学位論文要旨



No 215610
著者(漢字) 龍野,道宏
著者(英字)
著者(カナ) タツノ,ミチヒロ
標題(和) 射出成形可塑化過程の可視化実験解析
標題(洋)
報告番号 215610
報告番号 乙15610
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15610号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 増沢,隆久
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 中尾,政之
 東京大学 講師 村田,泰彦
内容要旨 要旨を表示する

 射出成形は最も代表的なプラスチックの成形加工法である。この射出成形は、プラスチックの可塑化、金型内への射出、金型内での冷却・固化の各過程から構成されている。ここで最初の可塑化過程は最終製品に大きく影響し、高品質の製品を生産するためには樹脂の均一な溶融状態を得ることが重要である。さらに、生産性向上のためには、断熱材に近い特性を持つプラスチックを短時間に加熱・溶融させることが必要である。そのため、射出成形機には加熱シリンダとスクリュによる可塑化機構が使用されている。

 この加熱シリンダ内の可塑化過程は、同様の機構を採用している押出成形機において、定常的な可塑化中の樹脂状態を急冷・凍結して引抜く方法により解析されてきた。これにより、スクリュ溝内では溶融樹脂のメルトプールと未溶融樹脂の集合体であるソリッドベッド(以下SBと略記する)とが混在することなどが明らかとされ、固体輸送、溶融、溶融体輸送の各ゾーンに分割して理論化に至っている。しかし、溶融過程においてSBが時に分裂するブレークアップ(以下BUPと略記する)現象などの可塑化過程の不安定現象については、定常的可塑化モデルから逸脱しており、その生成機構の解明が課題となっている。

 また、射出成形においては、可塑化は断続的に、かつスクリュの前後進を伴って行われるため、定常的な安定状態を得ることができず、材料の噛み込み不良、樹脂輸送の停滞、BUP現象などの可塑化不安定現象が頻繁に発生している。しかし、従来のスクリュ引抜きによる静的な可視化手法では、このような過渡的非定常現象そのものを具体的に捉えることは困難であった。そのため、射出成形における可塑化現象自体の解明は著しく遅れていた。

 そこで本論文では、加熱シリンダ内可塑化過程の過渡的非定常現象を動的に可視化定量解析する手法を確立し、SBのBUP現象、及び射出成形における計量可塑化過程での各種現象の生成機構を解明し、実用的なモデルを提示することを研究目的とした。

 本論文は序論と総括を含めて2部、全8章より構成されている。

 第1章序論では、スクリュ可塑化現象に関する従来研究の概要と問題点について分析し、本研究の目的を述べた。

 第I部は、SBのBUP現象の解明を課題としている。第2章ではガラス内挿方式可視化加熱シリンダによる動的可視化手法、及び冷却管路付き加熱シリンダ・スクリュによる静的可視化手法を併用した解析手法を確立し、同手法により結晶性樹脂のポリプロピレン、ポリアミド、及び非晶性樹脂の汎用ポリスチレンの3種類の樹脂について連続可塑化過程におけるBUP生成過程を解析した。これにより、従来の提示されていたBUP生成モデル、すなわち、溶融の進行したSBが溶融樹脂流動に引伸ばされ破れが生成するモデル、及び圧縮部においてMaddock-Tadmor型のSBが圧壊する生成モデルの2つのモデルを検証した。その結果、引伸ばし型モデルについては、その妥当性を確認した。また、圧壊型のモデルについては、圧縮部におけるSBとスクリュ・シリンダ壁面との干渉を起点として、浅底化に沿うスクリュ表面速度上昇及びSBと壁面との間のせん断速度増加に起因して、干渉域のSB内に大きな引張力を生成することにより、SBに破れを生成したものと推察して、さらに一般化した生成モデルとして提示した。

 第3章ではBUP現象に対するスクリュ形状の影響を解析した。前章で用いた標準的なゾーン配分のスクリュに対して、供給部長さを延長し、その分圧縮部を短縮した急圧縮スクリュによるポリプロピレンとポリアミドの連続可塑化過程におけるBUP生成現象を解析した。その結果、ポリプロピレン可塑化過程でのBUP現象は、前章までに提示した2つのモデルにより記述できることを明らかにした。一方、ポリアミドの場合は、急圧縮スクリュにおける長い供給部において特徴的なBUP現象が生成することを明らかにした。これは、供給部でMaddock-Tadmor型から侵入型へと可塑化モデルが変化する領域で、侵入型のSBが溶融層圧力によりシリンダ壁面へと強く押上げられ、SBとシリンダ壁面間でのせん断力増加に起因して、SB内に大きな引張り力が生成することにより、BUPが生成したものと推察して、新たな生成モデルを提示した。これにより、BUP現象は、一連のスクリュ溝内での可塑化モデルの変遷過程におけるSBとスクリュ・シリンダ壁面との干渉状況に対応した3つの生成モデルに集約された。すなわち、[I]Dekker-Lindt型可塑化モデルのSBが溶融樹脂流動により引伸ばされ破断する、[II]Maddock-Tadmor型またはShapiro型のSBがスクリュ圧縮部でシリンダ・スクリュ壁面と干渉し、浅底化に沿うスクリュ表面速度上昇及びSBとスクリュ・シリンダ壁面との間のせん断速度増加に起因して分離する、[III]侵入型のSBがスクリュ側溶融層に押上げられ、シリンダ壁面間のせん断力増加により破断する、という3つのモデルを提示した。

