学位論文要旨



No 215612
著者(漢字) 松岡,利雄
著者(英字)
著者(カナ) マツオカ,トシオ
標題(和) 表面効果翼艇の空カ特性に関する研究と応用
標題(洋)
報告番号 215612
報告番号 乙15612
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15612号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

 表面効果翼艇は1935年にフィンランド人カーリオによって雪上ソリに実験的に応用されたのが始まりといわれている。その後、スエーデン、アメリカで表面効果翼艇の開発が続けられ、引き続いてドイツ、ソ連、中国でも同様の開発研究が継続されている。本研究では表面効果翼艇は、リピッシュ翼形態・タンデム翼形態・ラム・ウイング翼形態の中から小型艇に適したラム・ウイング翼形態を選定した。ラム・ウイング形態の小型表面効果翼艇は離水時に急激なピッチアップ(艇首上げ)現象が生じるといわれている。表面効果翼艇の小型軽量化、低速での離着水による安全性などを高めるために、ピッチアップ(艇首上げ)対策、揚抗比(L/D)の把握、標準艇体形状の圧力中心(Cp)、レイノルズ数と揚力係数CLおよび抗力係数CDの関係などの表面効果翼艇の空力特性に関する研究が必須となる。

 本研究において、ラム・ウイング形態に寄与する翼の形状として、浮揚航走時の揚力係数が大きく、離水時のレイノルズ数が低いところで失速しにくい、ゲッチンゲン623型の翼形状を選定し、翼上面はゲッチンゲン623型の翼形状としたが翼下面は削って、薄翼とした。この翼に翼端板を取付けた艇体形状を基本形とし、翼端板の長さ、翼下面の翼厚を変えてその変化が地面効果の空力特性に及ぼす各パラメータの効果を風洞実験で検討している。離水後の縦安定性について、地面効果のある高さの範囲を浮揚航走すると翼の空力中心が浮揚高さによって前後に移動する特性をもっていることから、翼まわりの空気の流れ場を、モデル化した翼の数値計算で評価し、翼端から発生する誘導渦の傾向および薄翼の圧力中心は後方に移動することを確認している。また、縦運動の動的安定性評価に関する評価式を導出し、風洞実験で得た空力特性データを使って水平尾翼を取付けた艇体形状の縦運動の安定判別を行い、表面効果翼艇の設計手順を述べ、水平尾翼容量と尾翼取付位置に関する安定領域を作成している。安定浮揚航走を図るため水平尾翼を取付けた艇体形状の重心位置から水平尾翼までの腕の長さ、水平尾翼面積などについて準定常運動を行っている状態で縦安定性の数値シミュレーションを行い、表面効果翼艇のサイジングを行った。2人乗り表面効果翼艇の海上実験のビデオ録画から揚力係数および抗力係数を読み取ることにより、当該表面効果翼艇の空力特性を総合的に検討している。

 この艇体の特徴は、第1に表面効果翼艇の製品化に伴う公的免許は艇体のフロート形状から四級小型船舶海技免許を取得するとして翼形状を翼弦長4m、翼幅(全中)2.5mとした単純ラム翼型低アスペクト比の翼を持った小型軽量艇であり、特に薄翼断面型を使用している点である。第2の特徴は最高速度が約85km/hと極めて遅いことである。第3の特徴は表面効果翼の揚抗比の向上を図るため翼の両端に垂直に垂らした翼端板を使用している点にある。

 第1章に表面効果翼艇の開発の必然性、他の交通機関との比較、およびWISE開発略史について述べ、表面効果翼艇はACVを含む従来の船舶、航空機と競合するものではなく、従来の交通手段でカバーし得なかった領域を開くものであることを指摘している。

 第2章に、表面効果翼艇の開発研究に必要な翼形状の選定、低アスペクト比翼の表面効果、翼まわりの流れ場、空力特性、縦安定性など空気力学的問題の解明と空力設計のアプローチを述べている。第3章には低速風洞実験によって得られた空力特性について検討し、翼端板形状、翼下面形状、水平尾翼面積などの要因が空力特性に与える影響、および可視化による流れの様子と空力特性との関連などを述べている。第4章には縦運動の安定性に関する評価式を導出し、表面効果翼艇の空力特性に関する研究の応用として表面効果翼艇の空力設計の手順を述べる。準定常運動を行っている状態での、水平尾翼を有する艇体の縦動安定性の過度応答の数値シミュレーションを行い、艇体の重心位置、水平尾翼の取付け位置および翼面積が艇体角度に影響を与えることを確かめている。

