学位論文要旨



No 215684
著者(漢字) 松沼,孝幸
著者(英字)
著者(カナ) マツヌマ,タカユキ
標題(和) 低レイノルズ数域における環状タービン翼列特性
標題(洋)
報告番号 215684
報告番号 乙15684
学位授与日 2003.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15684号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

タービン翼列は,発電用ガスタービンや航空推進ジェットエンジンの主要な構成要素である。近年開発が盛んに進められている産業用および航空用の小型ガスタービンでは,翼の小型化とタービン入口温度の上昇によって,タービン翼列のレイノルズ数が低下する。例えば,通商産業省工業技術院(現独立行政法人産業技術総合研究所)のニューサンシャイン計画で研究開発を行った産業用300kW級セラミックガスタービンのタービン翼列のレイノルズ数は104オーダであり,従来のガスタービンと比較して1桁以上小さい。このような低レイノルズ数では,剥離や二次渦により生じる「空気力学特性の悪化」をいかに少なくするかが重要な課題となっている。

高性能な小型ガスタービンを開発するためには,タービン翼列内部の3次元流動を詳細に把握し,低レイノルズ数域で発生が予測される翼負圧面側の剥離や二次渦の増大などの現象を十分に理解する必要がある。同時に,低レイノルズ数流れ用の数値解析コードを発達させるためにも,計算結果の検証に利用できる信頼性の高い実験データが求められている。しかし,低レイノルズ数域の実験データは,直線翼列の2次元流れのデータが数例報告されているのみで,環状翼列の3次元流れのデータは皆無である。小型ガスタービンでは,翼弦長に対して翼高さの割合が低い「低アスペクト比翼列」となる傾向が強いことから,高アスペクト比翼列となる大型ガスタービンと比較して,壁面近くでの二次渦の影響が大きいと考えられるので,3次元翼列の実験データが不可欠である。そこで本研究は,5孔ピトー管,熱線流速計,レーザードップラ流速計などの計測方法を駆使することによって,低レイノルズ数域での環状タービン翼列の空気力学特性を詳細に解明することを目的に実施した。

まず,実験に用いるタービン翼列に対して,単独翼および圧縮機翼列用に提案されている境界層の乱流遷移や層流剥離の経験式を適用して,負圧面上の2次元境界層計算を行い,遷移・剥離・再付着の挙動について検討した。この境界層計算から,レイノルズ数の低下によって,翼の後半部分で剥離領域が大きく発達することを予測した。

次に,低レイノルズ数域で作動する環状タービン静翼の三次元流れを5孔ピトー管によって測定し,全圧損失および流れの構造に及ぼすレイノルズ数と主流乱れ度の影響を解明した。レイノルズ数が低下すると,翼負圧面側の剥離が発生することによる形状損失の増加と,壁面近くの二次渦が強くなることによる二次損失の増加が起こり,全圧損失が2倍近くに増加した。一般に「損失はレイノルズ数の-0.2乗に比例する」と言われているが,境界層が層流剥離を起こすような低レイノルズ数域においては,レイノルズ数の低下による損失増加が-0.2乗よりもさらに急激であることが分かった。本実験に用いたタービン静翼(フリーボルテックス法による設計)では,高レイノルズ数域では-0.2乗則に従うが,低レイノルズ数域では次のようになった。

(1)総全圧損失:-0.35乗(Reout,NZ=18.6×104以下)(2)形状損失:-0.30乗(Reout,NZ=18.6×104以下)(3)ミッドスパン損失:-0.50乗(Reout,NZ=9.0×104以下)(4)二次損失:-0.47乗(Reout,NZ=27.1×104以下)チップ側二次損失:-0.20乗のままハブ側二次損失:-0.85乗(Reout,NZ=27.1×104以下)

このことは,小型ガスタービンやマイクロガスタービンを設計する際に,従来の-0.2乗則(-1/5乗則)を用いてタービン翼列の性能予測を行うと,実機において必要な性能を得られない可能性が高いことを意味する。一方,主流乱れ度の影響は,レイノルズ数に比べて少なく,低レイノルズ数域では,レイノルズ数が流れ場を支配する重要なパラメータであることが分かった。

続いて,5孔ピトー管による静止翼列出口の三次元流れの測定から,チップクリアランス流れ(翼先端で発生する漏れ流れ)と低レイノルズ数化の関係を調べた。環状タービン翼列で,チップクリアランス(翼先端隙間)がある場合とない場合の2種類の条件で,レイノルズ数を変えた実験を行い,チップクリアランス流れの存在が流れ場に与える影響が,レイノルズ数の低下によってどのように変化するかを検討した。レイノルズ数が低下するとチップクリアランス流れが全圧損失分布と3次元流れの構造に変化をもたらすが,測定面全体のチップクリアランス損失は,レイノルズ数が変わってもほぼ一定であった。このことは,形状損失と二次流れ損失がレイノルズ数の低下とともに急増することと対照的であった。

