学位論文要旨



No 215624
著者(漢字) 長野,浩司
著者(英字)
著者(カナ) ナガノ,コウジ
標題(和) 使用済核燃料管理・貯蔵のシステム分析
標題(洋) A Systems Analysis of Spent Nuclear Fuel Management and Storage
報告番号 215624
報告番号 乙15624
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15624号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 長崎,晋也
内容要旨 要旨を表示する

 日本をはじめとして、原子力発電を行っている多くの国々においては、個々の原子力発電所サイトでの使用済燃料蓄積の増大により既存の管理貯蔵容量の逼迫を来たし、ある時点で原子炉の運転停止を余儀なくされるリスクを生じている。その一方で、一般公衆の反対や立地点の確保が不可能なことなどにより、使用済燃料の最終処理施設(再処理施設ないし最終処分場)の円滑な建設、運転の困難や不確実性を増しており、このことにより、使用済燃料はその最終処理方法の如何によらず、その最終処理が可能となるまでの間、たとえば20年から40-50年程度、中間的に貯蔵することを迫られている。

 本論文の目的は、使用済燃料の発生から消滅に至る管理・貯蔵に関わる様々な政策検討を構成する理論的背景を整理し、定量的描像を構築することによって、日本として中長期的な使用済燃料管理・貯蔵戦略立案と、その実施に向けた政策上の留意点を明らかにすることにある。使用済燃料管理問題に関わる本質的な論点には、以下が挙げられる。本論文は、これらの問いに対する解答を得るための理論的枠組みを示した上で、現時点での解答を、介在する不確実性に留意しつつ提示する。

・使用済燃料貯蔵は、どの時点から、どの程度の規模で必要となるか。また、どのような技術が採用されるべきか。

・適切な貯蔵期間はどの程度か。また、核燃料サイクル計画全体との関連はどうか。

・敷地内(AtReactor、AR)貯蔵、敷地外(Away From Reactor、AFR)貯蔵のいずれ、またはそれらの組み合わせを選択すべきか。

・貯蔵コストはどの程度か。

・貯蔵サービス提供価格はどのように定められるべきか。

 本論文は、最初に日本における使用済燃料管理の現状について述べ、本論文の位置付けを明らかにする。日本の原子力発電所各サイトでは使用済燃料が蓄積する一方で、発電所の既存の管理貯蔵容量の増強措置(リラッキング等)がすでに採られてきており、新たな貯蔵施設の設置を含むAR貯蔵増強措置を実施できる余地は極めて限られているため、AFR貯蔵の着実な整備が求められている。実際に、所要の政策(原子力の研究・開発及び利用に関する長期計画での明文化)及び立法措置(とりわけ原子炉等規制法の改正)が採られた結果、現在までに、敷地外貯蔵事業の実施へ向けた制度の整備が完了している。このことから、本論文が対象とする政策研究、とりわけ使用済燃料貯蔵事業の戦略立案、経済性評価などの研究の必要性が明らかである。

 使用済燃料貯蔵技術は、これまでに各種の方式が開発されている。最近では、乾式新技術(金属キャニスタとコンクリート躯体の組み合わせによる貯蔵方式、コンクリートキャスクやサイロ貯蔵など)が徐々に市場シェアを伸ばしつつある傾向が観察され注目されるものの、過去の施設設置の実績を分析した結果、世界の市場においてはある技術方式が淘汰され市場から退出する現象は観察されず、これまでのところ各方式ともに独自の特徴を活かしつつ、各々の"niche"市場を確保する形での「棲み分け」が形成されている。これは、技術の寿命が長く、また市場規模が比較的限られているという使用済燃料貯蔵技術分野の特質を反映したものと考えられる。しかしながら、将来的には市場の世界的拡大も予想され、技術の選択が市場に委ねられた結果、従来の競合過程と異なる新たな状況が出現する可能性も否定できない。