 以上のことから、表面効果翼艇の翼形状として、平板翼を用いると離水時にピッチアップ現象が生じ、厚翼タンデム形態を用いると巡航速度が185km/hを超える高速になり計画の約2倍の速度というような不都合が生じる。そこで表面効果翼艇の小型軽量化、低速での離着水による安全性を高めるために、ラム・ウィング形態に寄与する翼の形状として、翼下面は削った薄翼を選定した。薄翼の上面は、浮揚航走時の揚力係数が大きく、離水時のレイノルズ数が低いところで失速しにくいゲッチンゲン623型の翼形状を選定し、翼下面は削ってよどみが一様になるように工夫してある。低アスペクト比の薄翼の表面効果内での空力特性を数値計算でもとめて、通常の航空機翼の特性を有することを確認し、模型の風洞実験を行い、空力特性を研究した。風洞実験データをベースに実機を製作し、艇体の縦安定性と空力設計の妥当性を評価した。この結果、左右に翼端板を取付けた薄翼がラム・ウィング形態の小型表面効果翼艇の安全性向上に有効な空力特性を有しているという見通しを得た。

 主要な結論は次の通りである。

(1)流れ場の数値計算において、一般の航空機としてのゲッチンゲン623型の翼形状が有する空力特性は表面効果翼に使用しても一般性は失われず、表面効果が働いて揚力係数などの翼性能が向上することがわかった。また、表面に近い場合の揚力の上昇は主に翼下面の圧力変化によるものであること、圧力中心は後方に移動することなどがわかった。従来の航空機の圧力中心は25%といわれているが、45%まで後方に移動することがわかった。

(2)風洞実験の結果から、揚力係数、抗力係数、ピッチングモーメント係数に及ぼす表面効果及び迎角の効果が知られた。これらの空力係数は表面との距離が小さくなるにつれ、大きく影響を受ける。揚抗比(L/D)については迎角αが増加すると揚抗比(L/D)は減少するが、迎角αが減少すると揚抗比(L/D)が増加することから艇体の離水航走時の迎角αは7.7〜8.0°とした。実験データでは揚抗比3.5をえたが、海上実験では3.2であったがほぼ満足できる数値である。

(3)翼下面を削った薄翼を有する形状において、翼端板の形状、翼下面の形状が揚力係数の向上に大きな影響を与える。翼下面容積の増加、翼端板を深くするなど翼下面に取込む空気量が増えると揚力係数が向上すること、揚抗比は迎角αと翼下面容積の影響を受けることがかわった。

(4)条件によっては縦揺れモーメント係数が正の値をとることから、艇体に水平尾翼を取付けて縦安定性を図る必要性を示唆している。

(5)上実験データは風洞実験の結果とほぼ近い値が得られており、適切な風洞実験の重要性と意義が明確となった。

(6)縦運動の安定性評価式を導出して、事例を提示し評価式の係数から安定・不安定を判別する空力設計手順をフローチャートに示した。ピッチアップ対策に重要な重心と圧力中心距離の有効変化範囲の求め方をのべた。微小擾乱に関する縦動安定性の数値シミュレーションを行い、重心位置の許容限界、水平尾翼の適正な取付け位置、翼面積に関するパラメータを定量的に評価し、その妥当性を確認した。

審査要旨 要旨を表示する

 工学士松岡利雄提出の論文は「表面効果翼艇の空力特性に関する研究と応用」と題し、本文5章及び付録2項から成っている。

 表面効果翼艇は、翼の性能が表面(水面)近くで向上するという表面効果を積極的に利用して航走する海上交通機関である。表面効果翼艇は、1935年に、フィンランド人カーリオによって応用されたのが始まりで、その後、各国で開発研究が継続されている。表面効果翼艇の形態としては、翼下面に取り込む空気のラム圧を利用するラムウィング形態が有利とされているが、この形態では、離水時に急激なピッチアップ(艇首上げ)の現象が生じるので、表面効果翼艇としての空力性能を保持しつつ、離着水における安全性を高めるために、空力および飛行力学的設計の考慮が必要である。

