学位論文要旨



No 215663
著者(漢字) 豊田,晴義
著者(英字)
著者(カナ) トヨダ,ハルヨシ
標題(和) 空間光変調デバイスを用いた光情報処理システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 215663
報告番号 乙15663
学位授与日 2003.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15663号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 舘,
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 助教授 廣瀬,明
内容要旨 要旨を表示する

光は本質的に、2次元画像情報をそのまま伝送・演算できる特長を持っている。さらに、電気信号と比較した場合、光の持つ非干渉性を利用することにより、処理の超並列化(=多重化)・超高速化が、処理系をそれほど複雑化せずに拡張できることになる。しかしながら、これまでのところ「光コンピュータ(=光情報処理システム)」は幅広い実用システムに至っていない。我々は、この理由として、1)適応性の不足(プログラムの概念の導入が難しい)、2)安定性の不足(アーキテクチャとデバイス技術の最適化設計の重要性)、3)実証実験の不足(実証システム・フィールドテストの不足)、という3つの点に着目し、これらを克服した光情報処理システムの構築を目標とした。

以上のように本論文では、光情報処理システムの実用化を念頭に置き、その基本デバイスである空間光変調器を中心に、種々の光情報処理デバイスおよび光情報処理モジュールの研究開発を行い、この基本デバイスを用いたいくつかの情報処理システムを設計・構築して実証実験を進めた。具体的には、先にあげた3つの課題に対して、(1)適応性の付与による光情報処理システムの汎用化(プログラム・適応制御概念の導入により適応性を付与することで、光学系の持つ不均一性や不安定性に対してロバストな光情報処理システムが構築できる)、(2)モジュール化による高機能化・汎用化・カスケード化(個々のモジュールを最適化し、組合せによる新しいシステム構成を容易に実現できる)、(3)フィールドテストによる評価・検討・最適設計(システムの完成度を高める)、を基本とした種々の光情報処理システムの設計・構築・実験による検証を通じて、デバイス・モジュール・システムアーキテクチャ・応用システムの多方面から、光情報処理システムを実用化するための設計指針に関するアプローチを試みた。

まず、ここでとりあげる光情報処理を構成するデバイス技術・システム技術について図1にまとめた。ここでは、“光情報処理システム化のためのモジュール技術”という視点に立ち、4つのデバイス技術(O/O、E/O、O/E、E/E変換デバイス、ここでOはoptical information,Eはelectrical informationを示す)に分類した。O/O変換デバイスは、光情報を光情報に変換(演算処理)するデバイスであり、光情報処理システムにおけるキーデバイスということができる。また、現状での汎用情報処理装置として幅広く利用されているコンピュータ技術はE/E変換デバイスということができる。実用的な光情報処理システムの構築には、O/O変換デバイスとE/E変換デバイスの協調が不可欠となり、そのためには、E/O、O/E変換デバイスの整合性も重要な要素となる。本論文で研究を進めたデバイスおよびモジュールを図2にまとめた。光情報処理システムの最も基本的なデバイスとなるO/O変換デバイスとしては、光アドレス型空間光変調器(PAL-SLM;Parallel aligned liquid crystral-spatial light modulator)を用い、その特性評価から解像度・速度などの特性毎に最適なデバイス設計条件・駆動条件を明らかにした。また、このPAL-SLMの持つ特長を活かしたE/O変換デバイスを開発し、理論値に近い位相変調特性を持つことを確認した(図2(a)右上、右下)。さらに、図2(b)に示すように、こうした光デバイスをキーとした光モジュール化を進めた。複数のモジュールのカスケード接続などの拡張性を想定し、モジュール毎の専用機能に最適化した設計を行なった。これにより、各モジュール毎に高性能化・安定化・小型化が図られ、これまで光学定盤上での実証実験が多くを占めていた光情報処理システムから、実際のフィールドテストを通じた最適化が可能なシステム・モジュールとすることが可能となった。具体的には、図2(b)のように、PAL-SLMをキーデバイスとした、光相関器((b)左上)、光インタコネクション((b)左下)、多機能空間光変調器であるMSLM(Micro-channel spatial light modulator)を用いた光アソシアトロン((b)右上)などをシステムモジュールと捉え、それぞれの機能に特化した最適設計を行ない、その動作を実験的に確認した。

また、E/O変換デバイスとしては、光インタコネクションに不可欠となるアンプ内臓型8×8PDアレイ((a)右下)や、光相関器などからの光情報処理結果の高速読出し/判断処理システムとしてのインテリジェントビジョンシステムの研究開発を通じて、光情報処理技術の有効性を活用するための要素デバイス技術とした。

これらの要素技術をキーデバイスとして、いくつかの光情報処理システムとして実際の応用実験を行なった結果を示す。論文では、第3章〜第7章に要素技術毎にまとめられているが、ここでは、それらの構築したシステム例を、前述した3つの視点から、概説する。

図3に“光情報処理システムへの汎用性の付与/最適化設計”を行なった例を、図4に“モジュール化・機能融合による光情報処理システムの高機能化”の例をまとめた。

図3左上の光アソシアトロンシステムでは、フィードバック型の直交学習法を光システム上で実行することで、光デバイスの不均一性などを補償した適応的な光システムが構築できた。さらに、この光アソシアトロンをO/O変換モジュールとみなし、その前処理として光フーリエ変換を組み合わせることで、限られた連想能力を持つシステムに、手書き文字認識機能を実装することが可能となることを示した(図4左下)。さらに、大規模な光ニューラルネットのシステム化を目指して、高解像度空間光変調器FLC-SLM(Ferro-electric liquid crystal spatial light modulator)をキーとした2値メモリ相関学習法アルゴリズムを提案した。ここでは、キーデバイスの特性に合わせた相関学習法の3つの改良(スパースコーディング法、トータルアクティビティ一定法、2値メモリ法)により、大幅に記憶能力が向上することを示した。

図3右上の位相コントラストフィルタ(PCF:Phase Contrast Filter)システムでは、100%の光利用効率を持つレーザ光表示(ビーム整形)を目的として4f結像光学系を設計した。光の損失のないシステムを実現するには、開口率100%の純粋な位相変調デバイスが不可欠となり、コンピュータからの制御性を兼ね備えた電気アドレス型SLM(図2(a)右下)を位相表示デバイスとして最適化し用いた。また、斜め読出しの光学系において、フーリエ面におけるフィルタリング手法に、PAL-SLMを用いた自己アライメント法を新たに提案することで、大幅なアライメントの軽減化を達成し、振動などにロバストなシステム構成を実現した。

図3右下の光相関器では、PAL-SLMをリアルタイムホログラムデバイスとして用いることによる光相関システムを構築し、指紋認識および速度計測に最適設計し、その有効性を確認した。特に、PAL-SLMの持つ対数的入出力特性を、対象の空間周波数特徴に合わせて設計することで、これまでの光相関器の課題であった、対象画像の輝度やコントラスト、周波数分布などに相関結果が大きく影響される問題を、大幅に改良できることを確認した。高解像度SLMと望遠光学系を用いることで、B5サイズの大きさ(210×170×95mm)にモジュール化することができ、実際のフィールドテストによる評価・改良が可能となった。本システムに指紋入力用ファイバモジュールを組み合わせた指紋認識システムへの応用実験では、500人以上から指紋データの収集、5年以上にわたるフィールド試験などを行い、その性能を分離能力・温度試験・経時変化などの多方面から評価し、有効性を確認した。また、図4右上に示すように、イメージインテンシファイア(I.I.)(超高速二重露光)と光相関器(縞解析)を組み合わせた速度計測システムを構築し、広い計測範囲を持つ変位・速度計測システムが構築できることを示した。こうした光情報処理システムを構成する要素技術をモジュール化することで、それらの組み合わせにより新しい機能システムの構築が容易に構成できることが示された。また、それぞれのモジュール毎に最適設計が行われるため、個々のモジュール技術の機能向上が反映されトータルの光情報処理システムとして、高い機能が期待できる。こうした、各モジュール単位での機能の向上は、これまでの光情報処理の実用化において不足していたと考えられる、環境変化や経時変化に対して、ロバストな光情報処理システムの構築に不可欠なステップとなる。

以上のように、本論文では、これまでの光情報処理の持つ課題を3つのポイントから捉え、いくつかの光情報処理システムを設計・構築・性能評価を通して、光学デバイスの特性を活かした設計を行うことで、有効な光情報システムの構築が可能であることを示した。また、各構成要素のモジュール化・デバイスの特性を基本とした最適設計・フィードバック型のシステムアーキテクチャの採用などにより、これまでの光学系の課題であった安定性・汎用性の問題に対してロバストなシステム構築が可能であることを実験的に確認できた。

これらの技術は、既に、フェムト秒波形整形、光ピンセット、暗号化、位相補償、などの幅広い応用研究分野に活用が始まっている。

このように、光デバイス技術・モジュール化技術をベースに、それぞれの特性を最大限に活用するためのシステム化技術が加えられることで、適応的な光情報処理システムの実現につながっていくものと考える。

光情報処理システムの基礎となるデバイス技術とシステム化技術

光情報処理システムの要素デバイス

汎用性の付与を実現した光情報処理システムの構築例

モジュール化・機能融合による光情報処理システムの高機能化の例

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「空間光変調デバイスを用いた光情報処理システムに関する研究」と題し、9章より構成されている.近年、光の持つ並列性・高速性を利用した光情報処理システムは、その原理的な2次元並列性・高速性および光の非干渉性による高速通信性能等により、新しい情報処理システムとして注目を集めている.しかしながら、電子情報処理システムが現代社会に深く浸透しているのに対して、光情報処理システムは幅広い実用化されるまでには至っていない.本論文は、この要因として、1)汎用性の欠如、2)安定性の欠如、3)実証実験システムの欠如の3点に注目し、これらの課題を克服した光情報処理システムの構築を目指したシステム設計手法を論じている.特に、光情報処理におけるキーデバイスとして空間光変調器に着目し、そのデバイス特性を活かしたシステムアーキテクチャをさまざまな応用に即した形で提案し、実際の実証実験システムによるフィールドテストを通してその有効性を確認した.

