学位論文要旨



No 215636
著者(漢字) 許,佑君
著者(英字)
著者(カナ) シュ,ユウクン
標題(和) 触媒的不斉Michael反応とタンデム環化反応を鍵反応とする(-)-Strychnineのエナンチオ選択的全合成
標題(洋) Enantioselective Total Synthesis of (-)-Strychnine Using Catalytic Asymmetric Michael Reaction and Tandem Cyclization
報告番号 215636
報告番号 乙15636
学位授与日 2003.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15636号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴�ア,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
 東京大学 助教授 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 筆者はキログラムスケールで実施可能な触媒的不斉Michael反応とZnによる新規タンデム環化反応を用いた(-)-ストリキニーネ(1)のエナンチオ選択的な全合成を達成した(Figuure ab-1)。以下に詳細を述べる。

(1)光学的に純粋なMichael付加体の実用的な大量合成法の開発

 多機能不斉金属触媒であるAlLibis(binaphthoxide)(ALB)触媒は、1996年、筆者の所属する柴崎研究室において開発され、マロン酸エステルの環状エノンヘの不斉Michael反応を非常に効果的に進行させる触媒である。柴崎研究室においてはこの他にLaNa3tris(binaphthoxide)(LSB)触媒、GaNabis(bimaphthoxide)(GaSB)触媒、La-linked-BINOL触媒の開発にも成功し、それぞれ触媒的不斉Michael反応の優れた触媒であることが報告されているが、触媒活性の点ではALB触媒が最も優れた触媒であると言える。しかしながら、高収率、高エナンチオ選択性を実現するためには1mol%の触媒と3日程度の反応時間が必要であり、ストリキニーネの全合成、更には工業規模での反応の実施を鑑みると、更なる実用性の向上が必要であった。今回種々検討を行った結果、高濃度で反応を行うことにより、エナンチオ選択性を低下させることなく効果的に反応性を向上させることに成功した。最終的にほとんど無溶媒の条件で反応を行うことで、0.1mol%の触媒量で24時間以内に反応が完結するようになった。高濃度での反応であるためキログラムスケールの反応を2Lのフラスコで行うことが可能であり、反応終了後ろ過と分液操作、続く結晶化によってカラムクロマトグラフィーを用いることなく光学的に純粋な(>99%ee)Michael付加体5を91%の収率で得ることができた(Scheme ab-1)。また、反応に用いた不斉配位子(R)-BINOLも母液から分液操作によって80%回収できる。これは我々が知る限り最も実用的な不斉炭素-炭素結合形成反応の一つである。

(2)分子内アルキル化反応によるストリキニーネの合成検討

 光学的に純粋なMichael付加体5を大量に得ることができたので、続いてストリキニーネヘの変換の検討を行った。Michael付加体5を効果的に全合成に利用し、また従来報告された合成方法と異なったアプローチで全合成を行うことを目的とし、まず、E環から分子内1,4-付加反応によってD環を構築し、分子内アルキル化反応によってC環を構築することとした(Scheme ab-2)。

 合成において最初の課題はE選択的に側鎖ヒドロキシエチリデン部位を導入することである。いくつかの方法を検討した結果、NaBH4/TiCl4を用いるβ-ケトエステルのanti選択的還元と続くDCC/CuClによる中性条件下でのsyn脱離反応が最も良い結果を与えることが分かった。興味深いことにanti選択的還元反応において収率及び選択性は高い温度依存性を示すことが分かり(Figure ab-2)、最終的に-55℃で反応を行うことで15.7:1の選択性を得ることができた。次の課題はケトン11を位置選択的にエノン12へと変換することである。予想通り立体的にかさ高い塩基を用いることで位置選択的に(C7:C16=>6:1)脱プロトン化が進行し、エノールシリルエーテル体として単離することができる。続く三枝-伊藤反応によるエノンヘの変換反応であるが、当初は等量以上のPd(OAc)2を用いて反応を行っていたが、アトムエコノミーの観点から触媒反応化の検討を行ったところ、0価のPdであるPd2(dba)3・CHCl3が効果的であることが分かり、5mol%の触媒の使用で二工程90%の収率で目的とするエノン12を得ることに成功した。12はヨウ素化、Stilleカップリング反応、TIPS基の除去によって目的とする13に高収率で変換できたが、アミンの分子内、1,4-付加反応によるD環の構築において逆反応が容易に進行するため14を安定に単離することは困難であることが分かった。D環とC環の連続環化反応の検討等も行ったが、目的とする三環性の化合物を収率良く得ることはできなかった。

