学位論文要旨



No 215690
著者(漢字) 神子,公男
著者(英字)
著者(カナ) カミコ,マサオ
標題(和) 金属薄膜・多層膜の成長制御と磁気物性に関する研究
標題(洋)
報告番号 215690
報告番号 乙15690
学位授与日 2003.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第15690号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 助教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

薄膜作製技術の著しい進歩に伴い、物質を単原子層レベルで薄膜化し、あるいは積層することで多くの新しい物性が発見され、機能材料として用いられるようになった。金属多層膜の分野においては、巨大磁気抵抗効果(GMR)や垂直磁気異方性等の特異な性質が発見されて以来、世界中でこれら物性の解明、特性の向上、機能材料への応用に関する研究が続けられている。

金属多層膜に現れる物性をデバイスへ応用しようとするとき、多層膜界面の構造が物性にどのように影響を与えるかを知ることが極めて重要である。従って、多層膜の界面構造の詳細な研究と原子レベルでの制御が必要となる。金属薄膜の成長様式を原子レベルで制御することが可能ならば、多層膜の物性と構造との相関関係について新たな知見が得られるとともにそれら物性の向上にもつながると考えられる。薄膜の構造制御の手法としては、近年、薄膜の結晶構造を制御する手法であるSeeded Epitaxy (SEE)と、薄膜の成長様式を島状成長から層状成長に変化させる手法であるSurfactant Mediated Epitaxy (SME)が注目を集めている。SEE法は、多層膜の下地層を制御する際に長年にわたって広く用いられてきた手法であるが、多くは経験的なものに頼り、そのメカニズムに関して詳細な説明が施されたことがなく、用いる際の指針となるべきものが存在しない。一方、SME法に関しては、今まで多くの研究が成されてきたが、そのメカニズムに関しては諸説入り乱れており、解明されていないのが現状である。

本研究では、本研究では、これらSEE法、SME法のメカニズムを解明するとともに、これら手法を用いて金属多層膜の異種物質界面の構造を制御し磁気特性の向上をはかることを目的としている。

本論文は全8章で構成されており、構成内容は以下の通りである。

第1章は、緒論であり、金属薄膜・多層膜に関するこれまでの研究を主に物性研究の観点から概観し、本研究の目的と論文の構成について記述した。

第2章では、金属多層膜の垂直磁気異方性やGMR効果に関するこれまでの研究成果、及びその理論について記述した。

第3章では、SME法について、実験及び理論的結果を詳細に記述した。

第4章では、本研究で用いた金属薄膜の作製手法と構造ならびに物性の解析手法について説明した。

第5章では、Coシード層を用いたシーディッドエピタキシー法によるCo/Au(111)多層膜の構造制御と垂直磁気異方性に関する結果と考察である。

第6章は、SME法を用いた金属薄膜の成長制御について詳細に記述した。サーファクタント元素としてBi、Pb、Agを用い、Fe(100)面上のFe薄膜、Fe(100)面上のCr薄膜、Au(111)面上のAu薄膜、Au(111)面上のCo薄膜等、多数の系について主としてRHEED(反射高速電子線回折法)強度の時間的振動の測定により系統的に薄膜成長の研究を行った結果である。

第7章は、サーファクタントを用いたFe/Cr(100)、Co/Au(111)多層膜の構造解析、磁気抵抗、垂直磁気異方性の結果を記載するとともに、Fe/Cr多層膜におけるGMR効果と界面構造、Co/Au多層膜における垂直磁気異方性と界面・結晶構造との相関関係について議論した。

第8章は本研究の総括であり、金属多層膜の構造制御と物性に関して議論した。

本研究で得られた知見を以下にまとめる。

Al2O3(0001)単結晶基板上にCoシード層を用いないで作製したAuバッファー層の場合、基板に対し(111)配向しているが、膜面内に対しては配向性が悪く、二次元的な多結晶状態である。一方、Coシード層(膜厚4Å以上)を用いて作製したAuバッファー層は二次元多結晶ではなく、良質の結晶配向性と表面構造を有する。この理由は、Coの最外殻3d軌道電子がAl2O3の酸素原子の2p軌道と軌道混成した場合の結合エネルギーが大きいため、Coがエピタキシャル成長するからであると説明される。一方Auの場合は、基板との格子のミスマッチは小さいが(格子のミスマッチはAuが4.89%でCoが9.70%)、最外殻の5d軌道が閉殻構造をしているため酸素原子の2p軌道と軌道混成できず、AuとAl2O3の間の結合力が弱いためエピタキシャル成長できないと考えられる。この様に、Al2O3(0001)基板上のAu、並びにCoシード層の成長メカニズムは格子定数の差では説明できず、Al2O3(0001)基板とAu、Coとの結合力の差で説明されることが判明した。

