学位論文要旨



No 215673
著者(漢字) 藤城,徹幸
著者(英字)
著者(カナ) フジシロ,テツユキ
標題(和) 腹圧性尿失禁および切迫性頻尿に対する仙骨神経根磁気刺激療法
標題(洋)
報告番号 215673
報告番号 乙15673
学位授与日 2003.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15673号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省二
 東京大学 助教授 伊良皆,啓治
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 助教授 太田,信隆
 東京大学 講師 星地,亜都司
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

腹圧性尿失禁や切迫性頻尿は、特に中年期以後の女性に多くみられ、時に著しくQOLを悪化させる。一般に、腹圧性尿失禁に対しては、骨盤底筋訓練,薬物治療などの保存的治療が試みられるが、それらの治療成績は必ずしも良好ではなく、手術治療は術後の排尿困難や再発などの問題を抱えている。また、切迫性頻尿には、抗コリン剤などによる薬物治療が通常行われるが、口渇,便秘などの副作用のため服用が困難になるなど、治療に難渋する場合も少なくない。

これらの治療法に代わるものとして、膣・肛門内電極を用いた骨盤底電気刺激法は、多くの臨床家により有効性が報告されてきた。しかしながら、刺激に際しては不快感や疼痛を伴う上に、長期にわたる刺激操作の反復が必要であるため、現在もあまり普及していない。

一方、磁気刺激法とは、磁場の変化により誘導される電流を利用した神経刺激法である。体内へ電極を挿入することなく深部神経を刺激できる上に、殆ど疼痛を伴わないという大きな利点を有する。これにより、腹圧性尿失禁および切迫性頻尿に対し、陰部神経を神経根レベルで刺激できれば、骨盤底電気刺激に比べより有効かつ低侵襲の治療法になりうると考えた。そこで、これらの症例に仙骨神経根への磁気刺激を行い、下部尿路機能への作用を解析するとともに、無作為対照比較試験により新しい治療法としての有用性を検討した。

仙骨神経根磁気刺激法

体位は腹臥位。刺激発生装置は Magstim rapid(Magstim company Ltd., Carmarthen, UK)、刺激コイルは90mm円形コイル(Type 9784, 同社製)を使用。刺激部位は両側第3仙骨神経根として、コイルの円形部分がこれを覆うように体表面に固定した。刺激条件として、出力は最大出力の50%,発射頻度は15Hz,刺激持続時間は5sec.と設定し、これを1分毎に計30回施行した。また、刺激中は表面電極を用いて第1母趾よりの誘発筋電図をモニターすることで仙骨神経根が刺激されていることを確認した。今回の調査については、院内倫理委員会の承認を得、患者には十分な説明を行った上で同意を得た。

研究1

仙骨神経根磁気刺激の下部尿路機能に対する効果(尿流動態学的検討)

目的

腹圧性尿失禁および切迫性頻尿症例において、仙骨神経根磁気刺激法がその下部尿路機能へどのような影響を及ぼすかを検討した。

方法

腹圧性尿失禁13例と切迫性頻尿11例の計24例(年齢39〜75歳,平均60.3±10.0歳,男3例,女21例)に対し、磁気刺激下における尿流動態検査を行った。磁気刺激前後に尿道および膀胱内圧曲線を記録し、最大尿道閉鎖圧,初発尿意時膀胱容量,最大膀胱容量を測定した。また、刺激中は尿道内圧の変動を記録した。刺激中および刺激後の平均測定値と刺激前の平均測定値との比較は、Student's t test(P<0.05を有意)を用いて行った。

結果

全例で、刺激中に尿道内圧の上昇を認めた(4〜16cmH2O,平均8.3±3.2cmH2O)(P<0.0001)。初発尿意時膀胱容量,最大膀胱容量はともに切迫性頻尿群で刺激後増加し、平均増加率はそれぞれ39.4±49.7%, 21.8±20.6%であった(P=0.017, 0.0032)。同様に、腹圧性尿失禁群でも刺激後に初発尿意時膀胱容量,最大膀胱容量の増加が認められ、平均増加率はそれぞれ33.2±40.8%, 15.1±20.2%であった(P=0.0344, 0.0152)。

考察

磁気刺激下に認められた尿道内圧の上昇は、陰部神経遠心性線維が刺激され、外尿道括約筋を含めた骨盤底筋群が収縮したことを意味し、刺激直後の膀胱容量の増加は、陰部神経求心性線維の刺激が抑制性反射経路を介し急性的に排尿筋収縮を抑制した結果と捉えられる。

