学位論文要旨



No 215669
著者(漢字) 太田,康男
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ヤスオ
標題(和) マスト細胞における高親和性IgE受容体情報伝達機構におけるSyk/Cb1複合体の機能解析
標題(洋)
報告番号 215669
報告番号 乙15669
学位授与日 2003.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15669号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 森田,寛
内容要旨 要旨を表示する

アレルギー分野における一つの重要な研究のアプローチは、アレルギーを引き起こす細胞、主として血球細胞において、その細胞表面に発現する受容体からの情報伝達機構を解明し、それを制御する方法を見い出すことにあると考えられる。血球細胞におけるT細胞受容体、B細胞受容体、Fc受容体などの抗原および免疫グロブリン受容体は、共通の機能および構造を有しており,それらすべての受容体は、リガンドが結合するサブユニットと細胞内にシグナルを伝達するためのサブユニットから成り立っている。これら受容体のシグナル伝達のサブユニットはすべて、主としてチロシンリン酸化を介して細胞内にシグナルを伝達する。またこれらの受容体は、ITAMと呼ばれるチロシンをベースにした活性化モチーフを有する。細胞内に存在するSrcファミリーチロシンキナーゼは、リガンド結合による受容体刺激後即座に活性化され、ITAMをチロシンリン酸化し,細胞の種類によって異なるが、Syk や Zap-70 チロシンキナーゼは、それらのSH2ドメインを介してITAMに結合し、活性化されると考えられている。その後これらのチロシンキナーゼは種々の下流の情報伝達物質をチロシンリン酸化することにより、細胞内に情報を伝達するのである。

Cblはこれらの抗原および免疫グロブリン受容体シグナル伝達系や他のチロシンキナーゼにより媒介される情報伝達系において顕著にチロシンリン酸化される物質の一つである。Cblは元来マウスのレトロウイルスであるCas-NS1ウイルスの発癌に関与する遺伝子の細胞型ホモログとして同定された。その一次構造の解析からCblはいくつかの特徴的なドメインを有することが明らかになった。すなわちN末端のv-Cbl癌遺伝子に相同な領域(1-357)、プロリンリッチな領域(481-688)、いわゆるロイシンジッパーモチーフ(855-906)などである。さらにSH2ドメインが結合すると予想される多数の部位があり、プロリンリッチな領域は多数のSH3結合モチーフを有する。

Cblはまた情報伝達において重要な多くの物質と結合することが知られている。これらのなかにはFyn、Zap-70、Btkなどのチロシンキナーゼ、Grb2、Crk、Nck、PI3キナーゼp85などのアダプター分子等が含まれる。さらにCblのホモログである C. elegans のSLI-1遺伝子産物は Ras 情報伝達系を抑制することが報告されている。しかしながらCblの細胞内での機能やチロシンリン酸化されたCblのチロシンリン酸化により媒介される情報伝達系における役割については未だ不明のままである。

高親和性IgE受容体(Fc・RI)はマスト細胞や好塩基球に発現し、アレルギーの発症に重要な役割を担っていると考えられている.IgEが結合するα鎖とITAMを有するβ鎖、γ鎖から成り,γ鎖はS-S結合にてホモダイマーを形成している。主としてリコンビナントワクシニアウイルスにより種々の物質を過剰発現させる系を用いて,高親和性IgE受容体情報伝達機構におけるCbl, 特にCbl/Syk複合体の機能の解析を試みた。

マスト細胞(RBL-2H3)において高親和性IgE受容体刺激後Cblは速やかにチロシンリン酸化された。次にマスト細胞にチロシンキナーゼLynあるいはSykとチロシンリン酸化能力の無いLynあるいはSykを発現させ、受容体刺激後のCblチロシンリン酸化を比較検討し、Lyn、SykはともにCblリン酸化に関与していることを解明した。LynはSykの活性化に密接に関与していることからどのチロシンキナーゼが主としてCblリン酸化に関与しているかを解明するため、LynやSykを発現していない非血球細胞(NIH3T3)に高親和性IgE受容体を発現させた細胞系に、CblとLyn、Syk、Lyn+Sykを過剰発現させ、受容体刺激後のCblチロシンリン酸化の程度を比較検討した。その結果Cblチロシンリン酸化は主にSykチロシンキナーゼにより司られていることを解明した。