本研究結果を基に、単結晶酸化物基板上に金属薄膜をエピタキシャル成長させる場合の金属シード層選択の指針を提示し実証した。即ち、酸化物基板の酸素イオンとの結合を強めるため、シード層を構成する金属元素の最外殻電子軌道のd軌道が開殻構造になっていること、そして酸化物基板とシード層との間の格子のミスマッチが小さいものがシード層として効果があると言える。

Coシード層を用いて作製したAu(111)バッファー層上のCo/Au(111)多層膜は、成長の初期段階に於いて層状成長していることが分かった。一方、Coシード層を用いないAu(111)バッファー層上のCo/Au(111)多層膜はステップフロー成長する。Co/Au(111)多層膜の構造解析と表面構造解析の結果から、Coシード層を用いたAuバッファー層上に作製したCo/Au(111)多層膜の方が、良質の表面及び界面構造を有していることが判明した。

Coシード層を用いて作製したCo/Au(111)多層膜の膜面垂直方向の残留磁化と膜面内方向の残留磁化の比は、Coシード層を用いないものに比べて減少した。この結果から、良質の結晶構造と界面構造を有するCo/Au(111)多層膜は垂直磁化膜にならないということが判明した。この理由として、シード層を用いた多層膜の磁区構造が、シード層を用いないものに比べて大きいことが考えられる。一方、垂直磁気異方性エネルギーに関しては、Coシード層を用いて作製したCo/Au(111)多層膜の方がCo膜厚全般にわたって増大した。

Bi、Pb、Agをサーファクタントとして用い、Fe(100)表面上のFe、Cr、及びAu(111)表面上のAu、Coの成長制御を行った。SME法に関して次の(1)〜(4)の結論が得られた。

(1) Bi、Pb等のサーファクタントはFe(100)表面上のFeのホモエピタキシャル成長、Crのヘテロエピタキシャル成長、Au(111)表面上のCoヘテロエピタキシャル成長に於いて層状成長を促進させる働きがある。

(2) 薄膜の層状成長に効果的に働くサーファクタントの量には最適値が存在する。またその最適値もサーファクタントの種類、基板温度等の条件によって変化する。

(3) Bi、Pbは金属薄膜成長中に表面偏析し、サーファクタントとして効果的に働くが、Bi、Pbよりも表面エネルギーが大きく、原子半径の小さいAgは表面偏析せず、サーファクタントとして効果的に働かない。サーファクタントとして最も効果的に働くのは、これらの元素の中で表面エネルギーの一番小さいBiである。

(4) SME法のメカニズム、及びサーファクタントの量に最適値が存在するメカニズムは、サーファクタント原子が蒸着原子の表面拡散を妨げ、表面拡散の活性化エネルギーを増加させることによる、ステップでの付加的な拡散の活性化エネルギー障壁の減少と、島のサイズの微小化(微細島の高密度化)であるとして説明される。

Biサーファクタントを用いて、Fe/Cr(100)多層膜の成長中にRHEED観察を行った結果、BiサーファクタントはFe/Cr多層膜の層状成長を促進させる働きがある事が分かった。また、Fe/Cr多層膜の界面のラフネスや不均一性はBiサーファクタントを用いて作製した多層膜の方が小さい。

Biサーファクタントを用いたFe/Cr多層膜の磁化測定を行った結果、反強磁性結合の割合が増大した。また、それに伴い磁気抵抗比も7.8%から10.1%へと向上した。サーファクタントを用いて界面構造をより急峻にした多層膜の磁気抵抗比が上昇した。このGMR効果増大の要因は、膜厚の均一性による反強磁性結合の増大と、界面でのスピン依存散乱の割合が減少したことによるものと考えられる。

Biサーファクタントを用いて、Co/Au(111)多層膜の成長中にRHEED観察を行った。その結果、Biサーファクタントは層状成長を促進させる働きに関して効果的に働かず、むしろ島状成長を促進させる働きがある事が判明した。この理由は、BiがAuの拡散エネルギー障壁を減少させてAuがステップフロー成長するためであると推測される。また、X線回折、及びX線反射率測定の結果から、Biを用いた場合の界面のラフネスは大きい事が分かった。

サーファクタントを用いて作製したCo/Au(111)多層膜の膜面垂直方向の残留磁化と膜面内方向の残留磁化の比はサーファクタント層を用いないものに比べて増加した。この原因は、サーファクタントによる多層膜界面での高密度転位の発生と、界面ラフネスによる微小粒界の形成によって、磁壁のピンニング効果が大きいためであると考えられる。一方、垂直磁気異方性エネルギーに関しては、サーファクタントを用いて作製したCo/Au(111)多層膜の方がCo膜厚全般にわたって減少した。この結果とシード層の結果から、良質な結晶構造及び界面構造を有する金属多層膜は、垂直磁気異方性エネルギーは増大するが、零磁場では面内磁化膜である。逆に、結晶構造や界面構造の乱れが多い金属多層膜の垂直磁気異方性エネルギーは小さいが、零磁場で垂直磁化膜となることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