 このような観点から、著者は、表面効果翼艇の設計に関する手順を提案した。すなわち、ラムウィング形態に適合する翼の形状として、予備的な数値解析によって、浮揚航走時の揚抗比が大きく、離水時の低レイノルズ数領域でも失速し難い翼形(ゲッチンゲン623)を選定し、その下面を削って薄翼とした。この翼に翼端板を取り付けた艇体を基本形状とし、翼端版の高さを変えた形状、翼下面の翼厚を変えた形状および水平尾翼を取り付けた形状について、それらの変化が空力特性に及ぼす効果を風洞実験によって検討した。風洞実験によって得られた空力特性を用いて、艇体の縦安定性の数値シミュレーションを行い、表面効果翼艇のサイジングを行った。これに基づき、2人乗り表面効果翼艇を製作し、海上航走実験の結果と比較することにより、当該表面効果翼艇の空力特性を総合的に評価した。

 第1章は序論で、本研究の背景を述べ、表面効果翼艇の研究開発の必然性と歴史および他の交通機関との比較を行った。このことにより、表面効果翼艇は従来の交通手段でカバーし得なかった領域において有効であることを述べ、本研究の目的と意義を明確にしている。

 第2章では、表面効果翼艇の空力設計のアプローチを述べ、そのために翼形状の選定、低アスペクト比翼の表面効果、翼まわりの流れ場、空力特性、縦安定性などの空気力学的問題の解明が必要であることを指摘している。

 第3章では、予備的な数値解析によって選定した薄翼を用いて行った風洞実験結果について検討し、翼端板形状、翼下面形状、水平尾翼位置および面積などの要因が空カ特性に与える影響を論じるとともに、可視化による流れ場のようすと空力特性との関連を述べている。風洞実験結果から、艇体の揚力係数、抗力係数、揚抗比、ピッチングモーメント係数は、翼と表面の距離および迎角によって著しい影響を受けることを示した。揚抗比は迎角の減少に伴い増加するので、本来は迎角を小さくするのが望ましいが、艇体と表面の干渉を考慮して、離水時および巡航時の迎角を、それぞれ、7.7〜8.0度および5〜6度とするのが妥当である。圧力中心は翼弦長の45%まで後方に移動し、かつ、その位置の迎角およびレイノルズ数への依存性は小さい。翼の揚力係数は翼下面の容積の増加によって増加することから、ラムウィング形態では、翼下面に取り込む空気容量が艇の揚力性能を決定することがわかる。このことは、表面効果翼艇では、通常の飛行機の寸法を定める二乗三乗則の制約を受けないことを意味しており、大型化の可能性を示唆するものである。また、海上航走実験によって得られた空力特性は風洞実験データとほぼ妥当な一致を示した。

 第4章では、表面効果翼艇の縦運動の安定性に関する評価式を導出し、それによる空力設計の詳細な手順を述べている。この手順に第3章で得られた空力特性データを用いることにより、水平尾翼を有する艇体が準定常運動を行っている状態での縦運動の過渡応答の数値シミュレーションを行い、艇体の重心位置、水平尾翼の取り付け位置および翼面積が艇の安定性におよぼす効果を詳細に検討した。条件によっては縦安定性が損なわれることがあるため、水平尾翼によってその回復を図る必要性を示唆している。

 第5章は結論で、上記各章における考察の総括を行い、表面効果翼艇の空力特性を用いる空カ設計の妥当性についての知見をまとめている。

 付録Aでは、本研究の成果を利用して製作した表面効果翼艇「マリンスライダーミューsky」の概要について述べている。

 付録Bでは、表面効果翼まわりの流れの非圧縮性ナビエ・ストークス解析による数値シミュレーションの結果を述べ、表面効果翼艇に用いるのに適当な薄翼の特性を検討している。

 以上要するに、本論文は表面効果翼艇の空力設計のアプローチを提案し、風洞実験によって得たラムウィング形態の艇体の空力特性を用いて、縦安定性評価を行うことにより、表面効果翼艇の研究に定量的な指針を与えたものである。このことは、表面効果を積極的に利用する新しい交通機関の実現性に示唆を与え、その成果は航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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