学位論文要旨



No 215627
著者(漢字) 菊池,幸子
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,ユキコ
標題(和) X線リソグラフィにおける高解像度パターン形成法の研究
標題(洋)
報告番号 215627
報告番号 乙15627
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15627号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 助教授 霜垣,幸浩
 東京大学 教授 鳳,紘一郎
 東京大学 教授 下山,勲
内容要旨 要旨を表示する

 半導体集積回路は3年ごとにチップサイズを1/2に縮小する発展を維持している。そのための要となる技術はパターンをウェハ上に焼き付けるリソグラフィ技術である。本論文ではX線を用いた半導体リソグラフィの解像性について報告する。

 X線リソグラフィは1nm前後の波長をシンクロトロン放射光から取り出して光源とし、マスクと、レジストを塗布したウェハを微少ギャップで対向させて、マスク上のパターンをレジストに転写する、等倍転写技術である。

 X線リソグラフィに用いるマスクは、X線を透過および吸収させるために、メンブレン基板に重金属パターンを乗せた構造を用いるが、この構造のマスクを作製するためには、非常に多くの開発課題がある。本論文では、そのなかで、SiNをX線マスク用のメンブレン基板とするために、LP-CVDでの成膜法を最適化して低応力化に成功した方法を述べた。X線マスクメンブレンとしてのSiN応力の最適値は2〜3x109dyne/�p2であり、応力と屈折率のあいだに密接な関係があることも見いだした。最適応力を有するSiNの屈折率は2.3であった。Si基板上に成膜したSiNからX線マスク用のメンブレン領域を得るために、Si基板中央部分の30mm角の領域を高濃度(30wt%)・高温度(100℃)のKOHでバックエッチし、メンブレンとすることができた。このメンブレンの可視光透過率は70%以上あり、H含有率が1%以下の良質なアモルファスSiNであることが分かった。

 重金属の吸収体パターンを形成するためには、重金属膜上での電子ビーム描画を行うが、電子ビームが重金属に入射すると、Si中に比べて多くの後方散乱二次電子が発生しする。そのため一般的にSi上での電予ビーム描画に比べると解像性が低下する。本論文では、重金属上でも高解像度のパターンを得る方法を検討し、得られた結果を適用して、実際に高解像度のX線マスタパターンを形成した。レジスト中での二次電子による吸収エネルギー分布を計算するために、モンテカルロシミュレーションプログラムを開発し、EDF(Energy Distribution Function)を決定した。そのEDFをもとに、0.1〜0.2μmのLine-and-Space(L/S)パターンを描画した場合のレジスト中での吸収エネルギー分布を調べた結果、レジスト内の深さ方向で、大きな差があり、これは前方散乱が深さ方向に対して大きくなるためであることが判明した。後方散乱によるエネルギー分布は、レジスト内で一様な値を持つので、深さ方向でのパターン解像性の変化に対しての寄与はほとんどないことも分かった。従って、重金属上の描画で高解像度を得るためには、電子の加速電圧を大きくすることと、レジスト膜厚を薄くすることによって、前方散乱を低減することが効果的である。実験では、40keVの電子ビーム描画装置での描画と、膜厚0.25μmのネガレシスト(SAL601)を用いて、W基板上で0.15-μm-L/Sパターンを描画することに成功した。図1は、描画したパターンの断面SEM写真である。左は、レジスト膜厚0.5μmの場合で、0.15-μm-L/Sパターンが分離解像できていないが、レジスト膜厚を0.25μmとした右側では良好な解像パターンが得られていることが分かる。

