学位論文要旨



No 215676
著者(漢字) 佐伯,和子
著者(英字)
著者(カナ) サエキ,カズコ
標題(和) 行政機関に働く保健師のキャリア発達に関する研究
標題(洋)
報告番号 215676
報告番号 乙15676
学位授与日 2003.04.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第15676号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若井,晋
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 講師 河,正子
内容要旨 要旨を表示する

緒言

本研究は,地域保健医療福祉システムの変革期における,公衆衛生看護分野に働く保健師のキャリア発達の実態とその関連要因を明らかにすることを目的とし,効果的なキャリア開発の支援システムを構築することをめざしている.

方法

用語の操作的定義

キャリア発達とは,個人が組織の課題遂行のために必要な職業能力を獲得しながら,職業人として満足のいく生活を発展させられることとした.キャリア発達の測定については,キャリア発達の実態を専門職務遂行能力と職務満足の2面からとらえることとした.

予備調査

保健師の専門職務遂行能力を測定するための尺度の作成は,専門職務遂行能力の定義に従い抽出された項目を内容とした.2回の予備調査を行ない,尺度の妥当性を検討した.

本調査

対象は,AおよびB都道府県(以下,県とする)内の行政機関に働く保健師全員を対象とした.

データ収集については,調査内容は,個人要因(一般属性,家族背景,教育背景,職業経験,職業意識:キャリア志向,役割期待の認知),組織内環境要因(所属,上司との垂直交換関係,同僚との水平交換関係,現任研修受講,),組織外環境要因(地域性),キャリアの実態(専門職務遂行能力,職務満足)であった.専門職務遂行能力の測定は,4ポイントのリッカートスケールを用いた.調査票の送付と回収は2001年3月に行った.送付は職場単位に郵送で配布し,回収は協力の得られた個人単位とし,郵送にて大学宛に返送することとした.配布数は2301通で,有効回答は1253通 (54.5%) であり,保健福祉部門に勤務する1215名を分析対象とした.

データの分析については,キャリア発達は保健師経験年数を分析の枠組みとし,専門職務遂行能力の経験群別の比較にはKruskal-Wallis検定を行った.専門職務遂行能力に対する関連要因の検討は重回帰分析を行ない,職務満足に対する関連要因の検討はロジスティック回帰分析を行った.

専門職務遂行能力測定尺度の妥当性,信頼性

内容妥当性については,Kelly-Thomas (1998) の理論に適合した.構成概念の妥当性に関しては主因子分析を行い2因子を抽出した.信頼性については内的整合性の検討を行い,α=.963であった.

倫理的配慮

調査の実施にあたっては,県および政令市の所管課と関係機関に了解を得た.対象者個人および組織のプライバシー保護と個人の調査への参加の任意性を保証した.研究結果は,協力機関に提供し,継続教育に活用することとした.

結果

対象者の特性

対象者の平均年齢は34.5±9.1歳であった.職業経験では,新任者(1〜5年)が433人(35.6%),前期中堅者(6〜10年) が252人 (20.7%),後期中堅者(11〜20年)が322人 (26.5%),ベテラン(21年以上)が208人 (17.1%) であった.

専門職務遂行能力の構造

専門職務遂行能力20項目を主因子分析した結果,第一因子は12項目で寄与率33.8%,地域支援および管理能力とした.第二因子は8項目で寄与率30.4%,対人支援能力とした.

専門職務遂行能力の実態と関連要因

対人支援能力は,経験群別で有意な差がみられた.個人家族への支援および方法としての集団支援は,新任期に急激な伸びを示し,その後,前期中堅,後期中堅,ベテランヘと引き続き穏やかな発達を示し,一部の項目は31年以降やや下降傾向にあった.ただし,方法としての集団支援では前期中堅期においてやや低下がみられた.

地域支援および管理能力は,経験群別で有意な差がみられた.地域活動は,新任期に一時停滞し,その後5年目まで急激な伸びを示し,前期中堅期にやや低下し,後期中堅以降は緩やかな伸びを示し,31年目以降低下していた.施策化は,後期中堅期までは地域活動と似た発達のしかたを示し,ベテランでは20年目の前半から後半にかけて伸びが明確にみられた.管理教育は,前期中堅期では非常に小さい伸びを示し,後期中堅期では後輩育成とチーム管理は明確に伸びがみられ,ベテランになってからチーム管理の伸びが大きかった.

対人支援能力の発達への関連要因として,個人要因では職務経験のうち保健師経験年数が多く,転勤経験が有り,職業意識のうち自分への役割期待を地域および管理能力と認知し,家族背景で有配偶が有意な関連を示した.組織内環境要因では所属のうち勤務自治体が県で,サポート体制としての現任研修受講が有意な関連を示した.

