学位論文要旨



No 215644
著者(漢字) 日比,壮信
著者(英字)
著者(カナ) ヒビ,マサノブ
標題(和) 南米原産ヒユ科一年草Amaranthus hypochondriacus L.(アマランス)の穀粒が免疫系に与える効果とその応答特性
標題(洋)
報告番号 215644
報告番号 乙15644
学位授与日 2003.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15644号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 客員助教授 戸塚,護
 東京大学 助教授 八村,敏志
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では新しい機能を持つ食品の開発を目指し,これまで栄養学的側面でしか評価されてこなかった南米原産の一年草Amaranthus hypochondriacus L(アマランス)の穀粒に着目し,その全身および腸管の免疫系に与える作用について,in vivoおよびin vitroの両面からの研究を行った.さらに,そこで得られた独特の免疫応答特性に寄与していると考えられる,樹状細胞という免疫刺激能の非常に高い細胞を切り口の一つとして解析し,腸管膜リンパ節樹状細胞の特異なサイトカイン誘導特性と,脾臓樹状細胞の寛容誘導特性についての新たな知見を得ることができた.

 第1章では,アマランスの免疫系に与える影響をin vitroにて解析した.アマランスは未利用資源としても,またその豊富な栄養資源としても,これからのあたらしい食機能開発の有望な候補の一つである.そのアマランスの免疫系に与える影響についての基礎的なデータの収集は,安全性や加工特性などと並んで需要の高い研究テーマであると考えられた.そこで本研究では,オバルブミン(OVA)に対する特異的なT細胞レセプター(TCR)を高発現するトランスジェニック(Tg)マウス(OVA23-3)マウスのT細胞を使い,T細胞の分化およびイムノグロブリン(lg)E産生に与える影響を観察した.実験に使用したOVA23-3マウスは抗原特異的T細胞を高頻度で発現している.そのため,通常のマウス体内においてあらかじめ抗原による刺激のない状態では,一種類の抗原に反応できるT細胞の割合が非常に低いため,抗原未感作T細胞の応答を観察することが困難であるのに対して,今回使用したOVA23-3マウスはT細胞の大部分が抗原特異的TCRを発現しているため,抗原未感作T細胞の応答や分化の解析が可能である.OVA23-3マウスを使うことで,in vitroでの抗原未感作T細胞の分化および,抗原特異的なlgE産生に対するアマランス抽出物の効果を評価することが可能となった.アマランス穀粒を熱水にて抽出した,アマランス抽出物を培養系に加えることで,インターフェロン(1FN)-γの産生亢進およびヘルパーT(Th)1分化誘導が確認された.また,その効果を通じて,lgE抗体の産生低下も確認された.アマランス穀粒に存在する熱に対して安定な,水溶性のlFN-γ増強およびlgE抗体産生抑制効果をもつ成分の存在が示唆された.また,その効果は,CD4+T細胞に直接働くわけではなく,抗原提示細胞を介して働きかけていることが示唆された.そのため,抗原提示細胞の中で最も強力な細胞として知られている,樹状細胞への効果を調べた.その結果,高濃度抗原存在下で樹状細胞からのインターロイキン(IL)-12産生が高くなるという結果が得られた.この樹状細胞からのIL-12高産生はT細胞のIFN-γ産生誘導の理由の一つであると考えられた.

 第2章においては,in vitroにおいて示されたアマランス穀粒抽出物の効果が,穀粒そのものを投与することでも起こり得るのかという疑問について検討を加えた.第1章で使用したOVA23-3マウスはin vitroでのTh1/Th2分化を観察することができるとともに,in vivoにおいて経口的にOVAを摂取させることで,小腸微絨毛における形態変化,炎症細胞の浸潤,下痢そして血中lgE抗体価の上昇などがおこる食物アレルギーモデルマウスとしても期待されている.このマウスを使用して,OVAを経口投与して食物アレルギー症状を誘起し,その際にアマランス穀粒を経口投与することで,アマランスの食物アレルギーに与える効果について評価した.アマランス経口投与により,血中の抗原特異的lgE抗体は有意に抑制され,脾臓のIFN-γ産生は亢進していることがわかった.アマランスを経口投与した時に活性化T細胞やメモリーT細胞の数に変化はなく,またCD4+T細胞においてTh1特異的な転写因子T-bet(T-box expressed in T cells)が上昇していることから,アマランス経口投与により,生体内でTh1細胞が誘導され,IFN-γ高産生が誘導されることが示唆された.その効果がlFN-γ誘導性の抗原特異的lgE抗体の減少という結果につながると考えられた.また,この結果はin vitroの結果を良く反映していた.