主としてSykによりCblリン酸化が密接に司られていることか判明したため、次にCblとSykが細胞内で複合体を形成するか否かについて検討を加えた。その結果CblとSykはマスト細胞内で複合体を形成するが、IgE受容体刺激前後でその量はほとんど不変であった。さらにマスト細胞内にCblとSykを過剰発現させ、IgE受容体刺激前後におけるその複合体の解析を試みたが,Cbl/Syk複合体は過剰発現しない系と同様に認められ、その量はやはり受容体刺激前後でほぼ不変であった。驚くべきことにCblは高親和性IgE受容体刺激後顕著にチロシンリン酸化されるのにもかかわらず、Sykと複合体を形成するCblにはほとんどチロシンリン酸化が認められなかった。

Syk複合体内のチロシンリン酸化されないCblの可能性としては,次にSykによりチロシンリン酸化されるCblが複合体内に存在している可能性や複合体内のCbl自体が逆にSykの活性化を調節している可能性などが考えられたが,それを解明するため,マスト細胞にSykあるいはSyk+Cblを過剰発現させ,高親和性IgE受容体刺激後のSykリン酸化の程度を比較検討した。その結果Cblを過剰発現した細胞内においてSykチロシンリン酸化は有意に抑制された。さらにCblを細胞内に発現すればするほどSykチロシンリン酸化の程度は弱くなった。Sykが活性化されるためにはSykのチロシンリン酸化が必須であることから,過剰発現させるという非生理的条件下ではあるが,CblはSykの活性化を抑制しているものと推測された.

以上の結果よりCblはマスト細胞における高親和性IgE受容体の情報伝達系においてきわめて重要な物質であり、アレルギー反応の制御に関与しているものと推測される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、血球細胞の抗原および免疫グロブリン受容体シグナル伝達系において重要な役割を演じていると考えられているCblの細胞内機能を明らかにするため、マスト細胞における高親和性IgE受容体からの情報伝達の系にて、Cblが情報伝達を抑制する因子として働くことの証明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

マスト細胞(RBL-2H3)において高親和性IgE受容体刺激後、Cblは速やかにチロシンリン酸化された。

次にマスト細胞にチロシンキナーゼLynあるいはSykとチロシンリン酸化能力の無いLynあるいはSykを発現させ、受容体刺激後のCblチロシンリン酸化を比較検討し、Lyn、SykはともにCblリン酸化に関与していることを解明した。

LynはSykの活性化に密接に関与していることからどのチロシンキナーゼが主としてCblリン酸化に関与しているかを解明するため、LynやSykを発現していない非血球細胞(NIH3T3)に高親和性IgE受容体を発現させた細胞系に、CblとLyn、Syk、Lyn+Sykを過剰発現させ、受容体刺激後のCblチロシンリン酸化の程度を比較検討し、その結果Cblチロシンリン酸化は主にSykチロシンキナーゼにより司られていることを解明した。

CblとSykが細胞内で複合体を形成するか否かについて検討を加えた結果、CblとSykはマスト細胞内で複合体を形成するが、IgE受容体刺激前後でその量はほとんど不変であった。

さらにマスト細胞内にCblとSykを過剰発現させ、IgE受容体刺激前後におけるその複合体の解析を試みたが,Cbl/Syk複合体は過剰発現しない系と同様に認められ、その量はやはり受容体刺激前後でほぼ不変であった。またCblは高親和性IgE受容体刺激後顕著にチロシンリン酸化されるのにもかかわらず、Sykと複合体を形成するCblにはほとんどチロシンリン酸化が認められなかった。

マスト細胞にSykあるいはSyk+Cblを過剰発現させ, 高親和性IgE受容体刺激後のSykリン酸化の程度を比較検討した。その結果Cblを過剰発現した細胞内においてSykチロシンリン酸化は有意に抑制され、さらにCblを細胞内に発現すればするほどSykチロシンリン酸化の程度は弱くなった。Sykが活性化されるためにはSykのチロシンリン酸化が必須であることから,過剰発現させるという非生理的条件下ではあるが,CblはSykの活性化を抑制しているものと推測された.

以上の本論文において、Cblはマスト細胞における高親和性IgE受容体の情報伝達系においてきわめて重要な物質であり、Sykチロシンキナーゼと複合体を形成し、Sykチロシンキナーゼの機能を抑制することにより、アレルギー反応の制御に関与していることを明らかにした。本研究は、哺乳動物の系において、Cblが抑制因子として働いていることを証明した世界で初めての報告であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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