学位論文要旨



No 215693
著者(漢字) 菊地,千佳
著者(英字)
著者(カナ) キクチ,チカ
標題(和) 5-HT7受容体選択的アンタゴニストの創製及びその創薬への応用
標題(洋)
報告番号 215693
報告番号 乙15693
学位授与日 2003.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第15693号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 杉山,雄一
内容要旨 要旨を表示する

序論

セロトニン (5-HT) 受容体は大きく7種に分類され(5-HT1-5-HT7)、そのいくつかにはサブタイプが存在することが知られている。5-HT7受容体はその中でも最も新しく確認された受容体である。5-HT7受容体は脳内の視床下部に高密度で存在し、生体リズム調節機構に密接に関連していることが示唆されている。また、末梢組織では血管拡張作用への関与を示す報告もある。新規創薬ターゲットとしての強い興味から、強力、かつ選択的に5-HT7受容体に結合するリガンドの創製が強く求められている。以上の背景より、著者は5-HT7受容体選択的リガンドの創製とその創薬への応用を目指して本研究に着手した。

研究開始当初、5-HT7受容体に選択的に作用する化合物はアゴニスト、アンタゴニストともに報告がなかった。1999年に著者らが報告したテトラヒドロベンズインドール誘導体DR4004(1)は世界で2番目に報告された選択的アンタゴニストとなる(図1)。それ以降、いくつかの新規選択的アンタゴニストが報告されたが、選択的アゴニストの報告は未だない。

創薬応用を目指すにあたり、5-HT7受容体アンタゴニストの適応疾患を「概日リズム睡眠覚醒障害」と想定した。「概日リズム睡眠覚醒障害」とは、生体リズム調節機構に何らかの異常が生じ、その結果睡眠-覚醒のリズムに乱れが生じるという疾患である。生体には概日リズムの測時機構である体内時計が存在し、哺乳動物の場合、それは視床下部の視交叉上核に存在することが知られている。体内時計は光による情報入力によってリズム調節を行う(体内時計の光同調性)。一方、5-HTは光による情報入力を抑制的に制御する。その際に関与する受容体が5-HT7受容体である、と示唆されている。以上より、5-HT7受容体アンタゴニストは「5-HTに対する拮抗作用に基づき体内時計の光同調性を促進し、生体リズム調節機構を正常化する」という作用機序を有する概日リズム睡眠覚醒障害の治療薬になりうる、と考えられる。

リード化合物の選択、及び構造活性相関の検討

既存薬の受容体結合プロファイル解析を行ったところ、5-HT2受容体親和性と5-HT7受容体親和性の間に高い相関が確認された。そこで5-HT2受容体に親和性を有する自社化合物から優先してスクリーニングを実施、まもなく強い5-HT7受容体親和性を有するテトラヒドロベンズインドール誘導体を見出した。以降、このテトラヒドロベンズインドール環を基本骨格として合成展開を行い、5-HT7受容体親和性の向上、及び5-HT2受容体親和性との乖離を目標として化合物スクリーニングを進めていった。

4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン誘導体1、及び4-フェニルピペリジン誘導体2はいずれも優れた5-HT7受容体親和性、及び選択性を示した。4-フェニルピペラジン誘導体(3-7)の多くは強い5-HT7受容体親和性を有していた。特に、2-カルバモイルフェニルピペラジン誘導体4、及び2-アセチルフェニルピペラジン誘導体5は優れた5-HT7受容体選択性を示した。これより、水素結合受容性官能基が5-HT7親和性と5-HT2親和性の乖離に有用であることが示唆された。2,6-ジメチルフェニルピペラジン誘導体7は2-メチルフェニルピペラジン誘導体6と比較して5-HT7受容体に対する親和性が低下した。これはフェニル基とピペラジニル基の間にある結合の回転によって生み出されるコンフォメーションの違いによるものと推測された(表1)。

化合物1を選択し、その受容体選択性評価、及び機能解析を実施したところ、化合物1は5-HT7受容体選択的アンタゴニストであることが明らかとなった。

化合物の構造最適化

R部に適した構造を解析するため、2,6-ジメチルフェニルピペラジン、及びフェニルピペラジンをモデル化合物としてコンフォメーション解析を行ったところ、R部は平面的な構造である方が5-HT7受容体への結合には好ましい、ということが示唆された。この推論の検証、及び、より選択性に優れた化合物の創製を目指し、平面性が維持された化合物であるテトラヒドロピリドインドール誘導体の合成・評価に着手した。

合成したテトラヒドロピリドインドール誘導体はいずれも高い5-HT7受容体選択性を示し、親和性も維持していた。これは前述の推論を支持する結果である。さらに、テトラヒドロピリドインドールへ種々のカルバモイル基を導入、最適化することによって、5-HT2受容体に対する親和性比が280倍以上になる化合物8を創製するに到った。化合物8は5-HT7受容体選択的アンタゴニストであった(図2)。

体内動態改善を指向した誘導体合成

初期代表化合物である1の経口投与時の生体内利用率(BA)は決して高くない。その原因の一つは化合物1の代謝安定性の低さであると示唆された。そこで、酸化的代謝を受けやすいと考えられる部位にハロゲン原子を導入、代謝的保護を施したところ、ラット、及びヒト肝ミクロソームに対して安定である化合物9を得ることに成功した。化合物9は高い選択性を有する5-HT7受容体アンタゴニストであり、そのラットにおける BA は約 18%であった。(図 3)

薬効評価

化合物1の光同調性促進効果について検討した。マウスを用いた新規明暗位相への同調実験において、化合物1は位相前進、位相後退のいずれに対しても同調促進効果を示した(図4)。本実験により、5-HT7受容体アンタゴニストの概日リズム睡眠覚醒障害治療薬としての可能性を示すことが出来た。

