学位論文要旨



No 215674
著者(漢字) 中村,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,テツヤ
標題(和) サイトカインレセプターcommonβ(βc)下流における転写因子NF-κB活性化機構の解析
標題(洋)
報告番号 215674
報告番号 乙15674
学位授与日 2003.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15674号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
 東京大学 助教授 門脇,孝
内容要旨 要旨を表示する

目的

GM-CSFおよびIL-3は造血系幹細胞や種々の血球系細胞などの標的細胞に増殖、分化、抗アポトーシスなど多彩な生物学的応答を誘導するサイトカインである。これらは細胞膜上の特異的レセプターと結合し、両サイトカインレセプターに共通のβサブユニット commonβ (βc) のリン酸化および種々のシグナル伝達分子の活性化を誘導する。その結果、核内において多彩な遺伝子群の発現を転写レベルで制御し、種々の細胞応答を精緻に調節する。

転写因子NF-κBは、炎症および免疫反応に関与する種々の遺伝子の発現制御因子として知られる。近年、GM-CSF/IL-3などのサイトカインがNF-κBの活性化を誘導し、造血組織における細胞増殖や抗ポトーシスに深く関わっていることが報告された。しかしこれまで、βcによるNF-κB活性化の分子機構について詳細は明らかではなかった。本研究では、GM-CSF/IL-3がそのレセプターと結合後、βc依存性に転写因子NF-κBを活性化する分子機構を明らかにすることを目的とした。

方法

細胞

βcによるシグナル伝達の解析は、IL-3依存性のマウスproB細胞であるBa/F3細胞 (parental Ba/F3)、あるいはこれに野生型および種々の変異型ヒトGM-CSFレセプターを安定発現させた細胞株 (Ba/F3-wild、-Y6、-Fall) を用いておこなった。STAT5の関与の検討には構成的活性化型STAT5 (STAT5A1*6) を安定発現させたBa/F3細胞株 (Ba/F3-STAT5A1*6) およびマウスの myelomonocytic cell line である WEHI3B細胞を用いた。

細胞への一過性遺伝子導入およびレポーター活性解析

NF-κBおよびAP-1の活性化を解析するため、各々の結合配列下流にルシフェラーゼ遺伝子をもつレポータープラスミドを使用した。STAT5の転写活性解析には、β-casein 遺伝子のプロモーターにルシフェラーゼ遺伝子を融合したプラスミドを使用した。NF-κB p65の転写活性化能の解析には、転写因子Gal4結合配列下流にルシフェラーゼ遺伝子をもつレポータープラスミドを用いた。Ba/F3細胞あるいはWEHI3B細胞へのレポーター遺伝子あるいはレポーター遺伝子と各種発現プラスミドの一過性導入は、エレクトロポレーション法でおこなった。プラスミド遺伝子導入後12時間培養した細胞から調製した細胞溶解液を用いてルシフェラーゼ活性の測定をおこなった。

Northern Blot によるIL-6 mRNAの解析

培養細胞から total RNA を抽出しアガロース・フォルムアルデヒド変性ゲルで電気泳動後ナイロンメンブレンヘ転写し、[α-32P]dCTPで標識したIL-6 cDNAプローブとハイブリダイゼーションをおこなった。結果の解析はオートラジオグラフィーによりおこなった。

Electrophoretic Mobility Shift Assay (EMSA)

NF-κBあるいはSTAT5結合配列を有する2本鎖DNAプローブを[α-32P]dCTPで標識して調製し、細胞より回収した核抽出液と結合反応をおこなった。結合の特異性は配列特異的あるいは非特異的な非標識プローブを用いた阻害実験により確認した。スーパーシフトアッセイは、結合反応においてプローブ添加前に種々の蛋白質に対する特異的抗体を加えることによりおこなった。結合反応後、ポリアクリルアミドゲルで電気泳動しゲルを乾燥した後オートラジオグラフィーにより解析した。

免疫細胞染色

Ba/F3細胞を回収後スライドグラス上にサイトスピンを用いて付着させた。パラフォルムアルデヒドで固定した後、NF-κB p65蛋白に対するポリクローナル抗体との結合反応をおこなった。洗浄後、FITCで標識した二次抗体との結合反応をおこない、propidium iodide による核染色の後、共焦点レーザー顕微鏡により解析した。