さらに,計測が難しいタービン動翼(回転翼列)の流れの測定を行った。低レイノルズ数域におけるタービン動翼ミッドスパンでの流れを,レーザードップラ流速計(LDV)を用いて計測し,上流側のタービン静翼の流れが下流のタービン動翼の流れに与える空気力学的な影響(静動翼干渉)を調べた。詳細な測定データを,絶対座標系と相対座標系の両方から解析し,時間平均流れと非定常流れ,およびそれらの差から変動流れ成分を求めるなどして,様々な解析を試みた。タービン静翼のウェーク(後流)が,動翼上流で動翼周りの速度分布によって弓状にねじ曲げられながら動翼内部に流入し,動翼下流で動翼負圧面側の剥離領域や動翼ウェークと干渉して,複雑な非定常流れを発生させることを示した。また,乱れ成分を調べたところ,主流領域では,流れ方向とその垂直方向の乱れ成分がほぼ同じ乱れ強さ(等方性乱れ)であるのに対して,ウェーク部分では,流れ方向とその垂直方向の乱れ成分に2倍近い差があり,非等方性の強い乱れであることが分かった。

タービン動翼流れへのレイノルズ数の低下の影響を調べたところ,レイノルズ数が低下するほど,翼後縁のウェークが急増するとともに,動翼負圧面側での剥離が上流側から発生して剥離領域が大きく発達した。また,レイノルズ数が低下するほど流れの非定常性(周期的な変動)が強くなることも明らかにした。動翼出口直後のウェークのエネルギ消散厚さ(全圧損失と対応)とレイノルズ数の関係は,高レイノルズ数域では静翼と同様に「レイノルズ数の-0.2乗則」と良く一致するが,低レイノルズ数域では次のように変化した。

エネルギ消散厚さ:-0.50乗(Reout,RT=5.4×104以下)

次に,主流乱れ度の影響について調べた。主流乱れ度の影響はレイノルズ数の影響ほど顕著ではなく,翼後縁直後でのウェーク形状は主流乱れ度が変わっても変化が見られなかった。しかし,ウェークが下流に流れる際に誘起する非定常変動は,主流乱れ度が高いほど少なくなった。この原因として,主流乱れ度が高いほど,主流とウェークの混合が促進されることが考えられる。

さらに,低レイノルズ数域におけるタービン動翼全体の非定常流れを,レーザードップラ流速計により計測した。静翼のウェークと二次渦が動翼内部の流れに与える影響を捉え,それらと動翼内部の剥離領域,動翼後縁のウェーク,流路渦やチップクリアランスからの漏れ渦との非定常干渉を解明した。得られた結果を動画として解析することによって,タービン動翼周りの非定常流れを分かりやすく表示することに成功した。

上記の様々な実験を通して,104オーダの低レイノルズ数域での環状タービン翼列では,剥離の発生や二次渦の増加によって,全圧損失の低下が顕著であることを明らかにした。一般に言われている「損失はレイノルズ数の-0.2乗に比例する」という相関は,平板上の乱流境界層厚さの発達がレイノルズ数の-0.2乗に比例するという事実に由来している。従来の高レイノルズ数域で作動するタービン翼列では,翼面境界層を全て乱流と見なすことができるので,タービン翼列の設計時に,この-0.2乗則で損失を予測することは妥当である。しかし,小型ガスタービンやマイクロガスタービンのタービン翼列を設計する際には,レイノルズ数の影響に-0.2乗を用いて性能予測を行うと,実機で得られる性能が設計値を大きく下回ってしまい,所望の性能が得られない可能性が高い。これを防ぐためには,翼列設計の際に,レイノルズ数の影響による性能低下を-0.2乗則よりも大きめに見積もる必要があろう。本実験で用いたタービン静翼と動翼(フリーボルテックス法による設計)では,出口流れ基準のレイノルズ数Reoutが104オーダにまで低下すると,全圧損失およびエネルギ消散厚さがレイノルズ数の-0.35乗〜-0.50乗に従って変化した。したがって,低レイノルズ数域で作動するタービン翼列を設計する際には,少なくとも-0.35乗則(あるいは-1/3乗則)を用いて性能予測をする必要があると考えられる。

レイノルズ数の低下に伴う性能劣化を少しでも減らすためには,タービン翼列形状を最適化する必要がある。従来のような高レイノルズ数域における経験則に基づいた翼列設計に頼っていては,低レイノルズ数域において高性能なタービン翼列は望めそうもない。低レイノルズ数域におけるタービン翼列形状の最適化には,近年発達が著しい数値流体力学(CFD)を適用することが不可欠である。低レイノルズ数域でのタービン翼列のCFD解析を発達されるには,検証に使える信頼性の高い実験データが求められるが,低レイノルズ数域での非定常流れの計測はこれまで皆無であった。本研究で得られた豊富な実験データが,CFDコードの信頼性向上に利用されることにより,低レイノルズ数域で高い性能を有するタービン翼列が開発されることが期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「低レイノルズ数域における環状タービン翼列特性」と題し,9章からなっている.

