学位論文要旨



No 215639
著者(漢字) 石井,敦
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,アツシ
標題(和) 利用集積地の集団化による巨大区画水田の創出
標題(洋)
報告番号 215639
報告番号 乙15639
学位授与日 2003.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15639号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 岩手大学 教授 広田,純一
 日本獣医畜産大学 教授 松木,洋一
内容要旨 要旨を表示する

 今後の我が国の水田稲作においては、コメ生産量の主要なシェアを占める平坦地の水田の生産コストを削減することが望まれる。競争力を持った生産コストを実現するためには、労働生産性すなわち耕作者一人当たりの耕作(経営)規模をなるべく大きくすることが必要である。そのためには、農地の利用集積(貸借)によって担い手農家の水田経営規模を数10ha以上に拡大し、利用集積された多数の小規模水田群を集団化して、一枚一枚の水田を数ha以上の巨大区画水田として整備することが望まれる。

 区画の規模は、平坦地の場合、基本的に稲作農家の経営規模によって規定される。しかし、経営規模を拡大しただけでは巨大区画水田は創出できない。利用集積に応じた地主の水田群(小作地)は零細で、かつ分散しているからである。巨大区画水田を創出するためには、何よりも利用集積された零細で分散している水田群を集団化することが必要である。この利用集積地の集団化の難しさが、巨大区画水田の創出を制約する大きな要因となっている。

 そこで本研究では、現在までに巨大区画水田を創出した地区の悉皆的調査と分析を行い、利用集積地を集団化して巨大区画水田を創出する方策(換地処分による方策と耕作地調整による方策)について検討した。また、巨大区画の規模・形態を制約すると考えられてきた、換地の「接道長」について検討した。さらに、巨大区画水田に付帯する農道や用排水路等の圃場施設について調査・分析し、巨大区画水田整備によって削減しうる圃場施設とそれによる圃場整備事業費の削減効果について検討した。その結果、以下の点が明らかになった。

1換地処分による利用集積地の集団化

 換地処分によって利用集積地を集団化して巨大区画水田を創出する場合、巨大区画水田はほ場整備事業実施地区内の相対的に不利な場所(集落から遠い等)に創出されがちで、地主らがこうした不利な場所への換地を受け入れない、という問題が生ずる。この問題の解消は困難であり、実際、この手法で巨大区画水田を創出しえていたのは、貸手農家の所有規模が極めて零細な場合や、貸手農家が長期間の安定した農地貸借を望む場合といった、貸手農家側に特別な条件があった場合のみだった。

2耕作地調整による利用集積地の集団化

 耕作地調整による集団化では、上記の換地処分による集団化の困難性は回避できる。換地処分で巨大区画水田創出予定区域外に配置された利用集積地を耕作する担い手農家と、巨大区画水田創出予定区域内に換地を受けた自作継続希望農家等との間で、所有権とは別に耕作する権利だけを交換すれば、担い手農家の耕作地を集団化し巨大区画水田を創出することが可能なのである。

 その際、巨大区画水田創出予定区域内に換地を受けた自作農家らに対し、巨大区画水田創出予定区域外の他人の士地での耕作を受け入れてもらうための動機付けが必要になるが、こうした動機付けは容易に確保できる。実際に耕作地調整によって利用集積地を集団化して巨大区画水田を創出していた地区では自作農家が耕作地調整を受け入れる動機付けとして、(1)耕作地調整後の耕作地が有利な場所になった、(2)耕作地調整後の面積が増加した、(3)所有地の一部を担い手農家に貸し出している農家だった、(3)近い将来の離農を想定している農家だった、(4)集落内や地域内の社会関係を保った、といったことがあった。

 また、貸手農家が耕作地調整後の借手である零細自作農家の農地管理等に不安を持ち、担い手農家から零細自作農家への貸借関係の変更を望まない場合もありうるが、その場合は、担い手農家が貸手農家に対して農地の保全等の保証をする、農用地保有合理化法人を介在させる等の方策がある。

3巨大区画の形状・規模の制約条件としての換地の接道長

 利用集積地を集団化して巨大区画水田を創出する場合、巨大区画は多数の貸手農家および耕作地調整に同意した自作続行者が所有する零細な換地(所有区)で構成される。こうした場合、巨大区画の奥行きを大きく取ることが困難になることが懸念されていた。奥行きを大きく取ると、これを構成する個々の所有区は道路に接する長さが短くなり、単独では宅地としても農地としても利用が難しい形状となって、将来の宅地転用や農業の再開等の可能性を捨てていない貸手農家の要望と矛盾するおそれがあるためである。

