学位論文要旨



No 215620
著者(漢字) 矢橋,牧名
著者(英字)
著者(カナ) ヤバシ,マキナ
標題(和) X線領域における強度干渉法の研究
標題(洋)
報告番号 215620
報告番号 乙15620
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15620号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 助教授 百生,敦
 東京大学 助教授 高橋,敏男
 東京大学 助教授 三尾,典克
内容要旨 要旨を表示する

 放射光は、高輝度、高指向性をもつX線源として様々な目的に利用されている、最先端の放射光源としては、低エミッタンスの蓄積リングにアンジュレータを挿入した第3世代放射光源が現在用いられている。その特徴は、高い平均輝度と、鉛直方向に優れた空間コヒーレンスを有することである。さらに高い性能を目指して、低エミッタンス、極短バンチのライナックとアンジュレータを組み合わせた第4世代放射光源が精力的に開発されている。代表的なものが、Self-Amplified Spontanous Emission自由電子レーザ(SASE-FEL)であり、非常に高い瞬時輝度、完全な空間コヒーレンス、fS領域の極短パルスといった特徴をもつ。これらの光源から放出されるX線の特性、とりわけコヒーレンス特性やパルス特性を定量的に評価することは、利用研究を発展させる上で極めて重要である。

 コヒーレンス特性は、通常、干渉計を用いて電場振幅を重ね合わることにより評価される。しかしながら、X線領域のコヒーレンス計測は従来困難であった。その主たる理由は、干渉計を構成する光学素子に制約があり、かつ光学系全体の光路長の変動を波長より十分小さく抑制する必要があるからである。ところが、可視光領域においては、通常の振幅の重ね合わせではなく、強度の重ね合わせによっても干渉が観測可能なことが1956年にHanbury-BrownとTwissによって示されている。この手法は強度干渉法と呼ばれ、その特徴として簡素な光学系を利用できること、安定性に対する要求が緩和されること、検出器の時間分解能を超えた高速の測定が可能である、といったことが挙げられる。このような利点をもつ強度干渉法をX線領域に応用することで、これまで測定困難であったコヒーレンス特性等を決定できる可能性があることが従来からShuryak、Ikonenらによって指摘されてきた。実際に、1997年、Kikuta、Kunimuneらは強度干渉をX線領域で初めて観測した。しかしながら、高精度の計測には、非常に高い輝度をもつ光源と、極端に狭いバンド幅をもつ高分解能分光器を必要とするため、定量的な議論には至っていなかった。

 SPring-8は、ESRF(フランス)、APS(アメリカ)と並ぶ代表的な高エネルギー第3世代放射光源である。SPring-8では、他に優る光源を開発するために、蓄積リングの全局1436mのうち4箇所において30m長のマグネットフリーの長直線部をもつように設計されている。1998年、最初の長直線部利用として、27mアンジュレータがインストールされることが決定した。現存のX線光源の中で最も高い輝度を有するこの光源は、強度干渉法のR & Dに最適である。本研究では、まず、この光源の性能を十分に引き出すために必要なX線ビームラインの設計、建設を行い、性能評価を行った。並行して高分解能分光器を開発し、従来の記録をはるかに上回る分解能を達成した。これらの装置を用いて、X線強度干渉実験を行った。この結果、強度干渉法により、X線のコヒーレンス特性及びパルス特性が十分な定量性をもって決定できることを明らかにした。

 蓄積リング中の電子ビームは、高周波加速位相安定性の原理によりバンチと呼ばれる集団を形成しながら周回する。各バンチ内には10(10)個にも及ぶ多数の電子が含まれるが、現在の放射光源では異なる電子からの放射電場には決まった位相関係がない。その結集、放射場はカオス的なパルス光となる。このような光に対してコインシデンス計測を行うと、コインシンデンス確率CSはアタシデンタルな確率CNに比べて増加し、増加の度合いR=Cs/CN-1はパルスあたりの時間、空間モード数(ビームサイズとコヒーレンス長の比)の関数として表される、すなわち、コインシデンス計測からコヒーレンス特性を評価することが可能である。これが強度干渉法の原理である。ここで、Rとアクシデンタルコインシデンスの偏差の比で表されるS/Nは、瞬時輝度に比例する。また、Rはモード数に反比例する。よって、高い精度で強度干渉を測定するには、高輝度の光源と、モード数を制限する装置、特に高分解能分光器を必要とする。

 これらの装置は、次のように設計、製作された。まず、27mアンジュレータ用X線ビームラインは、SPring-8において標準的である4.5mアンジュレータ用のX線ビームラインに準じて設計された。放射線遮蔽のために光学ハッチと4つの実験ハッチがつくられ、光学ハッチの内部にビームライン光学系、輸送系が設置された。ビームライン光学系としてはシリコン完全結晶を用いた二結晶分光器が用いられ、シリコン結晶は液体窒素で間接冷却される。テストの結果、サンプル位置で。10(14)photons/s(ΔE/E〜10(-4))にも及ぶ高フラックスであることを確認した。また、アンデュレータスペクトルを高い精度で測定し、長いアンジュレータの場合には地磁気程度の微弱な磁場も補正する必要があることを明らかにした。