 また,OVA23-3マウスヘのアマランス経口投与実験で腸管免疫系における特徴的な免疫応答の誘導があることが明らかになった.アマランスを経口投与した時,パイエル板細胞においてはほとんど特異的な免疫応答を惹起しないにも関わらず,腸管膜リンパ節では強いTh1増強およびTh2抑制というパターンを示した.このことは,アマランスがパイエル板を介さずに,腸管膜リンパ節における強い免疫応答を引き起こしているという,特徴的な機構の存在を示唆した.腸管膜リンパ節は,経口的な抗原の投与による,全身性の寛容すなわち,経口免疫寛容の成立に対して重要な場であること言われているが,本研究はアマランス穀粒など,免疫応答を修飾する食品成分に対しての,応答の場としても重要であることが示された.

 第3章では,第2章で示された,アマランスが腸管膜リンパ節で強く免疫応答を引き起こしていること,また,第1章で示された,アマランス抽出物が樹状細胞に働いてIL-12産生を誘導しているという結果を受けて,樹状細胞という強い免疫刺激能をもつ細胞を一つの指標として,腸管および脾臓の樹状細胞のT細胞応答に与える影響について検討した.第1節では,アマランス経口投与によりTh1細胞応答が強く誘導された腸管膜リンパ節でのTh1/Th2細胞応答の誘導特性を理解することを目的とした.腸管膜リンパ節と脾臓およびパイエル板からそれぞれ樹状細胞を分離し,それらを抗原提示細胞として,様々な濃度の抗原存在下で培養したときの抗原未感作T細胞の1次応答について,代表的Th1サイトカインであるIFN-γおよびTh2サイトカインIL-4を中心に解析した.従来の研究ではGALTに存在する樹状細胞はTh2応答を誘導し,脾臓はTh1優位な免疫応答を誘導するとされてきた.しかし,我々の研究により,腸管の樹状細胞も,脾臓の樹状細胞も抗原濃度によってIFN-γおよびlL-4どちらのサイトカインの産生を誘導できることが示された.しかし,高度に精製したCD11chigh/B220の樹状細胞を用いた同様の実験では,腸管膜リンパ節の樹状細胞のIFN-γ誘導能が高いことが示唆された.さらに,このIFN-γは腸管膜リンパ節樹状細胞のIL-12高産生によるものではないかと考えられた.また,腸管膜リンパ節樹状細胞は細胞表面の共刺激分子にも特徴をもつことが明らかとなった、例えばB7-DCという,T細胞のLfn-γ産生および樹状細胞のIL-12産生を誘導する共刺激分子によるこれらの現象の説明も,可能であると考えられた.

 最後に第2節では,樹状細胞を利用して,経口投与した抗原が,腸管膜リンパ節だけではなく,脾臓でも抗原特異的なT細胞寛容を誘導することができるという機構についての研究を行った.経口免疫寛容という現象の発見は1世紀程度遡るが,いまだにその成立および維持機序の全ては解明されていない.我々は,経口抗原が脾臓でも抗原提示されていることに注目し,脾臓樹状細胞と抗原特異的T細胞をマウスに移入することで,経口抗原を投与されたマウス脾臓樹状細胞のT細胞寛容に対する役割を調べた.経口抗原を投与したマウス脾臓から分離した樹状細胞はin vivoでT細胞の分製を誘導しないにも関わらず,移入7日後に脾臓細胞を取り出してきて,T細胞の抗原特異的増殖応答およびIL-2産生能を測定したところ,それらの応答が抗原特異的に低下していることがわかった.この結果は脾臓樹状細胞が,T細胞の寛容を誘導できることを示したはじめてのデータである.これにより,経口抗原が腸管膜リンパ節や,パイエル板など腸管だけでなく全身の免疫系を代表している,脾臓においても誘導されている可能性があることを示した.これらの結果は,経口的に摂取した免疫修飾物質や抗原が腸管や脾臓で免疫系の細胞である,樹状細胞やT細胞に影響を与えていることを強く示唆したといえる.

 本研究により,アマランスにおけるIFN-γ産生誘導を通じたlgE抑制機構についての輪郭が見え始めた.腸管免疫系の樹状細胞の応答特性や,経口抗原に対する脾臓樹状細胞の寛容誘導能などが明らかになりつつある.これらのモデルを利用することにより,経口的に摂取できる食物由来の成分が,腸管免疫系および全身免疫系を活性化させ,バランスの崩れた生体の恒常性の回復および維持が可能になるかもしれない.食品成分による免疫系の賦活には一つの利点が考えられる.それは,増殖する病原性微生物とは異なり,摂取量をコントロールすることができる点である.また,様々な種類の食品成分を一度にとれることから,その相乗効果などについても期待される。しかし,食品成分の免疫系に与える影響に関しての研究は始まったばかりであり,今後も更に研究を進めることで,正しい効果のおよび正しい安全性の評価が行われるべきである.それらの研究が進んではじめて,人々の健康に寄与できる食品の開発が可能となると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では新しい機能を持つ食品の開発を目指し,これまで栄養学的側面でしか評価されてこなかった南米原産の一年草Amaranthus hypochondriacus L(アマランス)の穀粒に着目し,その全身および腸管の免疫系に与える作用について,in vivoおよびin vitroの両面からの研究を行った.さらに,そこで得られた独特の免疫応答特性に寄与していると考えられる,樹状細胞という免疫刺激能の非常に高い細胞を切り口の一つとして,腸管膜リンパ節樹状細胞の特異なサイトカイン誘導特性と,脾臓樹状細胞の寛容誘導特性についての解析を目的とした。

