学位論文要旨



No 215683
著者(漢字) 津田,宜久
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,ノリヒサ
標題(和) 汎用画像処理流速計の開発と実用化研究
標題(洋)
報告番号 215683
報告番号 乙15683
学位授与日 2003.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15683号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

工業の広い分野で非常に重要な位置を占めている流れ場解析において,流れの可視化手法,流れの計測手法は,流体力学的諸問題を実験的に解決するための重要な基盤技術として幅広く適用され,多大な成果をあげつつある.本研究で取り上げた画像処理法は,可視化技術の特徴である空間の定性的把握手段と計測技術の特徴である定量的な計測の両方の機能を備えた流体計測システムである.特に,流れ場の空間構造を迅速に,かつ,高精度で定量化することができるという特徴は,定常な流れ場のみならず,非定常な流れ場に対しても有用な計測手段として期待されていた.しかしながら,本研究に着手した1988年頃,画像処理流速計そのものの研究開発に関わる歴史は,比較的に浅く,必ずしも,画像処理流速計そのものが確立された計測技術とは言いがたいものであった.この当時は,古くから研究されたレーザ流速計や熱線流速計が流れ場を解明するための手段として頻繁に用いられていたが,事実,実験に要する計測時間が非常に膨大である等の問題があった.

トレーサ粒子で可視化した流れ場の可視化画像からディジタル画像処理技術を用いて定量的な速度情報を算出できる画像処理流速計は,予め流体中に混入したサブμm〜数百μmのトレーサ粒子の動きをTVカメラ等を用いて撮像し,画像化された数時刻の瞬間的なトレーサ粒子の画像情報から,空間的にランダムに分布するトレーサ粒子の動きを解析し,空間内の瞬時の多点速度情報を得る新しい可視化計測技術である.

本論文は,この可視化計測技術の汎用化と実用化を狙ったものであり,1988年から1998年までの約10年間の研究期間における画像処理流速計の研究をまとめたものである.論文構成においては,論文の骨格を3章から構成した.汎用画像処理流速計の開発,高速流れおよび微小トレーサ粒子を用いた可視化技術の開発,空気・気液2相流への展開である.

第2章では,本研究で開発した汎用画像処理流速計のシステム全体についてまとめた.研究開始当初のコンピュータの処理能力は,非常に微弱なものであり,可視化画像が持つ膨大な情報を処理する上で,高額な処理機を準備する必要があったのは事実である.これ故,研究開始当初は,パーソナルコンピュータを用いた汎用画像処理流速計の開発に重点をおいた.システム開発においては,安価で汎用性の高いNTSC方式のTVカメラで画像化した可視化画像の解析が可能なハードウェアの開発を試みた.8ビット・256階調に入力信号をディジタル化できる画像処理ボードの開発,結果を1670万色で表現するためのフルカラーボードの開発,画像処理・トレーサ追跡等の演算を行うためのソフトウェアの独自開発,膨大になるソフトを比較的小さなメモリ環境で動作させるローダ方式と呼ばれるプログラムの実行環境制御方式の開発,およびヒューマンインターフェスを考慮した専用の処理画面等が最初の研究成果である.

また,開発した画像処理流速計を幾つもの可視化実験に適用し,システムを実用化する上での問題点を検討した.最初の課題は,可視化空間を高速で移動するトレーサ粒子の可視化計測方法であった.画像処理流速計の設計においては,フレームレートが1/30秒の安価なNTSC方式のTVカメラをベースにシステムを構成した.従って,同一トレーサ粒子の同定においては,連続する2枚のフレーム画像,即ち,4枚のフィールド画像上での4時刻間のトレーサ粒子位置情報が必要であった.これ故,可視化空間でのトレーサ粒子の移動量が大きくなると,連続する2枚のフレーム画像では,同一のトレーサ粒子を同定することが困難であるか,または,厄介であると言う問題が発生した.

第3章では,この問題を解決するために独自に開発した4時刻LIS法についての研究成果をまとめた.4時刻LIS法は,同一フレームの第1フィールドにレーザ光を1度,第2フィールドにレーザ光を3度照射し,連続する4時刻のトレーサ粒子像を同一フレーム内に撮像するものである.可視化光学系の開発においては,レーザ光の間欠照射技術の開発,および,NTSC方式のTVカメラをレーザ光の照射タイミングと同期させることが重要な課題であった.レーザ光の間欠照射技術は,連続発光させたレーザ光と超音波の平面波のドップラ効果を利用することでおこなった.また,NTSC方式のTVカメラとレーザ光の照射タイミングは,TVカメラの出力を独自に開発した画像処理ボードで分離し,音響光学セルを制御することでおこなった.4時刻LIS法の実用化により,連続する2枚のフレーム画像を使用する可視化方法に比べ,約50倍程度高速な流れ場の計測を可能とした.