 X線高分解能分光器の開発は、次のように行われた。4回の非対称反射を用いた分光器を検討し、従来の手法と比べて1桁以上の高い分解能が原理的に可能なことを明らかにした。実際に、Si1153反射を4回用いた分光器を製作した。それぞれの結晶を平板結晶とすることで、高品位の表面処理を可能とした。また、鉛直方向の空間コヒーレンスを保存するため、散乱面が水平面になるように結晶が配置された。この結果、格子歪みに起因する時間コヒーレンスの不均一性も低減させた。27mアンジュレータビームラインにおけるテストの結果、E=14.4keVにおいてバンド幅ΔE=120μeVという、X線結晶分光器として世界最小のバンド幅を達成した。また、フラックスは最大で107photon/s台であった。

 これらの装置を用いて強度干渉実験を行った。高分解能分光器の下流に精密スリットを置き、さらにその下流に半透過型のAvalanche Photo Diode(APD)を2つ直列に配置した。まず、精密スリットの垂直方向サイズの関数としてAPD間のコインシデンスレートを測定した。スリットサイズを小さくしたとき、空間モード数の減少によりコインシデンスの確率が増加することを確認した。このプロファイルに対して、ガウス型の空間コヒーレンス分布を仮定したフィッティングが行われ、垂直方向のコヒーレンス長は66.3±2.0μm(光源からの距離L=66.7m)及び77.5±2.0μm(L=78.2m)と求められた。これらはVan Cittert-Zernikeの定理によく合致し、垂直方向のアンジュレータ光源サイズは13.8±0.4μmと求められた。この結果は、偏向部の放射に対して可視の振幅干渉計で測定した結果と比較され、わずかにそれより小さいことが確認された。この理由として、強度干渉法は瞬時のサイズ、振幅干渉法は長時間平均のサイズをみていることが考えられる。また、位相物体を挿入したとき、コヒーレンスプロファイルが大きく変化することを確認した。

 次に、高分解能分光器のバンド幅の関数としてコインシデンスレートを測定することで、X線パルス幅の決定を行った。バンド幅を変えるために、入射エネルギーをわずかにシフトさせることで非対称度を変化させた。それぞれの条件でスリットサイズを狭めることで空間モード数の効果を取り除き、時間モード数をバンド幅の関数として表した。この結果、パルス幅は32.7±1.6psと求められた。この値はX線ストリークカメラによる測定値とよく一致した。

 さらに、強度干渉法の第4世代の極短パルス放射光源への応用を検討した。強度干渉を高精度で観測するには、高分解能分光器を用いて時間モード数を抑制する必要があるが、〜100fsのパルス光の場合は最適化されたバンド幅は〜50meV程度であり、本研究で開発したものよりはるかに簡単な分光器が適用可能である。よって、ミクロンオーダーの光源サイズ、fs領域のX線パルス幅、さらにはSASE-FELが線形領域から飽和領域に達したときの光子統計の遷移が観測可能であると考えられる。特に、fs領域のX線パルス幅が計測可能な方法は他にないため、強度干渉法は非常に重要な手法である。このように、強度干渉法は最先端の利用研究への貢献にとどまらず、加速器開発にも重要なフィードバックをもたらすことが期待される。

 最後に、X線干渉計に強度相関法を応用した。1次及び2次のコヒーレンスの寄与を含めて、X線干渉計の出力とコインシデンスレートの対応を導いた。特に、X線のバンド幅が十分広い条件のもとでは、コインシデンスレートは干渉縞の可視度の関数として表されることを示した。テストのために、一体型のLLL干渉計を設計、製作した。安定な光学系に対して人為的に光路差を与えることで、位相平均操作を行った。長時間平均したコインシデンスレートと可視度の対応が理論と一致することを確認した。光路長が不安定な系では干渉の観測が不可能であると従来考えられていたが、本研究によりそのような系でも干渉計測が可能なことが示された。本手法が新たなX線干渉計の開発の端緒となり、X線光学に新展開をもたらすことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 放射光は、高輝度、高指向性をもつX線源として広く利用されている。最先端の放射光源として、低エミッタンスの蓄積リングにアンジュレータを挿入した第3世代放射光源が用いられており、さらに超高輝度、極短パルスを目指して第4世代放射光源が精力的に開発されている。これらの光源から放出されるX線のコヒーレンス特性やパルス特性を評価することは、利用研究及び加速器科学を発展させる上で極めて重要である。しかしながら、X線領域のコヒーレンス計測は困難であるとこれまで考えられてきた。本論文では、Hanbury-BrownとTwissによって開発された強度干渉法によりX線のコヒーレンス計測が可能となることを実験的に検証した。

 第1章では、本論文の背景としてX線光源の現状及びコヒーレンスの利用と診断に関するこれまでの研究の概要が述べられ、続いて本論文の目的と構成が示されている。

 第2章では、放射光源をカオス的なパルス光とみなした上で強度干渉法の原理が述べられている。特に、X線領域で定量的な測定を行うためには、高輝度な光源と高分解能の分光器を必要とすることが示されている。