イムノブロット法

全細胞抽出液、核抽出液あるいは細胞質抽出液のいずれかをSDS-ポリアクリルアミドゲルで泳動し、PVDFメンブレンヘと転写した。転写した蛋白質は種々のポリクローナル抗体およびHRPを付加した2次抗体との反応をおこなった。可視化およびデータの解析はECL法を用いた。

conditioned medium の調製

parental Ba/F3 細胞およびBa/F3-STAT5A1*6細胞の培養上清を調製し、conditioned medium (CM) とした。すなわち、10%FCSを含むRPMI1640培地30mlあたり1×107細胞の密度で24時間の培養を行った後の培地を回収し、遠心後の上清をCMとした。

結果

βcによるNF-κB活性化に関わるシグナル伝達経路の同定

IL-3依存性マウスproB細胞の parental Ba/F3 細胞およびこれにhGM-CSF野生型レセプターαおよびβc両サブユニットを安定発現させたBa/F3-wild 細胞を用いてレポーター遺伝子の一過性導入によるNF-κB活性化を解析した。これら両細胞において内因性のβcを介したIL-3刺激により、また Ba/F3-wild 細胞においてはhGM-CSFレセプターを介したhGM-CSF刺激によってもNF-κB活性化が認められた。また、このNF-κB活性化はMEK1キナーゼの特異的阻害剤およびPI3-Kの特異的阻害剤のいずれにおいても抑制を受けなかった。βc変異レセプターの解析から、このNF-κB活性化にはβcの細胞内ドメインのチロシン残基が必要であることが示され、その位置要求性からNF-κB活性化にSTAT5の活性化が関わる可能性が示唆された。そして実際このことは、野生型STAT5の強制発現がβc下流でのNF-κB活性を増強しうること、および構成的活性化型STAT5がサイトカイン非依存性にNF-κBを活性化しうることにより確認された。さらに、STAT5依存性のNF-κB活性化機構はBa/F3細胞において、例えばサイトカインIL-6など内因性の遺伝子発現に実際に寄与することも明らかとなった。

STAT5によるNF-κB活性化制御機構の解析

βcのシグナルはNF-κBのDNA結合を増強することがゲルシフト法で示されたが、細胞質における抑制性蛋白IκBのリン酸化および分解と、これに続くNF-κB蛋白の細胞質から核への移行のステップは影響を受けなかった。つまりBa/F3細胞においては、ある一定量のNF-κBが構成的に核に局在しており、βcのシグナルはこの核局在のNF-κBのDNA結合を変化させることによりNF-κBの転写活性を調節していることが判明した。そして、βcおよびSTAT5によるNF-κB活性化機構は、同じBa/F3細胞をTNFαで刺激した場合に見られる、NF-κBの核移行を介する活性化機構とはきわめて異なるものであった。さらに、βcおよびSTAT5依存性NF-κB活性化はNF-κBのDNA結合のみならず、p65蛋白のC末端側に存在する転写活性化領域を介する調節機構によっても担われることが明らかとなった。

NF-κB活性化に与えるSTAT5誘導性の液性因子に関する解析

Ba/F3細胞でのNF-κB活性化過程にSTAT5のいかなる機能が必要であるかを、種々のSTAT5変異体を用いて解析した。この結果、STAT5のDNA結合と転写活性化領域の両者が必要であることが示され、STAT5の標的遺伝子産物が2次的にNF-κB活性化を制御している可能性が示唆された。実際、構成的活性化型STAT5を安定発現する細胞の培養上清中にBa/F3細胞のNF-κB活性を誘導する生理活性が確認された。さらにこの未知の液性因子は、Ba/F3細胞のみならず、たとえばWEHI 3B細胞などの他の血球細胞においてもNF-κB活性化を誘導しうることが明らかとなった。

