学位論文要旨



No 215654
著者(漢字) 近藤,俊三
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,シュンゾウ
標題(和) 微小血管樹脂鋳型法の開発と応用 : 血管構築とマウス胎仔の発生過程の相関
標題(洋)
報告番号 215654
報告番号 乙15654
学位授与日 2003.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第15654号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 東京大学 助教授 中山,裕之
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

血管系は胎生早期にいち早く構築され、酸素や栄養物など器官形成に寄与する代謝産物や老廃物などの輸送路として機能し、胎生期から出産後を通じて生命存続に直接関わる重要な器官である。

胎生期の血管解析は、光学顕微鏡(光顕)を用いた切片法、色素注入法、造影剤注入法、合成樹脂注入法、あるいは透過電子顕微鏡(透過電顕)による切片観察などから巨視的、かつ基本的な知見を得ることが出来た。しかし、肉眼や光顕観察を主体とした解析からは、胎仔発生に伴い刻一刻と複雑化する血管網を三次元的、微細形態的に解析することは困難であった。

1971年、村上は血管鋳型法を開発した。鋳型は血管の三次元的解析と走査電顕観察を可能としたことから広く普及した。しかし、成熟組織を対象としたものであった。

筆者は、走査電顕によるマウスの正常発生を解析を進める中で、胎仔発生と血管構築にも興味を持っていた。鋳型法は広範囲の血管構築を三次元的に観察できる点で優れた方法である。そこで、これまで不可能視されていた小型哺乳動物胎仔(マウス)の全身血管鋳型作製法の開発を試みた。試行錯誤の末、注入装置の開発や樹脂の注入に臍帯血管を利用することなどで、胎生期の全身血管鋳型を作成することができた。また、鋳型作製が困難な若齢胎仔には造影剤を注入することで、胎生9.5日の血管構築を光顕観察することができた。さらに、造影剤を注入した腎臓や肺では、器官の成熟に伴う生理的機能の現場を走査電顕で直接観察することができた。

本報告は、鋳型法を用いてマウス胎仔の血管構築を解析した初めての報告である。

動物の準備

動物は、ICR系マウスを用いた。胎仔齢は、交配翌日に膣栓の確認できたものを0日とし、出生後の日齢は出生日を0日とした。

血管鋳型作製

従来の血管鋳型作製法

従来法は、心臓あるいは大動脈を介して緩衝液による血液の灌流洗浄後、注射筒に吸引した樹脂を手圧で注入した。本法では、解剖学的知識や樹脂の注入圧など微細な調節が困難なことから熟練を要した。

胎仔血管鋳型作製法

装置

装置は、樹脂を吸引・注入するインジェクター。内径1mm、長さ30〜40cmのシリコンチューブ。ガラス針。ガラス針を固定するマニピュレータ。胎仔を観察する実体顕微鏡で構成される。

胎仔の取り扱いと手順

胎仔は、胎盤を付けて卵黄嚢と羊膜に包まれた状態で母胎から摘出し、4℃緩衝液中に保存する。樹脂の注入準備が整った時点で胎仔を40℃の緩衝液に戻し、実体顕微鏡下で卵黄嚢と羊膜を除去し、臍帯を露出する。この間、心臓の拍動が再開され臍帯の動静脈の観察が容易となる。この血管に実体顕微鏡下でガラス針を穿刺し、インジェクターを操作して樹脂を注入する。その後、40℃に加温した緩衝液中で樹脂の硬果を促進させ、NaOH溶液で組織を腐蝕した。

装置の改良点

(1)注射器内に空気層を設けた上で内径1mmのシリコンチューブを接続し、チューブ内のみに樹脂を吸引した。

(2)樹脂は、注射筒内の空気層を圧縮して注入した。

(3)金属針の代わりに、ヘマトクリット管を炎で熱し、細く引いたガラス針を作製。血管径に合わせてガラス管を切り針先を調節した。

(4)対象血管が細いのでガラス針の穿刺には実体顕微鏡を使用いた。

(5)ガラス針は穿刺と血管破損を防ぐ目的でマニピュレータに固定した。

(6)血管は臍帯血管を利用した。

組織の腐蝕

組織の腐蝕は30%NaOH溶液を用い、室温で3日〜4日処理した。その後、弱い流水で十分洗浄した後、乾燥して走査電顕の試料とした。

胎生期の血管解析

胎仔全身血管への応用

胎仔は、小さく血管も細く脆弱であり、全身の血管鋳型作製は大変困難を伴った。これまでの成功率は10%以下と低いが、胎生13.5日(体長約9mm)〜18.5日(体長約23mm)の胎仔齢で全身血管鋳型を得ることができた。胎生13.5日には殆どの器官が形成されていた。特に、肝臓は造血器官として機能していることから、他の臓器に比べ大きく血管構築も進んでいた。胎生18.5日では、各器官の血管構築はほぼ修了し、成熟組織の血管構築と類似していた。