地域支援および管理能力発達への関連要因は,個人要因では,職業経験のうち保健師経験年数が多く,転勤経験が有り,職業意識のうち自分への役割期待を地域および管理能力と認知し,組織内環境要因では,サポート体制としての仲間同士の相互啓発である水平交換関係が良好で,現任研修受講が有意な関連をしていた.

職務満足と関連要因

仕事に対するやりがいとしての職務満足は,満足群と不満足群はおおよそ半分に分かれた.職務満足は経験群間で有意な差がみられなかった.職務満足の関連要因としては,個人要因のうち職業意識ではキャリア志向が安定志向で,専門職務遂行能力では対人支援能力と地域支援および管理能力が高く,組織内環境要因のサポート体制のうち垂直交換関係が良好,水平交換関係が良好であることが有意な関連を示した.

考察

行政に勤務する保健師の専門職務遂行能力の中核を成すのは,対人支援能力では知識や技術を中心とするテクニカルな能力であり,地域支援能力および管理能力では分析,判断,企画,調整,管理等の思考を中心とする能力といえる.

保健師の専門職務遂行能力はほぼ経験とともに発達していたといえる.そして,日常的にかかわりの少ない業務の能力評価において下降がみられ,実際に日常的に行っている業務の能力は維持上昇したと考えられる.専門職務遂行能力に対する関連要因の検討から,経験年数や転勤経験により,職業人として多様な経験を積むことで専門職務遂行能力の発達につながったと考えられる.県に勤務していること,自分の役割を地域支援および管理能力に期待されているという認知が専門職務遂行能力の発達に関連しており,これは職務の全容を把握して企画管理能力を育成することの重要性を示唆していると考えられる.また,サポート体制で研修受講が関連しており,専門職務遂行能力開発におけるOff-JT(職場外教育)の重要性を示唆している.

職務満足の関連要因では職場である組織内環境要因が大きく,OJT(職場内教育)の体制が整備されていることが重要であるといえる.また,キャリア志向において安定志向であることと専門職務遂行能力が高いことが職務満足に関連していたことから,保健師の大半が女性であり,中堅者やベテランの多くは職業と家庭生活との両立を図りながら日常生活を送っており,個人の発達課題と職業上の職務課題との調和が重要であるといえる.

専門職務遂行能力の構造に基づいた公衆衛生看護の継続教育プログラムは,対人支援能力,地域支援および管理能力(地域支援能力,管理能力)の2領域を中核にして,構築できると考える.Off-JTによるオリエンテーションとして,新任期には対人支援能力の強化,後期中堅以降に施策化能力の強化の課題があげられる.また,OJTによる中級および上級スキルの獲得について,自己開発が可能なシステムとして,職場内の指導体制とともに,遠隔の通信システムを継続教育に活用することが考えられる.そのためには,保健師個々人が的確な自己評価のできる能力を獲得することが,今後重要であるといえる.

研究の限界として,調査の有効回答が約55%であり標本としては偏りがあること,また,測定方法として自己評価を用いたことで控えめな自己評価になった可能性が考えられる.

今後の課題として,職務遂行能力は複合的な能力であり,組織人としての能力や対人関係能力を含め,公衆衛生看護に従事する保健師の職務遂行能力の分析を行うこと,女性と職業の関連を検討するためには職業生活継続の視点からもキャリア発達の検討が必要である.

結論

行政機関に働く保健師のキャリア発達の実態と関連要因を明らかにすることを目的とした.郵送調査により1253名の有効回答を得,1215名の分析を行った.キャリア発達は専門職務遂行能力と職務満足を自己評価により測定した.

行政機関で働く保健師の専門職務遂行能力は,対人支援能力と地域支援および管理能力とでは発達の仕方は異なるが,経験とともに発達していた.

対人支援能力の発達への関連要因として,保健師経験年数,役割期待の認知,有配偶,勤務自治体が県,現任研修受講が有意な関連を示した.地域支援および管理能力発達への関連要因は,保健師経験年数,転勤経験,役割期待の認知,水平交換関係良好,現任研修受講が有意な関連を示した.

職務満足は,満足群と不満足群はおおよそ半分に分かれた.職務満足の関連要因としては,キャリア志向が安定志向で,専門職務遂行能力が高く,組織内環境要因の垂直交換関係と水平交換関係が良好であることが有意な関連を示した.

