学位論文要旨



No 215642
著者(漢字) 仁平,恒夫
著者(英字)
著者(カナ) ニヘイ,ツネオ
標題(和) 中山間地域における担い手型農業公社の研究 : 北陸水田作中山間地域の分析
標題(洋)
報告番号 215642
報告番号 乙15642
学位授与日 2003.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15642号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 小田切,徳美
 東京大学 助教授 木南,章
内容要旨 要旨を表示する

 中山間地域において,農家の高齢化と農地・農作業の受け手の不足により進む耕作放棄を抑制し農地保全を図るには,農業生産過程に直接関わり農地や農作業を受託して耕作する担い字型農業公社(以下「農業公社」と略。)の役割が重要であり,農業公社は中・長期的に不可欠な存在である。しかし,これまでの農業公社に関する研究では,主たる対象が中国地域に限定され,また地域の農業システムとの関連が十分に位置づけられておらず,さらに受託圃場の分散に伴う収益性低下など運営上の問題点は指摘されているが,これらに対応するための受託農作業・受託農地耕作に関わる運営管理のあり方や収益向上のための具体的な多角化のあり方は明らかにされていない。そこで,本論文では,農業公社に関する全国的な存在状況を検討しつつ,北陸水田作中山間地域の農業公社を対象に,農業公社の多様な役割,受託農地耕作等に関する運営管理のあり方及び収益向上のための多角化のあり方について検討を行った。

 その結果,第1に,農水省業務統計データの分析から,農業公社の設立は平成2年以降が9割を占め,地域的には中国,九州,北陸に多く存在しており,中国地域の農業公社は山間地域が主であり,商法法人(有限会社・株式会社)も多く,作業受託の他に特産開発,都市・農村交流,農産加工に取り組むのに対して,北陸地域の農業公社は中間地域が多数であり,財団法人が大半を占め,

 特産開発,都市・農村交流への取り組みが少数という対照的特徴を有することが明らかとなった。さらに聞取り調査や農政局資料から,北陸地域の農業公社は水稲作業受託のほか米直売,育苗センター受託等水田農業に直結する事業内容であり,職員数規模の小ささ,事業多角化の少なさが共通する特徴として指摘できる。

 第2に,水田傾斜度と集落営農化の進度を考慮し北陸地域の4町村を分析した(表1)。その結果,土地利用型農業が展開可能な準平坦水田地域のうち,個別的営農を主とし農地調整システムが機能していない清里村では,農業公社は山間地以外も含め貸付農地を積極的に受託し面積拡大を図っており,農地の受け手としての役割が主で経営体的性格が強い。村内の新設された集落営農への連携・協力も,このような経営体的展開に付随して行われるところに特徴がある。これに対し,集落営農が展開する池田町では,農業公社自体の経営体化には慎重であり,今後も農地調整機能及び集落営農への支援等を重視している。

 他方,傾斜地水田地域においては,農家数減少を農地減少が上回り土地利用型農業展開が困難な状況にある。その中で個別的営農を主とし農地調整システムが機能していない大島村では,農業公社は農地の受け手としての役割が主となり,受託農家との一部農地調整はあるが,農業公社として営農組織化等への支援活動については取り組んでいない。これに対し,集落営農が展開する牧村では,農業公社と集落営農との地域的住み分けの観点に立ち農地調整及び集落営農への各種支援(旧小学校区単位の組織化支援も含む)を重視している。

 以上を踏まえると,地形的な条件にかかわらず,集落営農が展開している町村において農地移動調整を農業公社が担い(=農地調整兼務公社),農作業・農地の受け手であると同時に,集落営農支援が基本的な機能となるのに対し,個別的営農が主である町村では,農業公社は農作業・農地の受け手の役割が中心となり(=事業体的公社),農地調整や集落営農支援機能を担うことは想定しにくい。このように,農業公社の役割は,設立時点における地域農業システムの違いを与件とし,これに応じて異なることが確認される。

