学位論文要旨



No 215645
著者(漢字) 足立,健児
著者(英字)
著者(カナ) アダチ,ケンジ
標題(和) 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)の肺傷害増強作用に関する病理学的研究
標題(洋) Pathological studies on the exacerbating effects of granulocyte colony-stimulating factor(G-CSF) on lung injury
報告番号 215645
報告番号 乙15645
学位授与日 2003.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15645号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 助教授 中山,裕之
 残留農薬研究所 常務理事 真板,敬三
内容要旨 要旨を表示する

 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)は好中球系前駆細胞の分化・増殖を促進する造血因子である。さらに、G-CSFは造血前駆細胞と好中球を骨髄から末梢血液中へ放出し、末梢血液中成熟好中球数の増加およびその寿命の延長、血管内皮への成熟好中球の接着、末梢血液から組織あるいは炎症病巣への遊出、および貧食能を増加させる。こうした薬理作用を有することから、G-CSFはがん化学療法による顆粒球減少症あるいは骨髄移植等に臨床適応され、顆粒球減少症による発熱や感染症の発症の抑制、あるいはがん患者の入院期間の短縮に寄与している。さらに、G-CSFの使用は高用量の化学療法を可能にさせている。

 G-CSFは副作用の少ない医薬品であるが、ごく希に、G-CSFがブレオマイシン(BLM)のような肺傷害性抗がん剤の示す肺傷害作用を増強したり、あるいは肺傷害性が知られていない薬剤との併用時に、肺へ傷害作用を及ぼすことが報告されている。また、活性化好中球は肺の微小循環の病態に関与し、成人呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こすことが報告されているが、G-CSFの肺への経気管投与もまた活性化好中球の肺への浸潤、肺傷害、および肺機能障害を引き起こすと言われており、G-CSFの局所での産生は、肺傷害およびARDSの進展に影響を及ぼす可能性がある。しかし、G-CSF併用時にみられる肺傷害の発現機序については、いくつかの仮説が提唱されてはいるが、その詳細は未だ明らかにされていない。

 この点に関し、実験的な急性肺傷害モデルに対するG-CSFの影響に関する検討がいくつか報告されている。しかし、G-CSFと肺傷害との関連については十分には解明されておらず、G-CSFと肺傷害との関連を実験的に詳細に検討することが重要である。本研究では、ラットのBLM誘発肺傷害モデルを用いて、G-CSFによる肺傷害の発現機序および増強作用について病理学的に検討した。BLMを投与したラットは、び漫性肺胞傷害(DAD)とそれに続いて肺線維化を引き起こすことから、実験的肺線維化モデルとして汎用されている。

 第1章では、G-CSFがBLM誘発肺傷害を増強するか否かを明らかにする目的で、BLMの経気管単回投与により誘発したラットの肺傷害に対するG-CSFの影響を検討した。実験1では、ラットに生理食塩液あるいはBLM(2000μg/rat)投与直後よりG-CSF(10、30、100μg/kg/day、s.c.)を7日間投与した。その結果、G-CSF単独投与ラットでは、肺胞毛細血管内に多数の好中球の集簇がみられたが、肺傷害はみられなかった。BLM処置ラットヘのG-CSF投与は、末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数の増加を伴い、肺傷害スコアを用量依存的に増強させた。実験2では、ラットに生理食塩液あるいはBLM(2000μg/rat)投与直後よりG-CSF(100μg/kg/day、s.c.)を28日間投与した。その結果、BLM処置ラットへのG-CSF投与は、肺病変部への浸潤好中球数の増加を伴い、肺傷害スコアおよび肺線維化スコアを増強させた。上述の結果から、BLM処置ラットへのG-CSF投与は、BLM誘発急性肺傷害ならびに肺線維化を用量依存的に増強するものと考えられ、肺傷害の増強と末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数の顕著な増加とはよく対応していた。

 第2章では、BLM経気管単回投与により誘発したラットの肺傷害の炎症期および線維化期に及ぼすG-CSFの影響を検討した。G-CSF(100μg/kg/day、s.c.)をBLM(2000μg/rat)投与後3(炎症期)あるいは14日(線維化期)から7日間投与した。その結果、炎症期のBLMラットへのG-CSF投与は、末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数の増加を伴い、肺傷害を増強させた。一方、線維化期のBLMラットへのG-CSF投与は、末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数の増加がみられたが、肺傷害を増強させることはなかった。上述した結果から、BLM誘発肺傷害に対するG-CSFの作用は、G-CSFによる好中球数の増加のみならず、肺病変の進展過程が密接に関与しているものと考えられた。