 次に、核燃料サイクル全体との関連を考察するため、プルトニウム(Pu)リサイクル利用評価が可能なモデルを開発し、これを長期世界エネルギーモデルと組み合わせて分析・評価した。まず、燃料サイクル最適化モデルFCOM(Fuel Cycle Optimization Model)は、長期間(90年間)の軽水炉(LWR)-高速増殖炉(FBR)の共生システム(L-F共生系)の費用最小化問題を線形計画法に基づいて解くモデルであり、Pu経済の本格化の過程を、軽水炉使用済燃料の再処理によるPu供給を鍵として描き出す。FCOMの特長は、コンパクトなモデルでありながら、使用済燃料貯蔵(AR及びAFR)と再処理から成る軽水炉使用済燃料管理問題を明示的かつ炉型構成問題と一体として扱って最適解を得ることにある。評価の結果、Pu需要に応じた軽水炉使用済燃料再処理が実施される一方で、使用済燃料の貯蔵がPu需給調整の機能を発揮することが明らかになり、使用済燃料貯蔵は燃料サイクル全体の運用に柔軟性を与える重要な意義を持ち、将来の不確実性への対処のための手段として積極的に選択されるべきことが示された。併せて、FCOMを世界エネルギーモデルLDNE21と統合したモデル分析を試みたところ、たとえば2100年時点の大気中CO2濃度を550ppm以下にしなければならないという制約条件の下での世界のエネルギー戦略において、原子力は21世紀後半に石炭コンバインドサイクル発電との競合関係の下に置かれ、上述の意味での燃料サイクル整備や使用済燃料管理の重要性が世界のエネルギー情勢の展望からも明らかとなった。一方、モデル分析によれば、世界的なPu経済への移行は必ずしも必要とされていない。

 貯蔵期間の最適選択に関わる理論的考察においては、貯蔵の根本的な意義と役割を以下の2点に集約的に着目して分析した。1)貯蔵以降のプロセスの実施を遅延することによる、同費用現在価値の低減、2)貯蔵の実施により獲得した時間における研究開発の実施。解析結果によれば、ある貯蔵期間において、貯蔵をさらに1年延長する増分費用と、1年延長に伴う上述の2つのベネフィットの増分の和が等しくなるとき、すなわち限界費用と限界効用が等しくなるときに貯蔵期間は最適となり、また、不確実性の介在により貯蔵期間の長期化というリスク回避的対応が発生することが明らかとなった。なお、この事実は再処理をしないで直接処分をする場合でも変わらない。ただし、貯蔵容器や施設の寿命、また、社会的不安の拡大など、貯蔵の長期化によって新たな費用が発生することも考えられるが、本解析では考慮されていない。

 使用済燃料の発生、貯蔵、輸送、消滅に関わる物量評価の方法論は、大別して次の2種に分類される。1)発電所サイト、あるいは電力会社単位のミクロ評価、2)全国大のマクロ評価(シミュレーション及び最適化)。本論文では、日本全国を対象とする評価ツールSFTRACE(Spent Fuel Storage、TRAnsportation and Cost Evaluation System)を開発した。これは、主として第2の全国大マクロ評価の考え方に立ちつつ、第1のミクロ評価の視点も十分に取り入れたものである。モデル検証のための試算では、使用済燃料管理問題における種々のトレードオフ関係、たとえば所要の貯蔵設備容量と輸送必要量のトレードオフ、AFR貯蔵施設の地理的対象範囲(日本全体をカバーする集中型施設を一つだけ設置するか、地域的に分割した複数の施設を設置するか)と貯蔵容量のトレードオフなどが存在することが示され、SFTRACEのような統合型評価ツールの有効性が明らかになった。

 使用済燃料貯蔵の経済性評価手法は、大別して以下の3種に分類される。1)技術経済的積み上げ手法に基づく均等化コスト評価、2)戦略評価に基づく総システム費用評価、3)プロジェクト収支評価と貯蔵費用算定。最新の情報に基づいた試算によれば、均等化貯蔵コストは貯蔵方式や貯蔵規模によって異なるが概ね30-70千円/kgUの範囲と評価されており、これは燃焼度49,000MWd/tU及び発電時点と貯蔵時点の時間差に伴う割引を考慮しない条件で、0.07-0.17円/kWhに相当する。戦略評価に基づく総システム評価から、たとえばAFR貯蔵の地理的対象範囲と規模の経済性などの重要なパラメータの存在が示唆された。最後に、プロジェクト収支評価においては、貯蔵規模5000MTUの敷地外金属キャスク貯蔵施設を想定した試算により、貯蔵事業として成立し得る貯蔵料金設定について評価した。貯蔵事業は優れて設備投資集約的な事業であり、事業初期に支出が集中する。この性質のため、財務的制約条件を満たしつつ合理的な経営を実現する上で、貯蔵料金設計においては使用済燃料の貯蔵施設受け入れ時一括払い、貯蔵期間中の年あたり一定額払いの双方を加味した混合料金制が望ましいことが示された。