 第3に,上述の4町村のほか2町村を加えた分析から,農地保全機能を強化するための農業公社における農作業実施を中心とした運営管理のあり方を検討したが,「守るべき農地」の明確化に向けた合意形成と行政のリーダーシップ,標準小作料等の適正な設定,市町村における農地調整機能の強化と担い手育成,直接支払制度も活用した集落における営農組織化推進等の地域における実施が前提となる(図1)。その上で,第1に農業公社における受託範囲及び引受条件の明確化(面積,区画,圃場乾湿,農道,水利等)であり,第2は農業公社と担い手・集落との連携・分担システムの形成である。そこでは農業公社と集落営農との地域的住み分けのように対等な連携・分担及び生産過程を分割した作業別の連携・分担の相違に留意する必要がある。第3は,農業公社自体の受託農作業・受託農地耕作における運営管理の強化であり,ブロック制及びオペレータ毎の農地担当エリア設定,さらに畦畔管理・水管理等の作業再委託を内容とする。その際,再委託基準の明確化及び農業公社からの働きかけによる受け手の発掘・掘起しが重要となる(典型的事例が新潟県三川村の公社支援隊)。

 第4に,新潟県の10農業公社の平成10年及び13年の経営収支分析の結果,第1に事業収入による事業支出のカバー率が10公社全体としては改善傾向にあり,減価償却費を支出から除外すればカバー率が100%を超える農業公社も一部に存在することが明らかとなった。それらの町村は準平坦地という立地条件に加え,米直売の取り組み等の共通性が指摘できる。第2に多角化については,農外部門では除雪等の零細規模事業を多数受託する実態が各農業公社に共通し,収益改善に一定の貢献をしている。しかし,花きやシイタケ等農業部門において大規模に取り組む事例では必ずしも事業収支改善に貢献できてはいない。これらの実態を踏まえれば,北陸地域の農業公社においては本格的な多角化は容易ではなく,農業部門においては米の直接販売や育苗等稲作を基礎にした垂直的多角化を軸として小規模な野菜・ソバ等の組合わせ,さらに各種の農外請負事業実施による収益確保という方向が指摘できる。

 また,財団等の公益法人の農業公社では,農業生産法人の関連合社を設立し一体的に運営する方式が有効であることを明らかにするとともに,農地保有合理化法人の農業公社における管理耕作は現行の農業諸制度の運用では農業経営とはみなされず各種の問題が存在することを明らかにした。その結果を踏まえ,農業公社が農地の受け皿として農地保全機能を強化するためには白治体出資農業法人への改組が必要であり,また公益法人の農業公社においては,農業生産法人となりうる関連会社の新たな設立と農業公社との一体的運営が有効であることを指摘した。

 さらに,本論文では,農業公社の今後の展開上の課題として行政からの財政面での支援及びそれに対する地域的合意形成の重要性,販売等における農協との連携の必要性,自治体出資法人への移行の具体化,市町村合併への対応が重要であることを指摘した。さらに,農業公社研究の残された課題として,第1に中山間地域の農家・集落の今後の見通しとそれを踏まえた農業公社の姿及び地域農業システム像の明確化,第2に農業公社の公益性と収益性の関係の理論的整理,第3に公社の経営収支に関する要因解析の深化,第4に財団法人以外の農業公社も含めた分析による企業形態間の比較や中山間地域における農区別比較,さらに平地地域との比較等の必要性を指摘した。

表1:水田立地条件・地域農業システムと農業公社の主な機能

注:1)農地利用調整主体欄で実質上機能していない場合のみ、(機能せず)と記入した。2)農業公社の機能欄の○は公社が実施している機能であり、△は付随的に実施していることを表す。

図1:農業公社の受託農作業・農地耕作における運営管理

審査要旨 要旨を表示する

 現在、日本の水田農業政策・米政策は大転換のさなかにある。そこでは、一方で生産調整のあり方の転換が求められ、他方では新たな生産調整を担いきれる農業生産構造の創出が急務となっている。稲作農業における危機とはとりもなおさず、伝統的な家族農業経営の危機であり、これを代替・補完する各種の法人経営が1990年代に入って各地で設立されてきた。それらには一般の農業法人経営とならんで、市町村農業公社・特定農業法人(集落をベースとする)・農協出資農業生産法人などの公益的・共同的・協同的経営がある。

