学位論文要旨



No 215658
著者(漢字) 太田,進
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ススム
標題(和) 固体ばら積み貨物の安全運送の研究
標題(洋)
報告番号 215658
報告番号 乙15658
学位授与日 2003.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15658号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 元教授 藤野,正隆
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 古関,潤一
 横浜国立大学 教授 角,洋一
内容要旨 要旨を表示する

固体ばら積み貨物の運送は日本の経済活動にとって不可欠であり、ばら積み船は世界の荷動きの基幹を担っている。固体ばら積み貨物の安全運送は重要な課題であり、国際海事機関は各種の規則や基準を定め、日本もこれらを国内法に取り入れている。ばら積み船の事故のうちには貨物に起因するものも含まれており、こうした事故の防止も重要な課題である。貨物の運送に係る危険性としては、貨物の荷重による船体構造の損傷と、貨物の特性に応じて考慮すべき航海中における貨物の移動及び化学的危険性が挙げられる。貨物の移動は、船舶の動揺や振動といった繰り返し荷重に起因する固体ばら積み貨物の粒子の微視的な移動で貨物内部の間隙圧が上昇することより貨物の剪断強度が失われる「液状化」と、船舶の動揺等による加速度により、貨物の液状化が生じなくても、剪断強度の不足に起因して生じる「荷崩れ」に大別できる。

本研究の目的は、固体ばら積み貨物の移動(荷の移動:Cargo Shifting)、即ち、液状化及び荷崩れに関連する諸要素を総括し、貨物の移動による事故を防止するために必要な技術を研究開発して、ばら積み船の運航の安全性の向上を図ることである。

航海中における貨物の移動は船舶の復原性に悪影響を及ぼす。そのため、液体貨物を運送する船舶では貨物の移動量を制限するため縦通隔壁を設ける等の措置がとられる。固体ばら積み貨物を運送する場合は、必要に応じて貨物の頂部を平坦に均したり、貨物のパイルの斜面の角度を小さくする「荷繰り」が行われ、穀類等の流動性の高い貨物については、船倉に隙間無く積載する等の措置がとられる。貨物の移動に対して適切な措置をとるためには貨物の性状の把握が重要である。しかしながら、液状化及び荷崩れに係る性状について言えば、航海中に液状化する恐れのある物質(液状化物質)か否かの評価法が確立されていないこと及び荷役現場で用いることのできる荷崩れの危険性の評価方法が確立されていない。例えば、液状化物質か否かの判定が問題となる貨物としては、鉱滓(金属を精錬した際の滓)等の粒状物質が挙げられ、具体的な輸送指針は明確でない。また、荷崩れが問題となる貨物としては、粘土状物質である「ニッケル鉱」が挙げられ、事故が発生しているのが実状である。こうした状況を踏まえて、本研究では、粒状物質が液状化物質か否かを判定するための「液状化物質判別法」及び「ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験法」を研究開発した。

液状化物質判別法は、石炭の場合と石炭以外の物質の場合で異なる。これは、石炭は無機の鉱物とは異なり固体比重も小さく(1.3〜1.4程度)、飽和状態においては水による浮力が粒子間の直応力に及ぼす影響も無機の鉱物とは異なることによる。

石炭については、液状化物質である微粉炭を用いて、粒径調製により各種の粒径分布の石炭を用意し、試料の水分値を所定の排水状態における最も高い値に調製して貫入法試験(円筒型の容器に試料を挿入し、これに上下振動を与え、供試体の上面にセットしたビットの貫入量により液状化発生の有無を判定する試験。石炭の液状化現象の有無を判定するため開発された。)を実施することにより、有効径D10と液状化の関係を調べた。その結果、試料の最大粒径を19mmとした時、試料の有効径が0.2cmを超えれば液状化物質では無いと判定する方法を提案した。

石炭以外の物質に関する液状化物質判別法は、粒径分布に基づく判定と、液状化物質判別試験により構成される。粒径分布に基づく判定においては、試料の最大粒径を9.5 mmとした際の有効径に基づいて判定する方法を提案する。判定のためのクライテリアの設定においては、2種類の鉱滓を用意し、粒径分布を変えて後述する液状化物質判別試験を実施した。その結果、試料の最大粒径を19 mmとした時、試料の有効径が0.1 cmを超えれば液状化物質では無いと判定する方法を提案した。