 BLM誘発肺線維化の進展過程には、好中球、線維芽細胞、肥満細胞、好酸球、およびTリンパ球等の種々の炎症細胞が関与している。一方、G-CSFの受容体は、顆粒球系前駆細胞といった造血細胞や血管内皮細胞等に発現することが知られている。しかし、肺傷害の進展過程において肺組織中の炎症性細胞の推移に及ぼすG-CSFの影響に関する知見は乏しい。そこで第3章では、BLM誘発肺傷害の進展過程における炎症性細胞の末梢血液中ならびに肺病変中の推移に及ぼすG-CSFの影響を検討した。本章での検討には、著者らが新たに確立した、肺の形態学的、免疫組織化学的および酵素組織化学的解析に有用な病理組織標本作製技法であるPLP-AMeX法を活用した。生理食塩液あるいはBLM(2000μg/rat)を投与したラットに、生理食塩液あるいはBLM投与直後から14日後までG-CSF(100μg/kg/day、s.c.)を投与した。その結果、BLM+G-CSF群では、肺傷害スコアは1および14日後に、肺線維化スコアは14日後に、それぞれ増強した。急性炎症期では、生理食塩液およびBLM処置ラットの双方で、好中球を除き、末梢血液中および肺組織中の炎症性細胞数にG-CSF投与による影響はみられなかった。G-CSF処置群では、末梢血好中球数は1日後に顕著に増加し、3日後に一過性の減少がみられ、7および14日後に再び増加した。肺組織中の好中球数は、1日後に顕著に増加し、14日後まで高値で推移した。肺組織中の好中球アルカリフォスファターゼスコアは、1日後に増加しはじめ、7日後に最高値に達し、14日後まで高値で推移した。肺組織中好中球数と末梢血好中球数あるいは肺傷害スコアとの相関は、14日後のみにみられた。上述した結果から、G-CSFの肺傷害増強作用は、肺病変部へのアルカリフォスファターゼ(ALP)陽性好中球(活性化好中球)の浸潤が急性炎症期に増加し、線維化期にも持続していることとが関与しているものと考えられた。

 上述の第1章から3章では、高用量(2000μg/rat)のBLMの処置によって誘発した、DADから肺線維化に至る重度な肺傷害に対するG-CSFの影響を検討した。しかし、軽度から重度に至る種々の程度の肺傷害に対するG-CSFの影響を検討した報告は未だ見当たらない。そこで第4章では、程度の異なるBLM誘発肺傷害に対するG-CSFの影響を検討した。すなわち、用量の異なるBLM(0.2、20、2000μg/rat)を投与したラットに、G-CSF(100μg/kg/day、s.c.)を3あるいは14日間投与した。BLM0.2μg投与群では、肺胞への単核球系細胞浸潤がわずかにみられたが、肺線維化はみられなかった。BLM20および2000μg投与群では、肺胞への好中球浸潤を伴うDADとそれに続く肺線維化病変の形成がみられた。BLM0.2μg+G-CSF群では、肺胞毛細血管内におけるALP陽性好中球の顕著な集簇がみられたが、肺胞への好中球浸潤および肺傷害の増強はみられなかった。BLM20μg+G-CSF群およびBLM2000μg+G-CSF群では、肺胞へのALP陽性好中球浸潤の増加を伴い、肺傷害の増強がみられた。上述した結果から、G-CSF投与は、肺線維化に至らない軽度な肺傷害に対してはそれを増強しないものと考えられ、G-CSFの肺傷害増強作用は、肺胞への活性化好中球の顕著な集簇および肺線維化に至る重度な肺傷害の存在が関与していると考えられた。

 本研究の結果、がん化学療法とG-CSFを併用した患者で報告されている肺傷害は、G-CSFが直接的に誘発したというよりは、むしろ、がん化学療法によって誘発された重度の肺傷害の存在あるいは患者の背景病変の存在が関与しており、G-CSFがそれを増強している可能性が示唆された。これらの知見は、臨床家に対して、稀ではあるが致死的なARDSの発症を防御し、さらにはG-CSF併用療法の安全性に関する新たな情報を提供するものとして極めて重要である。

