学位論文要旨



No 215692
著者(漢字) 堀川,雅人
著者(英字)
著者(カナ) ホリカワ,マサト
標題(和) 肝胆管側膜トランスポーターを介した薬物間相互作用の解析と応用
標題(洋)
報告番号 215692
報告番号 乙15692
学位授与日 2003.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15692号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

「序論」

薬物間相互作用に関するこれまでの研究の多くは、P450 をはじめとする薬物代謝酵素を介したもの、腎排泄に関するもの、が中心であった。しかしながら近年、多様な基質認識性をもつトランスポーター群が肝胆管側膜に発現し、種々薬物の胆汁排泄、ひいては効果/副作用に重要な役割を果たすことが明らかにされつつある。本研究は胆管側膜トランスポーターを介した薬物間相互作用の可能性の検証とその応用を目的とした。すなわち、胆汁排泄における薬物間相互作用を積極的に利用した抗癌剤塩酸イリノテカン(以下CPT-11)の副作用(消化管毒性)の軽減、および臨床的に胆汁うっ滞を起こすことが報告されている薬物について、それら薬物によるうっ滞がトランスポーター阻害で、どの程度説明できるかについて明らかにすることを目指した。

「本論」

CPT-11 の消化管毒性に関する検討

CPT-11は幅広い抗癌活性を有する薬剤であるが、副作用として遅延性の下痢を起こす。CPT-11はプロドラッグであり投与後、活性代謝物SN-38を生成する。CPT-11、SN-38およびSN-38グルクロン酸抱合体(以下SN38-Glu)は胆汁排泄を受け消化管内へと排泄される。これまで提唱されている下痢発生の主な仮説は、胆汁排泄されたSN-38自身による消化管障害あるいは胆汁排泄されたSN38-Gluの消化管内脱抱合から生じたSN-38による障害の可能性などである。これまでの東大・薬・製剤設計学・杉山研究室の解析からSN-38およびSN38-Gluは主に胆管側膜トランスポーター MRP2/ABCC2を介して胆汁排泄されることが明らかになっている。そこでMRP2阻害によりSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄を阻害することで下痢の軽減を試みた。臨床への応用を目指し、阻害剤はMRP2もしくは基質特異性の類似したMRP1の基質または阻害剤であり、かつ臨床応用されているものを中心に選択した。これら化合物を用い、ラット肝胆管側膜ベシクル(以下 CMVs)への、MRP2の典型的な基質であるS-(2,4-dinitrophenyl)-glutathione抱合体(以下DNP-SG)の取り込みに対する阻害を検討したところ13種類の化合物で濃度依存的な阻害が観察された。Ki値とともに阻害強度のファクターとなる臨床阻害剤濃度は、本来使用すべき肝臓内非結合型濃度の見積もりが困難であることから、最大循環血中非結合型濃度、および最大肝流入非結合型濃度で代用した。これら阻害剤のKi値および文献情報から得られた臨床濃度の関係をまとめたところProbenecid、Sulfobromophthalein、Cefodizimeである程度の阻害が予想された。さらに、ヒトでの半減期、Probenecid;8.5 hr(経口)、Sulfobromophthalein;0.13 hr(静注)、Cefodizime;3.3 hr(静注)を考慮すると経口投与で持続性が期待されるProbenecid が最も適切な化合物であると考えられた。次に、阻害効果をin vivo ラットで検証した。各種阻害剤をラットに静脈内定速注入し、定常状態後CPT-11を静注し、未変化体およびその代謝物の血漿中濃度推移と胆汁排泄量を検討した。その結果、各種阻害剤との併用によりSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄阻害が確認され、それらの胆汁排泄クリアランス(血漿中濃度基準)も低下した。また、in vivo ラットで観察されたSN-38の胆汁排泄クリアランスの低下がin vitro CMVsへのSN-38取り込みに対するKi値から予測が可能か否かを検証したところ、Probenecid では比較的定量的に一致し、胆汁排泄阻害の予測が可能であった。次にProbenecidの胆汁排泄阻害における種差を検討する目的でラット、サルおよびヒト肝臓より調整したCMVsへのCPT-11およびその代謝物の取り込みに対する影響を検討した。3種ともにSN-38およびSN38-Gluで濃度依存的な阻害傾向を示し、Ki値に明確な種差は認められなかった。またラットでは主にMDR1/ABCB1で排泄されるCPT-11に対する阻害はいずれの種での小さく、阻害は代謝物特異的であった。