開発した液状化物質判別試験は、「通常の排水状態において、液状化が発生するだけの水分を保持することができない物質は、航海中に液状化する恐れが無い」との考え方を基礎とし、貨物がどの程度の水分を保持できるかを、液状化との関係において評価する試験法である。試験においては、所定の締固めにより試料を容器に挿入し、ひとたび飽和状態にした後、所定の条件下で試料内の水を排出し、排水後の試料の飽和度を求める。排水後の試料の飽和度に基づく液状化物質か否かの判定のためのクライテリアの設定においては、液状化物質及び経験的には液状化物質では無いと判断される物質5種類を用いて、これらの物質について、プロクター/ファガベリ試験、前述の貫入試験法、透水性試験、液状化物質判別試験を実施した。これらの試験結果を総合的に判断した結果、液状化物質判別試験における排水後の試料の飽和度が70%以下であれば、その物質は液状化物質では無いと判定することを提案した。

ニッケル鉱は露天掘りされた天然の土であり、大きな塊をも含む粘土状の物質である。粘土状物質は、一般に、水分を多く含むと剪断強度が低下し、荷崩れの危険性が高くなる。こうした貨物の荷崩れの危険性を評価するには、例えば一面剪断試験により貨物の剪断強度を計測し、計測された剪断強度を用いて斜面の安定性解析を実施することが考えられる。しかし、こうした方法は、剪断強度の計測に時間を要するため、貨物運送の実務に供することは困難である。そのため、地盤の強度を簡便に評価する方法である静的機械式円錐貫入試験(ポータブルコーン貫入試験。以下、単に「円錐貫入試験」と呼ぶ。)を用いた「ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験法」を開発した。

ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験においては、まず、篩分けにより試料中から大きな粒子を取り除く。次に、所定の締固めにより試料をモールドに挿入して、体積4リットルの供試体を形成し、容器内の供試体について、所定の手順で円錐貫入試験を実施し、円錐貫入力の最大値(最大円錐貫入力)を求める。その後試料をモールドから抜き取り、供試体の形成及び円錐貫入試験を三回繰り返し、三回の試験により得られる最大円錐貫入力の最低値を代表値(代表円錐貫入力)とする。

荷崩れの危険性があると判定するための代表円錐貫入力のクライテリアの設定においては、五つの港から出荷されたニッケル鉱を用いて、篩分けを行った試料(最大粒径6.7mm)の一面剪断試験により剪断強度を計測し、荷繰りを実施した後の貨物のパイルの形状及び船体の横傾斜を仮定した上で斜面の安定性解析を実施し、各試料について荷崩れの危険性がある水分値を求めた。この水分値を、別途実施した実験結果に基づき開発した水分値換算法を用いて、ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験用試料(最大粒径19mm)の水分値に換算した。また、試料の水分値を変化させて、前述の円錐貫入試験を実施することにより、代表円錐貫入力と水分値との関係を求めた。これを前述の荷崩れの危険性がある水分値と比較することにより、各試料について荷崩れの危険性がある代表円錐貫入力を求めた。荷崩れの危険性があると判定するための代表円錐貫入力のクライテリアとしては、各試料に関する荷崩れの危険性がある代表円錐貫入力の最低値を丸めて、300Nを提案した。

以上のように、本研究ではまず、固体ばら積み貨物の安全運送に関する諸要素を総括し、特に貨物に関する情報提供に着目して、二つの問題点を指摘した。液状化については、ある貨物が液状化物質か否かを判定する方法が確立されていないという問題である。これについては「液状化物質判別法」を開発し、液状化物質の運送に関する規則の的確な適用を可能にした。一方、ニッケル鉱は液状化物質ではないが、水分値が高くなると荷崩れの危険性があり、実際に事故が発生している。この貨物については適切な荷崩れ危険性の評価法が無いことが問題であったため、「ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験法」を開発した。即ち、固体ばら積み貨物の移動に起因する事故を防止するために、特に重要と考えられる二つの技術的な問題点を解決し、もってばら積み船の運航の安全性の向上に貢献した。

審査要旨 要旨を表示する

船舶輸送の安全は、長期にわたる造船海運技術の集積により向上している。残っている課題は、極めて解決困難な課題であるといってよい。その一つが固体ばら積み貨物の荷崩れに関する課題である。

