学位論文要旨



No 215678
著者(漢字) 永井,浩二
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,コウジ
標題(和) 海洋環境からの医薬活性物質を産生する微生物の探索及びそれらが生産する抗菌物質に関する研究
標題(洋)
報告番号 215678
報告番号 乙15678
学位授与日 2003.05.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第15678号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伏谷,伸宏
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京水産大学 教授 浪越,通夫
 東京大学 助教授 松永,茂樹
内容要旨 要旨を表示する

微生物の生産する二次代謝物は、ペニシリンやストレプトマイシンの発見以来、各種医薬品探索の資源としての地位を固め、抗生物質以外にも免疫調節剤、高脂血症治療剤、抗原虫剤などの画期的新薬を生み出してきた。その間、多様な微生物資源から膨大な数の医薬活性物質が発見されたが、今後の探索研究においては新たな資源の開発が成功の鍵を握ると考えられる。

このような背景の下に本研究では、未開拓で、有用な活性物質の生産が期待される菌群として「海洋複合環境に生息する細菌類」及び「海洋環境に生息する好アルカリ及び耐アルカリ性真菌類」を取り上げた。前者においては、原子間力顕微鏡 (atomic force microscope: AFM) を用いた微生物フロラの検出手法の開発を通じて、種々の海洋生物から細菌類を分離し、複合条件下でのみ生産される代謝物のスクリーニングを実施した。一方後者においては、標的選択性を有する真菌類の分離方法を確立した後、種々の海洋生物や海水などから真菌類を分離し、医薬活性物質スクリーニングを実施した。その結果、新規抗多剤耐性菌抗生物質としてYM-266183及びYM-266184を、また新規抗真菌抗生物質としてYM-202204を単離・構造決定することができた。さらに、これらの化合物について活性の評価を行い、医薬としての可能性を検討した。その概要は以下の通りである。

海洋複合環境に生息する細菌類からの医薬活性物質の探索

海洋複合環境からの細菌類の探索

海綿などの海洋生物の内部組織には非常に多くの微生物が生息していることが知られている。このような複合環境に生息する微生物の有効利用を図るためには、どのような環境にどのような微生物が存在するかを把握することは重要である。そこで先ず、海綿などの試料中に優先して存在する細菌類の検出手法について検討した。本研究には、ナノスケールでのイメージングや分子間の結合力測定機能を有するAFMを使用して、新たな微生物検出技術の開発を目指した。その結果、大気中観察においては鞭毛を含め微細な構造の観察、三次元でのイメージングあるいは、おおよそのサイズの測定が簡便にできることがわかった。乾燥に強い試料であれば、無処理(生きたままの状態)で、短時間の内に走査電子顕微鏡相当の分解能で観察できるのは大きなメリットである。 また、本法による液中でのモニタリングや抗原抗体反応などの結合力を利用した検出とスクリーニングへの応用の可能性が示唆された。上記手法で微生物の存在が認められた試料については、それらの微生物を有効に利用するための研究、つまり複合環境に存在する微生物の効率的な分離と、分離株を用いた複合条件特異的に生産される医薬活性物質のスクリーニングを実施した。

抗多剤耐性菌抗生物質YM-266183及びYM-266184

先ず、海綿中に共存、共生する細菌類を用いて、海綿の抽出物を添加したときのみに生産される医薬活性物質のスクリーニングを実施した。その過程で、沖縄県西表島沿岸で採取したダイダイイソカイメン Halichondria japonica から分離した細菌Bacillus cereus QN03323株が、海綿抽出液添加培地での培養により黄色ブドウ状球菌 Staphylococcus aureusに対する抗菌活性を発現することを認めた。そこで、培養条件の検討を経て大量培養を実施し、活性物質の取得を試みた。菌体及び培養上清のアセトン抽出物をカラムクロマトグラフィー、シリカゲルMPLCなどにより順次精製した結果、新規抗生物質YM-266183 (1) 及びYM-266184 (2) を単離することができた。両化合物ともに、各種機器分析による構造解析の結果、チアゾール環を含む異常アミノ酸からなる極めて特異な環状ペプチドであることが判明した。1と2は、メチシリン耐性黄色ブドウ状球菌 (MRSA)、メチシリン耐性表皮ブドウ状球菌 (MRSE) などの多剤耐性菌を含むstaphylococci、streptococciなどの病原細菌に対して強力な抗菌活性を示すとともに、マウスS. aureus感染症モデルにおいても有意な治療効果を示すことが確認された。

