No | 215671 | |
著者(漢字) | 長瀬,智子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガセ,トモコ | |
標題(和) | CGRPの気道過敏性発症機序への関与 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 215671 | |
報告番号 | 乙15671 | |
学位授与日 | 2003.04.23 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 第15671号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 緒言 気管支喘息は、乳幼児から高齢者に至る発達・加齢のいずれのプロセスにおいても発症しうる呼吸器疾患である。気管支喘息の病態的・生理学的特徴として、慢性的な気道炎症・気道過敏性・可逆的な気流制限の3つが挙げられる。気道炎症・気道過敏性があいまって気流制限が生じ、気管支喘息の症状が発生する。気道炎症の機序は、炎症細胞と生理活性物質が相互反応を繰り返す炎症カスケードであると考えられている。 しかしながら、気管支喘息の発症機序については未解明の部分が多く、その解明には関連遺伝子の探索を含めた研究が必須と考えられる。一方、近年、遺伝子改変マウスが次々と開発されており、疾患関連遺伝子の解明に有用であることが報告されている。気管支喘息の発症分子機序の解明についても、実験動物としての遺伝子改変マウスを用いた研究が重要と考えられる。 気管支喘息に対する研究アプローチとして、マウスを用いた気管支喘息関連研究は極めて困難とされてきた。またモルモットやラットを用いた最近の呼吸生理学的研究において、1)従来いわれていた肺抵抗のうちで気道抵抗は半分程度であり、残りは肺組織抵抗であること、2)気道収縮に伴って肺抵抗が上昇するが、気道抵抗・肺組織抵抗ともほぼ同様の比率で上昇すること、が報告されている。従来は気道の生理学的指標として肺抵抗が代用されてきた。しかしサイズの小さいマウスにおいては未だ検討されておらず、気道抵抗・肺組織抵抗の比率・動態が大きく異なる可能性も否定できない。そこで、本研究では、マウスにおける気道抵抗・肺組織抵抗の測定および動態解析を試み、呼吸生理学的解析手法の確立を目指した。 また本研究では、上述の気管支喘息関連候補メディエーターのなかで、特に重要と思われるが未解明の点が多いCGRPに着目した。CGRPは37アミノ酸残基より構成され、循環器・神経系を中心に多彩な作用を有することが知られている。肺・気管支にはCGRPを含む感覚神経C-fiber が豊富に存在し、また receptor も豊富に存在することが報告されている。従って、気道過敏性発症機序に関与する可能性が想定されるが、未だ十分に検討されていない。最近、CGRP遺伝子欠損マウスが作成され、CGRPが循環動態に重要であることが報告されている。本研究では、このCGRP遺伝子欠損マウスを用いて、CGRPの気道過敏性発症機序への関与について検討する。 方法 実験1:生理学的解析手法の確立 雄ICRマウスを用いた。麻酔下に、気管切開・挿管し、人工呼吸器に接続した。次に、胸骨正中切開により開胸し、両肺前面を露出した。気道内圧(tracheal pressure, Ptr)、フローを測定し、換気量(volume, V)はフロー値の積分により算出した。次に、露出された両肺前面に肺胞カプセルを1個づつ接着し、肺胞カプセル内腔の胸膜に穴を開け肺胞内圧(alveolar pressure, PA)を得た。肺抵抗(lung resistance, RL)、肺エラスタンス(lung elastance, EL)、肺組織抵抗(tissue resistance, Rti)および気道抵抗 (airway resistance, Raw)を次式により算出した(Kは、PEEPに相当する)。 次に、気道収縮アゴニストである methacholine(MCh)aerosol 吸入投与、および endothelin-1(ET-1)iv投与を施行し、反応性を検討した。 実験2:CGRPの気道過敏性発症機序への関与についての検討 Oh-hashi らによって確立されたαGGRPノックアウトマウス(ホモ接合体)と、その littermate コントロールの野生型マウスを用いた。 