 本論文はこのうちの市町村農業公社について、北陸・水田作・中山間地域を対象として、担い手型公社に焦点をあて、地域農業システムとの関連を強く意識しながら、その存立構造を解明するとともに、経営収支分析を通じて公社事業のあり方にまで踏み込んで検討を加えた意欲的な研究である。以上のような対象と課題の設定は、これまでの研究が主として中国・畑作(畜産)・山間地域を対象とし、農地利用調整型公社に焦点をあてていたという限界を克服し、それらの研究では取り上げられていなかった新たな領域に光をあてるという本研究の特徴を如実に示すものといってよい。

 第1篇(第1,2章)では、農水省業務統計データの組み替え集計などを通じて、農業公社に関する全国的な存在状況が初めて詳細に明らかにされた。農業公社の設立は1990年以降が9割を占め,地域的には中国,九州,北陸に多い。中国地域の農業公社は山間地域が主で,商法法人(有限会社・株式会社)も多く,作業受託の他に特産開発,都市・農村交流,農産加工に取り組んでいるのに対して,北陸地域の農業公社は中間地域が多数で,財団法人が大半を占め,特産開発,都市・農村交流への取り組みが少数という対照的な特徴を有することが明らかとなった。北陸地域の農業公社は水稲作業受託のほか米直売,育苗センター受託等水田農業に直結する事業内容をもち、職員数規模の小ささ,事業多角化の少なさが共通する特徴として指摘された。

 第2篇(第3,4,5章)では,水田傾斜度に基づいた二区分(土地利用型農業が展開可能な準平坦水田地域と、展開困難な傾斜地水田地域)と集落営農の展開度に基づいた二区分(個別的営農展開地域と集落営農展開地域)の組み合わせによって、北陸の4町村(新潟県清里村・大島村・牧村、福井県池田町)の農業公社を取り上げて分析した。そして、地形的な条件にかかわらず,集落営農が展開している池田町・牧村においては農地移動調整を農業公社が担い,農作業・農地の受け手であると同時に,集落営農支援が基本的な機能となるのに対し(=農地調整兼務公社),個別的営農が主である清里村・大島村では,農業公社は農作業・農地の受け手の役割が中心となり,農地調整や集落営農支援機能が後景に退く(=事業体的公社)といった差違を検出した。このように,農業公社の役割は,設立時における地域農業システムの差違に応じて異なることが確認された。

 また、以上の4町村のほかに2町村(新潟県広神村・三川村)を加えて、農地保全機能を強化するための農業公社における運営管理をめぐる課題を検討し、第1に、農業公社における受託範囲及び引受条件の明確化、第2に、農業公社と担い手・集落との連携・分担システムの形成、第3に,農業公社自体の受託農作業・受託農地耕作における運営管理の強化(ブロック制や農地担当エリア設定など)の重要性を指摘した。

 第3篇(第6,7章)では、新潟県の10農業公社の1998年と2001年の経営収支分析を行い、第1に事業収入による事業支出カバー率が全体としては改善傾向にあり,一部にはカバー率が100%を超える公社も存在することを明らかにした。第2に、北陸地域の公社においては本格的な事業多角化は容易ではなく,農業部門においては米の直接販売や育苗等稲作を基礎にした垂直的多角化を軸とし、小規模な野菜・ソバ等の導入や各種の農外請負事業実施による収益確保を効果的な方向として指摘した。そして、第3に、公社が農地保全機能を強化するためには自治体出資農業法人への改組が必要であり,また公益法人の公社では,農業生産法人となりうる関連会社の新たな設立と農業公社との一体的運営が有効であることを示した。さらに,第4に、公社の今後の展開上の課題として行政からの財政支援及びそれに対する地域的合意形成の重要性,販売等における農協との連携の必要性,自治体出資法人への移行の具体化,市町村合併への対応が重要であることを指摘した。

 以上のように本論文はこれまでの市町村農業公社研究において新たな一里塚を築いたものであり、日本農業の構造問題解決に理論上・応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク