学位論文要旨



No 215666
著者(漢字) 濱谷,秀樹
著者(英字)
著者(カナ) ハマタニ,ヒデキ
標題(和) 新規溶射プロセシングによる高強度被膜形成に関する研究
標題(洋)
報告番号 215666
報告番号 乙15666
学位授与日 2003.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15666号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 岡崎,正和
 東京大学 助教授 村上,秀之
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「新規溶射プロセシングによる高強度被膜形成に関する研究」と題し、従来溶射法では不可能であった高強度・高密着強度を有する溶射被膜の形成を、ハイブリッドプラズマ溶射法および電子ビームによる被膜のフュージング処理法によって可能とし、その工業化を図った研究をまとめたものである。

溶射技術は素材表面の耐磨耗性、耐熱性、耐食性、耐酸化性を向上させるために用いられており、その応用分野は航空、自動車、電力、鉄鋼などの重工業から半導体分野、あるいは生体工学に広がっている。しかしながら粒子が積層した被膜構造と、この粒子間の金属的な結合が不足していることに起因して、低被膜強度・低密着強度(素材-被膜間)という大きな課題があり、溶射の適用分野拡大を阻害する最大の因子となっている。本研究の目的はこの課題を解決するため、溶射プロセスの原理に基づいた新規な溶射プロセスを提案・検証することにある。論文は6章から成り立っている。

第一章では、溶射技術の研究開発動向、特に溶射プロセスの開発動向の概説を行い、この流れの中における本研究の動機と目的について述べている。

第二章は新規な溶射プロセスを提案するため、まず、プラズマジェット温度・速度計測を通じてプラズマジェットのガス温度・速度ができるだけ均一となり、かつ高温のプラズマジェットを発生できる溶射ガン構造の設計指針およびプラズマ作動条件を導出した結果について論じている。温度計測には、Balmer α遷移のスペクトルに関し、ボイト近似することによって算出するレーザー吸収法とレーザー誘起蛍光法を比較検討した結果、レーザー吸収法のほうが蛍光法よりも装置構成が簡単で、スペクトル強度が高く、各溶射条件での温度の相対比較をするには適していることが判った。また、温度の絶対値が重要な場合には、精度の高いレーザー誘起蛍光法が優れていること、シグナル/ノイズをあげるにはレーザーの出力が必要であることが判った。プラズマジェトの速度計測には、距離が既知の2点間をプラズマ振動が伝播時間から算出する Correlation 法を新たに開発・適用した。これらの手法によるプラズマ診断結果から、最も温度・速度勾配が小さいガンノズル形状は、ノズル長さを比較的長くし、発散角度を10°程度つけた構造であった。この温度や速度は、プラズマノズル構造のみでなく、プラズマ入力、チャンバー圧力、H2ガス流量、粉末供給用Arガス流量などのプラズマ作動条件に強く依存しており、本実験に用いた装置では、プラズマ作動Arガス=3.7(1/min)では、プラズマ温度はプラズマ入力の増加(1.4kW→2.8kW)とともに上昇した。また、チャンバー圧力が15〜70Torr範囲では、30Torr の場合に最も高い温度が得られた。また、本章では溶射粒子の変形・凝固・接合機構の解析を通じて、高い被膜の強度や密着強度を得るための“理想的な溶射法”を提言することに主眼をおいた。特に原子レベルでの接合機構を解析し、これまで唱えられている機械的なアンカリング効果や拡散効果とは異なった接合機構を検討した。凝固完了時間は変形した粒子厚みの2.1乗に比例すること、粒子厚みが大きいほど熱物質拡散距離が長くなることが判った。更に基板と被膜、粒子同士の接合界面は整合性の良くエピタキシャルな結合をする形態が発見された。このエピタキシャルな接合を促進し、被膜強度および被膜と基板との密着強度を金属学的に向上させるアプローチとして、粒子径を大きくすることが有効であるとの指針が得られた。

第三章では前章で得られた指針を基に、この効果を発現することが可能である(=熱容量の大きく大粒径粒子を原料とする)新たな溶射法として、高周波プラズマに直流(DC : Directly Current)プラズマを重畳させたハイブリッドプラズマ溶射法(HYPS : Hybrid Plasma spraying)の開発を行い、先の“理想的な溶射技術”の実証を行った。HYPSによって従来よりも2倍程度大きい粒子径の粒子(材料はYSZ : ZrO2-Y2O3)を溶射すると被膜の密度が大幅に向上することが判明した。これはハイブリッド化に伴い、l0kWのDCパワーを50kWのRFプラズマに付与することにより、粒子の速度はDCパワー無しの場合よりも約3.5倍高くなり(20m/min→70m/min)、十分に溶融した状態で粒子が溶射することが可能となったためである。このHYPSによって比較的大きな粒子を利用した緻密で高密着強度の被膜の形成に成功したことに契機し、より大きな粒子による溶射を行うため、世界最大級規模の高出力HYPSの開発を行った。ここでは大出力化によるプラズマ安定化などなどを図った。この安定化にはプラズマ入力とガス流量との関係やプラズマの熱膨張を抑制するH2効果などを明らかにし、RFパワー300kWのHYPSシステムの確立に成功した。この大出力HYPSを用いて、未溶融粒子を混在しない条件でCo基合金の溶射を行うと、粒子径の増加に伴って被膜強度および密着強度は上昇し、平均粒径=150μmでは、被膜強度=1300MPa、密着強度=250MPaの高強度被膜が形成でき、先の議論の妥当性を検証できた。

第四章では本研究で開発した溶射法の工業化の一貫として、昨今の製鉄設備のコスト低減や新鉄鋼商品開発の観点から設備機器の長寿命化(耐磨耗、耐腐食)が急務となっている熱間押出ダイスや連続鋳造用モールドヘ展開を試みた結果を論じている。従来溶射被膜では、接合界面にかかるせん断応力による被膜剥離が生じ適用できなかったが、HYPSによってこのダイス表面に室温硬度800程度で高温硬度の高い Stellitel、Triballoy800被膜を形成した場合、被膜は剥離することなく、損傷量はラボ試験で1/5以下、実ダイスで1/3程度に軽減されることが判明した。しかしながらこれまで開発したHYPSはラボ試験機であり溶射面積が小さいため、連続鋳造用モールドのような大型構造物に被膜を形成することはできない。そこで溶射面積の広い既存のHVOF(High Velocity Oxygen Fuel)の適用するため、密着強度を向上させるための溶射材料(炭化物系サーメット材料)開発および溶射条件の最適化を試みた。NiCr-Cr3C2材料の高い密着強度を得るには、NiCr比率=20%、比較的小さい一次粒子の原料粉末、そしてCr3C2表面にNiCrをコーティングした粉末(造粒粉と比較して)が有効であることが判った。また、このとき被膜の熱衝撃特性の向上には被膜強度の向上が最も重要との結論を得た。更に耐磨耗性と耐腐食性を兼ね備えた新しいサーメット材料としてハステロイC+WCやインコネル+WC材の開発とHVOFにおける溶射条件の最適化を図り、これらを実機試験した結果、寿命は従来の2-3倍程度向上することが判った。但し、今回開発したでもこの腐食を完全には抑制できず、また、非溶射部と溶射部の境界での硬度の差による段差の発生など解決すべき課題が残った。

第五章では、先のHVOFの課題を解決するための高精度な被膜のフュージング処理技術の開発について述べている。電子ビームによるフュージング処理においては溶け込み深さはビームの入熱条件、銅基板やNiめっきの厚みが重要な因子となっており、この影響を小さくするには銅厚み30mm、Niめっき厚み0.4mm以上が必要であった。また、被膜内部の気孔や表面の凹凸を低減するには低フュージング速度と均一加熱が、また、被膜中の気孔低減にはビームオシレーション周波数をあげることが有効であることが判った。そして、溶射直後の被膜と基板の接合強度は被膜の硬度の増加ととも高くなることに対し、フュージング処理をした被膜の強度は金属的な結合が界面強度を支配するために被膜硬度の影響を受けにくくなることが判明した。

第六章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「新規溶射プロセシングによる高強度被膜形成に関する研究」と題し、従来溶射法では不可能であった高強度・高密着強度を有する溶射被膜の形成を、主としてハイブリッドプラズマ溶射法および電子ビームによる被膜のフュージング処理法によって可能とし、その工業化を図った研究をまとめたものである。

溶射技術は素材表面の耐磨耗性、耐熱性、耐食性、耐酸化性を向上させるために用いられており、その応用分野は航空、自動車、電力、鉄鋼などの重工業から半導体分野、さらには生体工学分野に広がりつつある。しかしながら、現状の技術では溶射材特有の積層被膜構造によって粒子・基材、あるいは粒子・粒子間の接合強度が高々30MPa程度と低く、多様な構造材への適用が困難である。本研究の目的はこの課題を解決するため、溶射プロセスの基礎に基づいた新規な溶射プロセスを提案・検証することにある。論文は6章から成り立っている。

第一章では、溶射技術の歴史、適用現状、研究開発動向を概説し、本研究の動機と目的について述べている。

第二章では、新規な溶射プロセス提案を目的に、プラズマジェットの温度・速度計測から、プラズマ溶射ガン構造の設計指針およびプラズマ作動条件を導出するとともに、溶射粒子の変形・凝固・接合機構の解析についても論じている。温度計測では、レーザー吸収法とレーザー誘起蛍光法を比較し、レーザー吸収法は装置構成が単純でスペクトル強度も高く、溶射条件でのプラズマ温度の相対比較には適しているが、精度の点でレーザー誘起蛍光法が優れているとしている。また速度計測では、二点間のプラズマ変動伝播時間からプラズマジェトの速度を計測する手法を新たに開発して適用している。これらのプラズマ診断結果に基づき、最適ノズル形状および作動条件導出法について論じた。また、溶射粒子の変形・凝固・接合機構の解析では、原子レベルで接合機構を解析し、従来唱えられている機械的なアンカリング効果や拡散効果とは異なる観点から接合機構を検討している。特に、基板と被膜、粒子同士の接合界面には整合性の高いエピタキシャルな接合の存在を見いだし、このエピタキシャルな接合を促進するには熱移動の観点から溶射粒子径を大きくすることが有効であることを実証している。

第三章では前章で得られた指針を基に、新たな溶射法として高周波プラズマに直流(DC:Direct Current)プラズマを重畳させたハイブリッドプラズマ溶射法(HYPS:Hybrid Plasma spraying)を開発し、皮膜の強度特性を検証している。HYPSによって従来適用外であった大粒径粒子の溶射が可能となり、それにより緻密で高密着強度の被膜形成ができること実験室レベルで見い出し、更なる大粒径粒子溶射を検討するため、世界最大級規模の300kW HYPSを開発した。本装置により、平均粒径150μmのCo基合金溶射を行い、被膜強度;1300MPa、密着強度;250MPaの高強度被膜形成を実証した。

第四章では、本研究で開発した溶射法の工業化の一環として、HYPSならびにHVOF(High Velocity Oxygen Fuel)溶射を、熱間押出ダイスや連続鋳造用モールドへ展開した結果を論じている。熱間押出ダイス表面に、従来溶射被膜では剥離が生じ適用不可能であった室温硬度600程度で高温硬度の高いStellite 1、Triballoy 800の被膜を形成し、損傷量を従来品の1/3程度に軽減した。また、HVOFにおいて、NiCr-Cr3C2、Hastelloy C+WC、およびInconel 625+WC等の溶射粉末材料を開発し、連続鋳造用モールドの内壁被服により使用寿命を従来の2-3倍程度向上させるなど、実機部材への溶射適用を実現した。

第五章では、電子ビーム被膜のフュージング処理技術の開発について述べている。溶射被膜と基板の接合強度は一般に被膜の硬度の増加とともに高くなるが、フュージング処理により被膜は金属的結合が界面強度を支配するため被膜硬度の影響が低減され、密着強度;350MPaの被膜が得られることを明示し、圧延ロールなど過酷な使用環境への適用を提示している。

第六章は総括であり、本論文全体の成果がまとめられている。

以上を要約すると、本論文は溶射プロセスの高度化を主として300kW級HYPSシステム開発により展開し、鉄鋼生産現場での熱間押出ダイスや連続鋳造用モールドに適用した成果についてまとめられたものである。新規溶射法開発の観点から多様な応用分野への適用が期待され、コーティング技術分野全般に多大な寄与をするものであり、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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