以上、SN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄阻害に最も有効な化合物はProbenecidと考えられ、排泄阻害効果に種差は観察されず、臨床においてもProbenecid併用がSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄を阻害する可能性が強く示唆された。

消化管毒性とSN-38の消化管への暴露に及ぼすProbenecid 併用の影響

Probenecidの併用はSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄を減少させるが、血中濃度は増加させるため、そのままの用量ではover dose となる。そこでProbenecid併用ではCPT-11の用量を1/2にすることで、血中濃度は減量前と同等とし、かつ胆汁排泄をさらに減少させることが可能であると考えた。実験は、上記観点よりCPT-11の投与量は10、20mg/kgの2用量設定した。ラットにおけるProbenecidの下痢抑制効果をスコア化したところ、CPT-11 20mg/kgの単独投与群では投与開始後5日目より全例が重度の下痢症状を示した。一方、Probenecid併用のCPT-11 10mg/kg投与群ではその程度は軽度であり、重度症例は認められなかった。このときの血漿中SN-38濃度はCPT-11 20mg/kgの単独投与群とProbenecid併用のCPT-11 10mg/kg投与群でほぼ同程度であり、骨髄抑制マーカーである白血球数減少もこの結果を反映したものとなった。また、Probenecidの併用はCPT-11誘発の体重減少を一部改善し、摘出消化管における絨耗細胞のマーカー酵素、alkaline phosphataseの活性(回腸、大腸部)、消化管腺禍部細胞のマーカー酵素、thymidine kinaseの活性(十二指腸、回腸、空腸部)においても改善効果を示した。

これらのことからProbenecidの併用はCPT-11のdoseを下げても減量前の単独投与群とほぼ同程度の血中SN-38濃度を与え、骨髄抑制にも影響を与えない一方、胆汁排泄を阻害することで下痢については大きく抑制する可能性が示唆された。

次にProbenecidによる下痢軽減効果の裏付けとしてSN-38の消化管内暴露について検討した。ProbenecidとCPT-11を静脈内注入し、実験終了後に消化管を摘出し、消化管粘膜層内SN-38濃度を測定した。その結果、Probenecid併用のCPT-11 150μg/min/kgの投与群は2倍用量、同用量での単独投与群と比較し、粘膜層におけるSN-38濃度を低下させ、さらにKp値(消化管細胞内濃度を血漿中濃度により除した値)は顕著に低下させた。このことは、ProbenecidがSN-38ないしはSN38-Gluの胆汁排泄を阻害し、管腔内への移行を低下させた結果、SN-38の小腸粘膜への暴露を抑えていることを示唆した。

以上ラットにおいてProbenecidの併用はCPT-11誘発の下痢を軽減し、このことはProbenecidがSN-38の消化管粘膜層への暴露を減少させたことに起因すると考えられた。

肝胆管側膜ベシクルを用いた胆汁うっ滞の予測

Bile flowはそれぞれBSEP/ABCB11およびMRP2によって濃縮的に排泄された胆汁酸類とglutathioneにより惹起された浸透圧勾配による水の移動現象であることが報告されている。Bile flowはBSEPによる胆汁酸類の排泄に依存した胆汁酸依存性胆汁とMRP2によるglutathioneの排泄に依存した胆汁酸非依存性胆汁の2つに大別される。これまでこれら輸送担体の阻害による胆汁うっ滞の可能性が数種類の薬物で報告されている一方、うっ滞を起こす薬物、MRP2を阻害する薬物はそれぞれ多数存在する。そこで、肝胆管側膜トランスポ-タ-阻害で臨床での胆汁うっ滞が説明しうるかをこれまでうっ滞が報告されている15種類の薬物を用いて検討した。ラットCMVsを用い、taurocholate(BSEPの典型的基質)とDNP-SGの取り込みに対する影響を検討した。結果、taurocholateの取り込みに対するcyclosporin A、glibenclamideおよびDNP-SGの取り込みに対するcyclosporin A が強い阻害活性を示した。Ki値と文献情報より得られた臨床濃度の関係から阻害の程度をまとめたところ、大半の化合物でKi値は臨床濃度よりもはるかに大きく阻害の可能性は低いと考えられた。しかしcloxacillin、cyclosporin Aおよびmidecamycinなどではトランスポ-タ-阻害によるうっ滞の可能性が認められた。種差の可能性を考え、ヒト肝臓より調整したCMVsを用いてさらに検討を行った。阻害剤の濃度はラットで観察されたKi濃度に設定した。taurocholateの取り込みに対してヒトでは、cloxacillin、glibenclamideはラットのそれよりもはるかに高い阻害活性を示した。また、DNP-SGの取り込みに対してはchlorpromazine 、midecamycin 、cyclosporin Aの阻害活性はラットのそれよりも弱いものであった。