(3)タンデム環化反応によるストリキニーネの全合成

 そこで、逆反応が進行しないようインドール環(A環)を構築した後にC環を構築する合成方法を用いることとした。この場合、A環の構築に先立ちF、G環構築の足がかりとなるC1ユニットを16位に導入する必要があるため、まずこの検討を行った(Scbeme ab-3)。メトキシカルボニル化やヒドロキシメチル化の検討を行ったが、前者の場合対応するβ-ケトエステルの芳香族化、後者の場合対応するβ-ヒドロキシケトンの脱水反応が容易に進行することが分かった。唯一ホルマリン水溶液中でYb(OTf)3を触媒として用いる小林らの方法が良好な結果を与えることが分かり、ジアステレオ混合物として16を高収率で得ることができた。両異性体はどちらも全合成の中間体として用いることができると考えられたが、16βを用いた場合ヨウ素化反応において芳香族化が進行することが分かったのでDBUで処理し熱力学的に安定な16αに異性化させた後に重要中間体4へと変換している。

 第二の鍵反応であるBCDE環の構築はアミン側鎖を導入した後Znで処理することによって一挙に達成されることが分かり4から77%収率で3を合成することに成功した(Scheme ab-4)。このタンデム反応はZnによってニトロ基がアミノ基へと変換されることが引き金となり、アミノ基の1,4-付加反応、続くインドール環形成反応が一挙に進行していると考えられる。C環の構築はDMTSFによって達成されたが、既知の条件では副生成物が多く低収率でしか目的とする22を得ることができなかったが、MS4Aの添加、反応温度、反応濃度、試薬の当量の最適化、精製方法の工夫などによって86%にまで収率を向上させることができた。イミンの還元反応は、中性条件下ではC3-C7結合の開裂反応が進行し、また酸性条件では."0SEM"ユニットの脱離反応が容易に進行してしまうことが分かった。そこでLewis酸存在下に低温で反応を行えばそれら副反応を効果的に抑制しながら反応を加速化できるのではないかと考え検討したところ、TiCl4存在下NaBH3CNで還元を行うことで選択性よく68%の収率で目的とする2を得ることができた。

 全合成に向けて最後の難関はエキソサイクリックオレフィンの存在下に脱硫反応を行いエチルチオ基を取り除くことである。まず、ラネーNi(W2)を用いて脱硫反応の検討を行ったが、不活性化したラネーNiを用いてもC19-C20からC20-C21へのオレフィンの異性化が進行してしまう結果となった。種々検討を行った結果、Ni borideが効果的であることが分かり、溶媒としてEtOH:MeOH=4:1の混合溶媒を用いた時に10:1以上の選択性で副反応(この場合はC19-C20オレフィンの還元)を抑制できることが分かった(conv.yield91%)(Scheme ab-5)。

 一級水酸基を酸化後、TIPS基を除去するとC16位の異性化が進行し、文献既知の環化体(+)-ジアボリン(25)が高収率で得られてきた。続いてアセチル基を除去することでWieland-Gumlichアルテヒドヘと導いた後、文献既知の方法で(-)-ストリキニーネ(1)へと変換し全合成を完了した。

 以上、大量スケールで実施可能な実用的触媒的不斉Michael反応と、一挙にB環とD環を構築するタンデム環化反応を鍵反応として用いることで、エナンチオ選択的な(-)-ストリキニーネの全合成を達成した。また、チオニウムイオン環化反応、イミンの還元反応、脱硫反応に対して新基に開発した反応条件も、本全合成を効率的に達成するために必要不可欠であった。

Figure ab-1. Retrosynthetic analysis of (-)-strychnine(1).

Scheme ab-1

Scheme ab-2

Figure ab-2.

Scheme ab-3

Scheme ab-4

Scheme ab-5

審査要旨 要旨を表示する

 許佑君はキログラムスケールで実施可能な触媒的不斉Michael反応とZnによる新規タンデム環化反応を用いた(-)-ストリキニーネ(1)のエナンチオ選択的な全合成を達成した(Fiigure 1)。

(1)光学的に純粋なMichael付加体の実用的な大量合成法の開発

 多機能不斉金属触媒であるAlLibis(binaphthoxide)(ALB)触媒は、1996年柴崎研究室において開発され、マロン酸エステルの環状エノンヘの不斉Michael反応を非常に効果的に進行させる触媒である。しかしながら、高収率、高エナンチオ選択性を実現するためには1mol%の触媒と3日程度の反応時間が必要であり、ストリキニーネの全合成、更には工業規模での反応の実施を鑑みると、更なる実用性の向上が必要であった。今回種々検討を行った結果、高濃度で反応を行うことにより、エナンチオ選択性を低下させることなく効果的に反応性を向上させることに成功した。最終的にほとんど無溶媒の条件で反応を行うことで、0.1mol%の触媒量で24時間以内に反応が完結するようになった。高濃度での反応であるためキログラムスケールの反応を2Lのフラスコで行うことが可能であり、反応終了後ろ過と分液操作、続く結晶化によってカラムクロマトグラフィーを用いることなく光学的に純粋な(>99%ee)Michael付加体5を91%の収率で得ることができた(Scheme 1)。また、反応に用いた不斉配位子(R)-BINOLも母液から分液操作によって80%回収できる。これは我々が知る限り最も実用的な不斉炭素-炭素結合形成反応の一つである。

