学位論文要旨



No 215652
著者(漢字) 服部,俊宏
著者(英字)
著者(カナ) ハットリ,トシヒロ
標題(和) 都市近郊の不耕作発生機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 215652
報告番号 乙15652
学位授与日 2003.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15652号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 宇都宮大学 教授 冨田,正彦
 (独)農業工学研究所 環境評価研究室長 石田,憲治
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、都市近郊における不耕作について、その発生機構を明らかにしたものである。本論文は6章で構成されている。

第1章では、研究の背景、既往の研究をふまえ、研究の目的と構成、研究方法を示した。

本研究が対象としている都市近郊は、都市化の影響により土地利用に変化が生じている地域としてとらえることができる。このような地域の農業・農地の集約的園芸農業、通勤兼業化、農地の壊廃・転用の3点に要約されている。このうち、農地の壊廃・転用は都市近郊にのみあらわれる現象であり、このような現象の具体的な現れとして、近年不耕作地の増加が顕著になっている。

都市近郊の不耕作に関連する研究としては、都市近郊における土地利用変化に関する研究、都市近郊の農地管理に関する研究と都市近郊の不耕作(耕作放棄)に関する研究があげられる。これらの研究についてまとめると、課題として、不耕作の土地利用変化の中での位置づけが不明確であることと、不耕作の解消につなげるための発生機構の解明が不十分であることがあげられる。

そこで、本研究では、都市近郊の不耕作を都市化に伴う土地利用変化の中で位置づけるとともに、その発生構造を土地利用規制や都市化の進行といった条件に対応した農家の行動から明らかにすることを目的とした。

第2章では、都市近郊の不耕作発生要因を統計解析から明らかにした。これは、不耕作の発生要因を明らかにしてゆく上でまず全体のマクロな傾向をつかむためである。

解析の対象としてとりあげるのは、関東地方の都市的地域に分類される 175の自治体である。これらについて、田・畑別に解析を行った。

各分析の結果をまとめると、まず田と畑では不耕作の発生要因に相違がみられる。具体的には、田においては基盤整備の進行状況との関係が、畑においては農業労働力の減少との関係が強いのが特徴になっている。また、田と畑で共通にみられる発生要因には都市化の進行状況がある。不耕作が都市化の影響を受けているということは、不耕作の発生が農業上の問題だけでなく、都市化に伴う土地利用変化の中に位置づけられることを示している。

第3章では、不耕作の空間分布とその変遷を明らかにし、不耕作の土地利用転換の中での位置づけを明らかにした。

分析は、東京の通勤圏に属する 136市町村を対象として、不耕作地の空間分布の時系列変化を1975年から1995年まで5年毎に農業センサスの耕作放棄地のデータをもとに明らかにした。さらに、重心を計算し、その位置と移動について農地転用との関係を分析することにより、不耕作の土地利用転換の中での位置づけを明らかにした。

それによると、不耕作が相対的に盛んな地域は、都心近傍から郊外方向へ移動している。さらに、不耕作と農地転用の関係では、不耕作は農地転用に先だって発生していることが明らかにされた。以上より、不耕作は開発前線とともに発生し、農地転用が不耕作に遅れて発生することから、そこに蓄積することが明らかなった。

第4章では、不耕作地のミクロな分布とその立地地点の特徴の分析を行った。

分析にあたり、不耕作地の抽出手法としての空中写真使用の是非を検討した。その結果、空中写真を用いた農地利用状況の判読では誤判読率が全地目合計で約20%と高いため、この手法を採用できないという結論となった。そこで、不耕作地は現地調査により抽出することとした。

不耕作地の分布の特徴とそれを規定する要因としては、都市化の程度と強度と幹線道路からの距離を考えた。分析対象地は埼玉県鶴ヶ島市の市街化調整区域全域とした。分析データは1995年と1999年に実施した農地利用状況調査の結果を使用した。調査結果はArcView3.1を用いて保存している。また、立地地点の特徴を明らかにするために、面積5.7ha〜34.6haの67の街区を設定した。

