学位論文要旨



No 215650
著者(漢字) 高草木,達
著者(英字)
著者(カナ) タカクサギ,サトル
標題(和) TiO2(110)単結晶表面上のナノ構造体形成機構と分子吸着・反応過程のSTM観察
標題(洋) Growth Mechanism and Chemical Reactivity of Nano-structures on TiO2(110) Surface Studied by STM
報告番号 215650
報告番号 乙15650
学位授与日 2003.04.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第15650号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 濱口,宏夫
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
内容要旨 要旨を表示する

金属酸化物は広範な触媒作用を示すばかりでなく、電子・光学材料、顔料などとして利用される機能性物質である。典型的な遷移金属酸化物であるTiO2の(110)表面は、これまで最もよく研究された酸化物単結晶表面であり、清浄化条件により(1×1)以外に(1×2)のphaseが現れることが、低速電子回折等の実験結果から示されている。(1×1)表面構造は表面X線回折やSTM等により、ほぼバルク終端表面であることがわかっているが、(1×2)に由来する列構造やそれらを連続的に架橋するナノ構造体の組成・生成機構については未だ統一的な解釈に至っていなかった。博士課程において上記構造のSTMによる原子分解能観察に成功し、新たな構造モデルを提案した。さらにそれらをもとにナノ構造体の連鎖生成機構について考察した。

続いてTiO2(110)-(1×1)表面上に有機金属錯体を用いたMOCVD (metal organic chemical vapor deposition)および金属蒸着により金属ナノ粒子の成長を試み、成長機構や各手法で調整した金属ナノ粒子の構造と分子との反応性について、STMを用いて検討した。工業的に広く用いられている、酸化物表面上に金属微粒子を分散担持した担持金属触媒においては、調製法により粒子のサイズ・分布が大きく変化し、それらが触媒反応の活性・選択性にしばしば影響することが知られている。従って、異なるサイズを持つ粒子の反応特性、および金属微粒子が不均一に分散する表面での吸着分子の動的挙動を調べることは活性・選択性発現メカニズム解明の指針となる。ここでは有機Pt錯体 (MeCpPtMe3) を前駆体としたMOCVDによりTiO2(110)-(1×1)表面(図1(a))に均一なPtナノ粒子が生成することを見出し、新たな粒径制御機構を提案したこと、および、Pt/TiO2(110)表面上でのメタノール吸着の結果についてそれぞれ金属蒸着で調製した粒子との差異から考察した結果について示す。

実験

実験は超高真空STM (JEOL JSTM-4500VT)で行った。基板に用いたTiO2(110)単結晶は、鏡面研磨した試料を空気中1000Kで2時間焼成後、通電加熱のために裏面にNi膜を蒸着して用いた。Ar+スパッタリング後、真空中900Kでアニーリングして(1×1)表面を得た。STM観察は電解研磨により先鋭化したW探針を用い、室温で行った。

結果と考察

有機Pt錯体を用いた均一サイズナノ粒子の形成とTi suboxide種による粒径制御機構

水素流通下のMOCVDでHOPG上に高純度のPt層を形成することが知られているMeCpPtMe3錯体(図1(b))を、室温でTiO2(110)表面に5L露出後のSTM像が図2である。[001]方位の5配位Ti4+の原子則に対応する輝線上に吸着した錯体が輝点として観察された。被覆率は表面に露出した5配位Ti4+の密度を1ML (monolayer)と定義すると、0.13MLであった。この表面を真空下450Kで加熱すると、錯体が表面上で分解し、比較的均一サイズのPtナノ粒子がテラス上に生成した(図3)。STM像より計測した平均直径は1.41nm、5配位Ti4+列に対する平均高さは0.18nmで、非常に扁平な二次元的な粒子であった。Ptの原子半径を考慮し、また粒子の高分解能像によっても粒子にstepが観察されないことから、粒子は1-2原子層であると考えられる。

表面に生成したPtナノ粒子はPt錯体の分解反応に活性が高いと考えられるので、Ptナノ粒子がある表面上にPt錯体を吸着させて加熱すると、Ptナノ粒子上で優先して分解反応が起こり、結果としてPtナノ粒子のサイズが増加すると予想される。実際水素気流中、HOPG上に成長させたPt層では、Pt層の成長とともに錯体の分解反応が加速することから、反応初期にHOPG上で分解・生成したPt核が気相中からやってくる錯体分解反応の活性点になっていることが示唆されている。図4は室温でPt錯体5Lに露出→真空450Kで1時間加熱というサイクルを2回繰り返した表面の各サイクルでのSTM像である。予想に反して、Pt粒子のサイズはあまり増加せず、Pt粒子の密度が増加した。つまり1st cycleで生成したPtナノ粒子はPt錯体の分解反応に不活性で