 巨大区画の奥行きが短く制限されると、区画規模が十分に大きく取れず農業機械の作業効率の向上が難しくなるし、支線農道と小用排水路の密度が高くなり、工事費削減の点からも望ましくない。

 そこで、先駆的に巨大区画水田を創出した地区を中心に実態調査を行ったところ、懸念されたとおり都市近郊のように近い将来宅地化が見込まれる地区では、個別転用に有利な所有区接道長が求められ巨大区画水田のメリットがなくなる一方で、当面宅地化が期待されない地区では、地主化した貸手農家は所有地の面積さえ確保できればよく、接道長のような形態にまではほとんど無関心で、換地の接道長が短くなる巨大区画水田の創出を受け入れていることが明らかになった。また、都市近郊であっても何らかの理由で早急には個別的な宅地転用が期待できない地区では、将来の土地区画整理による区画の割り直しを貸手農家は想定するから、当面は個別転用の難しい、接道長の短い換地を受け入れていることもわかった。

 さらに、一部の貸手農家が換地の接道長の確保を求める場合は、彼らの換地を地区縁辺部等の奥行きの短い、接道長を長くとれる箇所に定めて、求められる接道長を確保する方策もあること、貸手農家が復農する場合は大規模借地農家の別の耕作地を代替地として耕作してもらう方策があることもわかった。

 このように巨大区画水田の創出において、利用集積地の換地の接道長制約は基本的には顕在化せず、顕在化した場合でも回避できるのである。

4圃場施設建設量の削減

 圃場整備では、区画規模を拡大することにより整備すべき用水路、排水路、農道といった圃場施設の密度が低下し、圃場整備にかかる建設量が削減できる効果が見込まれる。そこで、実際に整備された巨大区画水田を対象に、これら圃場施設の整備状況に関する調査・分析を行った。

 その結果、巨大区画水田整備では、現在実施されている圃場整備事業でいう「小用水路」や「小排水路」を省略できる可能性があることが明らかになった。用水路工と排水路工の圃場整備事業費に占める割合は50%以上だから、小用排水路を省略することで圃場整備事業費の削減効果も期待できる。

 一方、実際に創出された巨大区画水田の中には、圃場施設の密度が30a〜50a区画での圃場整備とぼぼ変わらないケースがあったが、これは、(1)圃場整備事業の計画当初は農地の利用集積および利用集積地の集団化の計画が不確実だったため、30〜50a区画でも利用できるように整備した、(2)巨大区画が創出された農区内に零細自作者らの耕作する小区画水田が混在しており、これの潅漑排水のため巨大区画に沿って小用排水路を敷設せざるを得なかった、(3)隣接する農区が零細自作者らの耕作する小区画水田で構成されているため、隣接する巨大区画水田にも結果として小用排水路が付帯した、といった事情があった。

 巨大区画水田整備において圃場施設を削減するためには、圃場整備事業の計画の段階で農地の利用集積および利用集積地集団化の計画をかため、巨大区画として整備する区域を確定すること、また、巨大区画水田として整備する区域と小区画水田として整備する区域とをゾーン分けすることが望ましい。

5.結論

 換地処分で利用集積地を集団化して巨大区画水田を創出することは基本的には困難であるが、換地処分で集団化できない場合でも耕作地調整の手法を用いれば、担い手農家の耕作権を集団化して巨大区画水田を創出できる。

 また、これまで懸念されていた換地の「接道長」による巨大区画水田創出の制約も、農家が単独での宅地転用を期待していない地区では基本的には顕在化せず、顕在化した場合でも回避できる。

 さらに、巨大区画水田整備を行うことによって、労働生産性の高い稲作農業が可能となるのばかりでなく、小用排水路や農道等の圃場施設の建設量が削減される効果が見込まれる。また、圃場施設が減少することにより、それらの維持管理にかかるコストも削減される可能性もある。

