学位論文要旨



No 215651
著者(漢字) 小木曽,泰成
著者(英字)
著者(カナ) オギソ,ヤスナリ
標題(和) プロテアソームを標的とした固形がんの抗がん剤耐性克服法の開発
標題(洋)
報告番号 215651
報告番号 乙15651
学位授与日 2003.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15651号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 内藤,幹彦
内容要旨 要旨を表示する

固形がんの薬剤抵抗性の克服は、がん化学療法の治療成績向上に極めて重要な課題である。固形がんの薬剤抵抗性の原因として、異常な血管形成によって生ずるグルコース飢餓や低酸素状態といった固形がん特有の内部環境があり、がん細胞はこうした環境に対してストレス応答することによって抗がん剤耐性形質を獲得している。これまでに、ストレス応答したヒトがん細胞が種々の抗がん剤に耐性を示すことが知られており、なかでもDNA topoisomerase II(Topo II)標的抗がん剤の耐性機序として、標的分子であるTopo IIαの発現低下が示唆されている。本研究では、ストレスによるTopo IIα発現低下のメカニズムを解明し、抗がん剤耐性克服法を開発することを目的とし、以下の成果を得た。

注)本研究における「ストレス」とは、グルコース飢餓、低酸素をはじめとする固形がん内部で認められる細胞環境をさす。

プロテアソーム阻害剤ラクタシスチンによるTopo IIα発現低下の抑制と抗がん剤耐性克服

ストレスによって誘導されるTopo IIαの発現低下に及ぼす各種阻害剤の影響を検討した。その結果、プロテアソーム特異的阻害剤ラクタシスチンによって、グルコース飢餓によるTopo IIαの発現低下が濃度依存的に抑制されることを見いだした。一方、ラクタシスチンを添加してもmRNAレベルのTopo IIαの発現上昇は認められなかった。このことから、ストレス環境下におけるTopo IIαの発現低下は、タンパク質レベルでの分解の亢進によることが示唆された。Topo II標的抗がん剤の細胞毒性は、Topo IIαの発現量に依存することが知られている。ラクタシスチンがストレスによるTopo IIαの発現低下を抑制することから、ストレスによって誘導されるTopo II標的抗がん剤耐性がラクタシスチンによって克服できるかを検討した。その結果、ラクタシスチンによるTopo IIαの発現回復と相関して、ストレスによるエトポシド耐性誘導が阻害されることが明らかになった。さらに、エトポシドとならんでTopo II標的抗がん剤として知られているドキソルビシンのストレス誘導性耐性も阻害した。また、ヒト卵巣がんA2780細胞においてもラクタシスチンはストレスによるエトポシド耐性誘導を阻害した。以上の結果から、ストレスによって誘導されるTopo II標的抗がん剤耐性は、Topo IIαのタンパク質レベルでの分解の亢進によって起こり、この分解にプロテアソームが関与することが示された。

ラクタシスチンによる抗腫瘍効果の増強

ストレスによって誘導される抗がん剤耐性にプロテアソームが関与していることが培養細胞系において示された。特に、プロテアソームの特異的阻害剤ラクタシスチンが、ストレスによるTopo IIαの発現低下及びTopo II標的抗がん剤の耐性誘導を抑制することから、動物レベルでのラクタシスチンの有用性を検討した。HT-29細胞をヌードマウスに皮下移植し、エトポシドとラクタシスチンの併用による抗腫瘍効果を調べたところ、単独投与群と比較してより高い抗腫瘍効果が得られ、副作用による体重減少も単独投与群より有意に少なかった。以上より、エトポシドの抗腫瘍効果の増強にプロテアソームの阻害が有効であることが動物実験レベルでも明らかになった。