アレルギー性気管支喘息モデルとして、ovalbumin による抗原感作・吸入負荷を施行した。実験第15日に、気道反応性試験・気管支肺胞洗浄液サンプリング・肺組織サンプリングなどを施行した。 まずMCh気道反応性を検討するため、MChを aerosol 吸入投与し、反応性を検討した。 別群において、気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid, BALF)を採取・遠心分離し、細胞成分・上清を得た。またBALFのIgE、CysLTs(LTC4/D4/E4)、TXB2(TXA2の指標)、ET-1濃度を測定した。 さらに肺組織のサンプリングと、CGRPに対する免疫組織染色を施行した。CGRP-immunoreactivity を評価するため、免疫組織染色の濃度を0-4に分けてスコアリングを行った。 実験データの解析にはANOVA法を用い、P<0.05を有意差とした。 結果 実験1:生理学的解析手法の確立 マウスにおける気道抵抗と肺組織抵抗は、ほぼ同等の値であり肺抵抗の約半分を占めていた。すなわち、サイズの小さいマウスにおいても、気道抵抗・肺組織抵抗の比率は、他の哺乳動物と同様であることが明らかとなった。 また気道収縮アゴニストであるMCh吸入投与により、肺抵抗・肺エラスタンスは濃度依存的に上昇した。気道抵抗と肺組織抵抗もMCh濃度依存的に上昇することが観察されたが、両者はほぼ同等の上昇傾向を呈し、肺抵抗の約半分を占めていた。ET-1投与においても同様の結果が得られた。すなわち、マウスにおいても、アゴニスト投与における気道・肺組織の動態は、他の哺乳動物と同様であることが明らかとなった。 実験2:CGRPの気道過敏性発症機序への関与についての検討 MCh気道反応性において、感作された野生型群では、saline 群に比べ有意に肺抵抗・肺エラスタンスが増加していた。一方、感作されたノックアウトマウス群は、野生型群と比べて有意に肺抵抗・肺エラスタンスが低下しており、MCh気道反応性が低下していることが示唆された。 BALF細胞分画解析において、感作により著明な eosinophilia が認められたが、野生型・ノックアウトマウス両群間において有意差は認めなかった。また両群間にBALF IgE濃度の有意差は認めず、抗原感作レベルが同等であることが示唆された。BALF CysLTs(LTC4/D4/E4)に関しては、感作された野生型群で、saline 群に比べ有意に上昇しており、本研究に用いたアレルギー性気管支喘息実験モデルにおいて肺内CysLTs(LTC4/D4/E4)が増加することが示唆された。一方、感作されたノックアウトマウス群は、対照となる野生型群と比べて有意にCysLTs(LTC4/D4/E4) が低下していた。一方、TXB2、ET-1濃度においては、各群間に有意差を認めなかった。 中枢気道においては、野生型群でCGRP-immunoreactivity を認め、特に感作・野生型群において著明であった。一方、ノックアウトマウスでは、非感作・感作群のいずれにおいてもほとんどCGRP-immunoreactivity を認めなかった。 考察 気管支喘息は、気道炎症・気道過敏性を病態の特徴としており、その発症には多数の生理活性物質の関与が想定される。CGRPは、多彩な生理活性を有するペプチドであり、気管支喘息発症への関与が推察されるが、未だ解明されていないことが多い。気管支喘息に関わる候補物質・遺伝子を評価する手段として、遺伝子改変マウスが有望とされているが、これまでマウスにおける正確な呼吸生理学的解析は困難とされてきた。然るに、本実験(1)による知見により、マウスにおける呼吸生理学的解析方法が確立され、マウスの呼吸抵抗の動態が明らかとなった。また、この知見を基盤として、遺伝子改変マウスを気道過敏性関連遺伝子の探索に応用することが可能となった。 CGRPは気道収縮物質あるいは気道拡張物質のどちらであるか、また、好酸球遊走能を持つかあるいは持たないか、ということに関してこれまで議論が行われてきたが、様々な報告が呈示され、結論は出ていなかった。今回の研究結果により、少なくとも内因性CGRPは気道過敏性に関与すること、また好酸球浸潤に関わる可能性が低いことが示された。 気管支喘息における気道炎症の発症機序に、炎症メディエーターなどの生理活性物質が関与すると考えられている。