(2)重要合成中間体4への変換

 合成における最初の課題はE選択的に側鎖ヒドロキシエチリデン部位を導入することである。種々検討した結果、NaBH4/TiCl4を用いるβ-ケトエステルのanti選択的還元と続くDCC/CuClによる中性条件下でのsyn脱離反応が最も良い結果を与えることが分かった。興味深いことにanti選択的還元反応において収率及び選択性は高い温度依存性を示すことが分かり、最終的に-55℃で反応を行うことで15.7:1の選択性を得ることができた。次の課題はケトン11を位置選択的にエノン12へと変換することである。予想通り立体的にかさ高い塩基を用いることで位置選択的に(C7:C16=>6:1)脱プロトン化が進行し、エノールシリルエーテル体として単離することができる。続いてPd2(dba)3・CHCl3を用いた触媒的な三枝-伊藤反応により二工程90%の収率で目的とするエノン12を得ることに成功した。A環の構築に先立ちF、G環構築の足がかりとなるClユニットを16位に導入する必要があるため、メトキシカルボニル化やヒドロキシメチル化の検討を行ったが、前者の場合対応するβ-ケトエステルの芳香族化、後者の場合対応するβ-ヒドロキシケトンの脱水反応が容易に進行することが分かった。唯一ホルマリン水溶液中Yb(OTf)3触媒を用いる方法が良好な結果を与えることが分かり、ジアステレオ混合物として13を高収率で得ることができた。両異性体はどちらも全合成の中間体として用いることができると考えられたが、13βを用いた場合ヨウ素化反応において芳香族化が進行することが分かったので、DBUで処理し熱力学的に安定な13αに異性化させた後に、ヨウ素化、Stilleカップリング反応、TIPS基の除去によって目的とする重要中間体4へと変換した(Schme 2)。

(3)タンデム環化反応とストリキニーネヘの変換

 第二の鍵反応であるBDE環の構築はアミン側鎖を導入した後Znで処理することによって一挙に達成されることが分かり4から77%収率で3を合成することに成功した(Scheme 3)。C環の構築はDMTSFによって達成されたが、既知の条件では副生成物が多く低収率でしか目的とする17を得ることができなかったが、MS 4Aの添加、反応温度、反応濃度、試薬の当量の最適化、精製方法の工夫などによって86%にまで収率を向上させることができた。イミンの還元反応は、中性条件下ではC3-C7結合の開裂反応が進行し、また酸性条件では"0SEM"ユニットの脱離反応が容易に進行してしまうことが分かった。そこでLewis酸存在下に低温で反応を行えばそれら副反応を効果的に抑制しながら反応を加速化できるのではないかと考え検討したところ、TiCl4存在下NaBH3CNで還元を行うことで選択性よく68%の収率で目的とする2を得ることができた。全合成に向けて最後の難関はエキソサイクリックオレフィンの存在下に脱硫反応を行いエチルチオ基を取り除くことである。まず、ラネーNi(W2)を用いて脱硫反応の検討を行ったが、不活性化したラネーNiを用いてもC19-C20からC20-C21へのオレフィンの異性化が進行してしまう結果となった。種々検討を行った結果、Ni borideが効果的であることが分かり、溶媒としてEtOH:MeOH=4:1の混合溶媒を用いた時に10:1以上の選択性で副反応(この場合はC19-C20オレフィンの還元)を抑制できることが分かった(conv.yield 91%)。一級水酸基を酸化後、TIPS基を除去するとC16位の異性化が進行し、文献既知の環化体20が高収率で得られてきた。続いてアセチル基を除去することでWieland-Gumlichアルデヒドヘと導いた後、文献既知の方法で(-)-ストリキニーネ(1)へと変換し全合成を完了した。

 以上、本研究は今後の医薬開発に重要な情報を提供するものであり、博士(薬学)を授与するに十分値すると判断した。

Figure 1. Retrosynthetic analysis of (-)-strychnine(1).

Scheme 1

Scheme 2

Scheme 3

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