 第II部では、射出成形における計量可塑化過程の解明を課題としている。第4章ではガラス内挿方式可視化加熱シリンダとスクリュ追従撮影装置による可視化定量解析手法を開発し、ポリプロピレン計量可塑化過程の解析を通じて、その有効性を確認した。ここでは、スクリュ表面上の固定位置における計量可塑化過程を擬似展開画像で具体的に表示すると共に、所定の観察位置におけるSB幅を計測し、スクリュ溝幅の比であるSB比の時間変化を算出した。これにより、圧縮部溝内において、計量開始から徐々にSBが増加した後、計量後半でSBの細かなBUPを伴う部分的な溶融進行領域が生成し、その後溶融の遅れたSBが出現して計量完了に至る過程を具体的に明らかにした。また、各種成形条件を変更し、それらの計量可塑化過程への影響をSB比により定量的に示した。さらに、上記の部分的溶融進行現象が成形条件変更時にも生成することを明らかにした。

 第5章では、供給部溝深さ及び供給部と圧縮部の長さ配分を変更した4種類のスクリュによるポリプロピレン計量可塑化過程の可視化解析を実施し、スクリュごとの可塑化現象を具体的に明らかにした。これにより、供給部溝深さの影響として、浅溝ではスクリュ中間部においてSBが細かく分裂するのに対し、深溝ではSBの連統性が保たれることを明らかにした。これは、溝深さが浅いほどSB溶融が早期に進行すること、及び供給部で浅溝ではペレット間に隙間を持った凝集力の小さいSBが形成されるのに対し、深溝ではペレットが3次元的に配置した強く凝集されたSBが形成されるためと推察した。また、供給部長さの影響は、同一観察位置において標準スクリュの圧縮部よりも供給部が長いスクリュの供給部の方が、計量前半のSB比が大きいことを明らかにした。これは、圧縮部では薄く幅広のSBの溶融が効率よく進行するのに対して、供給部ではスクリュ溝深さに対応した厚く幅の狭いSBの溶融が遅れるためと推察した。さらに、各種スクリュにおいて、計量開始時の溶融樹脂が含浸した低輝度領域がホッパー側の観察位置で生成すること、計量後半にSBが細かくBUPしSB量が低下する部分的な溶融進行領域がスクリュ中間の観察位置で生成すること、それに引き続き溶融が遅れた低輝度のSBが出現することが共通して観察されることを明らかにした。

 第6章では、結晶性樹脂のポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、及び非晶性樹脂の汎用ポリスチレン、ポリカーボネートの4種類の樹脂について計量可塑化過程の可視化解析を実施し、樹脂ごとのスクリュ溝内溶融現象を具体的に明らかにした。また、各種樹脂に共通して計量初期にスクリュ溝内に空隙が生成し、やがて消失する現象を明らかにした。これは、待機時間中の伝熱によりSBとシリンダ壁面間に溶融層が生成し、その潤滑作用によりSB移動が滞るため計量前半に空隙が生成し、その後のホッパー側SBの押込みにより空隙が消失したものと推察された。

 第7章では、計量可塑化過程でのスクリュの断続回転と軸方向移動という2つの因子を分離して解析するため、スクリュの軸方向位置固定のまま断続的に回転し、ノズルから樹脂を押出す間欠可塑化過程の可視化解析を実施した。両可塑化過程の擬似展開画像とSB比の比較により2つの因子の効果を明らかにすると共に、マーカー追跡法により樹脂移動と可塑化形態変化の対応を解明した。その結果、断続回転の因子により、可塑化過程初期に供給部にて溶融相を多く内包するSBが形成され、そのSBが後期に圧縮部に達して細かく分裂することを明らかにした。この現象は、スクリュ供給部での待機中に各ペレットの表層部から加熱を受けた低いかさ密度の樹脂ペレット群が、可塑化工程において圧縮・凝集する過程でSB内層部からの昇温と高効率な溶融がもたらされ、その前後のSBと比べて溶融の進行が図られたものと考察した。また、軸方向移動の因子により、計量可塑化過程においてペレット供給位置から観察位置までの距離が徐々に短縮され、計量後半には伝達熱量の少ないSBが出現してきたためと考察した。以上の結果を総合して、待機時間及び計量工程におけるスクリュ溝内各部のSBの状態変化を示した計量可塑化過程モデルを提示した。