第1章は、「序論」として、これまでの光情報処理システムにおける、デバイス技術並びにシステム技術の概要を示した上で、本論文の目的と構成を述べている.

第2章では、本論文で扱う光情報処理システムにおいて共通のキーデバイスとなるいくつかの光デバイス・光モジュールの試作および評価について述べている.ここでは、基本的なデバイスとなる光アドレス型空間光変調器を中心として、光デバイスや光モジュールについて、その設計・構成および性能についてまとめられている.

第3章では、空間光変調器をリアルタイムホログラムデバイスとして用いた光相関システムを構築し、指紋認識および速度計測に応用し、その性能を評価している.指紋認識への応用実験では、500人以上から指紋データを収集し、5年以上にわたるフィールド試験等を行い、その性能を指紋分離能力・温度試験・経時変化等、多方面から評価し、その有効性を確認している.また、速度計測システムにおいては、光機能モジュールのカスケード接続の考え方を導入し、光相関器の前処理機能としてイメージインテンシファイアを用いた2重露光機能を組み合わせることで、計測ダイナミックレンジの大きい速度計測システムが構成できることが実験的に示している.

第4章では、空間光変調器を2つの異なる機能をもつデバイスとして用い、位相情報の2次元的な変調を応用したレーザ画像表示システムへ応用したシステムを提案し、実験によりその有効性を示している.ここでは、空間光変調器の仕様を目的にあわせた最適設計を行った上で、光学システムの構築において課題となった位相コントラストフィルタのアライメントの問題を自己アライメント光学系の導入により解決している点に特徴がある.

第5章は、大規模並列ハードウェアを基本原理とするニューラルネットワークシステムの実現を目指し、2つのシステム事例を用いて、光情報処理システムへの適応性の付与について基礎的な検証が行われている.ここでは、従来の光情報処理システムの欠点とされていた適応性の欠如に関して、学習による汎化性(学習・連想)を実現することにより解決し、前処理機能、連想記憶機能等の専用機能を持つ光情報処理モジュールを設計し、それらを組み合わせることにより、新しい機能を持つ光情報処理システムが容易に構成できることをシステム事例として示している.また、光情報処理の特徴である大規模並列性を活かした光ニューラルネットワークアルゴリズムを提案し、キーデバイスとなるFLC-SLMの特性と高い整合性を持つことが誤差積分関数による解析により説明されている.

第6章では、並列処理の演算効率を飛躍的に向上することが可能となる光インターコネクション技術に焦点を当て、その要素デバイスの設計と試作を通して、その有効性を確認している.特に、小型・高効率な特性と再構成可能な光インターコネクションユニットの構築のため、液晶パネルと液晶空間光変調器のそれぞれの特性を考慮した最適設計・評価を行い、それぞれのデバイスの持つ能力を最大限に活かした結果、ほぼ理論限界に近い回折効率を有するインターコネクションモジュールが構成できることを示している.

第7章は、光情報処理システムの実用化において必要不可欠となる光−電子変換デバイスの設計・試作に関して述べられている.本システムは、1KHzで画像の取得から処理まで実行できる機能とともに、産業応用に適応可能な解像度(128×128)と階調度(8bit)を持ち、光計測への応用として、波面センサへの応用やイメージインテンシファイア機能の付加による微弱光計測・処理への応用が示されている.

第8章では、ここまでに議論された光情報処理システムを支える4種類の光デバイス技術について、システムアーキテクチャの視点から考察を行っている.特に、本論文の第3〜7章で述べられているさまざまな光情報処理システムの研究から、光情報処理システムの能力はそのキーデバイスの特徴を活かすことが重要なポイントとなり、今後の光情報処理システムの設計において、デバイス技術からみた設計方法について述べられている.

第9章は、「結論」と題し、以上の結果がまとめられている.

以上要するに、本論文は、光情報処理システムとして、汎用性を付与し、安定性を実現したいくつかのシステム設計手法を提案し、実際の応用システムを用いた実証実験によってその有効性を実験的に示したものである.これらの結果は、これまでの光情報処理システムの多くが研究室レベルの原理実験に留まっていたのに対して、実用的なシステムを用いて実証している点において、際だった成果を示している.特に応用の観点からデバイス特性を活用したアルゴリズム・アーキテクチャの重要性を指摘している点で、光情報処理システムに対して、重要な知見や設計指針を示すとともに、新たな展開を示唆するものであり、システム情報工学の発展に寄与すること大であると認められる.よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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