組織への応用

血管は組織構築と密接な関係を持つ。ここでは、一部器官の血管鋳型を示す。

心臓形成

胎生11.5日では、心室中隔形成による左右心室の明瞭な区分と心室の肉柱形成が把握できた。右心室から肺動脈にいたる鋳型は細長い形状を呈し、心球組織の存在が推察できた。胎生13.5日の心球組織は右心室に吸収されて、右心室と肺動脈間は接近していた。さらに、肺動脈弁の形成異常も鋳型に反映されていた。

眼形成

眼内血管の硝子体血管は一過性の血管として知られ、鋳型法による報告もみる。その報告は、出生後の解析であり胎生期の報告はない。胎生15.5日の硝子体血管網は発展途上であったが、胎生16.5〜17.5日において血管網は著しく発達していた。胎生18.5日では、血管網の退縮した胎仔もみられた。出生2日では、急速な血管網の退縮消滅がみられ、出生後2週では消失していた。血管内皮の核は、出生2日においてアポトーシス様形状が顕著であった。

若齢胎仔の血管観察

ニワトリ胚などの血管観察には色素注入法が用いられてきた。色素は、微細血管ではコントラストが得にくいため消化器検査用の硫酸バリウムを用いた。その結果、胎生9.5日の血管系が光顕レベルで明瞭に観察できた。

血管鋳型の解剖

血管鋳型を組織解剖と同様に解剖することで、発生過程における各組織の血管構築や周辺組織との関連を三次元的に把握する事ができた。先ず、皮膚の血管系を除去した。心臓、肝臓、腎臓、胃、腸その他の臓器とその位置、ならびに周辺組織との関連が把握できた。胃を除去したことで腎臓と脾臓が観察された。さらに腎血管網を解剖することで糸球体が観察され、解剖をさらに進めることで組織内血管の微細構築や身体の深部に位置していた組織も観察可能となった。

新たな観察法の開発

血管鋳型法は血管構築を三次元的に観察する優れた方法であり、走査電子顕微鏡から多くの情報を得ることができた。しかし、走査電顕は、試料表面近傍(10mm以内)から発生する二次電子を利用することから試料表面の形状観察に留まっていた。そこで、試料内部からも発生するエネルギーの強い反射電子も含めて利用することで、組織表面構造と組織内構造を同定することを試みた。

試料は、胎仔血管に硫酸バリウムを注入後、固定してカミソリで観察面を作製した。

肺胞への応用

肺胞は出生後、直ちに機能してガス交換をおこなうことから、胎生期の肺胞成熟と血管の相関関係を解析した。その結果、胎生18.5日の肺胞中隔の一部で、血管の存在を示す反射電子が観察された。同一場所の二次電子像では、肺胞上皮が扁平な形態として観察された。これまでの透過電顕による成熟肺胞の観察から、ガス交換可能組織の平均厚は0.5μmであることが指摘されている。反射電子の発生は試料表面から1μm以内と言われており、今回の反射電子発生領域は、血管内皮と基底膜、肺胞上皮などを合わせた厚さが1μm以下であることが推察できた。このことから、反射電子が得られた領域は、ガス交換可能な領域を示し、言い換えるならば、血液−空気関門の現場を走査電顕で直接観察したといえる。

糸球体の観察

糸球体は原尿を産生する領域である。その機能を発揮するためには、糸球体毛細血管壁と基底膜および足細胞の突起形成が深く関わる。胎生18.5日の糸球体で反射電子を検出することができた。反射電子がスポット的に得られた領域では、円柱上皮であった糸球体内壁上皮が扁平化していた。反射電子が幅広く得られた領域では、上皮は突起を伸ばして反射電子の得られた領域を包み込むような形態を呈していた。この形態は成熟した糸球体に類似しており、尿の産生現場(尿−血液関門)を観察しているものと考えられた。

まとめ

胎仔期の血管系は、胎仔独自の血液循環系を構築しているが酸素や栄養、老廃物などの供給や廃棄は母体に依存しているが、その血液循環系は胎仔期と出生後では大きな変化を遂げる。したがって、胎生期における血管の発生や成長あるいは循環系の閉鎖、退縮が正常に行われることが重要である。

これまで、胎生期の血管解析は光学顕微鏡レベルでの観察が主体であった。従って、胎仔発生に伴う微細な解析をおこなうことには無理が生じていた。鋳型法の開発により胎生期血管系の走行や構築が三次元的に把握することが可能となった。さらに造影剤を注入することで、組織内の血管とその周辺細胞の相関関係を走査電顕で三次元的に把握することができた。胎生期の血管解析は、正常な血管発生の解明に留まらず、組織の形成異常に伴う変化やがん、腫瘍など急速な血管新生、あるいは治療や皮膚などの再生医療にも通じる極めて重要な事である。

