

4.垂直管上昇環状流液膜の発達特性

 環状流の液膜破断は、主として擾乱波通過後における液膜の蒸発による冷却能力を超えた時に生じると考えられている。したがって、液膜破断・再生条件を厳密に見積もるためには、環状流の擾乱波通過頻度と、擾乱波通過後のリップル領域に形成する局所最小液膜厚さを正しく整理することが重要となる。垂直管上昇環状流液膜は摩擦損失の大きさから定常状態を過程することは特に難しいため、こうした環状流液膜の局所流動特性を管軸方向にわたり測定し、データベースを構築する必要があるが、これまで得られている実験的データからは、軸方向の発達についての知見はほとんど得られていない。よってここでは局所液膜厚さの挙動と擾乱波通過特性を助走距離に対して整理した。液膜厚さは助走距離の増加に伴い減少する。これは、軸方向圧力損失勾配のために下流では気相密度ρgが小さくなり、したがって気液の相対速度が大きくなるためである。液膜厚さと液滴の発生は界面せん断力と密接な関係があるため、密度変化を無視できない低圧領域の環状流では、定常状態を定義することは難しいということが言える。最大液膜厚さと擾乱波通過頻度は、流量条件ごとに異なった特性の増減を伴いながら、助走距離の増加に従って減少していくことがわかった。固有の圧力の変化が軸方向各部に存在して液膜厚さの変動が生じている可能性があることを、圧力伝播特性の解析結果から示した。最小液膜厚さと液膜最下点通過頻度(局所最小液膜部通過頻度)は、ほぼ乱流遷移層の厚さの変化に応じて一定の値を示す傾向にあった。LFDにより得られたデータをもとに、液相レイノルズ数と界面せん断力から最小液膜厚さを予測する実験相関式を得た。この式は本実験条件の範囲において±5%以内の誤差で最小液膜厚さを予測できる。

5.結語

 本論文では、LFDを二相流計測技術に応用することで、軸方向全域に渡る液膜流動特性の高時空間分解能測定を可能にした。LFDの測定精度を検証する一連の実験より、LFDは液膜流動特性、特に従来の接触型測定手法では困難であった液膜の軸方向発達過程、局所液膜厚さの挙動および波の通過頻度特性の測定に対し極めて有効な測定方法であることを示した。またLFDにより流下液膜および環状流液膜の液膜界面構造を軸方向全域に渡って整理し、これまで厳密に評価されてなかった液膜の発達特性を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、レーザーフォーカス変位計という新しい機器を用いて流路内液膜界面発達特性を測定する手法を開発し、またこの手法によって得られた新たな実験的知見をまとめている。

 気液二相流の界面構造は流路条件や軸方向の流れの発達によって大きく変化するため、現在の解析コードに適用されているような定常完全発達流れを仮定した界面構造の取扱いでは限界が生じ、過渡的な流れや未発達流れを適切に模擬できない。このような状況を打開する手段として、界面面積濃度輸送方程式あるいは界面追跡法を既存モデルと併用する試みがなされており、そのためには、精度の高い局所流れ場の界面構造データを、特に流れ方向に整理していく必要性が指摘されている。

 ここで流路内壁面近傍に形成される液膜の界面構造に関しては、管中心の主要流れの境界条件ともなるために、多くの計測がこれまでになされている。しかしながら、これらの既存の計測手法には、流れを乱す、情報が電極間の空南平均値である、界面が平滑でないと計測できにくいなど、時空間分解能、適用性の点でそれぞれに原理的短所がある。特に液膜の破断・再生機構と密接に関わるサブミクロン厚さの液膜の局所変動やミクロン単位の細かい波の挙動はこれらの計測法では計測することはできず、さらに多くの場合センサーをテスト管に固定しなければならないため、時空間平均量においても流れ方向の発達に関する計測はほとんど行われていない。

 これら、上記気液二相流解析法の発展を妨げている液膜計測手法に起因する問題を解決するために、本論文においては、元来ICなどの固体表面の細かな傷などを検出する電子計測機器であるレーザーフォーカス変位計(LFD,Laser Focus Displacement meter)を用いて透明平板もしくは円管流路内を流れる液膜界面を高時空間分解能で計測する手法を開発している。透明円管内の液膜を測定する場合は、管曲率によりレーザー光が液膜界面上で焦点を結べず測定不可能となるが、管外壁面を平滑化することで検知レベル以上の散乱反射光量を得ることができ、液膜界面位置を導く屈折補正式を理論的、実験的に示した。平板及び円管の補正式は、静的、動的な模擬液膜位置および画像解析結果と比較され、それぞれ1%の計測誤差及び測定径2μm、空間分解能1.4μm、応答時間1.1msの高時空間分解能精度で液膜を計測できる。

 またこのLFDによる手法を用いて、平板上と円管内壁に沿って流下する液膜および上昇環状流液膜の局所液膜界面を軸方向全域に渡り計測した。これらの高精度計測により、これまで厳密に評価されてなかった流下液膜及び上昇環状流液膜の発達特性が主として次のように明らかにされた。

 流下液膜の計測では、最大液膜厚さ、標準偏差及び平均波高の測定結果から、乱流遷移点以下の領域では助走距離の影響はほとんど見られない。膜流量が大きくかつ助走距離が小さい範囲では液膜厚さの標準偏差は非常に小さく、助走距離が大きくなると大きな波立ちに発達していくが、助走距離が非常に大きくなっても、波の成長は止まらない。従って、流下液膜解析において大きな液流量では定常流を仮定することは適当でない。一方、最小液膜厚さは液膜流量によらずほぼ一定の値になり、触針法によって計測された厚さよりも低い。

 環状流の計測では、局所液膜厚さの挙動と擾乱波通過特性を助走距離に対して整理した。液膜厚さは助走距離の増加に伴い減少する。これは、軸方向圧力損失勾配のために下流では気相密度が小さくなり、従って気液の相対速度が大きくなるためである。最大液膜厚さと擾乱波通過頻度は、流量条件ごとに異なった特性の増減を伴いながら、助走距離の増加に従って減少していくこと、これらの変化が軸方向の圧力偏在よって生じている可能性があることを解析結果から示した。LFDにより得られたデータをもとに、液相レイノルズ数と界面せん断力から最小液膜厚さを予測する実験相関式を得た。この式は本実験条件範囲において±5%以内の誤差で最小液膜厚さを予測できる。

 またこれらの計測結果の平均量は過去の多くの計測結果と比較され、ほとんど一致していること、よって作成されたデータベースの信頼性が十分に高いことが示された。

 このようにLFDによる流路内液膜界面の高時空間分解能計測技術は、世界的にも初めて開発されたものであり、その独創性及び新規性は際だっている。またこの計測技術は前述のように、液膜界面の流路方向の発達を詳細にかつ容易に知ることのできるほとんど唯一の計測技術である。従ってこの研究分野における本質的貢献性及び実用性も十分に高い。

 論文自体は、過去の研究レビューに始まり、液膜界面の高精度計測の必要性、現状の計測法の問題点を示し、LFDの特性、屈折補正式、誤差評価を行い、流下液膜及び環状流液膜の高精度データベースの構築及び実験結果に対する討論をもってまとめられている。よって論文の完成度は十分である。

 以上審査の結果、本論文の独創性・新規性、本質的貢献性及び実用性は高く、内容の信頼性、完成度も十分であると認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51167