本論文は、水分を含むばら積み貨物の荷崩れ現象を研究し、現象を分類し、対策および予防法を研究し、さらには性状の試験法と安全のためのクライテリアの開発している。

第一章では、固体ばら積み貨物輸送の運送実体、事故例、危険性を概観し、研究の目的を明らかにしている。

第二章では、国際海事機関における安全基準の概要、日本における法規的な安全対策の概要を示し、その実体と問題点を明らかにしている。貨物の移動を、船舶の動揺や振動といった繰り返し荷重に起因する固体ばら積み貨物の粒子の微視的な移動で貨物内部の間隙圧が上昇することより貨物の剪断強度が失われる非粘着性貨物の「液状化」と、船舶の動揺等による加速度により貨物の液状化が生じなくても、静的な剪断強度の不足に起因して生じる粘着性貨物の「荷崩れ」の二つの種類に分ける必要性を示し、安全基準が両者を分けることなく扱っていることを指摘している。なお、国際海事機関の「固体ばら積み貨物の安全実施基準(BCコード)」に記述されている「貫入法」は論文提出者らによって開発されたものである。

第三章では、液状化物質の運送の安全性について扱っている。まず、当該物質が液状化物質であるかの判定法について研究をおこない、新たに液状化物質判定試験法を提案している。

液状化物質判別法は、石炭のように見かけ比重が小さい場合と微粉精鋼などのように大きい場合とで異なる扱いをしている。これは、石炭は無機の鉱物とは異なり固体比重も小さく、飽和状態においては水による浮力が粒子間の直応力に及ぼす影響も無機の鉱物とは異なることによる。

石炭については、液状化物質である微粉炭を用いて、粒径調製により各種の粒径分布の石炭を用意し、試料の水分値を所定の排水状態における最も高い値に調製して貫入法試験を実施することにより、有効径D10と液状化の関係を調べている。その結果、試料の最大粒径を19mmとした時、試料の有効径が0.2cmを超えれば液状化物質では無いと判定することが妥当であるという結論を得て、試験方法を提案している。

石炭以外の物質に関する液状化物質判別法は、粒径分布に基づく判定と、液状化物質判別試験により構成している。粒径分布に基づく判定においては、通常の排水状態において、液状化が発生するだけの水分を保持することができない物質は、航海中に液状化する恐れが無い」との考え方に着目し、試料の最大粒径を9.5mmとした際の有効径に基づいて判定する方法(液状化物質判別試験)を提案している。判定のためのクライテリアの設定においては、2種類の鉱滓を用意し、粒径分布を変えて液状化物質判別試験を実施し、試料の最大粒径を19mmとした時、試料の有効径が0.1cmを超えれば液状化物質では無いと判定することが合理的であることを示し、一般的な試験方法を提案した。

第四章では、近年事故が相次いでおこっているニッケル鉱の安全輸送について扱っている。これは、事故原因の第二番目の要素である、船舶の動揺等による加速度により、貨物の液状化が生じなくても剪断強度の不足に起因して生じる「荷崩れ」と解析している。ニッケル鉱は露天掘りされた天然の土であり、大きな塊をも含む粘土状の物質である。粘土状物質は、一般に、水分を多く含むと剪断強度が低下し、荷崩れの危険性が高くなる。こうした貨物の荷崩れの危険性を評価するには、例えば一面剪断試験により貨物の剪断強度を計測し、計測された剪断強度を用いて斜面の安定性解析を実施することが考えられるが、こうした方法は、剪断強度の計測に時間を要するため、貨物運送の実務に供することは困難である。そこで、地盤の強度を簡便に評価する方法である静的機械式円錐貫入試験に着目し新たに「ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験法」を開発した。五つの港から出荷されたニッケル鉱を用いて、安全のためのクライテリアを設定し、効果を検証している。

第五章では、全体を総括してまとめている。

以上のように、本論文は、固体ばら積み貨物の安全運送に関する諸要素を総括し、特に貨物に関する情報提供に着目し、液状化については「液状化物質判別法」を開発し、液状化物質の運送に関する規則の的確な適用を可能にし、また、静的な問題に関してはニッケル鉱を例として安全評価手法を開発し、「ニッケル鉱荷崩れ危険性評価試験法」を提案した。即ち、固体ばら積み貨物の移動に起因する事故を防止するために、特に重要と考えられる二つの技術的な問題点を解決し、船舶運送学に大きく貢献した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51176