以上、検討した大部分の化合物では、親化合物によるトランスポーター阻害ではうっ滞を説明できなかった。しかしBSEPに対するcloxacillin、glibenclamideの阻害効果はヒトで強く出る傾向があり、臨床でのうっ滞mechanismの可能性の一部としてBSEP阻害が考えられた。

「結論」

以上本研究から、胆汁排泄における薬物間相互作用を利用し、SN-38 の消化管暴露を減少させることで消化管毒性を軽減することが可能であった。一方、臨床上胆汁うっ滞を示す薬物の大部分は、自身によるトランスポ-タ-阻害での胆汁うっ滞の可能性は低いものの、一部化合物ではその可能性が示唆され、BSEP、MRP2 阻害効果の種差の可能性も示唆することができた。本研究は胆管側膜トランスポーターを介した薬物間相互作用の予測とその応用に有益な情報を与えるものと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

これまで薬物間相互作用に関する研究の多くは、代謝酵素に関するものが中心であった。近年、肝胆管側膜に発現するトランスポーター群が種々薬物の胆汁排泄、効果/副作用に重要な役割を果たすことが明らかにされつつある。本研究は胆管側膜トランスポーターを介した薬物間相互作用の可能性の検証とその応用を目的とし、胆汁排泄における薬物間相互作用を積極的に利用した抗癌剤塩酸イリノテカン(以下CPT-11)の副作用(消化管毒性)の軽減、および臨床で胆汁うっ滞が報告されている薬物のうっ滞が肝胆管側膜トランスポ-タ-阻害で説明しうるかを検討した。

CPT-11 の消化管毒性に関する検討

CPT-11は幅広い抗癌活性を有する薬剤であるが、副作用として遅延性下痢を起こす。CPT-11はプロドラッグであり投与後、活性代謝物SN-38を生成する。CPT-11、SN-38およびSN-38グルクロン酸抱合体(以下SN38-Glu)は胆汁排泄を受け、消化管内へと排泄される。現在まで提唱されている下痢発生の主な仮説は、胆汁排泄されたSN-38自身あるいは胆汁排泄されたSN38-Gluの消化管内脱抱合から生じたSN-38による消化管障害の可能性などである。我々はSN-38およびSN38-Gluは主に胆管側膜トランスポーター MRP2/ABCC2を介して胆汁排泄されることを明らかにしてきた。そこでMRP2阻害によりSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄を阻害することで下痢の軽減を試みた。ラット肝胆管側膜ベシクル(以下 CMVs)へのMRP2の典型基質、S-(2,4-dinitrophenyl)-glutathione 抱合体(以下DNP-SG)の取り込みに対する各化合物の阻害を検討することでMRP2の阻害剤検索を行った。阻害剤のKi値と文献情報からの臨床濃度の関係およびヒト半減期から、経口投与で持続性が期待されるProbenecid が最も適切な化合物であると考えられた。阻害剤の効果をin vivo ラットで検証するため、各種阻害剤を静脈内定速注入し、定常状態後 CPT-11を静注したところ、SN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄阻害が確認された。また、Probenecidの胆汁排泄阻害における種差を検討する目的でラット、サルおよびヒト肝臓のCMVsへのCPT-11およびその代謝物の取り込みに対する影響を検討した。3種ともにSN-38およびSN38-Gluで濃度依存的な阻害傾向を示し、Ki値に明確な種差は認められなかった。