しかしながら,4時刻LIS法にも限界が存在した.NTSC方式のTVカメラは,第1フィールドが終了すると,CCD素子上で蓄積した電荷を映像信号として転送するブランキングと呼ばれる数十μ秒の時間がある.4時刻LIS法では,同一フレームの第2フィールドに3度のレーザ光を照射するが,このレーザ照射タイミングがブランキング時間内であれば,トレーサ粒子像をCCD素子上の電荷として蓄えることができない.従って,連続する4時刻のトレーサ粒子像を画像化することが不可能となる.この問題を解決するために,2台のNTSC方式のTVカメラを使用した可視化方法と可視化光学系を開発した.トレーサ粒子の画像化においては,2台のNTSC方式のTVカメラで同一空間を画像化するとともに,異なる時刻,即ち,2時刻のトレーサ粒子像を画像化する方法である.その着眼点は,2台のNTSC方式のTVカメラのフレーム開始タイミングを,カメラ1の電子シャッタ開閉後,カメラ2の電子シャッタを開閉するように制御するとともに,それぞれのカメラの電子シャッタが開時にレーザ光を照射し,異なる時刻のトレーサ粒子の情報を画像化するものである.この方法の実用化により,画像処理流速計の速度計測範囲を大幅に拡張することが可能となった.一方,4時刻LIS法の開発においては,NTSC方式のTVカメラのCCD素子の制御方法にフレームモード・フレーム蓄積とした.この方法は,通常のTVカメラを用いた可視化では,同一フレーム内に2時刻のトレーサ粒子の位置情報が撮像されるが故,瞬時のトレーサ情報を抽出するには,フレーム・フィールド分離が必要であり,分離による誤差が発生するという問題を解決した可視化方法である.特に,微小トレーサ粒子を用いた可視化で有用な方法である.フレームモード,フレーム蓄積は,映像信号上の垂直位置とCCD素子上の垂直位置を1対1に制御した独自の方法であり,同一フレームの第2フィールドを第1フィールド用のCCD素子と第2フィールド用のCCD素子の両方で画像化する方法である.この方法を用いれば,第2フィールドに照射したレーザ光によるトレーサ粒子の位置情報は,フレーム・フィールド分離することなく,可視化することが可能である.また,CCD素子上に撮像されたトレーサ粒子像の大きさがCCD素子の空間分解能と同程度か,それ以下の場合でも,トレーサ粒子の位置を正確に検出することができる.特に,乱流場の計測においては,流れ場へのトレーサ粒子の追従性を考慮し,可視化には,比較的微小なトレーサ粒子が用いられることが要求されることが多く,有用な可視化方法である.しかしながら,実際の可視化においては,微小トレーサ粒子を用いることで,トレーサ粒子像が非常に微弱となり,その濃淡値が背景画像の濃淡値に比べ顕著でない場合や,背景画像の濃淡値が空間的に,また,時間的に異なること場合が多い.この問題を解決するための新たな画像改善方法として,トレーサ粒子の輝度分布がガウス分布に近いという性質を利用した「平均化ラプラシアン法」を開発した.また,微小トレーサ粒子を用いた可視化画像を二値化し,得られた二値化画像からトレーサ粒子の位置を計測すると,二値化画像上に撮像されたトレーサ粒子の面積が不足するため,レーサ粒子の位置計測精度が極端に低下すると言う問題が発生した.この問題を解決するため,可視化画像と二値化画像の両方から,トレーサ粒子の位置情報を計測するアルゴリズムを開発した.後方ステップ流れの実験においては,平均化ラプラシアン法と新たに提案したトレーサ粒子の位置情報を計測するアルゴリズムを適用し,その有用性を証明した.尚,格子点での乱流場の諸情報を予測するため,可視化実験で得られた膨大なトレーサ追跡結果から誤対応を自動で除去できる格子点補間演算アルゴリズムを開発した.

第4章では,画像処理流速計の適用範囲を拡大するための研究開発成果をまとめた.その適用範囲は,空気流れ,および,気液2相流中の液速度の計測方法である.特に,気液2相流中の液速度の計測は,トレーサ粒子の残光を利用した可視化方法であり,レーザ光照射後,数m秒後の画像を処理することで,気泡画像と液画像を分離する可視化計測方法である.