審査要旨 要旨を表示する

 顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)は好中球系前駆細胞の分化・増殖、機能を促進する造血因子である。G-CSFはがん化学療法による顆粒球減少症等に臨床適応され、顆粒球減少症による発熱や感染症の発症の抑制等に寄与している。G-CSFは副作用の少ない医薬品であるが、ごく希に、G-CSFがブレオマイシン(BLM)のような肺傷害性抗がん剤の示す肺傷害作用を増強することが報告されている。また、活性化好中球は肺の微小循環の病態に関与し、成人呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こすことが報告されている。しかし、G-CSF併用時にみられる肺傷害の発現機序の詳細は、実験的にも未だ明らかにされていない。

 本研究では、実験的肺線維化モデルとして汎用されているラットBLM経気管単回投与法を用いて、G-CSFによる肺傷害の発現機序および増強作用について病理学的に検討した。

 第1章では、正常肺あるいはBLM誘発肺傷害に対するG-CSFの影響を検討した。生理食塩液あるいはBLM(2000μg/rat、i.t.)処置ラットに、G-CSF(10、30、100μg/kg/day、s.c.)を7〜28日間投与した。生理食塩液処置ラットへのG-CSF投与は、肺胞毛細血管内に多数の好中球の集簇がみられたが、肺傷害はみられなかった。BLM処置ラットヘのG-CSF投与は、末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数の顕著な増加を伴い、BLM誘発急性肺傷害ならびに肺線維化を用量依存的に増強させた。

 第2章では、BLM肺傷害の炎症期および線維化期に及ぼすG-CSFの影響を検討した。BLM(2000μg/rat、i.t.)処置ラットに、BLM投与後3日(炎症期)あるいは14日(線維化期)からG-CSF(100μg/kg/day、s.c.)を7日間投与した。炎症期のBLMラットへのGCSF投与は、末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数の増加を伴い、肺傷害を増強させた。一方、線維化期のBLMラットへのG-CSF投与は、末梢血好中球数および肺病変部への浸潤好中球数を増加したが、肺傷害を増強させることはなかった。BLM誘発肺傷害に対するG-CSFの作用は、G-CSFによる好中球数の増加のみならず、肺病変の進展過程が密接に関与しているものと考えられた。

 第3章では、BLM誘発肺傷害の進展過程における炎症性細胞の末梢血液中ならびに肺病変中の推移に及ぼすG-CSFの影響を検討した。BLM(2000μg/rat、i.t.)処置ラットに、G-CSF(100μg/kg/day、s.c.)を1〜14日間投与した。その結果、急性炎症期では、好中球を除き、末梢血液中および肺組織中の炎症性細胞数にG-CSF投与による影響はみられなかった。G-CSFの肺傷害増強作用は、肺病変部へのアルカリフォスファターゼ(ALP)陽性好中球(活性化好中球)の浸潤が急性炎症期に増加し、線維化期にも持続していることとが関与しているものと考えられた。

 第4章では、程度の異なるBLM誘発肺傷害に対するG-CSFの影響を検討した。用量の異なるBLM(0.2、20、2000μg/rat、i.t.)処置ラットに、G-CSF(100μg/kg/day、s.c.)を3あるいは14日間投与した。BLM0.2μg投与群では、肺胞への単核球系細胞浸潤がわずかにみられたが、肺線維化はみられなかった。BLM20および2000μg投与群では、肺胞への好中球浸潤を伴うDADとそれに続く肺線維化病変の形成がみられた。BLM0.2mg+G-CSF群では、肺胞毛細血管内におけるALP陽性好中球の顕著な集簇がみられたが、肺胞への好中球浸潤および肺傷害の増強はみられなかった。BLM20μg+G-CSF群およびBLM2000μg+G-CSF群では、肺胞へのALP陽性好中球浸潤の増加を伴い、肺傷害の増強がみられた。

 G-CSF投与は、肺線維化に至らない軽度な肺傷害に対してはそれを増強しないものと考えられた。G-CSFの肺傷害増強作用には、肺胞への活性化好中球の顕著な集簇および肺線維化に至る重度な肺傷害の存在が関与していると考えられた。

本研究の結果、がん化学療法とG-CSFを併用した患者で報告されている肺傷害は、G-CSFが直接的に誘発したというよりは、むしろ、がん化学療法によって誘発された重度の肺傷害の存在あるいは患者の背景病変の存在が関与しており、G-CSFがそれを増強している可能性が示唆された。これらの知見は、致死的なARDSの発症を防御し、さらにはG-CSF併用療法の安全性に関する新たな情報を臨床家に提供するものとして極めて重要である。

よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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