 第3章では、SPring-8の27mアンジュレータビームラインの概要が述べられている。SPring-8は、代表的な第3世代放射光施設である。SPring-8の蓄積リングは30m長の長直線部を4箇所もつように設計されており、1998年、最初の長直線部利用として、27mアンジュレータが設置された。本研究では、はじめにこの光源の性能を十分に引き出すために必要なX線ビームラインの検討を行った。この結果、本ビームラインはSPring-8において標準的である4.5m-アンジュレータ用のX線ビームラインに準じて設計された。光学ハッチと4つの実験ハッチがつくられ、光学ハッチの内部にビームライン光学系、輸送系が設置された。ビームライン光学系としてはシリコン完全結晶を用いた二結晶分光器が用いられ、シリコン結晶は液体窒素で間接冷却された。放射光を用いた評価の結果、設計通りの機能を有することを確認した。さらに、アンジュレータスペクトルを高い精度で測定し、本アンジュレータでは地磁気程度の微弱な磁場も補正する必要があることを明らかにした。

 第4章では、X線高分解能分光器の開発について述べられている。強度干渉実験に応用するため、4回の非対称反射を用いた分光器を検討し、従来の手法と比べて1桁以上の高い分解能が原理的に可能なことを明らかにした。実際に、Si1153反射を4回用いた分光器を製作し、それぞれの結晶を平板結晶とすることで、高品位の表面処理を可能とした。また、垂直方向の空間コヒーレンスを保存するため、散乱面が水平面になるように結晶が配置された。この結果、格子歪みに起因する時間コヒーレンスの不均一性も低減させた。27mアンジュレータビームラインにおける性能評価実験の結果、14.4keVの光子エネルギーにおいてバンド幅120μeVを確認し、X線結晶分光器として世界最小値を達成した。

 第5章では、強度干渉法による空間コヒーレンス計測について述べられている。高分解能分光器の下流に精密スリットを置き、さらにその下流に半透通型のAvalanche Photo Diode(APD)を2つ直列に配置した。精密スリットの垂直方向サイズの関数としてAPD間のコインシデンスレートを測定した。このプロファイルに対して、ガウス型の空間コヒーレンス分布を仮定したフィッティングが行われ、垂直方向のコヒーレンス長は66.3±20ミクロン(光源からの距離66.7m)及び77.5±2.0ミクロン(同78.2m)と求められた。この結果はコヒーレンス長が光源からの距離に比例するというVan Cittert-Zernikeの定理によく合致し、さらに垂直方向の光源サイズが13.8±0.4ミクロンと求められた。この値は、偏向部からの放射に対して可視の振幅干渉計で測定した結果と比較され、わずかにそれより小さいことが確認された。理由として、強度干渉法は瞬時のサイズ、振幅干渉法は長時間平均のサイズをみていることが考えられる。また、位相物体を挿入したとき、コヒーレンスプロファイルが大きく変化することを確認した。

 第6章では、強度干渉法によるパルス計測について述べられている。高分解能分光器のバンド幅の関数としてコインシデンスレートを測定することで、X線パルス幅を決定した。バンド幅を変えるために、入射エネルギーをわずかにシフトさせることで非対称度を変化させた。それぞれの条件でスリットサイズを狭めることで空間モードの効果を取り除き、時間モード数をバンド幅の関数として表した。この結果、パルス幅は32.7±1.6psと求められた。この値はX線ストリークカメラによる測定値とよく一致することが確認された。続いて、第4世代の極短パルス放射光の診断に強度干渉法を応用することを検討した。このときの約100fs幅のパルス光に対して最適化されたバンド幅は約50meVであり、本研究で開発したものよりはるかに簡単な分光器が適用可能である。よって、ミクロンオーダーのX線光源サイズ、fs領域のX線パルス幅、さらにはSASE-FELが線形領域から飽和領域に達したときの光子統計の遷移が観測可能であると考えられる。

 第7章では、X線干渉計に対する強度相関法の応用について述べられている。1次及び2次のコヒーレンスの寄与を含めて、X線干渉計の出力とコインシデンスレートの対応を導いた。特に、X線のバンド幅が十分広い条件のもとでは、コインシデンスレートは干渉縞の可視度(Visibility)の関数として表されることを示した。テストのために、一体型のLLL干渉計を設計、製作した。安定な光学系に対して人為的に光路差を与えることで、位相平均操作を行った。長時間平均したコインシデンスレートと可視度(Visibility)の対応が理論と一致することを確認した。

 第8章では、本研究の結論が述べられている。

 以上のように、本研究ではX線のコヒーレンス特性を強度干渉法によって計測できることを実験的にはじめて明らかにした。また、干渉計において光路長が不安定な場合は干渉の観測が不可能であると従来考えられていたが、本研究によりそのような系でも干渉計測が可能なことが示された。これらによってX線光学に新展開がもたらされることが期待される。さらに、本研究において開発された高分解能分光器は、精密X線分光学への広範な応用が期待される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51171