以上のことから,保健師のキャリア発達において,専門職務遂行能力の構造に基づいた継続教育のプログラムが必要である.対人支援能力は新任者に,地域支援および管理能力のうち施策化は後期中堅者に重点が置かれる.現任研修の重要性とともに,職業人として多彩な体験を積むことと,職務の全容を把握し企画管理能力を養うことがキャリア開発に重要なことが示唆され,意図的な体験蓄積のプログラムの検討が必要である.また,職務満足は組織内環境要因の影響が大きく,安定したキャリア発達のためには職場での組織的対応と系統的な継続教育システムが重要であるといえる.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、地域保健医療福祉システムの変革期における、公衆衛生看護分野に働く保健師のキャリア発達の実態を専門職遂行能力と職務満足の面からとらえ、その関連要因を明らかにすることを目的としたものである。本研究は予備調査で専門職務遂行能力測定の妥当性を検証し、その後、2県の行政機関に働く保健師全員を対象として郵送で2301通配布し、有効回答54.5%のうち保健福祉部門に勤務する1215名、新任者(1〜5年)433人(35.6%)、前期中堅者(6〜10年)252人(20.7%)、後期中堅者(11〜20年)322人(26.5%)、ベテラン(21年以上)208人(17.1%)の分析から、以下の結果を得ている。

専門職務遂行能力の構造

専門職務遂行能力20項目を主因子分析した結果、第一因子は12項目で寄与率33.8%、地域支援および管理能力とし、第二因子は8項目で寄与率30.4%、対人支援能力とした。行政機関に勤務する保健師の専門職務遂行能力の中核を成すのは、対人支援能力では知識や技術を中心とするテクニカルな能力であり、地域支援能力および管理能力では分析、判断、企画、調整、管理等の思考を中心とする能力であった。

専門職務遂行能力の実態と関連要因

対人支援能力は、経験群別では有意な差がみとめられた。個人家族への支援および方法としての集団支援は、新任期に急激な伸びを示し、その後、前期中堅、後期中堅、ベテランヘと引き続き穏やかな発達を示し、一部の項目は31年以降やや下降傾向にあった。地域支援および管理能力は、経験群別では有意な差がみられた。地域活動は、新任期に一時停滞し、その後5年目まで急激な伸びを示し、前期中堅期にやや低下し、後期中堅以降は緩やかな伸びを示し、31年目以降低下していた。施策化は、後期中堅期までは地域活動と似た発達のしかたを示し、ベテランでは20年の前半から後半にかけて伸びが明確にみられた。管理教育は、前期中堅期では非常に小さい伸びを示し、後期中堅期では後輩育成とチーム管理の伸びがみられ、ベテランになってからチーム管理の伸びが大きかった。

対人支援能力の発達への関連要因として、個人要因では職務経験のうち保健師経験年数が多く、転勤経験が有り、職業意識のうち自分への役割期待を地域および管理能力と認知し、家族背景で有配偶が有意な関連を示した。組織内環境要因では所属のうち勤務自治体が県で、サポート体制としての現任研修受講が有意な関連を示した。地域支援および管理能力発達への関連要因は、個人要因では、職業経験のうち保健師経験年数が多く、転勤経験が有り、職業意識のうち自分への役割期待を地域および管理能力と認知し、組織内環境要因では、サポート体制としての仲間同士の相互啓発である水平交換関係が良好で、現任研修受講が有意な関連をしていた。

職務満足と関連要因

仕事に対するやりがいとしての職務満足は、満足群と不満足群はおおよそ半分に分かれた。職務満足は経験群間で有意な差がみられなかった。職務満足の関連要因としては、個人要因のうち職業意識ではキャリア志向が安定志向で、専門職務遂行能力では対人支援能力と地域支援および管理能力が高く、組織内環境要因のサポート体制のうち垂直交換関係が良好、水平交換関係が良好であることが有意な関連を示した。

継続教育への提言

専門職務遂行能力の構造に基づいた公衆衛生看護の継続教育プログラムは、対人支援能力、地域支援および管理能力の2領域を中核にして構築できると考えられた。新任期には対人支援能力の強化、後期中堅以降に施策化能力の強化の課題があげられた。現任研修の重要性とともに、職業人として多彩な体験を積むことと、職務の全容を把握し企画管理能力を養うことがキャリア開発に重要なことが示唆され、意図的な体験蓄積のプログラムの検討が今後の課題となった。また、職務満足は組織内環境要因の影響が大きく、安定したキャリア発達のためには職場での組織的対応と系統的な継続教育システムが重要であると考えられた。

以上、本論文では保健師の職務遂行能力の構造と、その発達の実態が経験年数別に明らかにされた。保健師の現任教育のプログラムの検討は数多くされてきたが、職務遂行能力の発達の実態に即したものは無かった。したがって本研究の結果は、今後、保健師の実態に即した系統的な継続教育のプログラムを構築するための基礎資料として非常に有用となる。また、専門職務遂行能力および職務満足の関連要因を明らかにしたことにより、発達を促進する方法論に活かすことができる。よって、本論文は、行政機関に働く保健師のキャリア開発を目指した継続教育プログラムを構築するために寄与すると考えられ、学位の授与に値するものと認められる。

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