本研究の結果、TXB2 (TXA2の指標)、ET-1では実験各群で有意差を認めず、本実験モデルにおいて気道過敏性・気道炎症への関与は証明されなかった。一方、感作・抗原負荷されたαCGRP遺伝子欠損マウスは、対照となる感作・抗原負荷野生型マウスに比べて有意にBALF CysLTs(LTC4/D4/E4)が低下していることが観察された。これは、本実験に用いたアレルギー性気管支喘息モデルにおいて、内因性CGRPの存在がCysLTs(LTC4/D4/E4)の産生・代謝に関与することを示唆している。 免疫組織学的検討では、野生型マウスの中枢気道において、CGRP immunoreactivity が観察されたが、ノックアウトマウスではほとんどCGRP-immunoreactivity を認めなかった。 以上、本実験(2)による知見により、内因性CGRPの存在が気道過敏性発症に関与することが示された。従って今後、CGRP本体や、その機能発現に関わる系などが、気管支喘息の研究対象として拡がることが推察される。また、本研究で用いたCGRP遺伝子欠損マウスは、CGRPが関与する呼吸器疾患の病態メカニズムの解明に寄与することが期待される。 | |
審査要旨 | 気管支喘息の発症機序を解明するためには、遺伝子改変マウスを用いて疾患関連遺伝子の探索をすることが有用であると考えられる。本研究では、従来極めて困難とされてきたマウスの呼吸生理学的解析手法の確立を目指し、マウスにおける気道抵抗・肺組織抵抗の測定および動態解析を試みた。また本研究では、気管支喘息関連候補メディエーターの中でも特に重要と思われるが未解明の点が多いCGRPに着目し、最近作成されたCGRP遺伝子欠損マウスを用いてCGRPの気道過敏性発症機序への関与について検討を行い、以下の結果を得ている。 マウスにおける気道抵抗と肺組織抵抗は、ほぼ同等の値であり肺抵抗の約半分を占めていた。また気道収縮アゴニストであるMCh吸入投与により、肺抵抗・肺エラスタンスは濃度依存的に上昇した。気道抵抗と肺組織抵抗もMCh濃度依存的に上昇することが観察されたが、両者はほぼ同等の上昇傾向を呈し、肺抵抗の約半分を占めていた。ET-1投与においても同様の結果が得られた。すなわち、マウスにおいても、アゴニスト投与における気道・肺組織の動態は、他の哺乳動物と同様であることが明らかとなった。また、この知見によりマウスにおける呼吸生理学的解析方法が確立され、遺伝子改変マウスを気道過敏性関連遺伝子の探索に応用することが可能となった。 MCh気道反応性において、感作された野生型群では、saline 群に比べ有意に肺抵抗・肺エラスタンスが増加していた。一方、感作されたノックアウトマウス群は、野生型群と比べて有意に肺抵抗・肺エラスタンスが低下しており、MCh気道反応性が低下していることが示唆された。 BALF細胞分画解析において、感作により著明な eosinophilia が認められたが、野生型・ノックアウトマウス両群間において有意差は認めなかった。また両群間にBALF IgE濃度の有意差は認めず、抗原感作レベルが同等であることが示唆された。BALF CysLTs(LTC4/D4/E4)に関しては、感作された野生型群で、saline 群に比べ有意に上昇しており、本研究に用いたアレルギー性気管支喘息実験モデルにおいて肺内 CysLTs (LTC4/D4/E4) が増加することが示唆された。一方、感作されたノックアウトマウス群は、対照となる野生型群と比べて有意にCysLTs (LTC4/D4/E4) が低下していた。 中枢気道においては、野生型群で CGRP-immunoreactivity を認め、特に感作・野生型群において著明であった。一方、ノックアウトマウスでは、非感作・感作群のいずれにおいても CGRP-immunoreactivity を認めなかった。 以上、本論文は、マウスにおける呼吸生理学的解析方法を確立し、遺伝子改変マウスを気道過敏性関連遺伝子の探索に応用することを可能とした。またCGRP遺伝子欠損マウスを用いて、内因性CGRPの存在が気道過敏性発症に関与することを示唆した。本論文は、気管支喘息を含め、CGRPが関与する呼吸器疾患の病態メカニズム解明に寄与するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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