開発した汎用画像処理流速計の応用範囲は広く,各種プラント,自動車,船舶,航空機,建築物等の研究開発過程,あるいは,半導体製造過程やバイオ技術における流れ場の制御,基礎・応用研究等,幅広い領域である.既に,開発した汎用画像処理流速計のハードウェアとソフトウェアを国内約100の研究機関に配付しており,流れ場の特性を把握する手段として,あるいは,画像処理流速計開発の基礎として利用されていると確信している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,論文題名「汎用画像処理流速計の開発と実用化研究」と題して,5章で構成されている.

第1章は序論であり,既存の流速計測技術を概観し,本研究の必要性を論じている.ここで,申請者は,画像処理流速計が,流れ場の構造を迅速に,かつ,高精度で定量化できる特徴をもち,定常および非定常のいずれの流れ場に対しても有用な計測技術であることを示している.しかしながら,本研究を開始した時点において,画像処理流速計に関わる研究の歴史は比較的浅く,画像処理流速計の適用範囲には幾つもの制約と課題があったことを述べている.

第2章では,本研究において開発した画像処理流速計のハードウェアとソフトウェアの特徴について述べている.特に,システムを汎用性の高いNTSC方式のTVカメラで構成し,実用性の高い画像処理流速計を想定して開発を進めたこと,および,開発の段階で,自動車,土木,化学プロセス等の産業の現場において試行的にシステムを適用することによって,幅広い流れ場を計測する上での問題点を抽出したことを詳述している.

第3章では,第2章で開発した画像処理流速計を実際の流れ場に適用する上で,申請者が独自に開発した方法について詳しく説明がなされている.開発されたシステムは以下の3つの特徴がある.(1)NTSC方式のTVカメラで構成した可視化光学系では,TVカメラが1/30秒のフレームで構成されていることから,撮像された画像上でのトレーサ粒子の移動量が大きくなると,速度計測が困難あるいは複雑になるという問題がある.申請者は,この問題を解決するため,NTSC方式のTVカメラとレーザ光を同期させ,同一フレームに,レーザ光を4回照射するという新たな可視化計測法(4時刻LIS法と称する)を提案している.提案している方法では,最短40μ秒での可視化計測が可能である.(2)次に,より高速な流れ場を対象に2台のNTSC方式のTVカメラを用いた可視化計測技術を提案している.レーザ光の照射と2台のTVカメラの撮影時刻を調整することにより最短で0.1μ秒の時間差の画像取得を可能にしている.これらの可視化計測技術の実用化により,計測可能な速度範囲を大幅に拡大させている.更に,(3)流れ場へのトレーサ粒子の追従性を考慮し,微小なトレーサ粒子を用いた可視化計測手法の確立に成功している.微細なトレーサ粒子を用いた可視化では,トレーサ粒子像がTVカメラのCCD素子の空間分解能と同じか,あるいはそれ以下になる.論文では,微細なトレーサ粒子を可視化計測に用いる場合には,一般的な画像化方法がトレーサ粒子の位置情報を正しく画像化できないという問題をもつことを明らかにし,CCD素子の光の蓄積にフレーム蓄積法を採用することで,微細トレーサの粒子像を正確に可視化し,画像信号として転送する方法を提案している.また,トレーサ粒子を微小にすることで,可視化画像上での粒子像が微弱となるという問題を解決するための画像改善方法の提案や,撮像された微小なトレーサ粒子像から高い精度で粒子の位置情報を計測する方法の提案を併せて行なっている.さらに,バックステップ流路のような他の手法による流速データが豊富であるような,しかも基礎的流れ場に本計測システムを適用することによって,提案したシステムの信頼性と有用性を示している.

第4章では,本計測技術を幅広い流れ場に適用し,その利便性と計測精度向上のための課題と対策について述べている.特に,レーザ誘起蛍光法を用いた可視化計測と本システムの併用によって混相流に対する新たな提案を行っている.すなわち,トレーサ粒子が励起蛍光時に発する残光特性を利用することで気液2相流中の気泡情報と液情報を分離して計測できる手法を提案している.更に,鉄鋼製造のプロセスにおける開発研究のツールとして本システムが有効に機能することの例を示している.

第5章では結論が述べられている.

以上を要約すると,申請者は,画像処理流速計のハードウェアとソフトウェアを独自に開発し,システムとして構築するとともに,それを実用上の流れ場に適用してその有用性を実証している.申請者が開発したシステムは従来の手法の測定範囲を拡大し,また,微小トレーサ粒子の使用を可能にしている.本研究において提案された可視化計測技術は,この分野の研究に有用な知見を与えている.

よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として,合格であると認められる.

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