 X線リソグラフィにおける解像の原理はフレネル回折に基づくが、X線のエネルギーが高いために、レジストやウェハで発生する二次電子の散乱も解像性に大きな影響を及ぼす。従って、X線リソグラフィの解像性の議論では、フレネル回折の特性による部分と二次電子散乱の特性による部分の要因分析が重要である。本論文では、その要因解析を重点的に行った。従来、フレネル回折に基づく解像性Wは、w=k(gap・λ)1/2、kは1前後とされていたが、この場合、λ=1nm、gap=10μmとした場合の解像度は100nm止まりである。しかし、X線はマスクの吸収体部分も比較的良く(通常10%以上)透過するので、X線マスクは位相シフト型のハーフトーンマスクとなっている。これを含めてフレネル回折を計算すると、ギャップが大きい場合のパターンのコントラストが、完全に光を吸収する場合に比べて向上することが分かった。高コントラストと低コントラストのマスクによる転写結果(レジスト:SAL601)では、0.15-μm-L/Sパターンのギャップ30μmにおける露光量マージンは、低コントラスト(4.5)のほうが高コントラスト(8.4)に対して5倍以上の向上を示し、L/Sパターンのマスクduty(Line対Space比)を忠実に転写する能力も、低コントラストマスクの方が高いことが明らかになった。一方、フレネル回折強度でもとめられるパターンの寸法より、実験で得られたパターンの寸法はかなり太く、位相シフトを考慮したフレネル回折の計算だけでは、パターン寸法を適切に表現できないことが分かった。そのため、二次電子のレジスト内での散乱によるぼけの程度を考察する必要があり、モンテカルロシミュレーションを行った。その結果、レジストに吸収されるエネルギー分布で評価した二次電子によるぼけは、σが10nm程度であり、主としてオージェ電子によるものであることが分かった。この程度の二次電子のぼけをフレネル回折に加えても、実験によるパターンの寸法との相違を説明することはできず、相違の原因は、化学増幅レジストにおける酸の拡散や、現像特性など、レジスト自身の性質に由来すると考える必要があることが分かった。それを裏付ける別の実験結果として、L/SパターンおよびC/Hパターンのマスクリニアリティを調べた結果、同じマスクを用いてもレジストによって差が現れるが、これは、フレネル回折にσ値として20〜40nmのぼけを与えて計算すると、レジストによるマスクリニアリティの差が、ぼけの差として比較的良く説明できることが分かった。

 X線リソグラフィの有効性を確認するため、コンタクトチェーンと4Gbit-DRAMセルの試作を行った。コンタクトチェーンでは、0.085μmのC/H 950個による電気抵抗を評価することが出来、X線リソグラフィが微細なC/Hの形成において高い能力を持つことを実証した。4Gbit-DRAMセルの試作では、コントラスト3.8のX線マスクを露光ギャップ20μmで用いて、100および120nmのデザインルールによる、素子分離、ゲート、Plugの3層のパターンを良好に形成することができた。ただし、図2に示すような、デザインルール100nmの素子分離パターンでは、ラインエンドショートニングが検出され、ギャップ20μmでは、パターンの長さがマスクの長さより51nm(8.5%)、ギャップ10μmでは36nm(6%)短くなることが分かった。これに対してはマスクリサイズが有効であった。

 70nmノードのパターンが基本的にすべて解像可能であることを実験で確認した。図3のように、L/Sから孤立ラインが一本引き出されるような、フォトリソグラフィが不得意とするパターンも良好に解像でき、シミュレーションで行ったF2リソグラフィとの解像性比較において、マスクに対する忠実性、露光マージンともに優れていることを明らかにした。

図1 W基板上に0.15-μm-L/Sを電子ビーム描画した結果

図2 デザインルール100nmの素子分離パターン(露光ギャップ20μm)

図3 線幅70nmのエルボパターン(露光ギャップ10μm)

審査要旨 要旨を表示する

 半導体産業は、回路パターンの微細化により、自らの著しい発展と同時に社会の変革をもたらしている。しかし、これまで微細化を牽引して来た紫外線による縮小投影露光技術である光リソグラフィは、短波長化の限界に突き当たりつつあり、それに伴ってリソグラフィコストも急激に上昇している。等倍X線リソグラフィ技術は、光リソグラフィを引き継ぐ量産用リソグラフィ技術として開発されてきた。本論文は、等倍X線リソグラフィの解像性および転写精度を材料の物理的特性や形状との関係において定量的に論じ、次世代リソグラフィとして必要な性能を有するかどうかを検証したものである。本論文は6章からなる。