ストレスによって誘導されるTopo IIα発現低下とプロテアソームの核内蓄積

Topo IIαは核局在タンパク質であり、核内で分解されることが示唆されていることから、核内のプロテアソームについて検討した。その結果、グルコース飢餓ストレス環境下では核内のプロテアソームサブユニットの発現量が約3倍に上昇しており、発現と相関して核内のプロテアソーム活性も上昇していることを見いだした。一方、全細胞抽出液のプロテアソームサブユニットの発現量はストレスの有無に関わらず変化は認められなかった。また、低酸素状態においても、約2倍のプロテアソームサブユニットの発現及び活性上昇が観察された。これらは、ストレス環境下でのプロテアソームの核内蓄積が、核内でのプロテアソーム活性の上昇に直接結びついていることを示している。以上の結果から、ストレス環境下ではプロテアソームが核内に蓄積し、核内におけるTopo IIαの効率的な分解に寄与している可能性が示唆された。

ストレスによるプロテアソームの核内蓄積と耐性誘導の発現

プロテアソームを構成する17種類のサブユニットのうち、4種類にNLS(nuclear localization signal;核移行シグナル)が存在し、このNLSがプロテアソームの核内移行に重要な働きをしていることが示唆されている。そこで、ストレスによって誘導されるプロテアソームの核内蓄積におけるNLSの関与を検討した。プロテアソームのサブユニットの一つであるXAPC7の全長(XAPC7/WT)及びNLS配列を含むC末端を欠損させた変異体(XAPC7/dNLS)を安定に発現するヒト大腸がんHT-29細胞株、HXAWT及びHXAdNLS細胞を樹立した。両細胞株のプロテアソームサブユニットの発現量は、内因性、外因性サブユニットともに、同程度であった。通常培養条件における増殖速度や各種抗がん剤による増殖抑制及びストレス環境下における細胞周期停止の点においても、親株であるヒト大腸がんHT-29細胞株とほとんど差は認められなかった。さらに、外因性サブユニットXAPC7/WT及びXAPC7/dNLSが20Sプロテアソームに取り込まれていることを確認した。HXAdNLS細胞のグルコース飢餓環境下における核内のプロテアソームを検討したところ、HT-29細胞やHXAWT細胞と比較して発現量及び活性が低下しており、ストレスによるプロテアソームの核内蓄積が抑制されていることを見いだした。興味深いことに、外因性のサブユニットだけでなく、内因性のプロテアソームサブユニットの核内蓄積も抑制されていた。一方、全細胞抽出液のプロテアソームサブユニットの発現量に変化は認められなかった。また、HXAdNLS細胞の通常培養条件下における核内プロテアソームの発現量や活性を調べたところ、HT-29細胞やHXAWT細胞とほとんど差は認められなかった。これらのことは、プロテアソームサブユニットのNLS依存的核移行がストレスによって亢進していること、プロテアソームサブユニットが核外で複合体を形成し核内に運ばれる可能性を示唆している。次に、HXAdNLS細胞のストレス環境下におけるTopo IIαの発現レベルを検討したところ、ストレスによる発現低下が抑制され、エトポシド及びドキソルビシン耐性誘導も減弱した。以上の結果から、ストレスによるプロテアソームの核内蓄積がTopo II標的抗がん剤耐性の一つの原因になっていることが示された。

まとめ

本研究において私は、固形がん内部のグルコース飢餓や低酸素ストレスによって誘導されるTopo II標的抗がん剤の耐性機序として、標的分子であるTopo IIαの分解が重要な働きをしており、この分解にプロテアソームが関与していることを明らかにした。さらに、ストレスによるTopo IIαの分解がプロテアソーム特異的阻害剤ラクタシスチンによって阻害されること、それにともなってTopo II標的抗がん剤耐性誘導が抑制されることを培養細胞及び動物実験レベルで示し、プロテアソームが抗がん剤耐性克服の新しい分子標的となることを示した。さらに、ストレス環境下でプロテアソームが核内に蓄積することを明らかにし、このプロテアソームの核内蓄積を抑制することによって、Topo II標的抗がん剤の耐性誘導が抑制されることを示した。本研究の成果は、固形がん耐性機構の解明に新たな知見を与えるものであり、固形がんの耐性克服法の開発につながるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