海洋環境に生息する好アルカリ及び耐アルカリ性真菌類からの医薬活性物質の探索

好アルカリ及び耐アルカリ性真菌類の探索

海洋環境はpH 8程度の弱アルカリ性であることから、そこに生息する微生物はアルカリ環境に適応した性質を持っていると予想される。しかし、一般に真菌類は弱酸性条件を好むと考えられていることから、まず各種土壌試料を用いて、好アルカリ及び耐アルカリ性を有する真菌類の分離方法の検討を行い、土壌菌類フロラ及び分離株の性状を検討した。その結果、アルカリ性コーンミール寒天培地 (ACMA) の適用により、試料中の標的真菌を効率良く分離できることを見出し、Acremonium属菌を初めとする好アルカリ性真菌を得ることができた。本手法を海綿などの海洋生物からの真菌類の分離に適用したところ、Scolecobasidium属菌、Stachybotrys属菌、Acremonium属菌、Phoma属菌などのアルカリ嗜好性の菌類を効率的に得ることができた。さらに、分離株を主にアルカリ条件下で培養し、種々の医薬活性物質スクリーニングを実施した。

抗真菌抗生物質YM-202204

前述のダイダイイソカイメンからアルカリ培地で分離した真菌Phoma sp. Q60596株が、海綿の抽出物を添加した弱アルカリ性の培地において抗Candida活性物質を生産することを認めた。その後の検討で、そば粉とセルロースからなる固形培地が生産に有効であることが認められ、大量培養を実施した。固形培養菌体のアセトン抽出物を、カラムクロマトグラフィー、逆相HPLCにより順次精製し、活性物質として新規抗真菌抗生物質YM-202204 (3) を得ることができた。本物質は、スペクトルデータから分子式はC37H58O9と決定され、二次元NMRの詳細な解析により、α−ピロン骨格にポリアルコール環と2つのジエン部分を含む長い側鎖が結合した平面構造をもつことが明らかとなった。また、側鎖の4つの二重結合の幾何異性は全てトランスと決定されたが、テトラヒドロピラン環及び側鎖部分の立体構造は未定のままである。3は、Candida albicans, Cryptococcus neoformans, Aspergillus fumigatusなどの病原酵母、真菌に対して強力な抗菌活性を示した。なお、その抗真菌作用はGPIアンカータンパク質を阻害することによると示唆された。

以上本研究では、海洋の複合環境及びアルカリ環境を標的として新しい手法を用いて医薬活性物質を生産する微生物を検索した。その結果、多くの有望菌株を分離できたとともに、西表島産ダイダイイソカイメンから分離したバクテリア及び真菌から3種の新規抗菌物質を得ることができた。これらのうち、YM-266183 (1) 及びYM-266184 (2) は現在臨床上問題となっているMRSAやMRSEを初めとする多剤耐性菌に対して特異性に優れた抗菌活性を示し、新しい抗菌剤として有望である。一方、YM-202204 (3) は病原酵母や糸状菌に対して強力な抗菌活性を示すとともに、既存の薬剤にない作用機序を有することが示唆され、新しいタイプの抗真菌剤となることが期待される。これらの知見は、本研究で取り上げた海洋微生物が新たな創薬資源としての可能性を有することを証明するものであり、それらを利用した医薬活性物質探索のアプローチと併せて、学術上ならびに産業上有用な知見を提供できたものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

