学位論文要旨



No 215641
著者(漢字) 森,泰亮
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヒロアキ
標題(和) カビの生産する新規免疫抑制物質FR235222に関する研究
標題(洋)
報告番号 215641
報告番号 乙15641
学位授与日 2003.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15641号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 カルシニューリン阻害剤(calcineurin inhibitors;CNIs)である。Cyclosporin A(CsA)及びtacrolimus(FK506)は、共に微生物が生産する代表的な免疫抑制剤であるが、両剤は移植医療(臓器移植及び骨髄移植)における基礎治療薬としてその発展に多大なる貢献を果たしてきた。また両剤は、慢性関節リューマチ(RA)などをはじめとする様々な自己免疫疾患に対してもその有用性が示されている。しかしながら、腎毒性、中枢毒性、耐糖能異常などの、カルシニューリン阻害作用に基づくものと思われる共通した副作用を有し、しばしばその使用が制限される。更に、CNIsはその強力な急性拒絶抑制作用に比して、慢性拒絶抑制作用や免疫寛容誘導作用、異種移植に対する拒絶反応抑制作用は、不十分であるか若しくは逆効果であることが指摘されている。また近年、CNIsが直接的に移植患者の発癌・癌増悪化のリスクを高めている可能性も指摘されている。従って、CNIsよりも安全で、かつCNIsでは十分に満たされないunmet needsを満たし得るような、全く異なる作用機序を有する新規免疫抑制剤を探索することは、非常に意義のあることと言える。

 このような状況を踏まえ、著者らは微生物生産物を対象として、CNIsとは異なる新しい作用機序を有するT細胞活性化抑制物質を探索した。その結果、或る種のカビ(Acremonium sp.No.27082)の培養液中に、T細胞の増殖を選択的に阻害する活性を見出した。当初、その培養液中に含まれる活性強度は、非常に弱いものであった。そこで、培養培地検討を含む培養条件の最適化を行い、その活性強度(生産力価)を向上させた上で、30Lジャー・ファーメンターによる液体培養を実施し、その活性を指標に培溶液中より活性物質230mgを精製単離した。LC-ESIMS、高分解能ESI-MS、FT-IR、1H及び13C NMR、X線結晶構造解析などの手法によって、活性物質の構造決定を行った結果、テトラ環状ペプチド構造を有する新規化合物であることを確認した(FR235222と命名)。FR235222は、フェニルアラニン残基以外に3つのユニークな異常アミノ酸残基、即ち、メチルプロリン(4-MePro)残基、イソバリン(iva)残基、及び2-amino-9-hydroxy-8-oxodecanoic acid(aoh)残基を有していた。著者らの知る限りにおいては、テトラ環状ペプチド系化合物において、4-MePro残基が認められたのは初めてのことである。iva残基も珍しいアミノ酸であり、phoenistatinにおいて報告されているのみである。α-hydroxyketoneを含むaoh残基も報告例が少ないものであった。

 FR235222のin vitroにおける生物活性を検討した。本物質は、3つのタイプのマウスリンパ球増殖活性化反応、即ち、one-way混合リンパ球反応(MLR)、抗CD3抗体誘発T細胞増殖活性化反応(anti-CD3-blast)、及びTPA誘発リンパ球増殖活性化反応(TPA-blast)の全ての反応に対して、強力な抑制効果を示し、IC50値はそれぞれ4.7、3.0及び1.7ng/mLであった。一方、本物質の、正常細胞であるラット初代培養肝細胞及びヒト正常線維芽細胞株HNFに対する細胞毒性は、IC50値がそれぞれ1000ng/mL以上及び5000ng/mL以上と非常に弱かった。更に、本物質のリンホカイン産生及びNO産生に対する阻害活性を調べた。anti-CD3-blastに伴うIL-2及びIL-4の産生に対して、本物質は強力な阻害活性を示し、そのIC50値はそれぞれ3.4及びO.35ng/mLであった。一方、マウスRAW264.7細胞のLPS誘発NO産生に対しては、本物質は1000ng/mLでも阻害活性を示さなかった。以上、FR235222はリンパ球の増殖及びリンホカイン産生に対して、強力かつ選択的な阻害活性を示すことが明らかとなった。