結論

仙骨神経根磁気刺激法は急性的に蓄尿機能を改善させる可能性があることが示唆された。

研究2

腹圧性尿失禁および切迫性頻尿に対する仙骨神経根磁気刺激療法(無作為対照比較試験)

目的

仙骨神経根磁気刺激法の腹圧性尿失禁および切迫性頻尿症例における有用性を検討した。

方法

腹圧性尿失禁

参加条件は以下のとおりとした。1)問診にて腹圧性尿失禁であることが明らかである,2)3日間の排尿記録にて1回以上の腹圧性尿失禁がある,3)1時間尿失禁定量テスト2gm以上である,3)尿路感染症や子宮筋腫など下部尿路症状を来す疾患を有しない,4)最近6ヶ月間に骨盤底筋強化体操,薬物治療,電気刺激治療などの治療を施行されていない。

以上の条件をすべて満たした女性患者62例(年齢37〜79歳,平均58.2±10.0歳)を、無作為に対照群 (n=31) と刺激群 (n=31) に分け、刺激群には前述の条件下で仙骨神経根磁気刺激を施行し、対照群にはコイル周囲に磁場を発生させない偽コイルを用いた偽刺激を行った。

尿失禁回数/3日(3日間排尿記録),尿失禁量(1時間尿失禁定量テスト)およびQOLスコアーをもとに有効性の評価を行った。各項目について、各群における刺激前後の平均値の比較ならびに刺激前後の測定値の差の平均についての群間比較をt検定(P<0.05を有意)を用いて行った。また、治療効果の群間比較についてはx2検定(P<0.05を有意)を使用した。

結果

尿失禁回数/3日;対照群,刺激群ともに刺激後有意に減少した (P=0.01, P<0.0001)。群間比較では、対照群に比し刺激群で有意により減少していた(0.67±1.3回vs. 2.0±2.0回, P=0.002)。

尿失禁量;対照群では有意な減少を認めなかったが、刺激群では刺激後有意に減少していた (P=0.0003)。群間比較では、対照群に比し刺激群で有意により減少していた(2.9±8.3gm. vs. 8.2±11.2gm., P=0.04)。

QOLスコアー;対照群では刺激後有意な減少を認めなかったが、刺激群では有意に減少しており (P=0.0006)、群間比較では対照群に比し刺激群で有意な改善が認められた(0.2±0.7点vs. 0.9±1.4点, P=0.01)。

治療効果判定;刺激群では治癒1例,改善9例,不変21例,悪化0例で、刺激群では治癒4例,改善19例,不変8例,悪化0例であった。改善以上は、対照群10例 (32.3%) に対し刺激群23例 (74.2%) で、刺激群で有意に多かった (P=0.0009)。

副作用;疼痛により磁気刺激を中止した症例はなく、全例に30分間の磁気刺激を施行できた。その他、明らかな副作用を認めなかった。

切迫性頻尿

参加条件は以下のとおりとした。1)尿意切迫を認め、3日間の排尿記録にて平均1日排尿回数が8回以上である,2)平均1回排尿量が250ml未満である,3)尿路感染症や子宮筋腫など下部尿路症状を来しうる疾患を有しない,4)最近6ヶ月間に骨盤底筋強化体操,薬物治療,電気刺激治療などの併用治療を施行されていない。ただし、切迫性尿失禁の有無は参加条件に含めていない。

以上の条件をすべて満たした女性患者37例(年齢43〜75歳,平均61.9±8.5歳)を、無作為に対照群 (n=15) と刺激群 (n=22) に分け、腹圧性尿失禁の場合と同じく、それぞれに偽刺激あるいは真の磁気刺激を行った。

排尿回数,1回排尿量, 尿失禁回数(3日間排尿記録)およびQOLスコアーをもとに、腹圧性尿失禁の場合と同様に、有効性の評価を行った。

結果

平均1日排尿回数;対照群では刺激後有意な減少を認めなかったが、刺激群では有意な減少が認められた (P=0.03)。しかし、群間比較では有意差は認められなかった(0.5±1.1回vs. 1.0±2.0回, P=0.42)。