 第8章総括では、各章で得られた結論をまとめると共に、本研究において得られたBUP生成モデル、計量可塑化過程の可視化解析手法、及び計量可塑化過程モデルに関する活用法について示した。最後に加熱シリンダ内可塑化現象に関する研究の課題と今後の展望を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 代表的なプラスチックの成形加工法である射出成形では、単軸スクリュ可塑化機構が用いられている。この可塑化過程においてスクリュ溝内では溶融樹脂のメルトプールと未溶融樹脂の集合体であるソリッドベッド(以下SBと略す)とが混在し、可塑化進行と共にSBが徐々に縮小消失する。この過程で時にSBが分裂するブレークアップ(以下BUPと略す)現象の生成機構解明が課題となっていた。また、射出成形の可塑化過程(以下計量可塑化過程と称す)は断続的でスクリュの前後進を伴う非定常現象であり、従来の実験手法では現象解析が困難であった。そこで本論文では、加熱シリンダ内可塑化過程の動的可視化定量解析手法の確立、及びSBのBUP現象と計量可塑化過程での各種現象の生成機構解明を目的としている。以下にその概要を説明する。

 第I部では、SBのBUP現象の生成機構解明について述べている。ガラス内挿方式可視化加熱シリンダによる動的可視化手法、及び冷却管路付き加熱シリンダ・スクリュによる静的可視化手法を併用し、3種類の樹脂の連続可塑化過程におけるBUP生成過程について解析した結果を述べている。これにより、従来提示されていた2つのBUP生成モデルを検証し、一部を修正したモデルを提示している。

 また、BUP現象に対するスクリュ形状の影響を解析し、急圧縮スクリュによる連続可塑化過程において長い供給部でBUP現象が生成することを明らかにして、新たな生成モデルの提示を行っている。以上の結果より、BUP現象は、一連のスクリュ溝内での可塑化モデルの変遷過程におけるSBとスクリュ・シリンダ壁面との干渉状況に対応した3つの生成モデルに集約されるとしている。すなわち、[I]Dekker-Lindt型可塑化モデルのSBが溶融樹脂流動により引伸ばされ破断する、[II]Maddock-Tadmor型またはShapiro型のSBがスクリュ圧縮部でシリンダ・スクリュ壁面と干渉し、浅底化に沿うスクリュ表面速度上昇及びSBと壁面間のせん断速度増加に起因して分離する、[III]侵入型のSBがスクリュ側溶融層に押上げられ、シリンダ壁面間のせん断力増加により破断する、という総合的なBUP生成モデルを提示している。

 第II部では、射出成形における計量可塑化過程の解明を課題としている。ここでは、ガラス内挿方式可視化加熱シリンダとスクリュ追従撮影装置による可視化定量解析手法の開発を行っている。これにより、計量可塑化過程を擬似展開画像で具体的に表示すると共に、SB幅とスクリュ溝幅の比であるSB比を算出している。この結果、圧縮部溝内において、計量開始から徐々にSBが増加した後、後半でSBの細かなBUPを伴う部分的な溶融進行領域が生成し、その後溶融の遅れたSBが出現して計量完了に至る過程を具体的に明らかにしている。また、各種成形条件を変更した場合のSB比変化を定量的に示している。

 次に、供給部溝深さ及び長さを変更した4種類のスクリュによる計量可塑化過程の可視化解析を実施し、各スクリュの可塑化現象を具体的に明らかにしている。これにより、供給部溝深さが深いほどSBが強く凝集されBUPが生成しにくいこと、供給部が長いと計量初期のSB量が増加することを示し、各スクリュにおいて計量後半に部分的溶融進行現象が共通して観察されることを明らかにしている。

 さらに、代表的な4種類の樹脂の計量可塑化過程を解析し、樹脂ごとのスクリュ溝内溶融現象を具体的に明らかにし、各樹脂において計量初期にスクリュ溝内に空隙が生成し、やがて消失する現象が共通して生成することを明らかにしている。この空隙は、待機時間中の伝熱により生成したSBとシリンダ壁面間の溶融層の潤滑作用によりSB移動が滞るため生成したものと考察している。

 最後に、計量可塑化過程でのスクリュの断続回転と軸方向移動という2つの因子を分離して解析するため、スクリュの軸方向位置固定のまま断続的に回転し、ノズルから樹脂を押出す間欠可塑化過程の可視化解析を試みている。両可塑化過程の比較により2つの因子の効果を明らかにすると共に、マーカー追跡法により樹脂移動と可塑化形態変化の対応を検討している。その結果、断続回転の因子により、可塑化過程初期に供給部にて溶融相を多く内包するSBが形成され、そのSBが高効率に溶融して、後期に圧縮部で細かく分裂し部分的溶融進行領域となるものと考察している。また、軸方向移動の因子により、計量後半に圧縮部SB量が増加することを明らかにしている。そして、以上の結果を総合し、計量可塑化過程の一般化モデルの提示を行っている。

 以上のように、本論文では、プラスチックのスクリュ可塑化過程において、これまでほとんど解明が進められていないブレークアップ現象と計量可塑化過程に焦点を当て、可視化及び画像処理技術を総合した新規可視化解析手法により、系統的な実験解析を初めて実施し、これら成形現象の一般化モデルを提示したものである。これらの解析データは、学術的に極めて貴重なものであると同時に、シミュレーションのためのモデル化に基礎を与えるもので、確立された可視化実験解析技術とともに、工学的意義は極めて高いものと考えられる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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