がん化学療法の進歩により、治癒や延命を期待できるようになってきた。しかしその一方で、抗がん剤にほとんど反応しない固形がんや治療中に抗がん剤に抵抗性をもつ耐性がんが存在することも事実であり、このような難治がんへの対応が切望されている。固形がんの薬剤抵抗性の原因として、異常な血管形成によって生ずるグルコース飢餓や低酸素といった固形がん特有の内部環境があり、がん細胞はこうした環境に対してストレス応答することによって抗がん剤耐性形質を獲得している。これまでに、ストレス応答したヒトがん細胞が種々の抗がん剤に耐性を示すことが知られており、なかでもDNA topoisomerase II(Topo II)標的抗がん剤の耐性機序として、標的分子であるTopo IIαの発現低下が明らかとなっている。本研究は、ストレスによるTopo IIα発現低下にプロテアソームが関与していること、特に固形がん内部のストレスによって誘導されるプロテアソームの核内蓄積がTopo II標的抗がん剤の耐性誘導に重要な役割を果たしていることを示したものである。

以下、研究結果の要旨を記す。

プロテアソーム阻害剤ラクタシスチンによるTopo IIα発現低下の抑制と抗がん剤耐性克服

プロテアソーム特異的阻害剤ラクタシスチンによって、グルコース飢餓によるTopo IIαの発現低下がラクタシスチンの濃度依存的に抑制され、それにともなって耐性誘導も阻害された。さらに、マウス腫瘍モデルを用いた治療実験でもラクタシスチンがエトポシドの抗腫瘍効果の増強に有効であることが明らかになった。以上の結果から、ストレスによって誘導されるTopo II標的抗がん剤耐性にプロテアソームが関与することが示唆された。

固形がん内部のストレスによって誘導されるプロテアソームの核内蓄積と耐性誘導

グルコース飢餓や低酸素条件下では、核内のプロテアソームサブユニットの発現量が上昇し、発現上昇と相関して核内のプロテアソーム活性も上昇していることが明らかになった。全細胞抽出液のプロテアソームサブユニットの発現量はストレスの有無に関わらず変化は認められなかったことから、ストレス環境下でプロテアソームが核内蓄積していることが示された。次に、プロテアソームのサブユニットの一つであるXAPC7の全長(XAPC7/WT)及びNLS配列を含むC末端を欠損させた変異体(XAPC7/dNLS)を安定に発現するヒト大腸がんHT-29細胞株、HXAWT及びHXAdNLS細胞を樹立した。HXAdNLS細胞のグルコース飢餓条件下における核内のプロテアソームを検討したところ、HT-29細胞(親株)やHXAWT細胞と比較してプロテアソームの核内蓄積が抑制されていた。興味深いことに、NLSが欠損した外因性のサブユニットだけでなく、内因性のプロテアソームサブユニットの核内蓄積も抑制されていた。また、HXAdNLS細胞の通常培養条件下における核内プロテアソームの発現量や活性を調べたところ、HT-29細胞やHXAWT細胞とほとんど差は認められなかった。これらのことは、プロテアソームのNLS依存的な核移行がストレスによって亢進していること、プロテアソームサブユニットが細胞質内で複合体を形成した後、核内に運ばれる可能性を示唆している。次に、HXAdNLS細胞のTopo IIαの発現レベルを検討したところ、グルコース飢餓環境下におけるTopo IIα発現低下が抑制されており、Topo II標的抗がん剤の耐性誘導も減弱していた。以上の結果から、ストレス環境下ではプロテアソームが核内に蓄積し、核内におけるTopo IIαの効率的な分解に寄与している可能性が示唆され、固形がん内部のストレスによるTopo II標的抗がん剤耐性にプロテアソームの核内蓄積が関与していることが示された。

本研究は、固形がん内部のグルコース飢餓や低酸素ストレスによって誘導されるTopo II標的抗がん剤耐性にプロテアソームが関与すること、特にストレス環境下で核内に蓄積したプロテアソームが耐性誘導に重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は、プロテアソームが抗がん剤耐性克服の新たな分子標的となることを世界に先駆けて示したものであり、臨床上重要な固形がんに対する抗がん剤の効果増強及び耐性克服法の開発に重要な知見を与えるものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判断した。

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