 FR235222の有する特徴的なテトラ環状ペプチド構造には、核内酵素ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)の阻害剤として知られているtrapoxinとの構造類似性が認められた。そこで、本物質の標的分子を明らかにする為に、そのHDAC阻害活性を検討した。著者らの予想した通り、本物質は2種類のリンパ球系癌細胞株、human T cell leukemia Jurkat細胞及びmouse lymphoma EL-4細胞のそれぞれから粗精製したHDAC画分の酵素活性に対して強力な阻害活性を示し、そのIC50値はそれぞれ9.7及び27.9ng/mLであった。著者らが後に行ったFR235222の合成誘導体に関する実験から、それらの免疫抑制活性とHDAC阻害活性との間には良好な相関があることが明らかとなり、よってそのリンパ球(T細胞)に対する強力かつ選択的な免疫抑制活性は、同細胞中に存在し機能しているHDAC(s)の酵素活性に対する阻害を介して、発現しているものと推察された。

 HDAC阻害剤の有する免疫抑制作用に関しては既に幾つかの報告があるが、その殆どが加in vitroの作用に限定されたものである。そこで著者らは、FR235222の移植及び自己免疫疾患領域での臨床応用の可能性を探る為に、またin vivoで有効な免疫抑制剤を創出する為の新しい標的分子としてHDAC(s)が妥当な対象であることを見極める為に、本物質のin vivoにおける免疫抑制効果を幾つかの動物モデルにおいて検討した。

 FR235222は結核死菌体により誘発されるラットアジュバント関節炎(AA)モデルにおいて、皮下投与及び経口投与にて強力且つ用量依存的な足浮腫抑制効果を示した。皮下投与0.05、0.16、0.5及び1.6mg/kg(1目2回)における足部肥厚抑制率は、死菌体投与足部(非投与足部)でそれぞれ25(37)、34(64)、50(97)及び69(105)%であり、また経口投与O.16、O.5、1.6及び5mg/kg(1目2回)における足部肥厚抑制率は、投与足部(非投与足部)でそれぞれ21(20)、34(32)、39(58)及び51(76)%であった。その時、毒性(副作用)所見は何ら伴っておらず、高投与量群においては著明な体重回復効果が認められた。以上から、本物質は慢性間接リューマチ(RA)などのような自己免疫疾患に対して、安全係数に優れる忍容性の高い治療薬になり得る可能性が示唆された。

 更に、LEWラットをドナー、ACIラットをレシピエントとした異所性頚部心移植モデルにおいて、FR235222の5mg/kgを移植翌日より1目2回、14日間経口投与した群の生着目数の中央値(MST)は>100日と、vehicle投与群のMST(9日)に比して著明な生着延長を示した。薬剤投与終了後の移植心の長期生着は、免疫寛容(トレランス)誘導の可能性を示唆するものであった。FR235222投与群のラットのうち1例が途中死亡したが、残り全12例に薬剤投与による体重変化や毒性(副作用)所見は全く認められなかったことから、その途中死亡の原因は薬物の毒性ではなく投与ミスなどのテクニカルエラーによるものと考えられた。本物質のこのような良好な忍容性を伴った著明な薬効は、その移植領域における臨床応用の可能性を示唆するものであると考えられた。

 結論として、著者らは本研究において、カビの生産物質として見出した新規HDAC阻害剤FR235222が、臨床応用可能な新しい免疫抑制剤として更に評価を進めていくに値するものであることを確認した。また著者らは、有効な免疫抑制剤を創出する為の新しい標的分子としてHDAC(s)が妥当な対象であることを見極めた。