審査要旨 要旨を表示する

胎仔期の血管解析は、これまで光顕を用いた切片法、色素、造影剤、合成樹脂などの注入法、透過電顕による切片観察などの解析から巨視的、基本的な知見が得られている。しかし、観察法が肉眼、光顕を主体としていたため、胎仔発生に伴い複雑化する血管網の三次元解析や微細形態的解析は進んでいない。村上(1971)の開発した血管鋳型法は、血管の三次元的解析と走査電顕観察を可能にしたことから広く普及したが、成熟組織を対象としていた。申請者は胎仔発生と血管構築に興味を持ち、これまで不可能視されていた小型哺乳動物胎仔(マウス)の全身血管鋳型作製法の開発を試みた。試行錯誤の末、注入装置の改良や樹脂注入に臍帯血管を用いる工夫などで胎齢13.5〜18.5日の範囲で全身の血管鋳型の作製に成功した。また、鋳型作製が困難な若齢胎仔では造影剤を用いることで、胎齢9.5日の血管系まで観察を可能とした。さらに、造影剤を注入した腎臓や肺では、器官特有の生理的機能の現場を走査電顕で直接観察することにも成功した。

胎仔血管鋳型作製法

胎仔は胎盤を付けて卵黄嚢と羊膜に包まれた状態で母体から摘出し、4℃の緩衝液中に保存。樹脂の注入準備が整った時点で胎仔を40℃の緩衝液に戻し、実体顕微鏡下で卵黄嚢と羊膜を除去し、臍帯を露出。この間、心臓の拍動が再開され臍帯の動静脈の観察が容易となる。この血管に実体顕微鏡下でガラス針を穿刺し、インジェクターを操作して樹脂を注入させた。その後、40℃の緩衝液中で樹脂の硬化を促進させ、NaOH溶液で組織を腐食した。装置は樹脂を吸引・注入するインジェクター、シリコンチューブ、ガラス針、ガラス針を固定するマニピュレータ、胎仔を観察する実体顕微鏡で構成される。

胎仔全身血管への応用:これまで成功率は10%以下だが胎齢13.5〜18.5日で全身血管鋳型を作製した。胎齢13.5日では、特に肝臓が他臓器に比べ大きく血管構築も進んでいた。胎齢18.5日では各器官の血管構築はほぼ終了し、成熟組織の血管構築に類似していた。

組織への応用

心臓形成

胎齢11.5日では、左右心室の明瞭な区分と心室の肉柱形成を把握した。右心室から肺動脈に至る鋳型は細長い形状を呈し、心球組織の存在が推察された。胎齢13.5日の心球組織は右心室に吸収されて、右心室と肺動脈間は接近していた。さらに、肺動脈弁の形成異常も鋳型に反映されていた。

肺形成

胎齢10.5〜12.5日の鋳型では、気管支に沿う血管が肺葉を包む血管網を構築し、胎齢13.5日では血管網は密となっていた。胎齢18.5日では網目状の血管が複数の肺胞と接しており、ガス交換の効率のよさが推察された。

腎臓形成

胎齢13.5日の血管系は未発達であった。胎齢15.5日では血管網が密となり、皮質深部で糸球体が形成され、胎齢18.5日では皮質全体で糸球体が形成されていた。

眼形成

眼内血管の硝子体血管は一過性の血管として知られ、鋳型法による報告もみるが、出生後の解析であり胎生期の報告はない。マウスでは胎齢15.5日で硝子体血管の鋳型が得られた。硝子体血管の発達は、胎齢16.5〜17.5日で著しく、胎齢18.5日では血管網の減少が、出生2日では、血管網の急速な減少と消失が見られ、出生後2週では消失していた。血管内皮の核は、出生2日においてアポトーシス様形状が顕著であった。

新たな観察法の開発

胎仔血管に硫酸バリウムを注入し、反射電子の情報を利用することで、組織内部の血管を同定することを申請者は試みた。

肺胞への応用

胎齢18.5日の肺胞中隔の一部で、組織内血管の存在を示す反射電子が観察された。同一場所の二次電子像では肺胞上皮が扁平な形態として観察された。反射電子が得られた領域は、ガス交換可能な領域を示し、血液-空気関門の現場を走査電顕で直接観察したといえる。

糸球体の観察

胎齢18.5日の糸球体で反射電子が検出された。反射電子がスポット的に得られた領域では、円柱であった糸球体内壁上皮が扁平化していた。反射電子が幅広く得られた領域では、上皮が突起を伸ばしてその領域を包み込む形態を示した。この形態は成熟した糸球体に類似しており、尿の産生現場(尿-血液関門)を観察しているものと考えられる。

これまで胎生期の血管解析は光顕での観察が主体であり。胎仔発生に伴う微細な解析を行うのは困難であった。今回の胎仔鋳型法の開発により胎生期血管系の構築を三次元的に把握することが可能となった。さらに造影剤を注入することで走査電顕で組織内の血管を同定することができた。胎生期の血管解析は、正常な血管発生の解明に留まらず、組織の形成異常に伴う変化、癌、腫瘍など急速な血管新生、皮膚などの再生医療にも通じる極めて重要な意味を持つ。以上、今回得られた成果は、学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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