総括

既存薬のプロファイル解析の結果に基づきスクリーニングを実施、テトラヒドロベンズインドール環を有する新規5-HT7受容体アンタゴニストを見出した。本骨格の合成展開より、強力な5-HT7受容体選択的アンタゴニストを創製することに成功した。さらに、5-HT7受容体アンタゴニストが光同調性促進作用を有していることを示した。これは、5-HT7受容体アンタゴニストの概日リズム睡眠覚醒障害治療薬としての可能性を示唆する重要な知見である。

テトラヒドロベンズインドール誘導体1の構造、及び受容体親和性

化合物1-7の5-HT7、5-HT2受容体に対する親和性

化合物8の構造、及び受容体親和性

化合物9の構造、受容体親和性、及びBA

マウスにおける化合物 1 の光同調性促進作用 a, b

審査要旨 要旨を表示する

セロトニン(5-HT) 受容体は現在7 種に分類されている(5-HT1〜5-HT7)。5-HT7 受容体は最も新しく見出された受容体で、脳内の視床下部に高密度に存在し、生体リズム調節機構に関連していることが示唆されている。また、末梢組織では血管拡張作用への関与を示す報告もある。これらの点から5-HT7 受容体は新規創薬ターゲットとして興味深く、強力かつ選択的に5-HT7 受容体に結合するリガンドの創製は新規機構に基づく創薬への応用展開が期待できる。

5-HT7 受容体アンタゴニストは「概日リズム睡眠覚醒障害」の治療薬になりうる、と考えられる。「概日リズム睡眠覚醒障害」とは、生体リズム調節機構に何らかの異常が生じ、その結果睡眠-覚醒のリズムに乱れが生じる疾患である。生体には概日リズムの測時機構である体内時計が存在し、哺乳動物の場合、それは視床下部の視交叉上核に存在することが知られている。体内時計は光による情報入力によってリズム調節を行う(体内時計の光同調性)。一方、5-HTは光による情報入力を抑制的に制御する。その際に関与する受容体が5-HT7 受容体である、と示唆されている。これらのことから、「概日リズム睡眠覚醒障害」は「5-HT に対する拮抗作用に基づき体内時計の光同調性を促進し、生体リズム調節機構を正常化する事で治療可能」と考えられ、本研究が着手された。

リード化合物の選択及び構造活性相関の検討

まずはじめに、既存薬の受容体結合プロファイル解析を行ったところ、5-HT2 受容体親和性と5-HT7 受容体親和性の間に高い相関が確認された。そこで5-HT2 受容体に親和性を有する化合物のスクリーニングを実施し、その結果、強い5-HT7 受容体親和性を有するテトラヒドロベンズインドール誘導体を見出した。以降、このテトラヒドロベンズインドール環を基本骨格として合成展開を行い、5-HT7 受容体親和性の向上、及び5-HT2 受容体親和性との乖離を目標として化合物スクリーニングを行った。

その結果、優れた5-HT7 受容体親和性及び選択性を示す4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン誘導体及び4-フェニルピペリジン誘導体を見出した。4-フェニルピペラジン誘導体の多くも強い5-HT7 受容体親和性を有していた。特に、2-カルバモイルフェニルピペラジン誘導体及び2-アセチルフェニルピペラジン誘導体は優れた5-HT7 受容体選択性を示した。水素結合受容性官能基が5-HT7 親和性と5-HT2 親和性の乖離に有用であることが示された。

化合物の構造最適化

2,6-ジメチルフェニルピペラジン及びフェニルピペラジンをモデル化合物としてコンフォメーション解析を行ったところ、側鎖に平面構造を有する骨格が5-HT7 受容体への結合に優れていることが示された。より選択性に優れた化合物の創製を目指し、平面性が維持された化合物であるテトラヒドロピリドインドール誘導体の合成・評価に着手した。

合成したテトラヒドロピリドインドール誘導体はいずれも高い5-HT7 受容体選択性を示し、親和性も維持していた。さらに、テトラヒドロピリドインドールへ種々のカルバモイル基を導入、最適化することによって、5-HT2 受容体に対する親和性比が280 倍以上になる下記化合物(1)の創製に成功した。化合物(1)は5-HT7 受容体選択的アンタゴニストであった。

体内動態改善を指向した誘導体合成

初期代表化合物である(2)の経口投与時の生体内利用率(BA)は決して高くない。その原因の一つは化合物(2)の代謝安定性の低さであると示唆された。そこで、酸化的代謝を受けやすいと考えられる部位にハロゲン原子を導入、代謝的保護を施したところ、ラット及びヒト肝ミクロソームに対して安定である化合物(3)を得ることに成功した。

薬効評価

化合物(2)の光同調促進効果について検討した。マウスを用いた新規明暗位相への同調実験において、化合物(2)は位相前進、位相後退のいずれに対しても同調促進効果を示した。本実験により、5-HT7 受容体アンタゴニストの概日リズム睡眠覚醒障害治療薬としての可能性を示すことが出来た。

以上、既存薬のプロファイル解析の結果に基づきスクリーニングを実施、テトラヒドロベンズインドール環を有する新規5-HT7 受容体アンタゴニストを見出した。本骨格の合成展開により、強力な5-HT7 受容体選択的アンタゴニストを創製することに成功した。さらに、5-HT7受容体アンタゴニストが光同調促進作用を有していることを示した。これは、5-HT7 受容体アンタゴニストの概日リズム睡眠覚醒障害治療薬としての可能性を示す重要な知見である。これらの業績は、薬学における主要な研究分野である創薬化学に対する寄与は大なるものがあり、博士(薬学)に値する成果であると評価できる。

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