その結果、現地調査により把握した不耕作発生状況を街区ごとに集計したが、特に特徴はみられなかった。また、立地地点を規定する要因との関係では、街区を単位とした宅地率との関係ではあまり強くはないが宅地率が高いと不耕作地率が低くなる関係がみられたが、宅地増加率や幹線道路からの距離との間には明確な関係は見出せなかった。

第5章では、農家の所有農地利用意向からみた不耕作要因を明らかにするために実施したアンケート調査の結果を分析した。調査は埼玉県上尾市、坂戸市、鳩山町で実施した。

その結果、不耕作地発生と兼業の状況との関係は、不耕作地所有農家は自給的農家の占める割合が高くなっている。これは、不耕作地所有農家では他産業就労(兼業)の拡大や農外所得の増加が進んでいることを示している。また、所有土地面積当たりの農業労働力については、不耕作ありの農家の方が不耕作なしの農家に比べて少なくなっており、不耕作が発生している農家では相対的に労働力が不足している。農家が農地管理を粗放化させている要因をどのように認識しているかについては、労働力の不足や作る・儲かる作物がないという農地の収益性の相対的な低さがあげられている。さらに、坂戸市における所有する不耕作地の将来利用意向を確認すると、市街化区域では転用期待が、市街化調整区域では不耕作のままにするとの回答が多くなっている。

以上より、農地管理を粗放化させる要因としては、農業労働力の相対的不足と農地の収益性の相対的低下が抽出された。不耕作地はこのように、農地管理の粗放化をきっかけとして、粗放化された農地が有効活用されることなく、投機の対象とされることにより発生している。そして、このような不耕作地を発生させている直接の原因は農業労働力の相対的な不足や農外所得の増加、農地の収益性の相対的な低下などであるが、それらはいずれも都市化の影響により引き起こされているものである。

第6章では、都市近郊の不耕作発生構造についてまとめた上で、対策の方向性を示した。

都市近郊における不耕作の発生構造は以下のようにまとめた。

都市近郊で不耕作が発生する最初のきっかけは地域の都市化の始まりである。都市化が不耕作の発生に関係していることは、第2章で行った統計解析により明らかにされている。また、第3章の結果より、不耕作は開発前線の移動とともにその発生が盛んな地域が都心から郊外方向へ移動しており、農地転用より早いタイミングで出現している。このことからも、不耕作地の発生は都市化に伴う土地利用変換の過程の中での現象であり、農地が転用されて行くまでの間の過渡的な形態であると位置づけられる。

そのような中で、第5章で明らかにしたように、農業労働力の相対的な不足と農地の収益性の相対的な低下を原因として、農地管理の粗放化が引き起こされる。また、現金収入と資産価値の上昇が保証された形となり、農家の農地売却意向は限定的なものとなる。

このようにして、農地管理が粗放化しているにも関わらず、積極的な利用意志も希薄な農地が不耕作地となるのである。言い換えると、不耕作地は都市化の影響下、それに所有農地の投機的対応で応えた農家の資産運用の一形態であると言える。

このような発生機構に対応した対策の基本的な方向性としては、都市化の影響の下でいかに不耕作を減らしてゆくかということになる。また、不耕作の発生機構として農地管理の粗放化と農地売却意向が限定的であることがあげられているので、対策についてもそれぞれに対応する形で考える必要がある。

このうち、農地管理の粗放化の要因である労働力の相対的な不足については、非農業部門に流出した労働力の農業部門への再シフトをはかることは非現実的であるので、管理能力のある農家、農家以外の農業事業体、農業サービス事業体等への農地の集積が必要となろう。また、農地の収益性の相対的な低下については、土地利用規制の強化によりそれぞれの農地の土地利用計画上の位置づけを明確にし、それぞれの利用目的の中で収益が比較されるようにするべきである。