均一サイズのPtナノ粒子が生成する機構の解明にはPt錯体の分解反応を抑制する要因を考える必要がある。その要因としてまず粒子の構造安定性が考えられる。あるサイズの粒子構造が安定であるためにそれ以上成長しないとするものであるが、実際の粒子は非常に扁平な形をしており、安定構造とは考えられない。またPt錯体の真空中での熱分解反応では一部のメチル基が炭素原子まで分解し、Ptとともに堆積、分解活性が低下する両能性がある。しかし水素気流中でMOCVDを行うことで、メチルがメタンに水素化され、炭素堆積が抑制されることが知られており、本研究でもPt錯体吸着後に10-2Paの水素気流で加熱したところ、生成するPtナノ粒子の大きさは真空中で加熱したものと変化はなかったのでC堆積による抑制も考えにくい。

そこでPt粒子の成長抑制要因としてTiO2バルクの格子間サイトに存在するTin+(n≦3)がTiOx suboxide(x<2)としてPt粒子の周囲を覆うことにより、Pt錯体の分解反応が抑制されていると考えた。TiO2(110)表面の清浄化過程すなわちAr+スパッタリングと高温でのアニールにより酸素が優先的に除かれた結果、bulkのoctahedral空孔には格子間Tin+が存在することが強く示唆されている。実際我々のグループは、TiO2(110)表面を酸素雰囲気下(1×10-5Pa)、高温(800K)で観察すると格子間Tin+が再酸化され、もとの表面の上に新たなTiO2の層を形成する様子をSTMによる連続観察により捕らえている。最近になって幾つかのグループでも同様の実験を低温で行い、約450KからTin+の酸化による構造変化が報告されている。

またTiO2とPtは強い相互作用を持つことが古くから知られており、Pt粒子を担持したTiO2触媒を還元雰囲気下で加熱するとSMSI (strong metal support interaction)により、COやH2の吸着活性が急速に失われることが報告されている。さらに1原子層以下のPt金属を蒸着したTiO2(110)表面を真空中でTi suboxideがPt表面を部分的に覆うといった低速イオン散乱等を用いた実験も報告されている。

以上より図のようなTiO2(110)表面上でのMeCpPtMe3錯体から均一サイズPtナノ粒子が生成する新規生成機構を提案した(図5)。MeCpPtMe3錯体は室温で5配位Ti4+上に吸着する。450Kに加熱するとある確率で分解反応が起こり、Pt adatomが生成、表面拡散および凝集によりPtクラスターができる。Ptクラスター上ではPt錯体の分解反応がTiO2表面上より優先して起こりPt粒子が成長するが、それと同時にバルクから拡散してきたTiOx種がPt粒子と結びつく。TiOx種がPt粒子の周囲を覆うと分解反応の確率が減少して、成長が抑制される。この機構では最終的にできるPt粒子の大きさを決める因子はPt錯体の分解反応の速度とTiOxがPt粒子と結びつく速度の比

比較のため金属蒸着によりTiO2(110)表面上にPtナノ粒子を調製した。室温で蒸着速度および蒸着時間を制御することにより(蒸着速度:4.0×10-3ML/s、蒸着時間:60s)、MOCVDの場合と近い粒径幅を持つ粒径分布を実現することができる(図6)。MOCVDおよび金属蒸着Pt粒子に関して横軸に粒径、縦軸に粒子高さをプロットしたのが図7である。金属蒸着Pt粒子は同程度の粒径を持つMOCVD Pt粒子に比べ約2倍程度の高さを有し、より3次元的な粒子であることがわかる。

また図6の表面を真空中450Kで加熱すると、非常にサイズの大きな粒子(粒径>3.0nm)が生成し、再度の蒸着および加熱によっても成長抑制は働かない。これは450KにおいてMOCVDでは粒子成長がPt錯体のPt atomへの分解により進むのに対して、金属蒸着ではPt atom(またはクラスター)としてPt粒子に取り込まれて成長が進むためである。すなわちPt粒子がTiOxで囲まれても、Ptと石TiOxの結びつきは強いので

MOCVDおよび金属蒸着Pt/TiO2(110)モデル触媒表面上でのメタノール吸着

Pt粒子およびPt表面はメタノールの分解反応に活性であることが知られている。TiO2(110)清浄表面では室温でメタノールは化学吸着しないことが、過去の昇温脱離および本STM観察により確認された。一方Pt粒子が存在するPt/TiO2(110)表面をメタノールに露出した場合、反応中間体等の吸着種がPt粒子上あるいはPt粒子からの拡散により、TiO2表面上で観察されることが期待される。しかしながら、MOCVD Pt/TiO2(110)表面を室温でメタノール3Lに露出後、STM観察を行ったが、露出前と変化はなかった。