薄膜作製技術の著しい進歩に伴い、物質を単原子層レベルで薄膜化し、あるいは積層することで多くの新しい物性が発見され、機能材料として用いられるようになった。金属多層膜の分野においては、巨大磁気抵抗効果(GMR)や垂直磁気異方性等の特異な性質が発見されて以来、世界中でこれら物性の解明、特性の向上、機能材料への応用に関する研究が続けられている。

近年、薄膜の配向面を制御する手法であるSeeded Epitaxy (SEE) 法と、成長様式を島状成長から層状成長に変える手法であるSurfactant Mediated Epitaxy (SME) 法が注目を集めている。本研究は、これらSEE法、SME法のメカニズムを解明するとともに、これら手法を用いて金属多層膜の異種物質界面の構造を制御し磁気特性の向上をはかることを目的としたものであり、8章よりなる。

第1章は、緒論であり、金属薄膜・多層膜に関するこれまでの研究を主に物性研究の観点から概観し、本研究の目的と論文の構成について述べている。

第2章は、金属多層膜の垂直磁気異方性やGMR効果に関するこれまでの研究成果、及びその理論について詳細に述べている。

第3章は、SME法について、実験及び理論的結果を詳細にまとめている。

第4章は、本研究で用いた金属薄膜の作製手法と構造ならびに物性の解析手法について説明している。

第5章は、Coシード層を用いたSEE法によるCo/Au(111)多層膜の構造制御と垂直磁気異方性に関する結果である。Al2O3(0001)基板上にCoシード層を用いた結果、Auバッファー層の構造規則度は向上し、その表面はより平坦になった。シード層による構造制御のためには、基板と金属層との格子定数の差が小さいということよりも、Al2O3基板との結合力の大きい金属シード層を選択して挿入した方が良いということを明らかにした。また、本研究結果を基に、単結晶酸化物基板上に金属薄膜をエピタキシャル成長させる場合の金属シード層選択の指針を提示し実証している。即ち、酸化物基板の酸素イオンとの結合を強めるため、シード層を構成する金属元素の最外殻電子軌道のd軌道が開殻構造になっていること、そして酸化物基板とシード層との間の格子のミスマッチが小さいものがシード層として効果があると述べている。Coシード層を用いて得られたCo/Au多層膜の方が、通常の多層膜と比較してより大きな垂直磁気異方性エネルギーが得られることを示した。これは多層膜の結晶構造や界面構造が改善された結果、磁気弾性異方性エネルギーが大きくなったためであると説明している。

第6章は、SME法を用いた金属薄膜の成長制御について詳細に述べている。サーファクタント元素としてBi、Pb、Agを用い、Fe(100)面上のFe薄膜、Fe(100)面上のCr薄膜、Au(111)面上のAu薄膜、Au(111)面上のCo薄膜等の多数の系について主としてRHEED(反射高速電子線回折法)強度の時間的振動の測定により系統的に薄膜成長を研究している。その結果、層状成長を促進するサーファクタントの量には最適値が存在すること、またその最適値も基板の種類や、蒸着温度等の条件によって変化すること、サーファクタントとして最も効果的に働くのは、これらの元素の中で表面エネルギーの一番小さいBiであることを見出した。層状成長を長く持続させるサーファクタントの量の最適値は、Fe(100)面上のFe薄膜成長の場合は約0.1ML(表面被覆率0.1)であった。SME法の主要なメカニズムは、サーファクタント原子により蒸着原子が層状成長するのに必要なステップでの付加的エネルギー障壁が減少するためであると結論している。

第7章は、最適なサーファクタント元素であるBiによるFe/Cr(100)多層膜界面の制御を行い、多層膜の構造と磁気物性との相関関係について記述している。サーファクタント法を用いて作製したFe/Cr多層膜の界面は予想通り急峻であり、磁気抵抗比も7.8%から10.1%に増加したことを確認している。このGMR効果増大の要因は、膜厚の均一性による反強磁性結合の増大と、界面でのスピン依存散乱の割合が減少したことによるものと説明している。

第8章は、本研究の総括である。

以上を要するに、本研究はSEE法、SME法による金属薄膜ならびに多層膜の成長制御を行い、磁気抵抗や垂直磁気異方性といった磁気物性の向上を図ったものである。その結果、酸化物基板上の金属シード層選択の指針を提示すると共に、サーファクタント原子を系統的に変化させて、SME法のメカニズムを明らかにし、これら手法が金属多層膜の界面構造制御、並びに物性制御に有効であることを示したものであり、金属材料物性工学の発展に寄与している。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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