 第1章は緒言であり、ロードマップにおけるリソグラフィの位置付けを示し、等倍X線リソグラフィ開発の歴史と原理を概説している。その中で、SOR(シンクロトロン放射)光源が登場したことの重要性と、解像性における中心課題がフレネル回折と二次電子散乱であることを記述し、本研究の目的について述べている。

 第2章では、X線リソグラフィにおける最も重要な構成要素であるメンブレンマスクの作成方法を、窒化シリコン製メンブレンとW吸収体の場合に関して記述している。即ち、窒化シリコン膜は化学的気相成長法(CVD)において原料ガスの流量比(SiH2Cl2/NH3)および成膜温度を選ぶことによって、膜の屈折率が応力の良好な指標となることと、109dyn/cm2台前半の応力を持つ窒化シリコン膜によりX線マスクとして好ましい諸特性を有するメンブレンが得られることを述べている。化学増幅型レジストによるW吸収体のパターン形成では、電子ビーム描画条件に着目し、後方散乱の影響だけでなく、前方散乱の影響に関してもモンテカルロ計算を基に定量的に評価した結果、0.2μm以下のライン/スペースパターンの解像性においては、後方散乱よりも前方散乱の役割の方が重要で、特にレジストの膜厚方向でのコントラスト変化が解像性を著しく左右することを明らかにし、高解像性を得るためのレジスト薄膜化の定量的議論と実証を行っている。

 第3章では、実験的に得られた解像性に関して、露光ギャップ、マスク形状、マスクコントラスト、マスクdutyなどの影響を、フレネル回折と二次電子散乱の観点から解析している。X線マスクパターンを化学増幅型ネガレジストに転写して得たパターンの寸法がフレネル回折強度から得られるパターンの寸法に比べて大きいという結果に対して、レジスト中の二次電子散乱はモンテカルロ計算の結果では10nm程度であって、この大きな寸法差を説明できるものではなく、レジスト中の酸の拡散等によるぼけを考えるべきであることを明らかにしている。一方、W基板上で転写した場合のパターン形状について、レジスト/W基板界面近傍での寸法変化を、W基板からの二次電子の後方散乱が原因であるとした計算によって定量的に説明することが出来たことから、レジスト中の二次電子散乱距離が10nmであることは十分信頼できる結果であり、X線リソグラフィの解像限界に関する評価を上方修正すべきことを示している。また、低コントラストマスクの効果を露光量マージン、解像性、マスクdutyに対する転写の忠実性に関して研究し、本効果を他研究に先んじて実証している。

 第4章はX線リソグラフィの性能を実証するために2種のデバイス試作を行った結果を示したもので、コンタクトチェーン試作では光リソグラフィでは不可能な直径85nm径の950個のコンタクトホールアレイを形成し、50%のイールドで電気的接続を確認したことによって、コンタクトホール形成能力の高さを実証している。さらにDRAMセルトランジスタ試作では、デザインルールが120nmの実デバイス設計・実プロセスヘの適用を行い、100nmまでの適用可能性を確信できる結果を他に先駆けて示している。

 第5章ではX線リソグラフィの70nm世代での解像性をF2リソグラフィの計算上の解像性との比較において示した。X線リソグラフィは、ライン、コンタクトホール、セルアレイなど、デバイスで使用される各種の基本パターンを、孤立・密集の区別なく、マスクに忠実に同一露光条件で形成する能力を有しているのに対し、F2リソグラフィではマスクに光学近接補正(OPC)用の補助パターンを必要とする上に焦点深度が極めて小さいという結果から、X線リソグラフィが明らかに優位であることを示した。

 第6章は総括である。

 以上要するに、本論文は、X線リソグラフィは光リソグラフィが直面している100nm以下のパターン寸法における解像限界および深刻なマージン不足を解消できる技術であり、マスクを始めとする露光システムは複数世代での使用に耐える性能を持ち、解像特性は位相シフト成分を考慮したフレネル回折で基本的に理解できること、二次電子の影響も計算による予測可能なものであることなど、X線リソグラフィの解像性を決定する要因と結果の関係を明確に示し、少なくとも70nmの世代までは現在の技術の延長で実現可能であることを実証し、マテリアル工学の発展への貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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