学位論文要旨



No 215675
著者(漢字) 大森,義裕
著者(英字)
著者(カナ) オオモリ,ヨシヒロ
標題(和) 新規哺乳類BBF2様転写因子の解析
標題(洋) Analysis of novel mammalian BBF2 like transcription factors
報告番号 215675
報告番号 乙15675
学位授与日 2003.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第15675号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 榊,佳之
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 宮澤,恵二
 東京大学 助教授 大海,忍
内容要旨 要旨を表示する

生体内では、個別の臓器の特徴をつくりあげるために、それぞれの組織に特異的な遺伝子セットを発現している。これら組織特異的な発現をする遺伝子のプロモーター領域には、それぞれの組織に特有なエレメントが存在する。このエレメントに組織特異的転写因子が結合することによって、組織特異的遺伝子の発現は制御されている。私は組織特異的転写因子に興味をもち、新規な組織特異的転写因子を単離、解析することを試みた。

オリゴキャップ法により作製した完全長cDNAライブラリをランダムシーケンスすることにより構築されたデーターベースに対し、ホモロジー検索を行い、いくつかの新規転写因子を単離した。この中からRT-PCRによる解析を行い、肝臓特異的な発現をする新規転写因子 CREB-H (CREB-Hepatocyte)を見出した。CREB-H は basic-leucine zipper(b-Zip)ドメインをもつ転写因子であり、この b-Zip ドメインはCREB/ATFファミリーの転写因子群の中でも特にハエのBBF2に対し高いホモロジーを示した。

ハエのアルコールデヒドロゲナーゼ(ADH)は、脂肪体と呼ばれる組織に特異的に発現する酵素であり、その組織特異的発現はADH遺伝子のプロモーター上に存在する Box-B 配列に依存する。Box-B 配列に結合する因子として転写因子BBF2 (Box-B binding factor2) が単離され、BBF2がハエの脂肪体特異的な遺伝子の発現を制御することが示唆された。

これまでにハエBBF2と相同性のある哺乳類の転写因子はOASIS, LZIPが知られている。CREB-H、OASIS、LZIPの相同性を他のCREB/ATFファミリーの転写因子と比較したところ、これら3つの転写因子は、CREB/ATFファミリーの転写因子の中でも特に相同性が高くサブファミリー(哺乳類BBF2様転写因子ファミリー)を形成すると考えられた。

CREBファミリーの転写因子には、転写を活性化するものと、抑制するものがある。CREB-Hに転写活性化能があるかどうかを調べるため、GAL4のDNA結合ドメインとCREB-Hの融合タンパクを作製し、ルシフェラーゼをレポーターとして転写活性化能の測定をおこなった。その結果、CREB-HはN末部分に転写活性化能をもつ転写活性化因子であることがわかった。また、CREB-HとGSTの融合タンパクを作製しゲルシフトアッセイで測定した結果、CREB-Hは、CREや Box-B エレメントに結合能をもつことがわかった。

CREB-Hは、CREB/ATFに相同性が高いこと、また、CREに結合能をもつことから、CREB-HはCREを介した転写活性化能をもつことが予想された。そこで、CREを含むルシフェラーゼ発現ベクターを用いてCREB-Hの転写活性化能を測定した。しかし、意外なことに、ルシフェラーゼの転写活性化は見られなかった。CREB-Hに相同性の高いBBF2はBox-Bエレメントを介して転写を活性化する。そこでCREB-Hが、Box-Bエレメントを介して転写を活性化するかどうかを調べた。Box-B エレメントを含むルシフェラーゼ発現ベクターを用いCREB-Hの転写活性化能を測定したところ、レポーター遺伝子の著しい転写活性化が見られた。