以上、SN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄阻害に最も有効な化合物はProbenecidと考えられ、排泄阻害効果に種差は観察されず、臨床においてもProbenecid併用がSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄を阻害する可能性が示唆された。

消化管毒性とSN-38の消化管への暴露に及ぼすProbenecid 併用の影響

Probenecidの併用はSN-38およびSN38-Gluの胆汁排泄を減少させるが、血中濃度は増加させるため、そのままの用量ではover dose となる。そこでProbenecid併用ではCPT-11の用量を1/2にすることで、血中濃度は減量前と同等とし、胆汁排泄をさらに減少させることが可能であると考えた。上記観点よりCPT-11の投与量は2点設定し、2倍用量でのCPT-11単独投与群、CPT-11単独投与群、およびProbenecid併用のCPT-11投与群間で比較を行った。ラットにおけるProbenecidの下痢抑制効果をスコア化したところ、2倍用量でのCPT-11単独投与群では投与開始後5日目より全例が重度の下痢症状を示した。一方、Probenecid併用群ではその程度は軽度であり、重度症例は認められなかった。このときの血漿中SN-38濃度は2倍用量でのCPT-11単独投与群とProbenecid併用群でほぼ同程度であり、骨髄抑制マーカーである白血球数減少もこの結果を反映したものとなった。また、Probenecidの併用はCPT-11誘発の体重減少を一部改善し、摘出消化管における絨耗細胞のマーカー酵素においても改善効果を示した。

次にProbenecidによる下痢軽減効果の裏付けとしてSN-38の消化管内暴露について検討した。CPT-11をProbenecidと併用および単独で静脈内注入し、実験終了後に消化管を摘出し、消化管粘膜層内SN-38 濃度を測定した。その結果、Probenecid併用群は2倍用量、同用量でのCPT-11 単独投与群と比較し、粘膜層におけるSN-38濃度を低下させ、さらにKp値(消化管細胞内濃度を血漿中濃度により除した値)は顕著に低下させた。

以上ラットにおいてProbenecid の併用はCPT-11 誘発の下痢を軽減し、このことはProbenecidがSN-38の消化管粘膜層への暴露を減少させたことに起因すると考えられた。

肝胆管側膜ベシクルを用いた胆汁うっ滞の予測

Bile flowは肝胆管側膜トランスポーターBSEP/ABCB11およびMRP2によってそれぞれ濃縮的に排泄された胆汁酸類とglutathioneが駆動力となっている。そこで、臨床でうっ滞が報告されている薬物を用い、胆管側膜トランスポ-タ-の阻害でうっ滞が説明しうるかを検討した。ラットCMVsを用い、taurocholate(BSEPの典型的基質)とDNP-SGの取り込みに対する影響を検討した。Ki値と文献情報より得られた臨床濃度の関係から阻害の程度をまとめたところ、大半の化合物でKi値は臨床濃度よりもはるかに大きく阻害の可能性は低いと考えられた。しかし一部化合物ではトランスポ-タ-阻害によるうっ滞の可能性も認められた。種差の可能性を考え、ヒトCMVsにおいても検討を行った。taurocholateの取り込みに対してヒトでは、cloxacillin、glibenclamideはラットのそれよりもはるかに高い阻害活性を示した。

以上、検討した大部分の化合物では、親化合物によるトランスポーター阻害ではうっ滞を説明できなかったが、一部化合物ではその可能性が認められた。また、BSEPに対するcloxacillin、glibenclamideの阻害効果はヒトで強く出る傾向があり、臨床でのうっ滞mechanismの可能性の一部としてBSEP阻害が考えられた。

以上本研究は、胆汁排泄における薬物間相互作用を利用し、SN-38 の消化管暴露を減少させることで消化管毒性が軽減できることを明らかとした。また、臨床上胆汁うっ滞を示す薬物の大部分は、自身によるトランスポ-タ-阻害でのうっ滞の可能性は低いが、一部化合物でのその可能性を示唆し、阻害効果の種差についても言及した。

これらの知見は薬物体内動態における相互作用研究に重要な情報を与え、今後の医薬品開発に貢献できることを提起しており、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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