一方の、農地売却意向が限定的であることへの対策としては、不耕作地の利用へのコントロールを厳しくすることがあげられる。

審査要旨 要旨を表示する

空間的にも時間的にも遷移状態にあると考えられている都市近郊において、不耕作地は1990年以降急増している。都市近郊の不耕作地は地域が置かれている環境から必然的に生じている側面もあるが、近年それが深刻化した理由はこれまで示されていない。

本研究では、都市近郊の不耕作を都市化に伴う土地利用変化の中で位置づけるとともに、その発生機構を明確化することを目的として、まず、不耕作発生要因を統計解析により把握するとともに、都市近郊の不耕作が空間的にどのような所で生じ、都市化に伴う土地利用変化の中でどのような位置を占めている現象であるかを明らかにした。そして、農家がどのような所有農地利用意向を持ち、どのように行動選択した結果不耕作が発生しているかを、アンケート調査を用いて明らかにした。

都市近郊の不耕作地に関するマクロ解析

都市近郊の不耕作の発生要因をマクロに把握することを目的に、関東地方都市的地域を対象に統計データによる相関分析、重回帰分析、主成分分析を行った。いずれの結果においても、田と畑では不耕作発生要因に相違があり、田では基盤整備の進行状況と、畑では農業労働力の減少との関係が深いことが示された。また、共通にみられる要因として都市化の進行があげられた。このことは、不耕作の発生が農業上の問題だけでなく、都市化に伴う土地利用変化の中に位置づけられることが示された。

不耕作地の都市圏内での分布と都市化の中での位置づけ

不耕作の空間分布とその変遷を明らかにし、不耕作地の土地利用変化の中での位置づけを示すことを目的に、関東地方における市町村単位の不耕作地の分布を1975年から1995年までの5年毎に農業センサスのデータを用いて検討した。不耕作の空間分布では、不耕作が相対的に盛んな地域は都市近傍にあったのが、時間とともに郊外方向に移動していること、不耕作は農地転用に先だって発生する傾向にあることが示された。このことは、不耕作は農地管理が粗放化する中で都市化前線の到来とともに農家の投機行動が始まり、農家の資金需要以上の転用が行われないことにより発生しているものであることを示している。

不耕作地の分布と立地地点の特徴の関係

市町村内のミクロな不耕作地分布を明らかにするために、まず区画単位での不耕作地抽出への空中写真使用可能性の評価を行い、誤差が大きく使用不可能なことを確認した。そこで、埼玉県鶴ヶ島市における現地踏査の結果をもとに不耕作地のミクロな分布の把握と立地地点の特徴の検討を行った。その結果、不耕作の分布については明確な特徴がみられないことが示された。また、一度不耕作化した農地は現在耕作されている農地より転用されやすいことが明らかになった。立地地点の特徴との関係では、既存開発地からの距離が遠いと不耕作が相対的に多く発生しているが、その他の要因については明確な特徴がみられなかった。これは、不耕作の発生が農地の立地地点の環境より、不耕作地を所有する農家の事情や意志決定により生じているからであろうと推察された。

農家の所有農地利用意向からみた不耕作要因

農地がどのような所有農地利用意向を持ち、どのように行動選択した結果不耕作が発生しているかを明らかにするために、埼玉県坂戸市、上尾市、鳩山町においてアンケート調査を実施した。農地管理の粗放化をもたらす要因として、兼業や離農の進展による農業労働力の相対的不足、農地の収益性の相対的な低下が示された。また、農地売却意向が限定されることについては、農外所得の存在による当座の資金需要の充足、将来の転用期待の存続があげられた。

以上を要するに、都市近郊における不耕作は都市化に伴う土地利用転換の過程の現象であり、農地が転用されてゆくまでの過渡的な形態であると位置づけられた。また、不耕作発生機構は農業労働力の相対的な不足や農地の収益性の相対的な低下により農地管理が粗放化した中で、農地売却がなされないことにより発生するという構造になっていることが示された。本研究で得られた成果は学術上、応用上寄与するところ少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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