 緒言において本研究の背景と意義について概説した後、第1章では,オバルブミン(0VA)特異的T細胞レセプター(TCR)を発現するトランスジェニック(Tg)マウス(23-3マウス)を使い,T細胞の分化およびイムノグロブリン(Ig)E産生に与えるアマランスの影響を,in vitroにて観察した結果について述べられている.実験に使用した23-3マウスは抗原特異的T細胞を高頻度で発現している.そのため,抗原未感作T細胞の応答や分化の解析が可能である.アマランス穀粒を熱水にて抽出した,アマランス抽出物を培養系に加えることで,インターフェロン(IFN)-γの産生光進およびヘルパーT(Th)1細胞分化誘導及びIgE抗体産生低下が確認された.また,アマランス抽出物はCD4+T細胞に直接働くのではなく,抗原提示細胞を介して働くことが示唆された.そのため,抗原提示細胞の中で最も強力な細胞として知られている,樹状細胞への効果を調べた.その結果,アマランス抽出物添加により高濃度抗原存在下で樹状細胞のインターロイキン(IL)-12産生が高くなるという結果が得られた.このIL-12高産生がT細胞のIFN-γ産生誘導の理由の一つであると考えられた.

 第2章においては,アマランス穀粒を経口投与した時の効果について検討している.23-3マウスはOVAを摂取させることで,消化管の炎症や,血中IgE抗体価上昇などがおこる食物アレルギーモデルマウスとして利用されている.このマウスにアマランスを経口投与すると,卑中の抗原特異的IgE抗体は有意に抑制され,脾臓のIFN-γ産生は亢進していることがわかった.その時に活性化T細胞やメモリーT細胞の数に変化はなく,Th1特異的な転写因子T-bet(T-box expressed in T cells)が上昇していることから,アマランス経口投与により,生体内でもTh1細胞が誘導されることが示唆された.また,アマランスの経口投与は,パイエル板においてはほとんど特異的な免疫応答を惹起しないにも関わらず,腸管膜リンパ節では強いTh1増強およびTh2抑制というパターンを示した.腸管膜リンパ節がアマランスなど,免疫応答を修飾する食品成分に対しての応答の場として重要であることを示した.

 第3章では,アマランスが腸管膜リンパ節で強く免疫応答を引き起こし,また,アマランス抽出物が樹状細胞に働いてIL-12産生を誘導しているという結果を受けて,腸管および脾臓の樹状細胞のT細胞応答に与える影響について検討している.第1節では,アマランス経口投与によりTh1細胞応答が強く誘導された腸管膜リンパ節樹状細胞のTh1/Th2細胞応答の誘導特性について解析している.腸管膜リンパ節と脾臓からそれぞれ樹状細胞を分離し,それらを抗原提示細胞として,様々な濃度の抗原存在下で培養したときの抗原未感作T細胞の応答について解析した.従来の研究では腸管の樹状細胞はTh2応答を誘導し,脾臓樹状細胞はTh1応答を誘導するとされてきた.しかし,本研究により,腸管および脾臓の樹状細胞も抗原濃度によって,Th1およびTh2,どちらの応答も誘導できることが示された,また,高度に精製したCD11chigh/B220-の樹状細胞を用いた同様の実験では,腸管膜リンパ節樹状細胞のIFN-γ誘導能が高いことが示唆された.さらに,このIFN-γ産生亢進は腸管膜リンパ節樹状細胞のIL-12高産生によるものと考えられた.第2節では,脾臓樹状細胞と抗原特異的T細胞をマウスに移入することで,脾臓樹状細胞のT細胞寛容に対する役割を調べている.抗原を経口投与したマウスの脾臓から分離した樹状細胞はin vivoでT細胞の分裂を誘導しないにもかかわらず,T細胞の抗原特異的増殖応答およびIL-2産生の低下を誘導していることが明らかとなった.これより脾臓樹状細胞が,T細胞の免疫寛容を誘導できることがはじめて示された.これらの結果から,経口的に摂取した免疫修飾物質や抗原が腸管や脾臓で免疫系の細胞である,樹状細胞やT細胞に影響を与えていることが強く示唆された.

 以上,本論文はアマランスのIFN-γ産生誘導およびIgE抑制機構について,in vitroおよびin vivo両面から詳細に解析したものであり,更に腸管免疫系の樹状細胞の応答特性や,経口抗原に対する脾臓樹状細胞の寛容誘導能などについての新規な知見を提供しているもので,学術上,応用上,貢献するところが少なくない.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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