タービン翼列は,発電用ガスタービンや航空推進ジェットエンジンの主要な構成要素である.近年開発が盛んに進められている産業用および航空用の小型ガスタービンでは,翼の小型化とタービン入口温度の上昇によって,タービン翼列のレイノルズ数が低下する.しかし,低レイノルズ数域の実験データは,直線翼列の2次元流れのデータが数例報告されているのみで,環状翼列の3次元流れのデータは皆無である.本研究は,3孔ピトー管,5孔ピトー管,熱線流速計,レーザードップラ流速計等の計測方法を駆使することによって,10^4オーダーの低レイノルズ数域での環状タービン翼列の静翼の三次元流れ,動翼の非定常流れ等の空気力学特性を実験的に明らかにしている.

第1章「序論」では,本研究の動機,タービン翼列のレイノルズ数の影響,二次流れ,非定常流れなどに関する従来の研究を概説し,本研究の意義と目的を述べ,本論文の構成を説明している.

第2章「実験装置」では,実験風洞,タービン翼列,乱れ発生装置及び乱れ度特性,流動計測システムについて述べている.

第3章「境界層計算による遷移点・層流剥離点・再付着点の位置とレイノルズ数との関係の予測」では,二次元の境界層計算を行い,低レイノルズ数域では層流剥離が生じることを明らかにしている.

第4章「低レイノルズ数域における環状タービン静翼の三次元流れに与えるレイノルズ数と主流乱れ度の影響」では,静翼入口流れと翼弦長を基準としたレイノルズ数が1.8×10^4から10.8×10^4の範囲で,流速,流れ方向,静圧,乱れ度分布を測定している.その結果,レイノルズ数が低下すると,翼負圧面側の剥離の発生による形状損失の増加と,壁面近くの二次渦の影響による二次損失の増加で,全圧損失が2倍近くに増加すること,しかし主流乱れの影響はレイノルズ数に比して少ないことを明らかにしている.

第5章「環状タービン翼列の三次元流れに与えるチップクリアランスの影響と低レイノルズ数化の関係」では,レイノルズ数が低下すると翼端隙間流れが全圧損失分布と3次元流れの構造に変化を与えるが,測定面全体の翼端隙間損失は,レイノルズ数によらずほぼ一定であることを明らかにしている.

第6章「低レイノルズ数域で作動する環状タービン動翼のミッドスパンにおける非定常流れの解明」では,静翼入口流れ基準のレイノルズ数2×10^4で,タービン動翼ミッドスパンでの流れをレーザードップラ流速計により計測している.その結果,静翼のウェークが動翼上流で動翼周りの速度分布により弓状にねじ曲げられながら動翼内部に流入し,動翼下流で動翼負圧面側の剥離領域や動翼ウェークと干渉して,非等方性の強い乱れを持つ複雑な非定常流れを発生させることを示している.

第7章「環状タービン動翼ミッドスパンの非定常流れに与えるレイノルズ数と主流乱れの影響」では,静翼入口流れ基準のレイノルズ数2×10^4から6×10^4で測定している.その結果,レイノルズ数が低下するほど,翼後縁のウェークが急増し,動翼負圧面側での剥離が上流側から発生して剥離領域が大きく発達し,流れの非定常性(周期的な変動)が強くなること等を明らかにしている.動翼出口直後のウェークのエネルギ消散厚さ(全圧損失と対応)は,レイノルズ数が5.4×10^4以下ではレイノルズ数の-0.5乗に比例することを示している.また,主流乱れ度の影響はレイノルズ数の影響ほど顕著ではなく,翼後縁直後でのウェーク形状は主流乱れ度が変わっても変化が見られないが,ウェークが下流に流れる際に誘起する非定常変動は,主流乱れ度が高いほど少なくなることを明らかにしている.

第8章「静翼ウェークと二次渦によって生じる環状タービン動翼まわりの非定常流れ」では,静翼入口流れ基準のレイノルズ数2×10^4で,タービン動翼全体の非定常流れを,レーザードップラ流速計により計測している.その結果,静翼のウェークと二次渦が動翼内部の流れに与える影響を捉え,それらと動翼内部の剥離領域,動翼後縁のウェーク,流路渦や翼端隙間からの漏れ渦との非定常干渉を解明し,動画として解析することによって,タービン動翼周りの非定常流れを分かりやすく表示することに成功している.

第9章「結論」では,以上を総括するとともに,従来の高レイノルズ数域で作動するタービン翼列の設計で利用されている「損失はレイノルズ数の-0.2乗に比例する」関係を用いて小型ガスタービンのタービン翼列を設計すると,実機で得られる性能が設計値を大きく下回ってしまい,所望の性能が得られない可能性が高いことを指摘している.これを防ぐためには,低レイノルズ数域で作動するタービン翼列を設計する際には,少なくとも-0.35乗則(あるいは-1/3乗則)を用いて性能予測をする必要があると示唆している.さらに,低レイノルズ数域のタービン翼列形状の最適化には,近年発達が著しい数値流体力学(CFD)を適用することが不可欠で,本研究で得られた豊富な実験データが,CFDコードの信頼性向上に利用されることを期待している.

上記のように本論文は,低レイノルズ数域でのタービン翼列のCFD解析に必要不可欠な信頼性の高い実験データを提供し,また低レイノルズ数域における損失とレイノルズ数の関係を明らかにしており,機械工学,特にガスタービン工学の発展に寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51178