考察

マウスの pro B 細胞であるBa/F3細胞を用いた解析により、サイトカインレセプターβcの下流で転写因子NF-κBが活性化される機構に、転写因子STAT5の活性が必須であることを明らかにした。また、STAT5によるNF-κB活性化は、多くの細胞でみられるNF-κB活性化機構と異なり、NF-κBの細胞質から核への刺激依存性の移行を伴わず、核内に局在するNF-κBのDNA結合およびp65蛋白の転写活性化能の制御を介するものであった。さらに、このSTAT5依存性のNF-κB活性化機構には、STAT5依存性に発現し分泌される未知の液性因子が介在していることが明らかとなった。本研究における結果は、転写因子NF-κB活性化に至る新規のシグナル伝達経路が存在する可能性を提示すると同時に、NF-κB活性化過程に介在する分子機構が細胞種あるいは上流の刺激の種類によりきわめて多様に制御されることを示唆するものと考えられる。また、STAT5が直接の標的遺伝子のみならず、二次的な機構を介してNF-κB依存性の転写活性を制御し、生体内においてこれまで知られる以上に多彩な遺伝子の発現調節に関わる可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

サイトカインGM-CSFおよびIL-3は、造血系幹細胞や種々の血球系細胞などその標的細胞に多彩な生物学的作用を誘導する。本研究では、これらサイトカインが細胞膜上受容体への結合に続き、両サイトカイン受容体に共通のβサブユニット commonβ(βc)を介し、標的細胞内で転写因子NF-κBの活性化を誘導する機構を明らかにすることを目的として行われ、以下の結果を得ている。

IL-3依存性proB細胞のBa/F3細胞およびこれにhGM-CSF野生型レセプターを安定発現させた Ba/F3-wild 細胞を用いて、βc活性化によりNF-κB依存性転写が誘導されることをレポーター解析により示した。βc下流で活性化されるシグナル伝達経路の特異的阻害剤を用いた解析およびβc変異レセプターの解析から、NF-κB活性化にSTAT5の活性化が関わる可能性を提示し、実際このことを野生型STAT5および構成的活性化型STAT5の強制発現によるNF-κB転写活性解析により示した。さらに、STAT5依存性のNF-κB活性化は、例えばサイトカインIL-6など内因性の遺伝子発現に寄与する機構であることを明らかにした。

βcのシグナルはNF-κBのDNA結合を増強することをEMSA法で示した。また、βcのシグナルは細胞質における抑制性蛋白IκBの分解やこれに続くNF-κB蛋白の核移行のステップではなく、核に局在するNF-κBのDNA結合を変化させることでNF-κB転写活性を調節していることを示した。さらに one hybrid assay により、βcおよびSTAT5依存性NF-κB活性化はNF-κB p65蛋白の転写活性化領域を介する調節機構によっても担われることを明らかにした。

STAT5変異体を用いた解析で、STAT5のDNA結合と転写活性化領域の両者がNF-κB活性化に必要であることが示され、STAT5の標的遺伝子産物が2次的にNF-κB活性化を制御している可能性が示唆された。実際、構成的活性化型STAT5を安定発現する細胞の培養上清中にBa/F3細胞のNF-κB活性を誘導する生理活性が確認された。さらにこの未知の液性因子は、Ba/F3細胞のみならず、他の血球細胞においてもNF-κB活性化を誘導しうることを明らかにした。

以上、本論文は、サイトカインレセプターβcの下流で転写因子NF-κBが活性化される機構にSTAT5の活性化が必須であることを明らかにした。また、STAT5によるNF-κB活性化は、多くの細胞でみられるNF-κB活性化機構ときわめて異なる機構を介するものであった。さらにこの機構には、STAT5活性依存性に発現し分泌される未知の液性因子が介在することが示された。本研究におけるこれら結果は、転写因子NF-κB活性化に至る新規のシグナル伝達経路の存在を提示するとともに、NF-κB活性化過程に介在する分子機構が細胞種あるいは上流の刺激の種類により多様に制御されることを示唆するものと考えられる。また、STAT5が直接の標的遺伝子のみならず、二次的な機構を介してNF-κB依存性の転写活性を制御し、生体内においてこれまで知られる以上に多彩な遺伝子の発現調節に関わる可能性が考えられ、未知の液性因子の同定という課題は残されるものの、学位の授与に十分値するものと考えられる。

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