微生物の生産する二次代謝物は、ペニシリンの発見以来医薬品資源として活発に探索が行われ、多くの画期的新薬を生み出してきたが、陸上微生物についてはすでに探索がかなり行き届いているため、新たな探索源の開発が急務となっている。

このような背景の下に本研究では、未開拓な海洋複合環境に生息する細菌類と海洋環境に生息する好アルカリ性および耐アルカリ性真菌類の探索を行うとともに、得られた菌株について医薬活性スクリーニングを行ったところ、医薬として有望な新規抗多剤耐性菌抗生物質2種および1種の新規抗真菌抗生物質発見することができた。その概要は以下の通りである。

海洋複合環境に生息する細菌類からの医薬活性物質の探索

海綿などの海洋生物の内部組織には非常に多くの微生物が生息していることに着目し、これらの試料中に優先して存在する細菌類の検出法について検討した。その結果、ナノスケールでのイメージングや分子間の結合力測定機能を有する原子間力顕微鏡により微生物の検出が可能であることがわかった。次ぎに、本法で微生物の存在が認められた試料について、複合環境に存在する微生物の効率的な分離と、分離株を用いた複合条件特異的に生産される医薬活性物質の検索を行った。

先ず、海綿中に共存・共生する細菌類を用いて、海綿の抽出物を添加したときのみに生産される医薬活性物質の検索を行ったところ、ダイダイイソカイメンから分離した細菌Bacillus cereus QN03323株が、海綿抽出液添加培地で培養したときだけ黄色ブドウ状球菌Staphylococcus aureusに対する抗菌活性を発現することを認めた。そこで、大量培養して得た菌体および培養上清のアセトン抽出物から、活性物質を各種カラムクロマトグラフィーなどにより順次精製して、新規抗生物質 YM-266183(1)および YM-266184(2)を単離した。いずれも、各種機器分析の結果、チアゾール環を含む異常アミノ酸からなる極めて特異な環状ペプチドであることが判明した。1と2は、 MRSAや MRSEなどの多剤耐性菌などに対して強力な抗菌活性を示すとともに、マウス S.aureus感染症モデルにおいても有意な治療効果を示した。

海洋環境に生息する好アルカリ性ならびに耐アルカリ性真菌類からの医薬活性物質の探索

海洋環境はpH8程度の弱アルカリ性であることから、そこに生息する微生物はアルカリ環境に適応した性質を持っていると予想される。そこで、好アルカリ性および耐アルカリ性を有する真菌類の分離方法の検討を行った結果、有効と認められたアルカリ性コーンミール寒天培地を用いて海綿などの海洋生物からの真菌類の分離を行ったところ、Scolecobasidium属菌、Stachybotrys属菌、Acremonium属菌、Phoma属菌などのアルカリ嗜好性の菌類を効率的に得ることができた。

さらに、アルカリ培地で分離した真菌Phoma sp. Q60596株が、海綿の抽出物を添加した弱アルカリ性の培地において抗Candida活性物質を生産することを認めたので、大量培養して得られた菌類から活性物質の単離・精製を試みたところ、新規抗真菌抗生物質 YM-202204(3)を得ることができた。本物質は、スペクトルデータからα−ピロン骨格にポリアルコール環と2つのジエン部分を含む長い側鎖が結合した構造をもつと決定した。3は、Candida albicans, Cryptococcus neoformans, Aspergillus fumigatusなどの病原酵母、真菌に対して強力な抗菌活性を示した。なお、その抗真菌作用はGPIアンカータンパク質を阻害することによると示唆された。

以上本研究では、新規医薬探索源を開発する目的で、海洋の複合環境及びアルカリ環境下に棲息する微生物を探索するとともに、それらが生産する医薬活性物質の探索を行ったところ、ダイダイイソカイメンから分離したバクテリアおよび真菌から、それぞれ2種の多剤耐性菌に対して有効な新規抗菌物質および1種の有望な新規抗真菌物質を発見したのもで、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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