 以上の分析を総合して、今後の日本の使用済燃料管理において念頭におくべき政策提言を示せば、以下のとおりである。使用済燃料貯蔵需要は今後急激に増大し、2020-30年までに7,000-10,000MTU程度に達する。2050年にかけて、貯蔵需要を巡る不確実性もまた増大するが、最尤度シナリオにおいては10,000MTU程度で貯蔵需要が高止まりすると想定されるため、2020年までに10,000MTU程度の貯蔵施設設置を目指すべきである。貯蔵期間及び核燃料サイクルの長期計画については、Pu利用の効用に大きな好転がない限り、貯蔵施設の設計寿命(40-50年)を目安として、貯蔵以降の過程への移行を計画することが現実的である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、最初に日本および世界における使用済燃料管理の現状について述べ、本論文の位置付けを行った上、本論文が対象とする政策科学研究、とりわけ使用済燃料貯蔵計画の戦略構築、経済性評価などの研究の必要性を明らかにしている。

 使用済燃料貯蔵技術は、金属キャニスタとコンクリート躯体の組み合わせによる貯蔵方式、及びコンクリートキャスクやサイロ貯蔵などの新技術が徐々に市場シェアを伸ばしつつあるが、過去の実績を調査した結果、各々の技術が"niche"市場を確保する形での「棲み分け」が形成されていると分析している。

 次に、核燃料サイクル全体との関連を考察するため、プルトニウムリサイクルの評価が可能なモデルを開発し、これを長期世界エネルギーモデルと組み合わせて分析している。たとえば、2100年時点の大気中CO2濃度を550ppm以下にしなければならないという制約下での世界のエネルギー戦略において、原子力は21世紀後半に石炭コンバインドサイクル発電と競合関係に置かれることを示すなど、燃料サイクルと使用済燃料管理の関連性を、世界のエネルギー情勢の展望から分析している。

 貯蔵期間の最適化に関する理論的考察においては、貯蔵の基本的な意義と役割に関し1)貯蔵以降のプロセスの実施を遅延することによる同費用現在価値の低減、2)貯蔵により生じる時間的余裕における研究開発の実施、の2点に着目し分析している。解析結果によれば、ある貯蔵期間において、貯蔵をさらに1年延長する増分費用と、1年延長に伴う上記の2つの便益の増分の和が等しくなるとき、すなわち限界費用と限界効用が等しくなるときに貯蔵期間は最適となること、また、不確実性の介在により貯蔵期間の長期化というリスク回避的対応が図られ易いことを明らかにしている。

 使用済燃料の発生、貯蔵、輸送、処理・処分に関わる物量評価の方法論についても言及している。全国大マクロ評価の考え方に立つ一方で、ミクロ評価の視点も十分に取り入れた手法の重要性を示しつつ、その一つとして開発された評価ツールの有効性が具体的計算例によって明らかにされている。

 さらに、使用済燃料貯蔵の経済性に関して、1)技術的かつ経済的積み上げ手法に基づく均等化コスト評価、2)戦略評価に基づく総システム費用評価、3)プロジェクト収支評価と貯蔵費用算定、の3手法を用いて評価している。その結果、財務的制約条件を満たしつつ合理的な経営を実現する上で、貯蔵料金設定においては使用済燃料の貯蔵施設受け入れ時一括払い、貯蔵期間中の年あたり一定額払いの双方を加味した混合料金制が望ましいことが示唆している。

 以上を要するに、本論文は、使用済燃料管理を中心とする核燃料サイクル技術の総合的システム評価を行ったものであり、原子力工学、とくに核燃料サイクル工学に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51172