 このように、巨大区画水田整備の実施は可能であり、その効果も高い。今後、労働生産性の高い稲作農業を目指すのであれば、数ha以上の巨大区画水田の創出を目指すべきである。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は我が国において一枚数ヘクタール以上の「巨大区画水田」を創出する方策と効果について研究したものである。現在、我が国の稲作農業は、生産コスト削減のため水田の大規模化が求められているが、米・豪で普通に見られる数ha以上の巨大区画水田は全国でいまだ数地区あるのみで、その実現手法と効果を明らかにすることは、今後の日本の稲作農業を検討する上で重要である。本論文では巨大区画水田創出の主要な阻害要因として巨大区画を構成する「利用集積地」の集団化の問題、換地の接道長の問題について、それらの対策を実証的に示している。また、巨大区画水田整備の効果として、用排水路等の圃場施設の建設量節減とそれによる圃場整備事業費の削減効果について検討している・

 本論文は7章で構成されている。第1章では研究の背景、目的、概要を、また、第2章では既往の研究の批判的整理を行い、本論文で検討する課題の限定を行っている。

 第3章では、担い手農家の利用集積地を巨大区画内に集団化する方策として「換地処分」と「耕作地調整」の二つの手法を示した上で、一つ目の「換地処分」による集団化手法の問題点等について、事例調査・分析によって検討している。その結果、この手法では、(1)巨大区画は、通常、圃場整備事業地区内の不利な場所(集落から遠い等)に配置され、(2)地主らがこうした不利な場所への換地を受け入れないため、きわめて困難であることが示された。また、実際には、地主が不利な位置の巨大区画内の換地を受け入れていた地区もあったが、それらは地主の所有規模が極めて零細である、地主が担い手農家と親戚関係である等の特殊な事情があり、一般的な地区への適用は困難であることが指摘された。

 第4章では、二つ目の「耕作地調整」によって利用集積地を巨大区画内に集団化する方策を検討している。事例調査・分析の結果、巨大区画内に換地を受けた自作農家と、巨大区画外に換地を受けた地主および耕作者(担い手農家)とが「耕作権」を交換調整(耕作地調整)することで、担い手農家の耕作地を巨大区画内に集団化できる可能性があることが示された。その際、自作農家の耕作地調整受け入れ動機として、(1)耕作地調整後の耕作地が有利な場所になる、(2)耕作地面積が増加する、(3)近い将来の離農を想定している等があることが示された。また、耕作地調整による所有地の借手の変更(担い手農家から自作農家に)を地主に受け入れてもらう方法として、担い手農家が地主に対して農地の保全等の保証をする、農用地保有合理化法人を貸借に介在させる等の方策が提示された。

 第5章では、巨大区画水田の規模・形態を制約すると考えられてきた、換地の接道長について検討している。利用集積地を集団化して創出された巨大区画は多数の零細な地主の換地で構成されるが、その場合、巨大区画の奥行きを大きく取ると換地は道路に接する長さ(接道長)が短くなり、単独では宅地および農地として利用しにくい形状になる。そのため、奥行きの長い巨大区画は地主よって合意されず、巨大区画の規模・形状が制約されることが懸念されていた。この問題に対し、巨大区画水田の換地の接道長を実地に調査した結果、非都市化地域や、都市化地域でも早急には個別的な宅地転用が期待できない地区では、地主は換地の面積さえ確保できればよく、接道長のような形態にまではほとんど無関心で、換地の接道長が短くなる巨大区画水田の創出を受け入れることが示された。また、一部の地主が換地の接道長の確保を求める場合は、彼らの換地を地区縁辺部等の奥行きの短い場所に配置する等、接道長を確保する方策もあることも示された。

 第6章では、巨大区画水田整備によって生じる圃場施設(農道、用水路、排水路等)建設量(延長、規模)の節減効果について検討している。調査・分析の結果、巨大区画水田整備では、現在実施されている圃場整備事業での「小用水路」や「小排水路」が不要になる可能性があり、圃場整備事業費の削減が期待できることも示された。また、圃場施設節減のためには、工事前の農地の利用集積と集団化が必要であることも指摘された。

 第7章では結論として我が国における巨大区画水田の創出の可能性を示し、今後の研究課題として自然環境への影響等を挙げている。

 以上本論文は、水田の巨大区画化のための利用集積地の集団化手法、接道長制約の顕在化条件とその対策、巨大区画水田整備による圃場整備事業費削減効果を実証的に示しており、それらによって我が国における今後の巨大区画水田整備の可能性と必要性を示したものであり、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51173