CREB-HやハエBBF2に相同性をもつ哺乳類の転写因子OASIS (Old Astrocyte Specifically-Induced Substance) は、マウスのアストロサイトのグリオーシスモデルにおいて、発現が上昇する遺伝子として発見された。OASISの転写因子としての機能解析はこれまでに報告がない。我々は、CREB-HとOASISの機能を比較するため、OASISの機能解析を行なった。まず、マウスOASISのヒトカウンターパートの単離を行い、以後の実験に用いた。組織での発現を解析したところ、ヒトOASISの発現は、組織特異性が見られ、すい臓、前立腺で特に強い発現が見られた。GAL4のDNA結合ドメインとOASISの融合タンパクを作製し、レポーターの発現を測定した。その結果、OASISは転写活性化ドメインをN末の60アミノ酸にもつ転写活性化因子であることがわかった。次に、GSTとの融合タンパクを作製し、ゲルシフトアッセイによりOASISのDNA結合能を調べた。OASISは単独でCRE様の配列に結合することができた。次に、Box-Bエレメントを含むルシフェラーゼ発現ベクターを用いて、OASISの転写活性化能を測定した。OASISは、CREB-Hと同様にBox-Bエレメントを介してレポーター遺伝子の転写を活性化した。さらに、Box-B以外のCRE様配列を介しての転写活性化能を測定した。CREB-Hと同様に、ソマトスタチンCREを介しての転写活性化能は低かった。また、ATF6配列を介する活性化能はCREB-Hよりも低いことがわかった。

CREB-HとOASISに対するアミノ酸配列解析を行なったところ、CREB-HとOASISの両方において、b-Zip ドメインよりC末側に膜貫通ドメインと予測される疎水性アミノ酸に富むドメインを見出した。これまでに、膜貫通ドメインを持つ転写因子はSREBPとATF6が知られている。これらは、膜結合型転写因子と呼ばれ、膜貫通ドメインを介して、細胞内の膜にアンカーしており、様々な刺激により、膜貫通ドメインがプロテアーゼによって切断を受け、膜から遊離し、核へ輸送され転写を調節する。この機構は Rip(Regulated Intramembrane Proteolysis)と呼ばれている。

そこで、CREB-HとOASISに存在する疎水性ドメインの転写活性化に与える影響を調べた。まず、CREB-Hの完全長型と、CREB-Hの疎水性ドメインを削除した発現ベクターを、それぞれ、Box-B エレメントを含むレポータープラスミドとともにトランスフェクションを行なった。その結果、疎水性ドメインを削除したCREB-Hは完全長型のCREB-Hに比較して、著しく活性化能の亢進が見られた。次にCREB-Hに対し蛍光抗体による免疫染色を行いこれらの細胞内局在を調べた。完全長型のCREB-Hは、小胞体に局在しており、疎水性ドメインを削除したCREB-Hは核に局在することがわかった。

次に、OASISの疎水性ドメインの有無による転写活性化への影響を調べた。疎水性ドメインを削除したOASISは、完全長のOASISに比較して Box-B 配列を介した転写活性化が約2倍亢進した。CREB-Hと比較すると、活性化の亢進の度合いは低かった。このときの細胞内局在を調べたところ、完全長のOASISは、細胞内で主に小胞体に局在しているのに対し、疎水性ドメインを削除したOASISは、核に局在することがわかった。

また、ウエスタンブロッティングにより、発現産物の分子量を測定したところ、CREB-HとOASISの両方で完全長と思われる高分子量のタンパクと、膜貫通部位を欠くと予測される低分子量のタンパクが見られた。

これらのことから、疎水性ドメインが転写活性化や細胞内局在に重要な役割を果たすことがわかった。CREB-HやOASISの疎水性ドメインが膜貫通ドメインとして細胞内の膜構造と相互作用しており、これらの因子は小胞体膜に存在し、何らかの刺激を受け、プロテアーゼにより疎水性ドメインが切断され、核に移行し Box-B を介した転写活性化を行なうという可能性が考えられる。このようにCREB-HやOASISの転写活性化機構には Rip が関与している可能性が示唆される。哺乳類BBF2様転写因子は、SREBPファミリー、ATF6ファミリーに次ぐ、第3の膜結合型転写因子ファミリーを形成していると考えられる。

以上の結果から、哺乳類BBF2様転写因子、CREB-HとOASISは、構造的に相同性があるばかりでなく、転写因子としての機能にも、いくつかの共通した特長をもつことがわかる。CREB-HとOASISは、ともに、転写活性化因子であり、CRE様エレメントに結合能をもつ。また、典型的なCREであるソマトスタチンCREを介しての活性化能は低いが、Box-B エレメントを介して転写を著しく活性化する。さらに、転写活性化には、疎水性ドメインが重要な役割を果たす。これらのことから、哺乳類BBF2様転写因子は、CREB/ATFファミリーの中でも、機能的に特に近い性質をもつサブファミリーであると考えられる。