図8は図6の金属蒸着Pt/TiO2表面を室温でメタノール3Lに露出後のSTM像である。5配位Ti4+列上に、MOCVD Pt/ TiO2(110)の場合には観察されなかった、高さ0.15nmの新たな輝点が観察され、被覆率は0.12MLであった。また同一領域をSTM連続観察した結果、テラス上で室温において、5配位Ti列上を活発に動いていた。過去の研究からPt(110)、Pt(100)などの平坦な単結晶表面でのメタノール吸着では、低温での吸着から昇温したときに、メトキシ等の安定なPt(110)-(2×1)((111)のテラスとステップからなる)の凹凸の大きい表面のみが中間体であるメトキシを生成することが電子エネルギー損失分光等を用いた実験結果から報告されている。COはTiO2(110)表面に吸着しないので、観察された新たな輝点はPt粒子上で解離・生成し、TiO2表面上へと拡散していったメトキシであると帰属できる。

続いてメトキシの生成サイトを同定するため、各サイズを持つ粒子を調製して(粒径:0.4-3.0nm)、メタノール存在下でその場連続観察を行ったのが図9である。粒子Aにおいて、フレーム(b)で粒子のふちにメトキシが生成し、フレーム(c)ではTiO2表面上へと拡散していることがわかる。また次のフレーム(d)では2つメトキシが生成し、生成サイトは(b)と同サイトであることがわかる。他のサイズを持つ粒子に関してもメトキシは粒子のふちで、しかもふちすべてではなく特殊な部位で生成していることが示唆された。金属蒸着Pt粒子はほぼ(111)配向で成長していることが高分解能観察から示され、直径2nm程度の粒子では2-3原子stepを有していることがわかった。すなわちPt粒子のstepサイトがメトキシの生成に必要であり、しかも特殊な配向環境を持つstepが活性であることが示唆された。

MOCVD Pt粒子がメタノール吸著に不活性な理由としては、幾何学的・電子的にTiOxと強く相互作用し、二次元的な粒子構造を持つこと、さらにstepがTiOxに

結論

有機金属錯体を用いてTiO2(110)表面上に均一サイズの金属ナノ粒子が形成されることを見出し、それを説明するための新規生成機構を提案した。本手法では均一サイズのナノ粒子を密度をかえて調製でき、また提案した生成機構によれば、適当な分解温度を持つ他の有機金属錯体を用いることで、粒子径も制御可能である。MOCVDおよび金属蒸着ナノ粒子は、その生成過程に依存して粒子構造に著しい差異が見出され、同粒径を持つ粒子でも異なる反応性を有し、粒子の形状が重要であることを示した。さらに反応ガス雰囲気下でのその場STM観察により、ナノサイズの個々の粒子および個々の吸着種を識別して連続観察し、分子吸着に対する活性サイトを直接的に明らかにした。

(a)TiO2(110)-( 1×1)表面構造モデルと(b)MeCpPtMe3錯体.

室温でPt錯体5Lに露出後のTiO2(110)表面のSTM像 (Vs:+1.3V, It:0.20nA, 19.7×19.7nm2).

室温でPt錯体5Lに露出後のTiO2(110)表面を真空下450Kで2時間加熱後のSTM像 (Vs:+1.3V, It:0.80nA, 37.8×37.8nm2).

室温でPt錯体5Lに露出と真空下450Kで1時間加熱というサイクルを繰り返した TiO2(110)表面のSTM像 (Vs:+1.3V, It:0.80nA, 29.6×29.6nm2)およびそれぞれ、ある別の2つの50.0×50.0nm2領域を足し合わせたPt粒子ヒストグラム.

TiO2(110)表面上におけるMeCpPtMe3錯体からのPtナノ粒子生成機構.

室温で金属蒸着によりTiO2(110)表面上に調製したPtナノ粒子のSTM像(Vs:+1.1V, It:0.15nA, 29.6×29.6nm2)と50.0×50.0nm2領域でのPt粒子ヒストグラム.Pt蒸着速度:4.0×10-3ML/s、蒸看時間:60s.

金属蒸着Ptナノ粒子(○)とMOCVD Ptナノ粒子(×)の粒径・高さ分布.50.0×50.0nm2領域を考慮.