平均1回排尿量;刺激群にて刺激後有意に増加(P=0.0003)していたのに対し、対照群では有意な増加は認められなかった。群間比較では、対照群に比し刺激群で有意により増加していた(6.2±22.5ml vs. 23.5±25.6ml, P=0.04)。

尿失禁回数/3日;刺激前に1回以上の切迫性尿失禁があったのは、対照群で15例中9例(60%),刺激群では22例中11例(50%)であった。刺激群では刺激後有意に減少(P=0.01)したが、対照群では有意な減少は認められなかった。群間比較では、対照群に比し刺激群で有意により減少していた(0.4±1.4回vs. 3.6±4.1回, P=0.04)。

QOLスコアー;対照群では有意な減少は認められなかったが、刺激群では刺激後有意に減少(P<0.0001)し、群間比較では対照群に比し刺激群で有意な改善が認められた(0.4±0.8点vs.1.4±1.3点, P=0.01)。

治療効果判定;対照群では治癒0例,改善1例,不変14例,悪化0例で、刺激群では治癒1例,改善4例,不変17例,悪化0例であった。改善以上は、対照群1例 (6.7%) に対し刺激群5例 (22.7%) であったが、有意差は認められなかった (P=0.40)。

副作用;腹圧性尿失禁の場合と同様に、明らかな副作用を認めなかった。

考察及び結論

腹圧性尿失禁は、僅か30分間の仙骨神経根磁気刺激療法により明らかに改善した。さらに長期成績についての検討は必要であるが、刺激に伴う疼痛やその他の副作用の発現を認めず、コンプライアンスも良好であったことから、臨床応用は十分に可能と思われた。一方、切迫性頻尿では、今回の調査では明らかな改善は得られなかったが、平均1回排尿量の増加やQOLスコアーの改善は本法の有効性を示唆する所見と考えられ、刺激条件の変更や治療回数の追加により、今後治療効果は改善しうると期待された。

審査要旨 要旨を表示する

磁気刺激は、強磁場の発生により誘導される電流を利用した非侵襲的な神経刺激法である。本研究は、特に中年期以降に日常生活の支障となる腹圧性尿失禁および切迫性頻尿に対する新しい治療法として、仙骨神経根磁気刺激療法を考案しその有用性について臨床的に検討したものであり、下記の結果を得ている。

腹圧性尿失禁と切迫性頻尿の計24例を対象に仙骨神経根磁気刺激下に尿流動態検査(尿道内圧測定,膀胱内圧測定)を行った結果、全例において刺激中の尿道内圧は明らかに上昇し、刺激直後の膀胱容量は初発尿意時,最大尿意時ともに刺激前に比べ有意に増加した。これらのことから、仙骨神経根磁気刺激は陰部神経遠心性線維を介し外尿道括約筋を含めた骨盤底筋群を収縮させ、同時に求心性線維を刺激することで抑制性反射経路を介し排尿筋収縮を抑制すると考えられた。つまり、仙骨神経根磁気刺激法には蓄尿機能を改善させる作用があることが示唆された。

腹圧性尿失禁62例と切迫性頻尿37例を対象として無作為対照比較試験を実施し、仙骨神経根磁気刺激法の有効性の評価を行った。

腹圧性尿失禁

刺激群では、偽刺激を行った対照群に比し、尿失禁量および尿失禁回数はともに有意に減少し、これに伴いQOLスコアにも有意な改善が認められた。治療効果判定の結果、刺激群で74.2%という優れた改善率が認められ、対照群との比較においても有意な改善が示されたことから、仙骨神経根磁気刺激療法は腹圧性尿失禁に対して有効な治療法となりうると考えられ、今後の臨床応用が期待された。

切迫性頻尿

刺激群と対照群の比較において、刺激後の排尿回数の減少に有意差はなく、治療効果判定の結果において改善率にも差は認められなかった。しかしながら、対照群に比し刺激群において、1回排尿量が増加、尿失禁回数は減少し、これに伴いQOLスコアが改善したことは、仙骨神経根磁気刺激法の切迫性頻尿に対する有効性を示唆するものと考えられた。

全例において、刺激中疼痛を訴えたものはなく、その他の副作用についても皆無であり、多くが追加治療を希望した。

以上、本論文は腹圧性尿失禁および切迫性頻尿に対して仙骨神経根磁気刺激法という新しい治療法を考案し、下部尿路機能への作用を示すとともにその治療効果を示したことは、臨床において大きな貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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