また、CREB-HとOASISは、いくつかの異なる特徴も持つ。CREB-Hは肝臓で優位に発現しており、OASISは、すい臓と前立腺で強い発現をしているが、肝臓での発現は見られない。さらに、CREB-HとOASISは、ともに、Box-B エレメントを介して著しい転写活性化能を持つが、ATF6エレメントに対しては、転写活性化能が異なる。Box-B 様のエレメントは、哺乳類の組織特異的遺伝子の上流にもいくつか見出されていることから、CREB-HとOASISは、Box-B 様のエレメントを介して、それぞれの発現する組織において組織特異的な遺伝子の活性化に関与している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は新規哺乳類BBF2様転写因子であるCREB-HとOASISの転写因子としての機能を明らかにするため、組織における発現解析、DNA結合能解析、転写活性化能解析、細胞内局在解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

オリゴキャップ法により作製したcDNAライブラリをランダムシーケンスすることにより構築されたデータベースから、新規な肝臓特異的発現を示す転写因子CREB-Hを同定した。CREB-Hは basic-zipper (b-Zip) ドメインをもち、その配列がハエの Box-B Binding Factor-2 (BBF2)と高い相同性を示すことが示された。

CREB-HとGAL4のDNA結合ドメインの融合タンパクを作製し、レポーターアッセイによるCREB-Hの転写活性化能を測定したところ、CREB-Hは転写活性化能をもつ転写活性化因子であり、N末端側の149アミノ酸に転写活性化ドメインが存在することが示された。

CREB-HのGST融合タンパクを作製し、ゲルシフトアッセイによりDNA結合能を測定した結果、CREB-HはCREや Box-B エレメントに直接結合能をもつことが示された。Box-B エレメントをプロモーターに含むレポーターベクターを用いて、レポーターアッセイを行なったところ、CREB-Hとの共発現により、レポーター遺伝子の転写活性化がみられ、CREB-Hが Box-B エレメントを介して、転写活性化することが示された。

ホモロジー検索により、CREB-Hと相同性の高い転写因子OASISを見出し、ヒトOASISのクローニングを行なった。ノザンブロッティングにより、組織の発現を解析したところ、OASISは膵臓や前立腺で高レベルに発現していることが示された。

OASISとGAL4のDNA結合ドメインの融合タンパクを作製し、レポーターアッセイにより転写活性化能を測定したところ、OASISはN末の60アミノ酸に転写活性化ドメインを含む転写活性化因子であることが示された。また、OASISのGST融合タンパクを作製し、ゲルシフトアッセイを行なったところ、OASISはCREやBox-Bエレメントに結合能を持つことが示された。Box-Bエレメントを含むレポーターベクターを用いて、レポーターアッセイを行なったところ、OASISはBox-Bエレメントを介して転写活性化することが示された。

CREB-HとOASISに対して、アミノ酸配列解析を行なったところ、CREB-HとOASISの両方に共通して b-Zip ドメインよりC末側に膜貫通ドメインを見出した。膜貫通ドメインを削除したCREB-HやOASISを作製し、レポーターアッセイを行なったところ、膜貫通ドメインを削除したCREB-HやOASISでは、完全長のCREB-HやOASISよりも、転写活性化能が亢進することが示された。

蛍光免疫染色により、細胞内の局在を調べたところ、膜貫通ドメインを削除したCREB-HやOASISは、主に核に局在し、完全長のCREB-HやOASISは主に小胞体に局在することが示された。膜結合型転写因子であるCREB-HやOASISは完全長のとき膜貫通ドメインを介して小胞体膜にアンカーしており、膜貫通ドメインのN末端側がプロテアーゼなどにより切断され転写活性化する可能性が示唆された。

以上、本論文は新規に同定した哺乳類BBF2様転写因子CREB-HとOASISの解析からこれらの転写因子が Box-B エレメントを介する転写活性化因子であり、膜貫通ドメインがその転写活性化制御機構に重要な役割をもつことを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、哺乳類BBF2様転写因子の機能と転写活性化機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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