図6の表面を室温でメタノール3Lに露出後のSTM像.(Vs:+1.2V, It:0.15nA, 29.6×29.6nm2).

メタノール存在下(PCH3OH=1.2×10-7Pa)での金属蒸着Pt/TiO2(110)表面のSTM連続像 (Vs:+1.0V, It:0.20nA, 14.0×14.0nm2). Pt蒸着速度:4.0×10-4ML/s、蒸着時間:1500s.

審査要旨 要旨を表示する

金属酸化物は広範な触媒作用を示すばかりでなく、電子・光学材料、顔料などとして利用される機能性物質である。典型的な遷移金属酸化物であるTiO2の(110)表面は、これまで最もよく研究された酸化物単結晶表面であり・清浄化条件により(1×1)以外に(1×2)のphaseが現れることが、低速電子回折等の実験結果から示されている。(1×1)表面構造は表面X線回折やSTM等により、ほぼバルク終端表面であることが分かっているが、(1×2)に由来する列構造やそれらを連続的に架橋するナノ構造体の組成・生成機構については未だ統一的な解釈に至っていない。本論文は、上記構造のSTMによる原子分解能観察に成功し、新たな構造モデルを提案すると共にナノ構造体の連鎖生成機構について明らかにしたものである。また、TiO2(110)-(1×1)表面上に有機金属錯体を用いたMOCVD (metal organic chemical vapor deposition)により金属ナノ粒子の成長を試み、新たな粒径制御機構を提案した。本論文は6章よりなる。

第1章では本論文の目的と背景、第2章ではSTMの原理、装置および試料調製について述べている。

第3章では、TiO2(110)上に生成する(1×2)由来の列構造やそれらを連続的に架橋するシングルクロスやダブルクロスのナノ構造体を原子分解能STM観察することに成功し、それらの新たな構造モデルを提出して、それら表面ナノ構造体の連鎖成長機構を明らかにした。

第4章では、有機Pt錯体を用いた均一サイズナノ粒子の形成とTi-suboxide種による粒径制御機構についてまとめている。MeCpPtMe3錯体は室温でTiO2(110)表面上の [001]方位に配列した5配位Ti4+列上に吸着する。この表面を真空下、450Kに加熱すると、錯体が分解し比較的均一サイズのPtナノ粒子がテラス上に生成した。STM像より計測した平均直径は1.41nm、平均高さは0.18nmで、非常に扁平な二次元的な粒子であり、通常の金属蒸着により生成する粒子とは形状が異なる。さらにこのナノ粒子はMeCpPtMe3錯体に対して分解活性を示さず、金属蒸着によるPt粒子とは性質が全く異なることが分かった。こうした新規現象について新たなナノ粒子生成機構を提出した。すなわち、MeCpPtMe3錯体が室温で5配位Ti4+上に吸着し、450Kで分解が起こりPt adatomが生成して、それらが表面拡散および凝集によりPtクラスター(Pt核)ができる。Ptクラスター上ではPt錯体の分解反応がTiO2表面上より優先して起こりPt粒子が成長するが、それと同時にバルクから拡散してきたTiOx種がPt粒子と化学結合を形成する。TiOx種がPt粒子の周囲を覆うと分解反応の確率が減少して、成長が抑制される。この機構では最終的にできるPt粒子の大きさを決める因子はPt錯体の分解反応の速度とTiOxがPt粒子と結びつく速度の比である。二つの競争過程をシミュレートすることで粒子成長抑制現象が再現できることを示した。

第5章では、メタノール吸着および拡散のSTMその場観察をまとめている。MOCVD Pt/TiO2(110)表面のPtとTiOxとから形成されるナノ粒子はメタノールに対して化学活性を持たない。一方、金属蒸着Pt/TiO2表面ではメトキシ種に由来する新たな輝点がSTM観察され、それらメトキシ種がテラス上で室温において5配位Ti列上を活発に動く様子が観察された。また、直径2nm程度で特定の配向環境を持つ2-3原子高stepを有しているナノ粒子上で選択的にメトキシ種が生成されることが捉えられた。

第6章では、本論文全体の結論を述べている。

以上、本論文では有機金属錯体を用いてTiO2(110)表面上に均一サイズの金属ナノ粒子が形成されることを見出し、それを説明するための新規生成機構を提案した。また、基礎要因としてのTiOx組織化構造体のモデルを提出した。さらに反応ガス雰囲気下でのその場STM観察により、ナノサイズの個々の粒子および個々の吸着種を識別して連続観察し、分子吸着に対する活性サイトを直接的に明らかにした。これらの成果は物理化学、特に触媒表面科学に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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