学位論文要旨



No 215672
著者(漢字) 望月,俊宏
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,トシヒロ
標題(和) 発癌及びアポトーシス誘導におけるPim-1とc-Mycの協調作用の機構解明に関する研究
標題(洋)
報告番号 215672
報告番号 乙15672
学位授与日 2003.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15672号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨 要旨を表示する

一般に細胞の癌化は癌遺伝子や癌抑制遺伝子における遺伝子異常が段階的に蓄積された結果生じるものと考えられている(多段階発癌説)。このような発癌過程において蓄積される遺伝子異常の組み合わせには様々なものが知られているが、多くの場合個々の遺伝子異常が互いにどのように関連しあって細胞のがん化に関わっているかは明らかでない。pim-1遺伝子は Molony murine leukemia virus (MoMuLV)の感染により生ずるリンパ腫において、その近傍へのプロウイルスの組み込みによって活性化される遺伝子として単離・同定されたがん遺伝子である。また、pim-1遺伝子を用いたトランスジェニックマウスにおいても有意に高頻度のリンパ腫の発生が認められることや、ヒトの骨髄腫などでもその高発現が認められることからpim-1は癌の発生に関わる重要な遺伝子として認知されている。興味深いことにトランスジェニックマウスを用いた実験からpim-1遺伝子の発現単独では癌化には不十分でありmyc遺伝子の活性化が要求されること、またpim-1の発現はmycによる細胞の癌化を促進することなどの点からpim-1はmyc依存的かつ協調的に細胞の癌化の進展に寄与していると推察されている。しかしながらこれまでのところpim-1遺伝子の生理機能や癌発生における作用機作などについてはほとんどわかっておらず、その遺伝子産物であるPim-1セリン/スレオニンキナーゼの標的となるべき分子もいまだ同定されていない。

近年、遺伝子変化の結果細胞死に対する耐性能を獲得することが細胞の多段階的な発癌過程において一つの重要なステップと考えられるようになってきたが、その一つの例としてc-mycとbcl-2による協調的癌化作用が挙げられる。bcl-2遺伝子はpim-1と同様にc-mycと協調してリンパ腫の発生に関わることが知られているが、bcl-2は癌遺伝子であると同時に代表的なアポトーシス抑制遺伝子であり、c-myc過剰発現によってひきおこされるアポトーシスを抑制し、細胞に survival advantage を与えることによって積極的に細胞の癌化に関与していると考えられている。このような観点からPim-1にもBcl-2と同様にアポトーシス抑制能があり、それによって細胞の癌化に寄与しているのではないかという可能性がこれまでにも指摘されてきた。事実デキサメサゾン処理によるリンパ球のアポトーシス誘導においてはPim-1は抑制的に機能することが報告されている。しかしながら、Pim-1がc-Mycにより誘導されるアポトーシスに対してどのように機能するのかについては不明であった。この点を明らかにするため、c-Myc誘導アポトーシスに対するPim-1の影響を検討した。

pim-1遺伝子発現ベクターを構築し、親株Rat-1細胞ならびに血清除去により効率よくアポトーシスを誘導できるc-Myc高発現Rat-1細胞 (Rat-1/c-Myc) のそれぞれに遺伝子導入することによりPim-1を過剰発現するRat-1/Pim-1細胞ならびにRat-1/c-Myc/Pim-1細胞を樹立した。またPim-1のもつセリン/スレオニンキナーゼ活性の発現に必須であるATP結合部位(67番目のリジン残基)をメチオニンに置換することで、キナーゼ活性を失くした変異体Pim-1(K67M)を作成し、その発現ベクターを同様にRat-1/c-Myc細胞に導入しRat-1/c-Myc/Pim-1(K67M)細胞を得た。これらの細胞株を用いて血清除去によるアポトーシス誘導実験を行った結果、以下のような事実が判明した。1)Pim-1は血清除去によるc-Myc依存的アポトーシスを抑制せず、むしろこれを増強する。2)Pim-1によるc-Myc依存的アポトーシスの増強にはそのキナーゼ活性が必要である。3)Pim-1の単独発現は血清除去下でもアポトーシスを誘導しない。4)Pim-1は血清除去+c-Myc過剰発現によるカスパーゼ3様プロテアーゼの活性化を増強することによりアポトーシスを増強している。

これらの結果は当初の予想に反してPim-1がc-Myc依存的アポトーシスを抑制しないことを示すと同時にPim-1がトランスフォーメーションだけではなくアポトーシス誘導においてもc-Mycと協調的に機能していることを示唆している。このことはc-Mycからトランスフォーメーションあるいはアポトーシスヘと至るシグナル伝達経路が一部重複しており、その重複領域においてPim-1が機能している可能性を示唆するものである。そこでPim-1がc-Mycによる癌化やアポトーシス誘導に共通に関わっている分子のリン酸化を介して機能している可能性を探るため、まずPim-1キナーゼに結合する細胞性蛋白質の検索を行った。その結果約65kDaの蛋白質がPim-1に特異的に結合することが明らかとなり、さらにウエスタンブロッテイング解析の結果、この約65kDaのバンドには少なくともc-Mycの転写標的遺伝子産物で細胞周期関連フォスファターゼであるCdc25Aを含んでいることがわかった。Pim-1とCdc25Aの特異的結合は免疫共沈によっても確認され、またin vitro kinase assay, phosphatase assay の結果Pim-1がCdc25Aをリン酸化すること、Pim-1によってリン酸化されたCdc25Aはそのフォスファターゼ活性が上昇することも明らかとなった。

Cdc25Aは血清除去によるc-Myc依存性アポトーシスに関わっていることが報告されており、その一方でトランスフォーミング能を有することも示されている。そこで実際の細胞内でPim-1によるリン酸化がCdc25Aのもつアポトーシス誘導能やトランスフォーミング能にどのような影響を与えるか検討した。遺伝子導入によりCdc25A単独あるいはPim-1, Pim-1(K67M) とともにCdc25Aを過剰発現する細胞(Rat-1/Cdc25A、Rat-1/Cdc25A/Pim-1、Rat-1/Cdc25A/Pim-1(K67M))を樹立し、これらの細胞の足場非依存性増殖能と血清除去によるアポトーシス誘導に対する感受性を調べた。その結果、1)Cdc25Aの過剰発現が足場非依存性増殖とアポトーシス感受性の両者を誘導すること、2)Pim-1がそのキナーゼ活性依存的にCdc25Aによる足場非依存的増殖ならびにアポトーシス感受性の誘導を増強することが判明した。以上の結果はPim-1キナーゼがその標的分子であるCdc25Aと結合し、リン酸化を介してその活性を上昇させることによってCdc25Aのもつアポトーシス誘導能やトランスフォーメーション能等の生物学的機能を増強していることを示唆している。このような結果はPim-1とc-Mycの協調的癌化のメカニズムとしてこれまでc-MycとBcl-2について言われていたようなアポトーシス抑制に基づく協調作用とは異なり、Pim-1がc-Mycの標的遺伝子産物であるCdc25Aを活性化することによるという全く新しいモデルの提唱につながるものである。この新たなモデルによってアポトーシス抑制モデルでは説明が困難であった事実(Pim-1がBcl-2と協調的癌化作用をもつ、Pim-1とc-Mycがさらにアポトーシス抑制因子Gfi-1と協調作用を示す等)をも包括的に説明できるようになった。このように本研究の成果は多段階発癌でみられる癌遺伝子産物間の相互作用の分子レベルでの理解に貢献するものである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は癌の発生、進展の課程で中心的な役割を果たしていると考えられる遺伝子異常の蓄積において個々の遺伝子異常がどのように関連、協調しているかを明らかにするため、協調的発癌作用を示すことが知られているMyc遺伝子とPim-1遺伝子の協調作用の機構解明を、c-Myc依存性アポトーシスに対するPim-1の効果を調べることにより協調的発癌のメカニズム解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

ラット線維芽細胞由来細胞株Rat-1細胞ならびに血清除去により効率よくアポトーシスを誘導できるc-Myc高発現Rat-1細胞(Rat-1/c-Myc)に遺伝子導入することによりPim-1を過剰発現するRat-1/Pim-1細胞ならびにRat-1/c-Myc/Pim-1細胞を樹立した。またこれらの細胞株を用いて血清除去によるアポトーシス誘導実験を行った結果、Pim-1の単独発現では血清除去下でもアポトーシスを誘導しないこと、Pim-1は血清除去によるc-Myc依存的アポトーシスを抑制せず、むしろこれを増強することが示された。

Pim-1の67番目のリジン残基をメチオニンに置換することでセリン/スレオニンキナーゼ活性を失くした変異体Pim-1(K67M)を作成し、その発現ベクターをRat-1/c-Myc細胞に導入しRat-1/c-Myc/Pim-1(K67M)細胞を樹立した。これらの細胞株を用いて血清除去によるアポトーシス誘導実験を行った結果、Pim-1によるc-Myc依存性アポトーシスの増強にはそのキナーゼ活性が必要であることが示された。

Pim-1によるc-Myc依存性アポトーシスの増強にCaspase-3様プロテアーゼの活性化が要求されるかどうかを検討した結果、Pim-1はc-Myc過剰発現下での血清除去によるCaspase-3様プロテアーゼの活性化を増強することによりアポトーシスを増強していることが示された。

Pim-1キナーゼに結合する細胞性蛋白質の検索をGSTとPim-1の融合蛋白質を用いて行った所、約65kDaの蛋白質がPim-1に特異的に結合することが明らかとなり、さらにウエスタンブロッテイング解析の結果、この約65kDaのバンドには少なくともc-Mycの転写標的遺伝子産物で細胞周期関連フォスファターゼであるCdc25Aを含んでいることが示された。またPim-1とCdc25Aは免疫沈降反応によりin vitroだけでなくin vivoでも同様に結合することが示された。

in vitro kinase assay、 phosphatase assay の結果Pim-1がCdc25Aをリン酸化すること、Pim-1によってリン酸化されたCdc25Aはそのフォスファターゼ活性が上昇することが示された。

遺伝子導入によりCdc25A単独あるいはPim-1、Pim-1(K67M)とともにCdc25Aを過剰発現する細胞(Rat-1/Cdc25A、Rat-1/Cdc25A/Pim-1、Rat-1/Cdc25A/Pim-1(K67M))を樹立した。これらの細胞の足場非依存性増殖能と血清除去によるアポトーシス誘導に対する感受性を調べた結果、Cdc25Aの過剰発現が足場非依存性増殖とアポトーシス感受性の両者を誘導すること、Pim-1がそのキナーゼ活性依存的にCdc25Aによる足場非依存的増殖ならびにアポトーシス感受性の誘導を増強することが示された。

以上、本論文はPim-1キナーゼがc-Mycの標的分子であるCdc25Aと結合し、リン酸化を介してその活性を上昇させることによってCdc25Aのもつアポトーシス誘導能やトランスフォーメーション能等の生物学的機能を増強していることを明らかにした。本研究はこれまで提唱されていたアポトーシス抑制に基づく協調的発癌のメカニズムとは異なり、Pim-1がc-Mycの標的遺伝子産物であるCdc25Aを活性化することによるという全く新しいモデルの提唱につながるものであり、多段階発癌でみられる癌遺伝子産物間の相互作用の分子レベルでの理解に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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