審査要旨 要旨を表示する

 カルシニューリン阻害剤(calcineurin inhibitors;CNIs)である。Cyclosporin A(CsA)及びtacrolimus(FK506)は、移植医療(臓器移植及び骨髄移植)における基礎治療薬としてその発展に多大なる貢献を果たしてきたが、腎毒性、中枢毒性、耐糖能異常などの種々の副作用を有し、しばしばその使用が制限される。更に、CNIsはその強力な急性拒絶抑制作用に比して、慢性拒絶抑制作用や免疫寛容誘導作用は不十分であるか若しくは逆効果である。従って、CNIsよりも安全で、かっCNIsでは十分に満たされないunmet needsを満たし得るような、全く異なる作用機序を有する新規免疫抑制剤を探索することは、非常に意義のあることである。

 このような状況を踏まえ、本論文では微生物生産物を対象として、CNIsとは異なる新しい作用機序を有するT細胞活性化抑制物質を探索した。その結果、ある種のカビの培養液中よりT細胞増殖を選択的に阻害する新規化合物を見出した。

 序論において本研究の背景と意義について概説した後、第1章においては、卵白オバルブミン応答性のマウスT細胞ハイブリドーマEA-74を、固相化した抗CD3抗体で刺激することによってactivation-induced cell death(AICD)を誘導する系を確立した。本系を用いて、そのAICDに対する抑制活性を指標に、約2万種類の微生物培養サンプルを対象としてT細胞レセプターシグナル伝達阻害剤のスクリーニングを実施した。その結果、ある種のカビの培養液中にT細胞増殖を選択的に阻害する活性を見出した。

 第2章では、活性物質の生産菌の分類同定を検討している。生産菌は各種寒天培地上で極めて抑制的に生育した。有性生殖器官を形成せず、フィアロ型の分生子構造を生じた。以上の特徴を菌類分類基準に照らし合わせ、不完全糸状菌類のAcremonium sp.No.27082と命名した。

 第3章では、生産菌の培養及び活性物質の精製を検討している。培養培地検討を含む培養条件の最適化を行い生産力価を向上させた上で、30Lジャー・ファーメンターによる液体培養を実施し、培溶液中より活性物質230mgを精製単離した(FR235222と命名)。

 第4章では、FR235222の構造解析を行っている。高分解能ESI-MS,FT-IR,1H及び13CNMR,X線結晶構造解析などの手法により構造決定を行った結果、3つのユニークな異常アミノ酸残基、即ち、メチルプロリン(4-MePro)残基、イソバリン(iva)残基、及び2-amino-9-hydroxy-8-oxodecanoic acid(aoh)残基を有する新規テトラ環状ペプチド系化合物であることを確認した。

 第5章では、FR235222のin vitroにおける生物活性を検討している。本物質は種々のリンパ球増殖活性化反応及びリンホカイン産生に対して強力な抑制作用を示したが、ラット初代培養肝細胞及びヒト正常線維芽細胞株HNFに対する細胞毒性や、マウスRAW264.7細胞のLPS誘発NO産生に対する抑制作用などといった、非リンパ球系細胞に対する作用は非常に弱く、リンパ球に対する作用の選択性が認められた。更に本物質の作用機作を検討した結果、リンパ球系癌細胞由来の核内酵素ヒストンデアセチラーゼ(histone deacetylases;HDACs)に対して強力な抑制作用を有することが判明した。

 第6章においては、種々のin vivo動物モデルにおけるFR235222の免疫抑制効果を検討している。本物質は、マウスex vivo脾臓T細胞増殖アッセイ、マウス遅延型過敏反応モデル、ラットアジュバント関節炎モデル及びラット異所性頚部心移植モデルにおいて、皮下投与及び経口投与にて著明な効果を示したが、毒性の兆候は示さなかった。以上の結果から、本物質が自己免疫疾患領域及び移植領域において、有効性及び安全性共に優れる新しい作用機序を有する治療薬になり得る可能性が示唆された。

 以上、本論文において、カビの生産物質として非常にユニークな構造を有する新規HDAC阻害剤FR235222見出し、それが臨床応用可能な新しい免疫抑制剤として更に評価を進めていくに値するものであることを確認した。また、HDAC阻害剤のin vivo動物モデルにおける優れた免疫抑制作用を事実上初めて証明することによって、有効な免疫抑制剤を創出する為の新しい標的分子としてHDAC(s)が妥当な対象であることを見極めた。以上の研究成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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